3 地龍と新たな問題とお説教
1000pv、本当に本当にありがとうございます。今まで、こんな数字見たことありませんでした。もう私は満足です。死にません。
今回、戦闘まで入ろうと思ったのですが、予想以上に長くなってしまったので、もう1、2話先になってしまいそうです。
「と言うわけでやってきたわけだが」
「急展開すぎて付いていけないよ」
俺とリオーネの2人は目の前に広がる広大な山々とそれに挟まれた巨大な川を眺めていた。目的地である【ケリオン渓谷】だ。ガルアースでもトップクラスの大きさを誇るケリオン渓谷だが、出没する魔物のランクが総じて高いために、あまり観光名所には向かない。
……何?急展開すぎる?何かチートでも使ったんじゃないか、って?
そんなことはない。ちゃんとした経路でここまで来たんだからな。ガッダリオンからここまでは100km近く。それを、十数分程度で走り切ったってだけであって、特殊な方法なんか使っていない。
ちょっとした小技として、
・魔力による身体強化
・森も平原も全部無視して直進
・障害物はジャンプして回避
これだけだ。さっきまでの俺の走りを見たら、誰かが『どこぞのランニングゲームに似てる』とか言いそうだが、まさにあんな感じ。本当に特殊なことはしていない。果たして時速何kmくらい出ていたんだろうか。正確な時間を把握していないからあれだけど、結構出ていたな。全盛期は音速を超えられたから、感覚を取り戻せばもっと速く走れそうだ。
……まあ、隠れていた誰かさんを、完全に振り切ってしまう形になってしまったわけだが。地龍を倒したら少し観光でもして、そいつの到着を待とう。
ここは観光には向かないってさっき言ってたじゃんって?そんなの、俺とリオーネの2人が集まったら、魔物なんて屁に等しい存在なんだからさ。
「目的の地龍さんはどこかなぁっと」
「ケリオン渓谷って一括りにしても、広すぎて探すには大変だよね。ボクの魔法でも探せないと思うよ」
俺たちが立っているのは、ケリオン渓谷のほんの入り口。全長で言えば500kmは続いてるんじゃなかったかな、この渓谷って。地球で言えばグランドキャニオンよりも長い。まあ、あっちは渓谷じゃなくて峡谷だけどな。それに、こっちは全体的に緑に覆われてるし。
そんな広さを誇るケリオン渓谷の全体を探せないというが、探知の魔法を使わずとも、本気になれば何かしらの方法を用いて余裕でやってのけてしまいそうなあたり、リオーネの魔法は恐ろしい。リオーネは、魔法に関しては他の追随を許さないという種族、《妖精族》の1人だけど、俺が言っちゃなんだが、リオーネの魔法は他の妖精と比べても、その威力も、その効果も、段違いに高い。
しかも、妖精族だけの特殊な《固有能力》。それがまたチートなんだよ。勇者としてそれなりのチート能力を授かった俺だけど、その俺の能力さえ霞んで見えるくらいのチートさだ。もうチートチート言い過ぎて何が何だか分からないけど、それ以外に表現する言葉が見当たらないんだから仕方ない。
「流石の俺の空間魔法でも、ここまでの範囲には広げられないからな。というか、俺の空間魔法は生活系にしか重点置いてないから、戦闘とか索敵には向いてないし」
「戦いには《龍天》を使えばいいもんね」
俺は戦闘面に空間魔法を活かせるほど、脳の出来が良くなかったからな。戦闘中に一々座標を把握して、その空間に効力を作用させるなんて高度なこと、俺に出来るはずなかろう。中学2年の時の定期テストなんて学年最下位だぞ、なめてんのか。ギリギリ、短距離転移くらいは出来るようにしたが。あれだけは使えたら便利だからな。
それに、戦闘になら、《龍天》を使えばいい。どうせ後で使うことになるだろうか、説明は追い追い。
「魔法に関して言えば、俺は空間魔法以外の魔法は身体強化しか使えないからな……なんつう不便なチートだ」
