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25 ハクハの罪

0.5章に入ってから、大体コメディのタグが仕事をしていない……!


こういった話を書くのは結構苦手なので、文章がいつも以上にグチャグチャになっております。ご了承ください。



 すっかり暗くなってしまった集落の中を、一人歩いていた。目的地は妖精王、リリィの家。

 まだ寝入る時間ではないが、疲れてしまっていたのか、リオーネはぐっすりと眠ってしまった。


 集落を奥まで歩き、赤い屋根の家の前に到着する。

 その扉を、快活な音を立ててノックし、中にいるであろうリリィを呼ぶ。


 返事は、頭上にあった物体からではなく、開いた扉から聞こえてきた。


「……そろそろ、来る頃だと思っていたわ」

「よく分かったな」


 緩やかなワンピースに身を通したリリィは、全てお見通しだ、とでも言いたいのか、扉を開ききり、俺を中へと通した。


 さっきと同じ客室に通され、椅子に座るように言われる。テーブルには、既に湯気の立っているティーポットが置いてあった。


「なんで分かったんだ?」

「勘、かしらね。よく当たるって評判なの」


 それは凄い。俺が来ることを、よく当たる勘とやらで察知したか。


 着席し、紅茶をカップに注いでもらい、口に含む。が、やはり熱すぎて無理だった。猫舌は舌の使い方が下手だからなんだ、とか聞いたことあるが、直そうと思って直せるものでもない。

 カップをテーブルの上のソーサーに置いてから、同じく紅茶を飲んでいる最中だったリリィを眺める。


 こうして見ていると、やはり美人だなとは思う。可愛い、というよりは綺麗。少女、というよりはお姉さん、という風なリリィだが、見た目とは異なり、中身はかなり歳を食っているんだろうと思う。


「そんなにジロジロ眺めて、一目惚れでもしたの?」

「そうだな。リオーネに会う前なら、それもあったかもしれない」

「そう」


 尤も、俺のはあくまでもただの『片想い』で、ほかに目移りしようがしまいが、特に問題はないのだが。


 部屋の中にあった、明らかに人族が作ったものと思われる柱時計が、カチカチと音を立てている。まだ、会話は始まらない。


 どうやって切り出そうか。そう悩んでいた。


 が、先に沈黙を破ったのは、淑女らしく、紅茶入りのカップを華麗な動作でテーブルに戻した、妖精王リリィの方だった。


「……リオーネのことよね?」

「……ああ」


 それを肯定する。


 こんな時間に妖精王であるリリィの家を訪ねた理由。幾つかあったが、最も大きな理由だったのは、リオーネの件だ。

 何故、彼女は魔法が使えないのか。

 何故、そんな彼女を大陸の外に出したのか。

 後は、彼女の生い立ち。そんなことを聞くために、ここまで来た。


 それも全てお見通しだったようで、リリィは真剣な表情で問いかけてきた。


「何故、そこまであの子に、肩入れするの?」

「何故って……一目惚れしたからって、さっきも――」

「本当に、そうなのかしら?」


 俺の言葉を、リリィはバサリと切り捨てた。


「私はどうにも、それだけではないように思うの」


 俺がリオーネにここまで肩入れする理由。今、彼女はそれを、『惚れたからではない』と断じている。

 もっと正確に言うならば、『その理由もあるだろうが、それだけではないだろう』と、そう言いたいのだろう。


「だから、もう一度聞かせてちょうだい」


 リリィは、真剣な表情を崩さぬままに、続ける。


何が、(・・・)理由なの(・・・・)?」

「…………」


 最初に会った時にされたのと、似たようで違う問い。『目的』と『理由』。今の彼女は、真剣な表情なれど、数時間前のような、剣呑な雰囲気ではない。あくまでも、理由を聞いているのだ。俺がリオーネを助ける理由を。


 果たして、俺にその問いに答えることが出来るのだろうか。

 俺自身、そのことはずっと心に引っかかっていた。リオーネに一目惚れしたというのは本当だ。紛れも無い本心だ。


 それでも、さすがにこれは干渉し過ぎではないかと、自分でもそう思うほどだ。ただあの場で助けるだけ、という選択も取れた。見捨てるという選択も可能だった。

 そんな状況下で、俺はリオーネのことを第一に考えて、あれほど嫌いだったヌィアーザに会うかもしれない、国に追われるかもしれないという可能性まであった中で、彼女をここまで連れてきた。


