29 これは奇跡じゃない
主人公視点ではありません。また、いつもよりも少し短いです。
何故かここ三日程度で、アクセス数がグッと増えた気がします。ブクマも300件程度増えました。ありがとうございます。また、先ほど見たところ、日間43位まで行ってました。消える前に写真を撮って記念にしておきました……
バリスという男に、物凄い勢いで投げられて、ハクハは遠い場所へと、あっという間に飛ばされてしまった。その数瞬後、遠くで大きな音と砂煙が上がり、バリスが高らかな笑い声をあげる。
「愛しの騎士様は、死んだか?」
「そ、そんなんじゃないわよ! それに、ハクハは死んでなんか……!」
「あの勢いなら、流石に死んだんじゃねぇか? 落ちなかったなら、話は別だがな」
唇を噛み締めて、ハクハの無事を祈る。
こいつの言うとおり、あれは速すぎた。勢いが強すぎた。あのような速度で投げられ、硬い地面に衝突すれば、ただの怪我では済まされない。
ましてやここは空中。高さと速さ。2つが織り混ざっている。
ハクハが、こんな奴に負けるわけ、ないでしょう。彼は勇者よ。何度も何度も、苦しんで苦しんで苦しんで、救いも何もない世界で、たった1人苦しみ続けた、そんな強い子なの。昨日出会ったばかりの少年。だけれど、何となく分かる。あの子は本当に強い。肉体という意味ではない。心が、内側が強い。
そんなハクハが、こんな、訳の分からない奴に殺されるなんて、そんなはずがない。きっと、もうすぐ、何食わぬ顔で戻ってくる。
表面上ではそう思いつつも、心の中は焦りと心配でいっぱいだった。他のことを考えている余裕などなく、頭の中もハクハのことでいっぱいだ。
彼なら、この程度、簡単に乗り切ってくれる。今だって、何か、私には想像さえつかない方法で、地面との激突を避けているはず。さっきの音と煙は、何かの間違いだ。
後ろで傍観していただけの……ヌィアーザという男が、ゆっくりと言葉を口に出し始めた。
「バリス、邪魔者が消えたのなら、計画を実行に移せ」
「ったく、うっせぇジジィだ。やりゃ
あいいんだろ、やりゃあ」
ヌィアーザに言われたバリスは、体を聳え立つ世界樹の方へと向け、手をかざした。
「ま、待ちなさい! 樹には何も……」
「黙っていろ、女」
「っ!」
止めに入ろうとした私を、老年の男が言葉だけで止める。
途端、男から、おおよそ一般人が放つことなど出来ないような威圧感が発せられる。
それに怯えたのか否か、体が自然と動きを止めてしまう。
(この男の放つ気迫……何なの!?)
圧されたというよりも、恐怖を感じた。
まるで、巨大な『悪』そのものを目の当たりにしたかのような、純粋な恐怖。かつて、此れ程の恐怖を感じたことがあったか。いや、ない。巨大な龍と対峙した時も、裏切りにあって殺されそうになった時も、此れ程ではなかった。あれは濁った悪だった。だが、目の前のこの男は違う。
『悪』を擬人化したような、そんな男だ。このようなものに、ハクハは1年間も……。
「世界樹自体は枯れちまっていいのか?」
「枯れてしまっては、世界に何か悪影響が及ぼされるやもしれん。維持が可能なくらいには残しておけ」
「りょーかい、最低限でってな」
私が怯えていた、その間にも、2人のバリスの作業は進んでいた。
このままでは、世界樹から力を失われてしまう。世界樹を依り代として生きている妖精族の皆までもが、その被害に遭う。
それはダメだ。限界まで魔力を奪われてしまえば、今後一切、世界樹から妖精が生みだされることもなくなってしまう。
「待てと言っているの! それ以上何かをすれば、そこの人間を殺すわ!」
固有魔法、《天乃弓》。細長い白銀の弓を生み出し、操る能力。そして、数種類の矢をも生み出し、それを使って攻撃、支援する魔法。
先刻使った《封魔の矢》。あれは魔法を掻き消すための矢だ。私の実力が及ぶ範囲でなら、命中さえすれば、どんな魔法も消滅させることが出来る。また、命中したのが生物であるなら、一定時間、魔法を使えなくするという、ある意味『反則』とも言える矢。
そして、今番えているのは、《断つ弓》。物理的な攻撃という点で言うならば、最も威力の高い矢。正確に言えば、矢と、それを射る際の動き全てをひっくるめて、1つの技だ。
単純な物理攻撃だが、当たればタダでは済まない。一般人に命中すれば、その体を四散させられるくらいの威力はある。
矢を向けられたヌィアーザは、しかしこれっぽっちも動じる気配はなかった。
「……構わん、進めろ」
「!?」
「そう言うと思ってな、止める気すらなかったぜ」
バリスは干渉を止めない。なおも黒い輝きを放つ大樹が、聞こえない悲鳴をあげる。
矢をギリギリと引き、このまま射でしまっていいのかを考える。
