27 遣いとの遭遇
2話更新は久しぶりですね。こういう話の方が書きやすいですが。
総合アクセス数10万、ありがとうございます〜。
「一体、あれはなんだい……」
「あんなの、見たことないです」
ミリアさん、リオーネと、続いて、その光景に驚愕する。
どうやら、これも日常的に起こる何かではないようだ。もしかしたら、定期的に光ってるんじゃないかとも思ったが、そうでもないらしい。
「世界樹に……何か起きてるのか?」
一体、何が起きていると言う。あれほどの大樹に何かが起きた……その拍子に倒れられたりでもすれば、それこそ世界の危機だ。【ニンブル】だけでなく、他の大陸にまで被害は及ぶことだろう。
そんな、事態を呑み込めていない俺たちの耳に、若い女性の声が響いた。
《妖精王のリリィよ。皆、もう妖精の樹の異常には、気が付いたかしら》
朝まで聞いていた声だ。妖精王であるリリィの声。音の発生源はどこか。空気から直接聞こえているような感覚だ。
「リリィの声か?」
「魔法で声を拡散してるんだと思います」
疑問げにしていると、隣のリオーネが答えてくれた。
ふむ、声の拡散か。一定範囲内の空気を振動させて、声として届けているのか、それとも、声自体を拡散させているのか。それはまあいいとして。
リリィがこうして大々的に『異常』だと言うのだから、相当なものなのだろう。
《現在、妖精の樹に、何者かが干渉を行っているわ。今の揺れも、それが原因よ》
その一言で、店内がざわつく。一体誰が、何のために、罰当たりなことを。その内容は様々だったけど、方向的には、その犯人を非難するものだった。
耳に届くリリィの声は続ける。
《住民の皆は、屋内で待機していなさい。今から…………私が向かうわ》
「リリィが?」
それを聞いた俺が、まず一番に感じたのはそんなことだった。
リリィが直接向かう。そうなると、やはり大事なのではないか。いや、世界樹に最も詳しいから向かうというのもあるのだろうが、声からは深刻さが手に取れるように分かる。
「妖精王様が出なきゃいけないほどの相手、かい」
「だ、大丈夫でしょうか……」
周囲の皆のざわめきも収まらない。
「…………」
ふと、頭の中を、黒い何かが横切った気がした。時々起こる、この謎の感覚。能力なのか何なのか、ハッキリとしない。
けど、この感覚がしたときは、決まって後で大変なことになる。
「悪い、リオーネ。ここで待っててくれ。すぐ戻る」
「え、ちょ、ミナヅキさん!?」
堪らずその場から駆け出した。制止するリオーネや他の皆の声も聞かず。
魔力で足場を生成し、それを踏んでまた次の足場を生成していく。擬似立体機動だ。
(何事もなければいいがな……!)
既に事が起こってしまっているのに、そんなことを考えていた。
集落から少し離れ、世界樹まで辿り着くと、そこにはリリィがいた。俺よりも先に到着していたようで、見上げるようにして世界樹の様子を窺っている。
「リリィ!」
「え、嘘、ハクハ!? 何故来たの!」
その背中に声をかけると、怒ったような、困惑したような表情でリリィが叫んだ。
何故も何も、理由なんて必要ないだろう。俺はこの集落に、ひいてはリリィに1泊の恩があって、それを返す機会が出来た。ただそれだけの話だ。
「不測の事態に備えてだよ。1人より、2人のほうがいいだろ?」
「危険よ。ここに来た奴らは、恐らく……」
「お? なんだ、男が1人紛れてんじゃねぇか」
リリィのその言葉を遮るようにして、1人の男が現れた。2枚1組の翼が3対。計6翼。
真っ赤に燃え上がるような髪は風に靡き、同じく赤いコートはバタバタと音を立てている。
いきなり。いきなりだ。何もない空間が歪んでいって、そこから現れた。
「……誰だ、お前」
出来る限りの威厳を保って威圧する。
「はっ、格上に対する言葉遣いってのがなってねぇなぁ? 貴方は誰ですか、だろ?」
その威圧は無駄で、塵を吹くかのように簡単に掻き消された。
こいつ、強い。どれくらいの実力を持っているかは不明だが、内包している魔力も、その質も、そして身のこなしも、全てが強者の風格を誇っている。
「悪いが、礼儀なんてものは持ち合わせてないんでな。もう一度聞く。お前は、誰だ?」
「物分りが悪いな、てめぇ。いっぺん死んどくか?」
「その辺にしておけ、バリス」
その風格に飲まれないよう、こちらも精一杯見栄を張って接していた。
そこに、また新たな男が乱入した。
長い白ひげに、真っ赤に染められたローブ。シワのある顔に、ギンギラと光る鋭い瞳。
その男が、歪んだ空間から現れた。真っ黒な宝石を埋め込まれた杖を握り、何もない空間に立っている。
さっきの男と違って、この男には、当然見覚えがある。
「……どういうことだ、ヌィアーザ」
ヌィアーザ・リンドナース。つい最近まで、俺が従っていた男。
「どういうことも何も、見ての通りだが」
「何故お前がここにいると聞いた」
「【世界樹ユグドラシル】に干渉している。見て分からぬか」
ヌィアーザは、世界樹に干渉しているのは自分だと宣言した。
「そんなことをして、どうするつもりだ」
「なに、簡単なことだ」