貰ったチートに文句をつけるわけじゃないけど、もっとこう、汎用性の高いチートはなかったのかね。空間魔法と他幾つかの能力を得る代わりに、この世界の人々が一般的に使えるような魔法が使えなくなってしまう、なんて、とんだありがた迷惑だよ。身体強化だけは構造が違うから使えるけどな。
仁王立ちでブツブツと文句を言っていると、突然激しく地面が揺れた。リオーネの方も驚いていたから、俺の気のせいではないようだ。
なんだ、地震か?結構揺れは大きかったな。というよりも、近くで揺れたような感じがした。
これはもしや……
「……はっけーん」
頭を酷使して周囲の空間を把握すると、一箇所にだけ、明らかにこれ地龍だろサイズの反応を感じた。近い。ここからそう遠くは離れてない。が、これは……
……大きいな。ボヤッとしか探知してないから、正確なサイズまでは分からないけど、かなりの大きさの地龍だということだけは分かる。
これは、素材もガッポガポだな。
「ハクハ、悪い顔だよ……」
お前ら、いい加減顔面の指摘をやめろよ。悪い顔ってなんなんだよ。金には興味ないけど、男なら強力な敵から獲った素材で作った強力な武具ってのには憧れちまうんだよ、分かれよ。
そんなグダグダ言う思考も押し黙らせて、俺たちは反応のした方へと向かっていった。
「……なあ、あれ、地龍だよな?」
「う、うん。そのはずだよ」
結果で言えば、さっきいた場所から2kmくらいの地点、少し開けた場所に、そいつはいた。
赤褐色の岩のような鱗。時々垣間見える強靭そうな牙に爪。先端が槍のように尖った尻尾。見たものを畏怖させる鋭い瞳。
全長、およそ40m。かなり大きい。大きすぎる。普通の個体はもっと小さい。精々10数mから25mが限度だ。そこら辺、流石神龍種と言ったところか。
因みに、龍ってのは、生きてる長さによって、呼び名が変わる。生まれてから数十年、子供のうちは幼龍。それから後、成年した後の龍のことを成龍。冒険者なんかに狩られることなく、数百年経過して力を蓄えたものを古龍種って呼ぶ。
んでもって、この古龍種が、何かしらの形で突然変異したものを、神龍種と呼ぶ。よく間違えるのは、龍神と神龍種の2つ。名前が良く似てるし、間違えるのも無理はないと思うけど、中身は全く違うものなんだ。
龍神は全ての龍の頂点に立つ、いわば『龍という種族を司る神』とでも言うべき存在で、強調すべきは龍ではなく神の部分だ。
まあ、神って言っても、あいつの場合は神っぽさなんか全然なかったけどな。常に下界、つまりこっちの世界にいたし。
一方の神龍種は、あくまでもベースは元からいる龍であって、神の部分を強調したいわけじゃない。これはあくまでも、『突然変異で神に近づいた龍』って意味で人間や亜人たちが勝手につけた名前で、龍の神とかいう意味ではない。
けどまあ、この神龍種って奴にも、面倒な性質ってのはあるわけで。こいつら、それぞれ特出した能力や体の構造を持ってるんだ。 神龍種自体が珍しいものだから、俺も一度しか戦ったことないけど、あの時の龍は透明になれる能力を持っていた。強力すぎる力ゆえに、その制限も厳しかったけど。
でも、基本的に、どんな神龍種でも、その龍の限度を超えた能力を得ることは出来ない。火龍が水吹いたりとかも出来ないし、地上に棲む龍が海底に潜れるようにもならない。
なんだけど。
「俺の見間違えじゃなければさ、あいつ、『翼』生えてない……?」
俺たちの眼前には、気持ち良さそうに眠る巨大な龍がいた。ある一点だけを除けば、確かに地龍だ。けど、その背中には、これまた巨大な『翼』。
さっきも言ったけどさ、たとえ神龍種でも、種族的な宿命から逃れることは出来ないんだよ。地龍に生まれてしまえば、翼が生えることはない。どんな例外があってもだ。
……いやこいつ、翼生えてますやん。これじゃ地龍やなくて飛龍やん。なんやねんこいつ。
「……気にしたら負けって、素晴らしい言葉だよね」
