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26 クレープ。新たな面倒ごと

結構間が空いた気がします。結構忙しいです。恐らく熱中症なんでしょうが、今朝ふらっと行ってパタッと倒れてピンチでした。

「ん……んぅ……?」


 重たい瞼を無理やり持ち上げ、体を起こそうとすると、体の上に何かが乗っている。割と重たい。


 何だろう、と首だけを起こして確認すると、それはどうやらワンピース姿の女性なようだ。


「……ああ、そうか」


 少し頭がはっきりしてきた。そう言えば昨日、リリィの家に来て、結局何も聞かないままに寝てしまったんだったか。話すだけ話して、リリィの優しげな言葉に安心しきって寝てしまったんだ。


 ということは、俺の上に乗っているこいつはリリィか。


「おい、リリィ。起きてくれ、起きられない」


 肩を持ち、揺すりながら声をかける。

 というか、今のこれ、どういう状況なんだろう。寝てるのはベッド……だよな。俺が寝てて、その上にリリィが乗っかってる形か。中々に危ない体勢だとは思うけど。ここで空気をぶち壊すほど、俺は馬鹿じゃないからな。


「んにゅぅ……?」

「やあ。おはよう、リリィ」


 肩を揺すられて、徐々に瞼を持ち上げていったリリィは、俺の顔を確認すると、大きな欠伸を一つした。


「あら……おはよう、ハクハ……。昨日はゆっくり眠れた……?」

「おかげ様で。久しぶりに良い夢を見た」

「それは良かったわ……」


 そう言うなり、おやすみ、と言ってまた寝ようとする妖精王。


……いやいやいや。そこで寝てどうする。いや寝てても良いけど、せめて俺の上から退いて欲しい。


「リリィ……」

「んみゅ……好きぃ……」


 さらに揺すって起こそうとした矢先、寝言でそんなことを言い出すので、思わずドキッとしてしまう。こっちに向けられたものじゃないってのは分かってるけど、ちょっと紅潮してる中でそんな台詞を言っているのを聞いたら、男は誰だって反応してしまうだろう。

 それに、顔が近い。俺の顔の真横にリリィの顔がある。寝息だって聞こえる。さすがに、会って2日目の男にこれは、用心が足りなさすぎるだろう。


 リリィに、そしてそんな自分に呆れながら頬を掻き、もう一度寝転んだ。


「……まあ、いいか……」


 たまには、ずっと寝ているのもいいか。そう思い、また夢の中へと落ちていった。




 次に目が覚めたのは、いつ頃だったろうか。初めと違って、誰かに起こされるというものだった。


「……クハ……」

「うぅ……?」


 何だろう、体を揺すられて、名前を呼ばれてる。起こされてる?


 重たい体を持ち上げて、一つ伸びをしてから見ると、既に眠気からは完全に覚醒したのであろうリリィが立っていた。

 昨日と違うのは、黄緑のエプロンを付けているところか。


「もうっ……朝にはかなり弱いみたいね、あなたは」

「いや……お前には言われたくない……」


 お玉のようなもので「めっ」とされるが、1度目に起きた時に寝ぼけて寝言を言っていたような奴に、朝に弱いとは言われたくない。


「ほらほら、いっでも寝ぼけてないで。朝ご飯、とっくに出来てるわよ」


 そんなやり取りが楽しかったのか、一つ笑みをこぼして、リリィはそんなことを言い出した。


 思えば、さっきから、どこからか良い匂いが漂ってきている。腹減り体質の俺としては、非常に好ましい匂いだ。端的に言えば美味しそう。


 お玉にエプロンはそういうことか。料理をしていて、終わったから起こしに来たのか。それならまあ、仕方ない。


「んぁ……朝飯? 作ったのか? というか作れたのか?」

「失礼ね。長い間一人で暮らしているんだから、料理くらい出来るに決まっているでしょう」

「それもそうか……今何時だ?」


 寝室らしきこの部屋には時計がない。時計と言っても、地球にあるようなハイスペックのものではないが、あるにある。ゆえに、時間が分からなかった。

 昨日リリィの家に行ったのは夜の8時過ぎくらいだったか。そこから1時間かそこらは話してたから、9時前後には寝てしまっていたと思う。かなり早かったが、今までの疲れも溜まっていたんだろう。


 そんなに早く寝たということは、今はまだ朝早い時間だと思う。7時か、8時か。働くお父様方にとっては遅いかもしれないけど、俺からすればそれで十分に早い。ヌィアーザも、睡眠の時間だけは確保してくれたからな。寝ない時も多かったけど。