 本当にそれは、惚れた少女のためだったからか。


 目の前の妖精王に問われ、初めて、その疑問と心の中で向き合う。


「俺は……」


 そもそも、何故彼女を助けたのだったか。助けるのに理由はいらないとか、そういう理由だったからだろうか。


 違う。あの時、俺は確かに、何かしらの決心を胸に、彼女を助けたはずだった。それは、何だったか。


 考え、迷い、そして考え抜いた。その結果として、ある一つの『答え』に、辿り着いたかもしれない。


「……分かった。その前に、話しておくことがある」

「何かしら?」


 このことを話すなら、予備知識として必要なものがある。それを、今話そう。


「リリィ。あんたは、最近人族の大陸で有名になってる、『黒』って存在のこと、聞いたことがあるか?」

「……確か、国同士の大きな戦争になると、よく現れるっていう、『人殺し』って呼ばれる、残虐な男のことよね?」


 他にも名はある。『悪魔』や『無慈悲な影』という名もそうだ。しかし、大抵は『黒』という名で通用する。

 懸念はリリィがこの存在を知らない場合だったが、杞憂に終わったようだ。


「そう。その『黒』だ。初めて現れたのは約1年前。その時の戦争は、大国【リンドナース】と、周辺諸国によるものだった」


 周辺の3ヶ国と【リンドナース】の戦争。『黒』という、突然現れた絶大な戦力に、3ヶ国は為す術なく敗北した。僅か2日という短さで終戦したために、名は付いていない。


「それから次々に『黒』は現れた。【リンドナース】と遠い大国との戦い、【リンドナース】とそのまたさらに遠い大国との戦い」


 時には大陸の端から端をまたぎ、挙句大陸を飛び越えて、違う大陸の国と戦争を起こした【リンドナース】。『黒』は、超長距離観測鏡(マグナミラス)と空間転移の合わせ技によって、敵国に不意打ちを与え、甚大なる被害を及ぼした後に、その力で滅ぼした。


「全部、【リンドナース】っていう国が関わってるんだ」

「それが……どうしたの?」


 リリィはまだ、何も分かっていないようだ。

 無理もない。突然、今までの話の流れとは、到底関係のないような話をされ、理解しろという方が不可能だ。


 だが、彼女は王だ。理解力はある方だと踏んでいる。


「……俺はな、リリィ。1年前に、【リンドナース】で暮らし始めたんだ」


 決定的な言葉を放つ。


「……っ、あなた、まさか……」


 彼女も、理解が追い付いたようだ。

 既に、リオーネにもバレているかもしれない案件だ。ここでリリィに言おうが、大した問題はない。


 1年前。【リンドナース】。この二つの単語を出されて、気付かなければただの阿呆だ。


 自らの胸に手を当て、真っ直ぐとリリィの目を見つめて。


「もう一度、ちゃんと俺の心を見てくれ。善心なんてない。汚れて真っ黒になった心が、見えると思うから」


 始め、リリィはこんなことを言った。『あなたは悪意を持って近づいたんじゃない』と。


 そんなこと、あるはずがないだろう。

 見ろ、俺のこの穢れきった悪魔のような両手を。血を浴びて赤く染まってしまった髪を。これを見て、まだ悪意がないと、そう言い切れるのか。俺が本当は凄い悪人だっていう可能性の方が、よっぽど高いではないか。


 現実には、俺のこの両手は普通の人の手で、髪は黒いままだ。だけど、目に焼き付いて取れないんだ。血に染まった自分の姿が。何度も何度もそんな姿に身を堕とした、自分の心が。


 言われ、驚き果て、俺の目を見つめ返してくるリリィが、ゆっくりと、口を開いた。


「……何か、理由があったのよね?」

「なかったよ。何も。『なかったから』問題なんだ」


 せめてここに、家族を人質に取られていたから、呪いを掛けられていたから、なんていう理由があれば、まだ協力していたとしても、許せるものがあるだろう。


 けど、俺にはそれがなかった。服従させるための首輪や、俺の命を直接奪うための魔法も。従う理由はあったにはあったが、破ろうと思えばいつでも破れた。


 それをしなかったのは、【リンドナース】の人々が幸せになると、心の底から、そんな勘違いをしていたからだ。戦争をして、領土を広げれば、国の人々は豊かな暮らしが出来るようになると、本気でそう考えていた。