「おいィィ!? リオーネさん!? 考えるのを放棄しないでいただけますか!?」
長年生きてきたリオーネでも分からなかったのか、どこか遠い目をしていた。
「真面目に答えると、神龍種ならではの特徴だと思うけど……あそこまで種族的なものから逸脱した個体は初めて見た、かなぁ?あははは……」
やっぱり、普通ではあり得ないような特徴なのか。そりゃ、地龍なのに翼生えてたら矛盾してるもんな。地龍って翼がなくて飛べないから地龍なのに。その代わり、飛龍よりも力が強い。翼がある地龍なんて、それだけで反則級な能力じゃんか。
ああ、もう……
「……仕方ない、取り敢えず突っ込むぞ」
こんなところでグダグダしてても仕方ない。久しぶりに戦うから、肩慣らしにはこれほど良い相手もいないわけだし、文句も何もない。ただ、ティルマには後で文句をつけてやろう。『おいどうなってんだあいつ翼生えてたぞゴラァ』ってな。
眠っている地龍の頭の前まで来て、思い切り声を張って叫ぶ。
「おいこらそこの地龍君! 大人しく自分の土地へ帰れ! さもなくばその体、跡形も残らないくらいグチャグチャに叩き潰すぞ!」
「脅し方が魔王並みに恐ろしいよ!」
冷静なツッコミありがとうよ。
だけどまあ、神龍種っていやぁ頭もいいし、俺の言葉が理解出来たなら帰ってくれるだろう。帰ってくれなかったらリアルミンチにしてやる。いやミンチにしたら素材が捕れないな、やめておこう。
「……」
「……」
俺とリオーネ、2人の間に流れる沈黙。川の音がよく聞こえる。ここまで来れば大河だな。河だ。あ、近くで綺麗な鳥の鳴き声が聞こえた。強い魔物さえ出なかったら、いい観光名所になるはずなんだけどなぁ……
「って起きろよ! なんなんだよお前!」
「ハクハがバカなことばっかりしてるから、相手にされてないんじゃないかな……」
魔力を完全に遮断していて、尚且つ気配も殺し切っていたとはいえ、あの音量の声を間近で出されて、起きないとかふざけんなよ。
それに、俺はバカなことなんてしてない。至って真面目だ。100人に聞けば、100人ともに『真面目だ』と答えるほどに真面目だ。
「こんの……地龍の分際で……」
「勇者が言っていいようなセリフじゃないよね、それ」
大袈裟に怒りを露わにしながら、ちょっとばかし魔力を放出して、地龍にめがけて放つ。威力はない。指向性を与えてないからな。
ただ、これだけ『膨大な』量の魔力を当てられれば、当然、何かしらの危機を察知して、本能的に反応してしまう。
寝ていれば起きてしまう、とかな。
放出された魔力は見えない波となって、地龍へとなだれ込んだ。
次の瞬間、本当に寝ていたのか疑うほどに、地龍は起き上がり、臨戦態勢に入った。
軽く唸った後、俺たちの姿を確認して、警戒しながらその口を開いた。
『……お前たちか。折角眠りについたというのに、遊び半分で魔力を放ってきたのは』
放たれた声はあらビックリ、意外と高い女性の声だった。見た目からして男だと思ってたんだけど、この龍族、女か。いや雌か。
「遊び半分じゃないさ。あんたが国に迫ってきてるぅ〜、って、俺たちの国じゃ軽い騒ぎになってるんだ。んで、俺たちはあんたを倒しに来たってわけだ」
さっき街を出てくる時にも確認したが、割とギルドの外でも噂は流れていた。神龍種だとか、そこら辺の情報は流れていなかったけど、地龍が現れたってことくらいは皆知っていたようだ。
『私が人族の国を? 馬鹿馬鹿しい。私はこの付近に用事があっただけだ。人族の国など、襲う筈がなかろう。何故そんな、わざわざ友好を崩すような真似をせねばならん』
ん?あの、話し噛み合ってないんじゃないか、これは?
この龍は、ガッダリオンに攻め入ろうとしてたんじゃないのか?攻め入るっていうより、迫ってきていたっていう表現の方が正しいのかもしれないけど、ティルマの話からすると、いつ襲われてもおかしくないような状態だったわけだよな?