 そんな予想を、リリィはいとも簡単に裏切った。


「5時よ。私は少し遅い方だけれ『待て早すぎる』……そうかしら?」

「道理で眠いわけだよ……まあ、別に良いけどさ……」


 5時て、おま。今が5時なら、1度目の起床は3時か4時かそこらだったのか。その時間に起きた俺にもびっくりだけど、それを少し遅いとか言っちゃう妖精族の常識を疑う。今の心情を表すなら、中学、高校の定期テストで、「俺結構馬鹿だから」とか言ってる友達が、平均点90点以上を取った時とかの気持ちだ。俺もよく分かる。年齢的に言えばまだ学生だからな。


 そんな話はさておき、リリィに案内されて、リビングのようなところに通された。この家、それなりに大きい。俺が行った中でも客室に寝室、そしてこのリビングがある。しかも、全て大きいときた。


 リビングの中央には丸テーブルがあって、それを囲むように4つの椅子があった。

 そして、その上には、色とりどりの料理が。よく見てみると、肉や魚の類はない。全て野菜か果実だ。だが、匂いが明らかに肉みたいな野菜もある。そこはファンタジーってことだ。


 それにしても、中々にグロテスクな奴もいるな。あれはなんだろう、強◯の壺みたいな形のフルーツ。絶対に食いたくない。


「へえ、普通に美味しそうだな。見た目怪しい食材とかあるけど」

「人族のものとは違う食材だから、仕方ないわよ。味は保証するわ」


 むしろ保証してくれなかったら困る。


 席に着き、手を合わせて挨拶をする。


「よし、いただきます」

「ええ、いただいてちょうだい」


 ニコニコと微笑みながら、リリィは優しげに返した。いただきますって日本人特有の挨拶なんだそうだが、リリィはそこら辺、柔軟性があるのかもしれないな。


「どうかしら、お味は?」

「うん、美味しい。なんつうか、こう、随分とがっしりしてるな、これ」


 俺がまず口にしたのは、オレンジ色の大きな木の実? のようなものだった。黄色っぽいソースがかかってて、口に入れた瞬間、弾力のある食感に襲われる。

 味としては、鶏肉に似ているだろうか。噛んだ時の食感は、硬いグミを噛んだ時のようなものなのに、味が甘い鶏肉を食べた時のものだから、少し違和感を覚える。


「ポピレーの実ね。肉や魚の代わりとして使われているの」


 その光景を見ていたリリィが答え、自らも食事を始める。

 肉や魚、ということは調理の方法によっては、魚っぽい味にも変わるのだろうか。あ、いや、こっちの皿にも同じ実が乗ってる。こっちは白身魚っぽい味だ。何に近いかな。ホッケとか、そこら辺に近いと思う。


 ポピレーの実か。聞いたことないけど、妖精族の集落特有のものなんだろうか。


「肉と魚は食わないのか?」

「食べないこともないけど、この集落にはいないから。外から持ち帰った時に食べる程度ね。野菜や木の実で間に合ってるもの」

「なるほどなぁ……」


 そう言えば、と思い出す。ここに来てから、肉になりそうな動物を見ていない。市場っぽい場所でも、肉や魚は置いていなかった。代わりに、色とりどりの野菜なんかは置かれていた。


 なるほど、妖精族はベジタリアンな種族なんだな。肉や魚は食わないってわけではなさそうだけど、どうやら、そのポピレーの実みたいに、野菜や木の実、果物でそれの味を再現し、代用しているらしい。