ここで奴らを討たねば、取り返しのつかないことになる。けれど、まだ何かある気がする。確実にある。ヌィアーザから感じられる威圧感と、あの余裕。きっと、まだ何かを隠している。
「……殺す気はなかったけれど、仕方ないようね!」
引いていた手を、すっと放す。矢は一瞬よりも遥かに早い時間でヌィアーザまで到達し、その体を射貫こうとした。
「……無駄だと、分からんか」
奴の体を貫こうと迫った矢は、ヌィアーザの体を貫くまさにその瞬間に、黒い灰となり、ボロボロと崩れ落ちてしまった。
「嘘っ……! 何で……」
一体、奴は何をした。ハクハの話によると、あれがハクハの言っていた【リンドナース】の国王ということになる。国王と言うからには、何か力を持っていたとしても、何らおかしくはない。
だが、私はこれでも、妖精族の長として、数百年もの間生きてきている。妖精王に選ばれたのも、その人望や力があってこそだった。
その私の魔法を、いとも簡単に消し去るとは、一体、あいつは何者なの? 少なくとも、一国王だとは思えない。あの威圧感といい、《断つ弓》を消したあの謎の能力といい、謎の多すぎる男だ。
「もうよい。バリス、進み具合はどうなっている」
世界樹へと干渉をしていたバリスに顔を向け話しかけると、バリスはそれに口だけで応じた。
「樹自体の防御壁みたいなもんを外して行ってるが、特に問題はねぇな」
「そうか。なら——」
ゆっくりと、その顔をこちらに戻していき、表情を変えず、無慈悲にも言い放った。
「——その女は、用済みだな」
ぞわぞわと、背筋に寒気が走る。さっきの恐怖を忘れさせるほどの、もっと濃密な『何か』を感じた。
……ダメだ。これには、どれだけ抗ったところで、勝つことは出来ない。この得体の知れない何かは、私を、全力で消し去る気だ。
逃げなくてはならない。けれど、逃げられない。ここてな逃げても、結果は何も変わらない。死ぬのが早くなるか遅くなるか、それだけだ。
「殺しちまうのか?」
「やれ。邪魔をされてはかなわんからな」
「最初は殺すなで、今は殺せ、か。めんどくせぇ注文ばっかりしやがって」
干渉を一時止めたのか、赤髪の男バリスは、こちらへと向かってきた。
それに反応して、急いで矢を生成して、弓に番える。
「わ、《断つ弓》!」
放たれた矢は、やはりバリスには当たらない。奴の目の前で異常なまでに逸れ、軌道を変えられ、後方へと消える。
そして、今、矢が命中しようとした箇所、つまり左腹部に、強烈な痛みが発生する。
「何で、当たら、ないの……!」
「今のが限界っぽいが、あってるかァ?」
ニタリと不気味な笑みを浮かべて、空中を歩き、徐々に近づいて来るバリス。それに伴って、ジリジリと下がるが、羽が思ったように動かない。
過去の情景が、目に浮かぶ。まだ無力だった頃の、自分が。裏切りに合い、丁度、今と同じような状況になったときのこと。
途端に息苦しくなり、貪るように呼吸する。はっ、はっと、誰が聞いても異常なまでに。
「いや、こ、来ないで……」
「存分にいたぶらせてもらうとするかァ……」
バリスの笑みが、下卑たものへと変貌する。下衆男そのものだ。
「いや……」
足も動かない。羽も、動いてくれない。
死にたくない。こんな風に思ったのは久しぶりだ。こんな奴らに、弄ばれて死ぬなんて、絶対に嫌だ。
(ハクハ……助けて……っ!!)
そして、私の方へと、バリスのその手が伸びてきた。
目を閉じ、奇跡を祈る。たった1日の付き合い。それでも、信用に値すると判断した少年を信じて。
数秒後、私に手は届く。奴の手が。そうなれば、全て終わり。
……しかし、いつまで経っても私に手が触れることはなかった。
あったのは、閉じた目にまで届いた激しい閃光と、脳内にまで響き渡るような鈍音。
ゆっくりと、ゆっくりと目を開いて行った。
「…………え?」
「ハ、ハハッ、ハハハハハッ!!」
そこには、私から数m分距離を取り、左肩に手を添え、そこから溢れ出す血を魔法で止血しようとしているバリスがいた。
違う、それだけじゃない。そうじゃない。確かに、私の向かい側にはバリスがいた。その奥にはヌィアーザもいた。
けど、私とバリスの間。真正面ではなく、少し横にずれた形で、傷だらけの人が立っていた。浮いていた。
「ハハッ、ハハハハハハッッ!!!」
何が面白いのか、バリスが高らかに笑い出す。
「なるほどォ、オレが思ってたより、丈夫みてェじゃねェか!!」
ボロボロと、目から涙が溢れ出す。
……ああ、そうね。私は信じていたじゃないの。彼が助けに来てくれるって。最初から信じていたのに。奇跡なんて、起こるわけないじゃない。
だって、彼なら絶対、助けてくれるもの。
「なぁ……」
バリスと傷だらけの少年が対峙する。
「ハクハァッ!!」
「……勝手に殺してんじゃねぇぞ、お前」
全身、傷がない場所がないような状態で、ハクハが私を守るようにして立ち塞がっていた。