けど、この雌地龍は、そんな事実なんてないと言った。これってつまり、どういうことだ。
「……ってことは、完全なる風評被害?」
「その用事のためにこっちに来たっていうのを、ギルドの人たちが『襲撃に来た』って勘違いしたんだろうね」
「あぁ、あり得そうだな……」
ふざけんなよあのギルドマスターいや無乳女、完全に勘違いじゃねぇか。何が『報告によると、その地龍は【神龍レベル】らしいぞ』だよ。別に侵攻も進行もしてねぇじゃねぇか。調査隊はせめて確認取ってから報告しろよ。何のための調査隊だよ。
いや、それよりも、今の雌地龍の話の中に、気になるワードがあったんだが。
「……待て、今、『友好を崩すような』って言ったか?」
『言ったが、それがどうした?』
俺の聞き間違いではなかったようだな。
「ということは、あんたは《リゲス派》の龍か?」
龍神リゲス。全ての龍の頂点に立つ神だ。良く言えば家族想いの良い奴、悪く言えば暑苦しい戦闘狂。年がら年中、強い奴と戦うことばっかり考えてるような奴だ。
そんな龍神リゲスだが、戦闘狂と言っても、自分から襲うというわけではない。相手が戦いを望んだ場合のみ戦う。
それはつまり、他の種族に侵略をしたりするような奴ではなく、どちらかと言えば仲良くなって気持ちよく戦いたいという奴だということで。人族や亜人族、天使族なんかとも仲は良かったはずだ。
逆に、この考えを気に入らない奴もいて、昔は龍族全体が2つの派閥に分かれていた。リゲスの考えを尊重する《リゲス派》、架空の戦いの神である《オルディニアス》を崇拝する《オルディニアス派》の2つだ。
こいつが人族の『友好』を崩したくないと言うからには、リゲス派の龍のはずだ。
『リゲス派とは、随分と懐かしい名前を出してくれる。確かにリゲス派という呼び名も正しいが、今は《龍王国リゲス》の民の一人という言い方のほうが正しい』
そんな俺の予想に反して、返ってきた答えは、俺が想像すらしていなかったものだった。
は?龍王国リゲス?王国?
「……詳しく聞いてもいいか?」
俺がそう言うと、雌地龍はゆっくりと話し始めた。
龍王国リゲス。ガルアース暦624年に建国された、今年で建国246年を迎える、由緒正しき国だ。
建国者、並びに初代国王は《龍神リゲス》。神自らが王になるという異例な事態だが、これといった反発はなかった。龍神リゲス自体に悪い噂も何もなかったからだ。
龍王国リゲスは西の大陸【フォトロ】の南側方面に位置していて、その大きさはガルアースに現存している国の中でもずば抜けているという。また、保有する軍事力も、他の国とは比較にならないほど強大だという。
今もまだ、龍神リゲスが国王を務めていて、『俺が死ぬまで王の座は譲らん』とのこと。
そんな龍王国リゲスの中で、龍王軍と呼ばれる軍がある。これは龍神リゲスの直属の配下たちで、この雌地龍『トリニア』はその龍王軍の副軍団長だそうだ。
話を纏めると、こんな感じだ。
『というわけだ。私は現在、この付近に現れたという『魔族』の討伐の任を担っている』
「……はぁ、リゲスが国を作っているとはね。300年の間に、色々変わっちまったもんだな。龍の国っていうくらいだから、街の中はでっかい龍が闊歩してるのか?」
昔は戦いにだけ生きる!みたいなバカだったのに、いつの間にかすげぇでかい国なんて作っちまって、あいつも偉くなったもんだな。今じゃ立派な王様か。この分だと、他の奴らも色々と面白そうなことをやってるんだろうな。妖精の樹が機械ちっくなことになってたらどうしよう。流石に、世界樹を改造することはないと思うけどさ。
それより、いくら龍王国が大きいって言っても、トリニアサイズの龍が何匹もいたら、随分とカオスなことになってしまうんじゃないか?