「それで、昨日の話の続きだけど」


 甘いキャベツみたいなものや、米っぽい味の赤いつぶつぶを食べていると、フォークで木の実を切りながらリリィが言った。


「んぐ、ああ、そうだった。リオーネのことなんだけどさ」


 口に入っていた野菜類を水で飲み干し、昨日話そうとしていた話題を切り出す。


「何で魔法が使えないんだ?」


 リオーネが魔法を使えない理由だ。単純に才能や素質がないって可能性も考えたんだけど、どうも違うような気がする。俺が思うに、彼女は昔は魔法を使えてたんだと思う。

 それが使えなくなったとか、そういう類のものだと、俺は予想している。もちろん、本当に、最初から使えなかったという可能性も、十分にある。


「それは、まだ完全には分かっていないわ。ある日を境に、突然使えなくなってしまったって……」


 フォークを置いたリリィが、俺の予想していた通りの答えを返してくれた。


「ある日ってのは?」

「つい最近……あなたたちからすれば長い時間かしら。もう、何十年も前の話よ。あの子、昔は凄い魔法を使えていたのよ。次期妖精王とも言われるほどにね」

「ほうほう」


 やはり、か。リオーネは元々、とんでもない魔法使いだったらしい。妖精王が一番の魔法使いなのだと仮定するなら、その次期なのだから、余程のものなのだろう。

 それが、何十年も前の話。妖精族には寿命という概念が存在しないから、彼女たちからすれば、短い時間なのだろうけど。俺からすれば、まだ生まれていないほど昔だからな。


「それが、ある事件をきっかけに、トラウマを抱えてしまったらしくて。それが原因かも知れないけれど……」

「原因としては十分だろうな。その事件ってのは、どんなものだったんだ?」


 少し暗い表情になった。


「……あの子はね、一度、人族に『裏切られてる』のよ」

「裏切られてる?」


 それは……どういう意味なのだろう? 裏切られたということは、信じていたということだ。一体、何を、誰を信じ、何に、誰に裏切られたというのか。


「そう。あまり詳しいことは言えないけれど、そのせいであの子は……その人族のいた国を、滅ぼしてしまったの」

「国を……それって、大きな国だったりするか?」

「ええ。それなりに大きな国だったわ」

「まさか……」


 脳裏に引っかかることがあった。


 数十年前。そして、妖精族が国を滅ぼしたという事件。


 俺の部屋にあった数少ない本の中には、妖精族が一つの大国を滅ぼしたという記述があった。次期的には、丁度数十年前。見事に合致する。


 まさか、あの本に書かれていた妖精族というのは、リオーネのことだったりするのか。だとしたら、本当に、リオーネはかなりの腕を持っていたということになる。

 何せ、国を一瞬で塵と化すほどの力を持っていたかもしれないんだ。今、何故こんなことになっているのか、不思議なくらいに。


「どうかした?」

「いや。それが原因で使えなくなった、ってのはあり得そうだな。問題は、どうやってそのトラウマを乗り切るかだけど……」


 怪訝そうにしていた俺を心配したのか、リリィが顔を覗き込んで来る。


 関係のない話だったな。今は、リオーネがもう一度魔法を使えるようになる方法を考えるのが先だ。


 とは言うものの、方法なんて全く思い浮かばない。可能性があるとするなら、リオーネ自身がそのトラウマを突破し、以前の自分を取り戻すことだけど、それが出来ているなら、とっくに魔法の力なんて戻っていることだろう。それが出来ないから、こうして困っているんだ。


 が、しかし……


「……こればっかりは、本人が乗り切るのを待つしかないかなぁ……」

「そうね。私たちが何かするって言っても、逆効果になりかねないし」


 ため息をこぼすと、同じタイミングでリリィもため息をこぼした。


 俺が懸念しているのは、俺が何かをして、そのトラウマを振り返させないかってことだ。人族に裏切られたってんなら、確かに、同じ人族の俺が何かをするのは効果的だろう。

 でも、それは良い意味でも悪い意味でも、だ。良い方向に転じることがあれば、悪い方向に落ちる可能性もある。だから、下手に手出しは出来ない。


「じゃあ、そのことは追い追い考えよう。次だ。何で、その状態のリオーネを、外に出したんだ?」

「私もね、あなたと同じような考えだったのよ。あの子の中の葛藤が、魔法を使えなくしてるんじゃないかって。だから、その葛藤を打ち破ってもらうために、外に送ったの」


 リリィは神妙な面持ちでそう言った。


「危険だとは、考えなかったのか?」

「あの子の人化の能力の性能はダテじゃない。バレることはないと、楽観視し過ぎていたのよ、私は……」


 彼女はとても悔しそうだ。俺はリリィみたいに、人の心を読めたりは出来ないけど、きっと、読めなくたって分かる。

 リオーネが襲われたのは、自分のせいだと、自責の念にかられているんだ。半年前に、リオーネを外に出さなければ、あんな危険に晒されることはなかったって。


 そもそも、何故今だったんだろう。魔法を使えなくなったのが、数十年前。リオーネを外に出したのは、半年前。この間の数十年、何故出そうとしなかったのだろう。


「そんなに凄いのか? リオーネの能力は」

「当然よ。妖精族の中でも、一番じゃないかしら」

「あいつを襲っていたのは、どこにでもいそうなおっさんだったが」

「……? おかしいわね。世界を揺るがすような、途轍もない魔法使いならともかく、一般人に見破れるような、ヤワなものじゃなかったはずだけれど」


 何を言っているのか、という風な顔で首を傾げる妖精王。


 あのあっさんが、世界を揺るがすほどの魔法使い?