 そんなわけがないのに、と自嘲気味に笑ってしまうだろう。戦をすれば人が死ぬ。それは当たり前のことなのに、1年前の俺は、それが分からなかった。笑って暮らしている【リンドナース】の民を見て、『俺は正しい』って思い込んでいたんだ。あの時の俺は、『子供』だった。世の中を知らない『子供』だったんだ。


 その真実に気付いて、俺は国を飛び出した。首輪も、魔法も、全て破り捨てて、ちょっとした復讐代わりに城のものを持ち出して。そんなことをしても何にもならないのに。


「……いいわ。そのことについては、ひとまず置いておきましょう。それを話したということは、これからの話は、何かそれに関係があるのよね?」

「ああ」


 目も逸らさないままに、妖精王はそれをいったん脇に置いた。


 それでいい。本題はここからだ。


「俺はな、《勇者》なんだ」

「《勇者》……それは、本当なの?」


 《勇者》という言葉の成す意味を知っているのか、さらなる驚愕に顔を染めたリリィは、聞き返してくる。


「本当だよ。【リンドナース】っていう馬鹿な国に召喚されて、今まで人殺しばっかりしてきた、馬鹿な勇者だ」

「…………」


 それに肯定で返し、自分を貶めるような口調で、薄ら笑いを浮かべながら話した。


「俺だってな、好きで人殺しばっかりしてたわけじゃない。ある意味、成り行きだった。出来れば、人助けだってしたかったさ」


 言葉一つを紡ぐたびに、心が揺さぶられる。


「自分で言うのもなんだけどさ、俺には『力』があったんだ。壊すことも、救うことも出来る、それほどの『力』が」


 そうだ。俺には『力』があった。その気になれば、【リンドナース】とその他の国々を、和解させて終戦させることだって、出来たのかもしれない。そのためにはヌィアーザが邪魔だけど、逆に言えば、あいつを排除すれば、その願いは叶ったのかもしれない。


……よそう。この考えが既に、俺が危険人物だと示しているようなものだ。


 とにかく、俺には『力』があった。その事実が重要なんだ。


「以前の俺は、その『力』の使い方を、盛大に間違ってたんだよ。戦争で俺が動いても、救われるのは自国の民だけ。それに、あんなもの、『本当の救い』じゃない。あれはただのまやかし(・・・・)だ」


 笑っている人たちの陰で、泣いている人たちがいた。戦争に駆り出された夫を待つ妻、子供を連れて行かれた夫婦、敗国の兵の恨みで家族を殺された男兵士。


 確かに、豊かな暮らしになった【リンドナース】の人々は幸せだろう。でも、そんなの幸せじゃない(・・・・・・)。幻を見ているだけ。いつか消え去る栄華を、一時的に得ているだけに過ぎない。

 出る杭は打たれる。飛び出した一本の大国()は、いつか来る反逆(金槌)に打たれてしまう。


「だからかな。襲われてるリオーネを見た時、『助けたい』って思った。困ってるリオーネを見た時、『救いたい』、って思ったんだ」


 妖精ハンターに襲われているシーンに出会った時、そして、蹲っているリオーネを見た時。俺は、今まで自分が出来なかった……いや、自分がしよ(・・)うとしてこなかった(・・・・・・・・・)ことを、してあげたいと思った。


 その言葉を、リリィは静かに聞いている。何も口にせず、かと言って話を聞かないというような真似もしない。真面目に、俺の話に聞き入っている。


「いつ頃だったかな。今じゃ仲の良い男友達でさ。そいつがおっきな犬に襲われてるところを、助けたことがあったんだ」


 火野(ひの) (あかり)という幼馴染のこと。あいつと仲良くなったのは、俺があいつを助けたからだった。


「あの時と、状況が似てたから……無意識に体が動いてた、ってのも、あるかもしれない」


 よくよく考えればそうだった。獰猛な大型犬に襲われていた幼馴染と、下卑た笑みを浮かべていた妖精ハンターに襲われていた少女。状況としては、似通っていた。


「……ハクハ……」


 そこまで話して、リリィは口を開いた。随分としおらしく、申し訳なさそうにしているものだ。


「……これが、『理由』だ。もちろん、一目惚れしたからってのも、嘘じゃない」


 これまでの話全てが、俺がリオーネを助けた理由だ。もしも俺に、自分の手で殺してしまった人たちに償いたいという気持ちや、過去に幼馴染を助けたという経験がなければ、あるいはリオーネには巡り合わなかったかもしれない。あれは、神が俺に下した、天啓なんだと思う。この少女を助け、救えという。