『お前たち、本当に何も知らないのか? 私たち龍王国リゲスの民は、《龍人族》だぞ?』
「龍人族? ……そう言えばリゲスも、人の姿と龍の姿を切り替えられたっけ。妖精族の人化みたいなもんか。あれはてっきり、リゲスにだけ使えるものだと思ってたけど」
リゲスは必要に応じて、人と龍の姿を使い分ける。人の姿と言っても、完全に人になり切れるわけではない。体の一部分には龍の鱗があるし、尻尾も生えたままだし、小さくなっているとはいえ、翼も生えているままだ。あいつはその状態のことを《龍人》だって言ってた。響きが同じなんだよややこしい、って殴った覚えがある。
あれは神だけの特権だと思ってたんだけどな。俺がいた頃には、龍人族なんて種族、存在してなかったし。
『昔はそうだった。が、建国の際、陛下が民一人一人に、その術を与えてくださったのだ。それ以降、産まれてくる子供には、最初からその方法が身についている』
なんと。ってことは、国が出来てから産まれた新しい種族なのか。産まれてくる子供からは云々って話だし、遺伝子レベルで何かしらの手を加えたのかもしれない。
「へぇ……なんか、凄いことになってんだな。その龍王国リゲスって国は、人族の国と友好を結んでいるのか?」
『そうだ。盟友の契りを交わしている』
「後でティルマには説教だ。ちゃんと確認しとけって叱り付けてやる」
その情報を先に教えとけよ、と100km離れたところにいるティルマに恨みを送る。
と、そこでリオーネが疑問に思ったのか、口を挟んだ。
「それで結局、魔族は倒したのかい?」
『……それが、まだ発見すら出来ていなくてな。配下が言うからには、魔族がいることは確かなんだが、どれだけ探しても見つからんのだ。最初は人の形態で探していたのだが、あれでは時間がかかりすぎる』
それで侵攻して来たとか勘違いしてたのか?龍の形態で魔族を探し回ってたから。
だけど、魔族がこのまま放ったらかしってのも、良いことではないよなぁ……
「俺たちも手伝おうか? 魔族が悪巧みをしてるってんなら、俺たちだって無関係じゃない」
『いいのか? ハッキリと言わせてもらうが、お前たちは強そうには見えんぞ』
はっはっは。面白い冗談を言うじゃないか、トリニアちゃん。確かにまだ十数年しか生きてない若造だけど、強いっていう自負だけはあるよ?
「大丈夫大丈夫。多分あんたより強いから」
『……そうか。その言葉が真実かどうかは置いておくとして、人手が増えることは喜ばしいことだ。協力を頼みたい』
トリニアは意外と聞き分けが良い方らしい。このまま一匹、いや、龍人族なら一人か。ともかく一人で探すより、三人で探したほうが効率が良いと理解したようだ。
この仕事、任された。
リオーネがな。いやだってほら、俺ってば戦闘特化の勇者だしさ。
「任せろ。リオーネ、この近くに魔族の反応はあるか?」
「ううん。少なくとも、5km圏内にはいない。隠れるのが上手い魔族だとしたら別だけど、かなり範囲を絞っても発見出来ないから、それはないと思う」
うーむ……リオーネの探知魔法でも見つからないとなると、この範囲にはいないか……。
まず、魔族の目的が分からないから、当たりをつけて探すことも不可能なんだよな……。
トリニアにその辺りのことを聞いてみたが、知らないと答えられた。リゲス、お前倒して来いって言うんだったら、ある程度の目的とかは予想して伝えてやれよ。
……この辺りで、魔族が目的としそうな場所や物、か……。少し、心当たりがないな。特別、これといった遺跡とかがあるわけでもないし、伝説の聖剣や邪神が封印されているわけでもないし。
「分かった。なら20kmまで知覚範囲を拡張してくれ。うっすらとでもいい。何か引っ掛かれば儲け物だ」
「りょーかい、20km範囲までで探してみるよ」
探知魔法の知覚範囲を拡張してもらって、少し広くを漁ってもらう。