 ない。100%ないと断言してもいい。あいつからは、大した魔力を感じなかった。自分で言っちゃなんだが、それほどの魔法使いが傍にいるなら、俺だってすぐに分かる。今だって、リリィの内にある膨大な魔力を感じている。

 リオーネが元は魔法を使えてたんじゃないかと予想したのも、彼女の内に眠る魔力が、魔法使いのそれに近かったからだ。魔法を使わない人間の魔力は、もっと幼い。


「「……何か」」


 声が被さる。


「「裏がありそうだな()」」


 大きな大きな陰謀が、この背後には隠れていそうだ。


「でも、だとしたら、一体誰が……」


 考え込もうとするが、その時、「ポーン」という音が鳴り、そちらに意識が向かってしまう。


「……ん?」

「あら、ご本人の登場ね」

「リオーネか?」

「ええ。迎えに行ってくるわ」


 どうやら、本人が到着したそうだ。この家に来ることは置き手紙にして伝えておいたから、それを見て向かってきたんだろう。


 じゃあ、この話は一旦、ここで打ち止めか。本人がいる前で話す内容でもない。


 玄関の方から、何やら話し声が聞こえてくる。足音とともに、それがこの部屋に向かってくる。


「あ、ミナヅキさん、おはようございます!」


 静かに扉を開け、その先に俺を見つけたのか、嬉しそうに駆け寄ってくる。おお、そうかそうか、そんなに嬉しいか。俺も嬉しいよ。


「おはよう、リオーネ。疲れは取れたか?」

「バッチリです!」


 キャッキャウフフとはしゃいでいた時、その後ろから入ってきたリリィが、リオーネの頭に手を置いた。


「丁度良かったわ。ハクハとの話も一段落ついたし、2人でデートにでも行って来なさいな」

「デデデ、デートっ!?」


……という、爆弾発言とともに。


 慌てふためくリオーネ。お前馬鹿だろ思考の俺。


 いやいや、それは。リオーネが嫌がるだろう。俺はむしろ歓迎だけど、好きでもない相手とのデートとか、地獄以外のなにものでもないと思うぞ。


 そう考えた俺は、あくまでもリオーネのために、それを断ろうとした。


「おいおい、さすがにそれはリオーネが嫌がるだ『行きましょう、ミナヅキさん!』……お、おう?」


……のだが、何やら凄い乗り気なリオーネに押され、無意識の内に承諾してしまっていた。


 リオーネに引かれる手を拒むことも出来ず、最後にリリィに挨拶だけしておこうと思った。


「じ、じゃあ、また来るよ、リリィ。色々とありがとう」

「その時には、また違う料理をご馳走してあげるから、楽しみにしてなさい」

「行って来ます! 妖精王様!」

「はいはい、楽しんでらっしゃい、リオーネ」


 大変喜ばしいものを見るような目で送られた。リオーネを少し落ち着かせ、扉をゆっくりと閉めると、その奥から、ため息とともに、小さな呟きが聞こえた。


「……あーあ。あの様子じゃ、勝てそうにないかしらね……」


……一体、何の話だろうか?




 このような機会を作ってくれたリリィに感謝しつつ、俺たちは、大通り——のようなもの——を歩いていた。「少し遅い」という言葉通り、妖精たちは皆、活発に活動していた。まだ朝早い時間だというのに、元気なことだ。


「リオーネは、朝ごはんとか食べたか?」

「はいっ! あ、でも、まだちょっとお腹空いてる感じはあります」


 お腹の辺りを押さえ、そう言うリオーネは、確かにどこか空腹感を漂わせている。


 とかく言う俺も、空腹感には苛まされている。味は肉や魚だったのだが、中身は野菜なので、やはり、完全に空腹感が埋まることはなかった。城にいた時に比べれば豪華すぎる食事だったけれど。


 そこで、大通りに流れてくる甘い匂いに気がついた。そうだ、ご飯じゃなく、デザートにしようと、そう決めた。


「実は俺も、まだ少し食べ足りなくてさ。この集落には、集落特有の甘味とか無いのか?」

「ありますよ。ボクも良く行くお店なんですけど、とっても美味しいクレープ屋さんなんです」


 隣を行く彼女は楽しそうだ。


 そんな元気な彼女とは裏腹に、俺はあることに悩んでいた。


(……ガルアースって、クレープとかあったのか……?)


