24 妖精族の集落
あああ!すみません、5日ぶりですね!お久しぶりです!アルバイトが忙しいです!最近始めたのですが、絶賛こき使われてます!
また、これとは別に、新しい小説のことでも頭がいっぱいです!投稿するかは別として、書いてます!書いてるんです!こっちも頑張ってるんです!僕はしにましぇん!
「……ふぇっくしょん!」
まさに極寒! 雪地獄!
なんて、言っていられる状況でもないだろう、これは。寒すぎる。北の大陸っていうから、ある程度は寒いんだろうと思っていたけど、予想を遥か上回っての寒さだ。普通に凍え死にそうなくらい寒い。
いやまずさ、何でこんなに吹雪いてる。雪止めよ。
「な、何これ、さっむ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
油断していた。リオーネはワンピース姿だから、俺もいけると思っていた。無意識に。
いやそんなわけないじゃん。リオーネは妖精で、俺人間。アイアムアヒューマン。人間として生きているわけなんですよ。寒さに耐えられるはずがないでしょうが。
「やばい、これはやばい。ちょっと待って、確か無限収納室にコートみたいなの入れてたはず……!」
他の何も考えず、ただ無我夢中で無限収納室の中を漁る。城を出るときに、もこもこが付いたコートを持ってきたはず。ブラックファーコート? というやつだ。
指の先に毛皮の感触がして、有無も言わせず、それを引っこ抜く。それは確かに、コートだった。
急いでそれを羽織り、頭までズッポリと被る。
「ふぁぁぁ……」
「び、びっくりしました……」
急なことで動転していたのは、俺だけじゃなく、リオーネもだったようだ。ほっと、安堵してため息をついている。
ああ、もうこのコート、脱ぎたくない。あったかい、快適だ。
そんな思わぬ事件が発生して、俺たちは転移した時から、一歩も動いていなかった。
「き、気を取り直して、あっちに見える大樹が、ユグドラシルでいいのか?」
ここからでも直ぐ近くに見える。歩いてもそう時間はかからないはずだ。妖精族があそこに住んでいるっていうなら、あの付近まで歩いていけばいい話なんだろうけど。
「ここです」
「へ?」
「ここでいいんです」
しかし、そう聞かれたリオーネが指差したのは、自分たちの真下だった。いや、正確には、自分たちの今いる場所を、そのまま指差していた。
……どういうことだ?
「い、いや、妖精族は【世界樹ユグドラシル】に住んでるんじゃないのか? ここはただの雪原だけど」
「正確に言えば、違うんです。ボクたち妖精族は、妖精の樹の根の恩恵が届く範囲で、幾つもの集落を展開しているんです」
根の恩恵が届く範囲? それはつまり、あの大樹の根の近くで生活してるってことか? あの樹の根って、何だか【ガルアース】全体に通ってそうな気がするんだけど。
でも、彼女の口ぶりからすると、そうではないのだろう。この北の大陸、それも、俺たちが今立っている範囲には、根の恩恵とやらが届いているらしい。
それにしては、雪原だ。もはや凍土とも言えるレベルだ。寒いとかじゃなく、集落なんてものは見当たらない。
「幾つもの集落? み、見当たらないけど……」
「結界がかかってるんです。少し、待っててください……」
そう言うなり、目を閉じて、両手を開いて何やら念じるリオーネ。
すると、俺たちの目の前の空間がゆらゆらと揺らぎ出して、人一人が通れるくらいの大きさの穴が空いた。
「うおっ、空間の……揺らぎ?」
「結界と外との境界線です。この先が妖精族の、私の住んでいる集落です」
さあ、どうぞ。そう言って、穴へと入るように促してくる。
「くぐればいい……のかな?」
「はい、どうぞ」
何だか入るのを躊躇ってしまう。一級トラブルメーカーの名を持つ俺としては、これを通った瞬間、何らかの面倒事に巻き込まれるんだろうという予想を立てている。
しかし、くぐらないわけにもいかず、恐る恐るその揺らぎの穴へと身を投じた。
その瞬間に、景色はその姿を変貌させた。
「……うぉぉ……」
広がるのは緑豊かな自然。いや、緑だけでなく、様々な色が散りばめられている。幻想的な家々、空を飛ぶ様々な妖精たち。
地面には雪なんてものはなく、色とりどりの花や、ふわふわの芝生で埋め尽くされている。
「これは、凄いな……まるで楽園だ」
まるで、夢の国のようだ。さっきまであんな凍土にいたなんて、考えられない。
そもそも、何故こんなに緑豊かな集落なのに、結界の外はあんな凍土なんだろう。季節が反転してしまっているじゃないか。
それを聞くと、「誰も来ないようにするため」と答えられた。北の大陸の本来の姿は、結界内部のこちらで、外の景色は作っているものらしい。ただ寒いだけの凍土なら、誰も来ないだろう、と。そりゃ、凄い大規模な魔法だな。
が、まあ合理的な考えだろうか。存在を秘匿するために、この大陸に人が来ないようにしたい。ならば、この大陸に来ても意味がないようにすればいい。もしくは、来てもデメリットしかないようにする、とか。それを実現してしまう辺り恐ろしいけど。