知覚範囲の拡張は、謂わば『ざる』のようなものだ。編み目を細かくする代わりに、ざるを小さくする。編み目を粗くする代わりに、ざるを大きくする。ざるならば編み目を細かくして本体を大きくすることも可能だろうけど、魔法には魔力や魔力操作が必要になるから、どっちもというわけにはいかない。これも、妖精族の固有の能力があるから可能なことであって、普通はこれほどの範囲を探知することなど不可能なほどだし。リオーネでも40kmほどが限界だけどな。
ここまで来れば分かると思うけど、最初の5kmは前者で、今の20kmは後者だ。範囲が狭いほうが、探知の精密性は上がるんだけど、さっきの範囲内にはいないみたいだし、広くする他方法ないしな。
『お前たちは一体なんなのだ? 先ほどの魔力といい、これほどの魔法と言い、本当に人族か?』
リオーネは探知の魔法で。俺は記憶にある限りの目ぼしい場所に当たりをつけていると、トリニアが不思議な面持ちで聞いてきた。いや、龍の表情とか正確には分からないんだけど、多分不思議な表情をしてるだろう。
先ほどの魔力ってのは俺のことか。人族には俺みたく大量の魔力を持ってる人間なんていないし、ましてや俺ほど純粋で質のいい魔力を持った奴もいない。俺のは単に、勇者として召喚された時に授かった能力だから、あまり自慢げには言えないんだけどな。もう自慢げに言ったことあるだろって?あるわけないだろ、俺はいつだって謙虚だ。
んで、魔法ってのはリオーネのものか。今のリオーネは見た目完全に人間だから、人族と勘違いしてるんだな。これは仕方ないか。リオーネが可愛いのがいけないんだ。
「そうだぞ。ああいや、こいつは妖精族だけど、俺は人族だ。訳ありだけどな」
そう言うと、トリニアは少し考え込むような感じで、何やらを呟いた。
『……黒髪に上下一対の黒いローブ。まるで、陛下の著書に出てくる人族の特徴、そのままではないか』
本人は聞こえていないつもりなのだろうが、バッチリ丸聞こえだ。リゲスの奴、本なんて出してたのか。というかその人族、100%俺じゃねぇか。この格好割とまずいな。有名な本だったとしたら、確実に本人だとバレるかコスプレだとバカにされるかのどっちかだ。いやもうクソ王とか周りにいた騎士とか明たち三人にはバラしてるんだけどな。
「何か言ったか?」
『何でもないさ。さて、私も動くとしよう』
さも聞こえていないかのような振りをして尋ねると、トリニアは頭を振りかぶりその大きな翼を広げた。巨大な体躯を持ち上げるためか、広げた時の迫力は半端ない。ものっそい半端ない。常人が見たらビビるどころの騒ぎではない。失神してしまうレベルかもしれないな、これは。
流石、副軍団長様と言ったところか。
『そう言えば、まだお前たちの名を聞いていないが』
「ん? ああ、俺はハクハ。こっちの幼女はリオーネだ」
「誰が幼女なのさ! というか何でおっぱい揉んでるのさ!」
「そこにおっぱいがあるから」
「意味わかんないよ!?」
リオーネの巨乳を揉みながら自己紹介をしたら殴られた。そこまで怒らなくてもいいのに。痛くはないけどさ。
『ハクハにリオーネか。……よもや、本当に物語に出てくる彼らなのか……?』
「なんか言ったかー?」
『いや、何も』
俺とリオーネの絡みを見て、笑いながら言うトリニア。
んー……この反応を見る限り、やっぱり名前もその本に出てきてるみたいだな。偽名でも使ったほうがいいのか?いやでも、俺がいた時にも、勇者とか英雄の名前って人気だったからな。その類の名前をつける親も沢山いたし。じゃあ大丈夫か?宿に戻ったら、一度考えてみる必要がありそうだ。
『それより、リオーネ。お前の魔法は、範囲を狭くすればするほど、精密になるのか?』
「そうだよ。全力で探知をするなら、最高でも3kmが限界。広げれば広げるだけ、ムラが出ちゃうんだ」
『そうか。なら、私の背に乗って探知をするのはどうだろう? 飛行しながら、空から探れば、今よりは効率が良くなると思うが』
トリニアから考えてもいなかった提案が出された。
確かに、トリニアの背中に乗って飛びながら探知をすれば、今よりも遥かに効率が良くなるだろう。リオーネの全力探知なら、まず獲物を取り逃がすことはない。