 こっちに来てから、地球にあったような料理を口にすることも、まあ数は少なかったがあったよ。ムニエルみたいな食い物とか。

 ただ、クレープは初めて聞いた。ここだけの話、俺、スイーツが結構好きなんだ。自分から作るようなことはしないけど、買って食べることは割りとしていた方だったと思う。

 特に好きだったのが、クレープと栗のモンブランなんだ。召喚される前、行きつけの店だったクレープ屋には、栗のモンブランの入ったクレープがあった。あれが美味しすぎて、もう、やばい。愛しの味が、足りない。


 と、そこで、この集落の通貨を持ってないないことに気がつく。外の通貨ならそれなりに持っているんだけど、使えないよな?


「あ、ここって、通貨はもちろん、他の大陸とは違うものなんだよな?」

「そうでもないです。食材を仕入れるために外に行く場合もありますから、外の通貨でも通用しますよ。例外もありますけど」

「そのクレープ屋はどうなんだ?」

「取り扱ってますよ」


 なるほど。この大陸にはない食材を仕入れる時は、外まで行って買ってくるのか。何か、外の世界には来てるんだな。妖精族に関する情報が殆どないって言うもんだから、てっきり、外には全く出ないような種族なのだと思っていた。


「そりゃ良かった。じゃあ、そこに行こうか」

「はいっ!」


 リオーネの案内のもと、俺たちは目的の店へと足を進めた。


「綺麗な店だな。綺麗と言うより、おしゃれ?」


 辿り着いたのは、緑と黄色を基調とした、結構大きな店だった。店内にはゴミの一つも見当たらず、非常に清潔感溢れている。これが魔法の力か。


 しかし、客はまだ入っていないな。見渡しても、客は俺たち以外にいない。まだおやつって時間ではないのか?


 そわそわと座っているリオーネに、辺りを見回している俺。怪しい。怪しい2人組すぎる。


 そこへ、外見は40代ほどの、小太りの女性がやってきた。


「おや、リオーネちゃんかい。隣のイケメン君は誰だい?」

「あ、ミリアおばさん!」


 イケメン? 俺? そんな、照れてしまう。俺このおばさんの好感度、早速上がった。


 ファンタジーの家政婦が着るような赤い服に、背中から生えている4枚の羽。大きさは普通の人間サイズだ。外で見てるから慣れてるけど、妖精って言う割りには小さくない。人間に羽が生えたようなものだ。


 どう説明しようか。そう言えば、リリィに貰ったあれがある。


 そう思って、無限収納室(インベントリ)に入れていた紙を取り出して、渡した。


「えっと、ハクハ・ミナヅキって言います。これ、リ……妖精王様の証明証、みたいなものですけど」

「おやおや、妖精王様直々の認可証とはねぇ。あたしも久しぶりに見たよ」


 その紙を感心したように眺めながら言った。久しぶりなのか、俺が。


「ミナヅキさんは、ボクを助けてくれたんです!」

「そうかいそうかい、嬉しそうで良かったねぇ。今日は何にするんだい?」

「何かオススメとかありますか?」


 やめて、そんなにテンションアゲアゲで話されたら、俺が照れる。ほら、ミリアおばさんもニヤニヤして俺の方見てるじゃん。やめてよ。


 ともあれ、何にするかと聞かれても、メニューが分からない。メニュー自体はあるんだけど、聞いたことのない食材の羅列があるだけで、どんなものか全く想像出来ない。


「そうだねぇ……あ、そうだ。試作段階のメニューがあるんだけど、食べるかい? バニラアイスに季節の果物を乗せて、ゴイチの実のソースをかけた自信作だ」


 考え込むようにしていたミリアおばさんだったが、良いことを思いついたとでも言わんばかりの顔で、そう言った。


 試作段階の商品……つまり、店頭に並べる前の試食か? 実際に客の声を聞くとかいう、あれ。俺としては、そのゴイチの実ってのも何なのか分からないんだけど。辛うじて分かったのは、バニラアイスに果物が乗ってて、その上からゴイチの実なるもののソースがかかっているんだということ。それ以上は理解不能だ。


 が、それを聞いたリオーネの顔は、一瞬にして喜びに埋め尽くされ、がっつくようにしてミリアおばさんに迫った。


「ボク、それが食べたいです。ゴイチの実、大好きなんです!」

「リオーネが良いなら、俺もそれにします」


 どの商品もどんなものなのか分からないし、それならリオーネと一緒のものにしようと、俺は続けた。


「リオーネちゃん、いつもありがとうね。試作品だから、お代はいらないから」

「いいんですか?」

「その代わり、味の感想は教えとくれよ。改良して、店に並べるかどうか決めるからね」

「もちろんですよ」


 何と。知らぬ間に得をしてしまったらしい。味の感想……任せておいてほしい。俺は味に関してはうるさい方だ。的確な感想、評価を下せるはずだ。


……凄い偉そうになった。言いたかったのは、その点については任せてくださいってことだ。別に、偉そうにアドバイスとかをするつもりじゃない。食べさせてもらう立場なんだから、厳しい感想なんて言えるかっての。