「……ごめんなさい。私、何も知らずに、あなたの傷を……」

「気にしないでくれ。俺が勝手に話したんだ」

「でも……」


 どうにも、気にしすぎてしまう性格なのか、非常に申し訳なさそうな顔で謝ってくるリリィ。平気だと言っても譲ろうとしない妖精王だ。

 これは俺が、話したくて話したことなのだ。それを気に病むなど、逆にこちらが申し訳なくなってしまう。


 が、これは好都合だ。妖精王様には悪いが、これを逆手に取らせてもらおう。


「そうだな……それでも気にしてしまう、って言うなら、俺の質問に答えて欲しい。全部、リオーネのことだ」


 俺がリオーネと出会ったのは、今日の朝の出来事だ。まだ、1日共に過ごした程度の仲なのだ。

 しかし、その中で、彼女に関する疑問が、大量に浮上してきた。それを聞きたい。


「あの子が嫌がるようなことは、答えられないわよ……?」

「大丈夫。それなら答えてくれなくて構わない。ただ……」


 今日1日の出来事を思い出す。リオーネが襲われているところを助け、傷を治し、一緒にここまでやって来た。


 その中で、時たま、気になる顔をすることがあったのだ。リオーネが。


「……リオーネ、さ。辛そうだったんだ。俺がここに連れてきてやる、って言っても、何処か申し訳なさそうな、悲しそうな顔だったんだ」


 泣き出しそう、というのとはまた違ったと思う。そういう悲しみとは違ったものだったと思う。


 大方、予想はついているが……


「魔法のこと……かしらね……」

「多分、そうだと思う」


 俺の言葉を聞いて、少し考えるような仕草を取ったリリィがそう言ったのを聞いて、俺も同調する。


 恐らく、それで正解だ。魔法が使えたらハンターに襲撃されることもなく、魔法が使えたらここにもすぐに戻ってこられた。もっと言ってしまえば、彼女の話によると、人族の大陸には魔法が使えないから送られたのだそうで、そもそもこっちに来なかったという可能性も大きいのだ。


 そして、魔法が使えなかったせいで、他人を巻き込んだ。リリィみたいに心を読んだりは出来ない俺だけど、そのくらいなら分かる。もしかしたら違うかもしれないけどな。


 あの時の表情を思い出しながら、言った。


「たとえ片想いだとしても、俺は、好きな女の子に、あんな顔はさせたくない。だから――」


 両手を握り締め、新たな決意を胸にする。


 俺がこの手で、初めて助けられた少女。救えるかもしれない少女。


 だから、だ。








「――俺はあの子を、この手で、この力で、『救ってあげたい』んだ」


 今度はもう、迷わなかった。すんなりと言葉が出て来て、それを口にした瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。


 リリィは紅茶のカップを手にし、中身を飲み干して、静かに戻した。


 そして、唐突に立ち上がり、俺の目の前まで歩いてくると、俺の頭を抱き締めた。


「……あなたは、優しい人よ。心なんて、これっぽっちも穢れてないじゃない。私も、あなたの側にいるから。安心なさい、ハクハ」


 胸に顔を埋められ、温かい感覚に包まれ、心臓の鼓動が聞こえる。リリィの言葉もまた、優しく温かくて、慈愛に満ちていた。


 『あなたは、優しい人よ』


 その言葉に、何故だか、少しだけ『赦された』ような気がして、これまでにあった恐怖や不安が、少しだけ取り除かれたような感覚に襲われた。


「……ありが、とう、リリ……ィ……」


 気が遠のいていくのを感じ、必死に抗うが、その僅かな抵抗も虚しく、俺の意識はそのまま、闇に飲まれていった。


「……おやすみなさい、ハクハ。私はここにいるから、良い夢を見てね」


 最後に聞こえたその言葉に、思わず涙が零れ、リリィの服を少しだけ濡らした。

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