「おお、それは思い付かなかったな。でもいいのか?」
確か龍ってのは、他の生物を背中に乗せるのを嫌ってなかったか?国にいる竜騎士たちが跨っているのは、あくまでも龍の血が混ざった『竜』であって、龍は生物を乗せないって聞いたんだが。
そう言うと、トリニアは『ふっ』と、少し鼻で笑うような仕草を取ってから、
『私たちは確かに、人に跨がられるのを嫌うが、それが信用に値する人だとしたら、話は別だ』
と言った。
「つまり、俺たちは信用に値する、ってことね。嬉しい話だな」
『そういうことだ。さあ、二人とも、私の背に乗れ』
トリニアが屈んだのを見て、リオーネがその背に跨がる。俺もその後に続いて跨る。
「わっとと。こうでいいのかな?」
「いいんじゃないか? 龍に乗ったのは初めてだけど、結構乗り心地いいんだな。まさか空を飛ぶために乗る初めての龍が地龍だとは思わなかったけど」
誰が地龍に乗って空を飛ぶなんて予想したよ。俺でもしなかったわ。
『この翼も陛下の御力というものだ』
「龍神何でもありかよ。なんつうご都合主義な脳筋野郎だ」
This wing made by 龍神。やかましい。
『では行くぞ。二人とも、しっかり掴まっていろよ!』
前方へと走りながら、その大きな翼を激しく羽ばたかせ、上空へのフライトを開始する。
叩きつけるような風が顔面に当たり、前髪がバタバタとして鬱陶しい。
するとテンションアゲアゲなリオーネがすかさず軽い障壁を張って、程良く気持ちのいい風になった。
「ボク、自分の羽根以外で飛んだの、これが初めてだよ! 凄い気持ちいいよ、これ!」
とリオーネ。リオーネは妖精だから、妖精本来の姿だと飛ぶことが出来る。が、あくまでも飛ぶことが出来るというレベルの話であって、ここまで空高くには飛ぶことが出来ない。高所を飛ぶような体の構造をしていないからな。精々数十mってところだろう。
対して、今飛行しているのは、上空2km地点。龍からすれば全然低い位置なんだそうだが、リオーネの探知の関係上、これ以上高くは飛べない。というか、これ以上高く飛ばれたら、酸欠にでもなってしまいそうだ。
「俺はそもそも飛んだこともないし、これが人生初フライトだよ。風が気持ちいいな」
と俺。俺はもちろん羽なんて持ってないし、残念ながら飛行機に乗ったこともないから、これが初飛行だ。さっきは風が凄まじくてそれどころじゃなかったが、リオーネのお陰で、今は景色を楽しむ余裕も出来ている。高所恐怖症じゃなくてよかった、と心底思っている。
『おいおい二人とも、楽しむのもいいが、ちゃんと探してくれよ?』
「あいあいさー! 今ならどんなに小さな虫だって見つけられる気がするよ!」
俺たちが喜んでいるのが嬉しいのか、笑いながら言ってくるトリニアに、リオーネが元気の良い返事をする。どんなに小さな虫だってってのは無理があるだろう。虫なんかより魔族を見つけて欲しい。
そんなリオーネの様子を微笑ましく見守りながら、俺も俺の用事を済ませることにした。
「張り切りすぎて落ちるなよ? じゃあ俺も、ちょっとばかし用事を済ませておくか」
無限収納室から一つの魔道具を取り出し、そこに魔力を流し込んで起動する。
これは輪廻のローブに続いて『妖精王印』の魔道具。黄色い石のついた指輪を、右の人差し指に嵌める。性質上、嵌める指はどこでも構わない。
この魔道具、名を『念話の指輪』と言う。鋭い人ならば、これがなんなのか、すぐに分かるだろう。
指に嵌めた後、一度でも会ったことのある者を思い浮かべると、その者と15分間という短い間だが、会話が出来るというものだ。この15分間という数字、魔力がどれだけ多くても変わらないので、俺が使ってもリオーネが使っても15分だ。魔道具に込められる限界の時間がそれだったらしい。
思い浮かべるのは、数時間前に話していた無乳女いやギルドマスター。明らかに情報不足な状態で見ず知らずの少年少女を向かわせるような、言いようによっては鬼のような女だ。
くくく……お楽しみの『お説教タイム』だ。