「それじゃあ、ちょっと待ってなさいな」


 あっはっはと、快活な笑いを残して、ミリアおばさんは厨房に消えた。


「良い人……妖精さん? だな」


 ミリアおばさんが消えた後、率直な感想を述べた。この場合、良い人と呼んで正しいのか分からない。だって妖精だし。

 でも、良い妖精さんなのは間違いない。俺の好きなタイプの人だ。恋愛とかそういう意味ではなく、愉快なおばさんとかおじさんとか、好感を持てるじゃないか。ウチの祖父母は、双方そんな感じの人だったから、ミリアおばさんはどこか、俺の祖母を彷彿とさせてくれる。


「昔からお世話になってるんです。ミリアおばさんのクレープは、妖精たちの中でも一番なんですよ」

「それは楽しみだ」


 出された紅茶を少しだけ冷まし、飲みながら待つこと数分。良くソフトクリームとかを立てるために使うあの銀の支柱みたいなもの——名前は知らない——に、2つのクレープを上手く乗せて、ミリアおばさんが運んできた。


「はいよ、お待ちどうさま」

「はわぁ……!」

「おぉ……!」

「どうだい、見た目は完璧だろう? 味についても問題ないさ」


 机の上に置かれたそれは、まさに芸術だった。

 焦げ一つない完璧な生地に、雪のように白いバニラアイスと、色とりどりのカットされた果物が乗せられていて、その上から、非常に甘い匂いの白色のソースがかかっている。

 食べるのが勿体無いくらいの品物だが、食べるのが目的だ。ここは、存分に味わって食すとする、


「いただきます!」

「いただきまーす」


 リオーネ、俺と挨拶をしてから食べる。リリィもそうだったけど、妖精族の間には、日本人のような「いただきます」精神が伝わっているのかもしれない。何も言わずともリオーネがそう言ったように。


「あむっ、んむぅ! 美味しい! 甘い!」

「確かに、これは美味しいな」

「リオーネちゃんったら、本当に美味しそうに食べるねぇ」


 目の前の幼女もとい少女はがっつくようにして食らいついているが、その気持ちも分かる。それくらいに美味しいのだ。

 まず、生地が美味しい。何だろう、何か特別な素材でも使っているのか知らないけど、ほんのりと果実的な甘さがある。バニラアイスも濃厚で、その上の果物と相性が良い。


 さらには、その上のソースだ。ミリアおばさんやリオーネはゴイチの実と言っていたが、確信した。これイチゴだ。見た目が白かったから気付かなかったけど、この独特な味は、間違いなくイチゴだ。イチゴのソースだ。ソースと言っても、完全な液体ではなく、所々に果肉が混ざってある。どちらかと言うと、ジャムに近いかもしれない。少しサラッとしたジャムだ。


 リオーネも言う通り、甘い。甘党な俺には満足の一品だ。


 だが何故か、俺は、言葉に出来ない物足りなさを感じていた。


「……んー」

「? ミナヅキさん、どうかしたんですか?」

「いや……なんだろう、こう……」


 何が足りないとは言えない。そもそも、本当に足りていないかも分からない。


 だけど、こうじゃない(・・・・・・)気がする。美味しいのは美味しいんだけど、『何か忘れてしまっている』ような、そんな感覚に襲われる。


「何か足りない気がする、かい?」

「!」


 ミリアおばさんに言われる。その感覚に襲われていたのは、俺だけではなかったようだ。


「あたしもね、それが分からなくて困ってたんだよ。だから、まだ店には並べてない。何か分かったら、すぐにでも並べるつもりなんだけどねぇ……」

「足りないですか? 私は、十分に美味しいと思いますけど……」

「あたしもそう思うんだけど、何かが足りないような気がしてね……」


 うーんうーんと、3人で悩み続けるが、一向に答えは出ない。リオーネはこれで満足しているようだし、ミリアおばさんも俺も、その『何か』に気付けない。


「ゴイチの実……イチゴ……何かが、足りない……?」


 地球でのイチゴという食べ物を想像して、もしやという可能性に行き着く。


 それを確信へと持って行くため、もう一口、今度はソースだけを舐めてみる。

 白く、少しサラッとしているソースは、甘い。甘かった。


 そう。甘すぎた(・・・・)