世界樹の天を見上げ、黄昏るように、杖をそちらを向けた。
「長年の調査で、この大樹は膨大な魔力を内包していることが判明している」
膨大な魔力。そうなのか? 俺は分からなかった。俺の感知能力が優れているといっても、世界の神秘である世界樹には及ばないということか。
顔をこちらに戻し、奴は不気味に笑った。
「……使わない手は、ないだろう?」
「……お前だけは、この手で殺してやる」
拳を作り、怒りを露わにする。
気に入らない。こいつの全てが。世界樹の魔力を何に使うかは知らないが、そんなもの、とうに予想はついている。どうせ戦争、人殺しのためだ。
だとすれば、止めない義理はない。ここで止めなければ、また大勢の人間が死ぬだろう。それだけは、防ぐ。
よく言うだろう。『全ての人を救うことは出来ない』と。子供向けの番組に出てくるヒーローだってそうだ。怪人という少数の『悪』を倒すことによって、大勢の人を救う。
つまりは、切り捨てることが大事なんだ。いかに少数を切り、その分多数を救うか。
そして、今の場にもそれは言える。ここでヌィアーザという1人の『悪』を倒せば、少なくとも、今後【リンドナース】が無闇矢鱈と戦争を仕掛けることもない。
だから、ヌィアーザだけはここで仕留める。復讐やそういった感情は一先ず殴り捨て、他を救うために。
「……下がっとけ、ヌィアーザ。あいつぁ本気だ。お前に前に出られると守りきれねぇ」
「そうか。なら、ここからはお前に任せるとしよう、バリス」
バリスと呼ばれた翼を生やした男が前に出て、代わりにヌィアーザが後ろに下がる。バリスなる男は、特に何を構えていたりはしないが、身なりは完全に臨戦態勢だ。
「おい、黒髪のガキ。てめぇの名を教えろ」
「ハクハ。ハクハ・ミナヅキだ」
「ハクハ、か。オレはバリス。『遣い』が1人、バリスだ」
『遣い』? それは一体なんだ。遣いが1人なんていう言い方をするってことは、複数人での団体なのか。
まあいい。どちらにせよ、不要な情報だ。
「名前を覚える気はない。早々にここから立ち去れ」
「てめぇこそ、さっさとこっから逃げた方がいいぜ? 巻き込まれたくねぇだろ?」
「お前を倒してからならな」
「雑魚がほざきやがる。そんなセリフは、少しでも自分の力を——」
俺とバリスの会話を、一閃の白い光が遮った。白の閃光はバリスへと迫り、逸れ、後方へと消えた。
「——いてぇじゃねぇか、あぁ?」
「痛くしてるんだもの、当然でしょう」
見れば、リリィが白銀の弓を構えていた。矢を射た後の姿勢で。
先ほどの閃光、もしや彼女が放った矢によるものか。凄まじい魔力を帯びていたが、だとすれば、これが彼女の魔法か?
矢は確かに逸れたが、掠ってしまったのか、男の右腕からは少量の血が流れ出していた。
今の、何故矢は逸れた? 最初は、確実に真っ直ぐに飛んでいた。奴の体に迫ったその瞬間に、矢が逸れたように見える。
「リリィ、あいつ、かなり強いぞ」
「ええ、分かっているわ。それに、奴の言っていた言葉……それが真実なら、手加減なんてものは無用よ。思う存分やってちょうだい」
「元よりそのつもりだ」
作った拳を構え、臨戦態勢に入る。手加減無用と言われたからには、こっちだって本気だ。本気にならなければ、勝てないかもしれない相手だ。
「なんだ、戦る気満々じゃねぇか。おい、ヌィアーザ。こいつらは殺していいんだよな?」
「男は構わん。女は恐らく、世界樹の深層部分を知っているものだ。生かしておけ」
「へっ、俺としては、女をいたぶるのも嫌いじゃねぇんだが……そういうことなら仕方ねぇな」
この下衆野郎が、と心の中で毒づく。こんな奴に、こんな奴らに世界樹を渡してたまるか。
「リリィ、前衛か後衛、どっちがいい?」
「近接戦は大の苦手よ」
「だろうと思った。俺が前に行くから、後ろから支援してくれ」
「分かったわ」
隣にいたリリィにそう言って、下がってもらい、少し前に出る。
背後に立つヌィアーザは、無骨な顔で、何を言おうともしない。あのムカつく顔にも慣れたが。
今すぐにでも、あれを殺してやりたいとは思う。俺がここまで激昂するのも、普段の俺を知っている人間から見れば、あり得ないことだろう。心の底から誰かを殺したいと思うなんて、俺自身、初めてだ。
しかし、そのための障壁が、目の前にいるこいつだ。その障壁を取り払わなければ、目的のものへは近付けない。
「作戦会議は終わりか? なら、とっとと戦り合おうぜ。疼いて堪らねぇんだ」
首をコキコキと鳴らしながら、やはり何を構えようともしないバリスは、随分と余裕な表情を見せつけてくれる。
いきなり突っ込むのは危険だ。相手の武器や技がどんなものか分からないのに突っ込むなど、愚行の骨頂だろう。
だが、ここで相手の出方を待っているのも、俺の性に合わない。相手の出方を待てば、その分相手に有利になる時だってある。
後方のリリィの方へ首だけやって、目配せをすると、彼女は魔法の準備をし始めた。左手に白銀の弓と、右手には白い矢。その矢を番え、射る姿勢を取った。
「行くぞ!」
足元の魔力を爆発させ、一瞬にしてバリスとの距離を埋める。それと同時に、バリスも俺の方へと加速した。