「そうか……!」

「何か、分かったのかい?」


 あまりにも簡単な答えに行き着いて、思わずテーブルを勢いよく叩いてしまう。いやごめん、つい癖で。


 そうだよ、簡単なことじゃないか。これがイチゴとほぼ(・・)同じ味だから、俺は違和感を、物足りなさを感じていたんだ。


 ああ、そうさ。


 このゴイチの実、酸っぱくない(・・・・・・)じゃないか。


 イチゴが甘く、ほのかに酸味を帯びているのは、周知の事実だろう。

 巷には酸味がなく、甘いだけのイチゴというものが出回っているが、俺は嫌いだ。甘いだけのイチゴなど、そんなものイチゴではない。微かに酸っぱさがあるからこそ、イチゴはイチゴなのだ。俺は甘いだけのイチゴなど認めないぞ。甘さ7割酸っぱさ3割くらいのイチゴが一番美味いんだ。何故だか知らないけど、完全に甘いだけのイチゴのほうが、値段が上だけどな!


 そして、このゴイチソースにも同じことが言える。味はイチゴ。しかし、酸味が全くと言っていいほどにない。ゆえに、刺激が足りない。


「あの、ミリアさん、このゴイチの実って、酸っぱいものとかないんですか?」

「酸っぱいゴイチの実かい? そうだねぇ、完全に熟れる前なら、酸味が強いはずだけど」


 ないのなら、酸味成分だけ違うものから得ようと思ったが、どうやらあるらしい。


「それ、今ありますか?」

「あるにはあるけど、それをどうするんだい?」

「そいつを、別のソースにして、こいつにかけるんです」


 クレープの上で手を回して、ソースをかける時のようなジェスチャーをする。


「酸味の強いゴイチの実を? ……なるほど、そういうことかい。ちょっと待ってな」


 そこまで聞いて、俺の意図を汲み取ったのか、ミリアおばさんは急ぎ足で奥に行ってしまった。


 その後、まだ話についていけてなかったリオーネが、キョトンとして、俺に聞いてきた。


「? どういうことです?」

「実は、俺の故郷にも、これと同じような果物があってさ。それはこれよりも、もっと酸っぱい感じがするんだ。もちろん、完全に酸味が抜けたものもあるけど、俺は割と酸っぱいそれが好きでさ」


 日本のイチゴを思い出す。そう言えば、あの行きつけの店のクレープのイチゴも、頼めば少し酸っぱいものに変えてくれたよなぁ。常連になりすぎて、最終的に新メニュー開発にも協力してたりしたっけ。


 そこでやっと気付いたのか、口にソースをつけたリオーネが目を光らせた。


「あ、分かりました。このゴイチの実は完全に熟れてるから酸味がなくて、ミナヅキさんは物足りなく感じたんですよね?」

「うん。後は、実は甘いものと酸っぱいものって、結構合うんだよ。だから、それを別のソースとしてトッピングしたら、美味しいんじゃないかなって」


 口元についているソースのことを指摘すると、少し恥ずかしかったのか、顔を赤らめながら拭った。


「出来たよ」

「あ、ミリアさん」


 今度は3分とかからずに来た。天使のようなあの子も驚きの早さだろう。


 テーブルの上に置かれた銀ボールには、クレープに元からかかっているものに比べて、少し青みがかった白ゴイチソースが入っていた。見た目からして「熟れてないな」感のあるソースだけど、俺の考えが正しければ、これで良いはずなんだ。


「これをそのままかけるのかい?」

「はい。でも、多すぎず、少なすぎずです。多すぎると酸味が強くなりすぎて、この独特の甘味がなくなりますし、逆に少なすぎると、かける意味がなくなってしまいます」


 ソースをかけるための器具を持ったミリアおばさんに、そう説明する。分量、大事だ。初めてだから、少なめにかけて、そこから少しずつ増やしていく形のほうがいいと思う。


「よし、じゃあ、取り敢えずこれくらいで……食べてみておくれ」


 そんな俺の考えを愚かと殴り捨て、ミリアおばさんは一気に行った。割と、ぴゃーっと。もうぴゃーって。


 けど、見た目には丁度良さそうに見える。流石、熟練の技は違うということか。


 どくどく、どくどくと、心臓の鼓動を抑え、その魅惑の宝石に口を近づけていく。


「はむっ」

「んむっ」

「もぐ」


 意を決して、それに食らいつく。


 瞬間に、口の中で奇跡が起こった。


「……!? これは!」

「おおおぉ……」

「なんとまあ……」


 皆、同じような感想らしい。


「甘味と酸味が、絶妙なバランスで競り合っている……甘さが来たと思ったら、適度な強さの酸味が来て、何とも言えない味を醸し出している……!」

「バニラアイスと他の果物にも合ってますよね!」

「まさか、熟れ切る前のゴイチの実に、こんな使い方があったとはねぇ……」


 俺が美食家ばりの感想をひねり出している横で、リオーネは幸せそうに、ミリアおばさんも感心したようにクレープを食べていた。


「大成功、ですかね?」

「それどころじゃないさ。これはきっと、人気商品になるよ」

「凄いです、ミナヅキさん!」

「たまたまさ。イチゴと似たような果物で良かったよ」


 テンションが最高潮のリオーネに絶賛され、照れる。本当に、今回のことはたまたまだった。ミリアおばさんが最初に提案していなければ、こうなることもなかったし。ゴイチの実が、そもそもイチゴだということに気が付かなければ、今には至らなかった。


「ハクハ、だったかい。感謝するよ。いつでも来ておくれ。ウチはあんたを歓迎するよ」

「ありがとうございます、ミリアお……さん」


 背中を結構な勢いで叩かれ、名前を呼ぼうとすると睨まれた。おばさんと呼ぶなってか。でももうお姉さんって歳でも痛い! 強い、強い強いというか痛い! ごめんなさい、もうおばさんとか呼ばないから許して。リオーネがそう呼んでたから真似しただけなのに、何で俺はこんなに睨まれる。こんなの理不尽だ。


「さぁ、あんたたち! 量と作り方、今すぐ覚えな! 明日から店に並べるよ!」

「「「はい!」」」


 俺の背から離れたミリアおば……ミリアさんは、厨房に向かってそう叫ぶと、自身も奥に消えた。多分、量と作り方の二つを叩き込みに行ったんだろうな。スタッフの妖精さんたち、過労で死ななきゃいいけど。


 紅茶をグイと飲み干し、それを生暖かい目で見守る。


「……明日から、混むかな」

「……嬉しそうですし、良いんじゃないでしょうか」


 明日からの状況が目に見えるようだ。


 この時の俺たちは知らなかった。この翌日、店が妖精で溢れかえることを。それはまた、別の話だ。


「それもそうか。ミリアさん、見た感じだと、お客さんの笑顔とかで喜ぶタイプの人だろ? なら、なおさら良いんじゃないかな」

「そうですね。あ、ミナヅキさん、ソース垂れそうですよ」

「え? 本当だ。はむっ……」


 リオーネが俺のクレープに指をさして言った。


 おっと、本当だ。手にかかりそうになっている。よくあることだ。


 ソースを垂らさないように、クレープを持ち上げて、端の部分にかぶりつこうとした。


 そして、パリッとした生地に噛み付いた瞬間、それは起こった。


 突然、近くに隕石が落下したのではないかと思わせるほどの揺れが発生し、クレープが思ったよりも喉の奥のほうまで食い込んだ。


「むごぉぉぉおおお!? ゴホッ、ゲホッ、な、なんだ!?」

「わ、分かりません……地震でしょうか?」

「結構大きかったぞ、今の……」


 地震にしては、突発的すぎるし、揺れが瞬時のものすぎる。地震ならば、本当の揺れの前に細かい揺れがあるはずだし、もっと長く続くだろう。それこそ、本当に隕石でも落ちたのではないかと、それほどに瞬間的なものだった。


「リ、リオーネちゃん、ハクハ、大丈夫だったかい!?」


 奥から慌ててやって来たミリアさんに、 2人ともに体をペタペタと触られ、無事を確認される。そこまでやらなくても。過保護すぎるだろうと思ったけど、心配されているんだと思ったら、不思議と嫌ではなかった。


「ええ。そちらは……」

「何とか大丈夫さ。今のは一体、何だったんだろうね……」


 ミリアさんにも、原因は分からないらしい。少なくとも、良くあることではないようだ。


 本当に、今のは地震か? 胸騒ぎがする。面倒ごとに巻き込まれる前に、決まって襲ってくる胸騒ぎだ。


「ミ、ミナヅキさん! ミリアさん! あれを!」


 俺とミリアさんの2人は、外に出て様子を見ていたリオーネに、いきなり手を引かれて、外まで連れて行かれた。


「あれは……!?」

「なんだい、あれは……」


 その後ろから、ぞろぞろと、スタッフの妖精たちもやってくる。


 そこで、俺たちが目にしたもの。それは……






世界樹(ユグドラシル)が……光ってる……!?」


 黒く、怪しい光を放つ、【世界樹ユグドラシル】の姿だった。

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