「妖精王様のお家は、あの大きな赤い屋根のところです。行きましょう」
「お、俺が行ったりして大丈夫か? 『曲者ー!』とかない?」
「ボクがいるので、大丈夫だと思います」
「そこは確信を持って言ってくれよ」
集落の奥の方にあった大きな家を指差しながら、次の目的地を示す彼女。
妖精王っていうからには、ヨボヨボのお爺ちゃんなんだろうか。あ、いや、でも、妖精族には男がいないんだったか。辺りを見渡してみても男がいないから、男がいないっていうのは本当なんだろう。
なら、ヨボヨボのお婆ちゃんかな。女性なら王じゃなくて女王になりそうなもんだが。しかし歳も取らないって言うし、元々その状態で産まれない限りは見た目も変わらないんだよな……。
そんな予想を抱きつつ、俺たち二人は、リオーネが言っていた赤い屋根の家に着いた。短い階段を上り、玄関へと辿り着く。
俺の前を行っていたリオーネは、その大きな戸を叩き、中に合図を送った。
『あら、どちら様?』
数秒遅れて返ってきたのは、予想に反して若い女性の声だった。誰だよ、ヨボヨボのお婆ちゃんなんて言った奴。全然そんなことねぇよ。いや俺だよ。
声は扉の向こうからではなく、俺たちの頭上にあった、変なチョボから発せられていた。多分、何かの魔法だろうと思う。俺は空間魔法以外には結構疎いから、どういう原理なのかは分からない。案外、風魔法で空気を振動させて音を届けているのかもしれない。
「リオーネです、半年前に下界に出た」
扉の前に立っていたリオーネがそう言うなり、家の中から何か重いものが倒れる音や、陶器のようなものが割れる音。床を踏み抜く音など、普通ではあり得ない音が鳴り響いた。
そして、勢いよく扉が開け放たれ、中から長身の女性が飛び出してきた。
「……リオーネ!?」
「うおっ!?」
勢いが良すぎて、逆にこちらが驚いてしまった
中から出てきた女性はそのままリオーネに抱き付いて、頬ずりをしだした。
「良かったわぁ、リオーネぇ……! 私、間違った判断をしたんじゃないかって、ずっと心配になってて……」
「妖精王様、痛いです……」
女性の豊満な胸に顔を埋められて、苦しそうにしている幼女。非常に目に悪い……むしろ嬉しすぎる光景だが、そんなことよりも気になっていることがある。
この家が妖精王の家なんだとすると、こいつが……
「……妖精王?」
「あら?」
妖精王(仮)がようやく俺に気付いたらしく、こちらを向く。一瞬、顔を顰めたような気がしたが、それは気のせいだろうか。
「……こちらの御仁は?」
「……ぷふっ、ボクを助けて、ここまで送ってくれた人です。お礼がしたくて」
「あら、そういうこと。二人とも、どうぞ入って?」
自らの身体で塞いでいた入り口を開け放ち、俺たちに中へ入るよう促した妖精王は、確かに何か疑念を抱いているような表情をしていた。今度は気のせいなんかじゃない。
「お、お邪魔しまーす……」
が、それを指摘することが出来るはずもなく、大人しく指示に従う他なかった。
家の中は、外からの外観と同じで、如何にも『妖精の家』みたいな感じの家だった。木製で、ファンタジーな創作物の、栄えていない村の家なんかは、俺の中ではこういうイメージがある。
入るなり妖精王は俺たちを客室のようなところに通し、待つように言った。数分遅れて戻ってきた妖精王の手には、湯気の出るカップの乗せられた銀トレーが握られていた。
「はい、温かい紅茶。紅茶で良かったのかしら?」
「あ、うん、紅茶でいいけど」
「良かった」。そう言って、三つのカップをテーブルに静かに置いていく。その中には、日本でも親しみ深い、透き通った琥珀色の液体は、「俺熱いぜ!」という自己主張が激しかった。猫舌の俺としては、このまま飲むのは遠慮しておきたい。冷めてから飲むというのも、礼がないのだろうが、飲めないものは仕方がない。
「……ねえ、率直に聞いていいかしら?」
熱々の紅茶のカップに手を当てていると、向かいの席に座っていた妖精王が切り出した。因みに、リオーネは妖精王の隣に座っている。
「スリーサイズか?」
「そんなわけないでしょう」
ですよねー。
……なんて、ふざけるのもいい加減にしておこう。真面目な話になるんだろうということは、こいつの顔からも分かるし、内容も大体把握出来ている。
要は……
「貴方は、何が目的なのかしら?」
「……目的ってのは?」
半ば予想していた通りの問いだったが、それには気付いていなかったようにして、俺は聞き返した。
長身美女の妖精王は、紅茶を一口飲み、その真剣な表情を崩さないまま、続けた。
「人というのは欲深い生き物よ。いいえ、人だけではないわ。私たち妖精族も含め、ね。無償で他人を助け、ここまで連れてくるなんて、少し考えられなくて」
「よ、妖精王様……!」
「あなたは少し黙っていなさいな、リオーネ。私はどうしても、気になって仕方がないのよ」
これは、俺も少し懸念していた。この世界は漫画やゲーム、アニメじゃないんだ。無償で人助け、それも、遠く離れた地に迷子を送り届けるという、規模の大きな話が、あるはずがない。俺だって、自分の息子や娘が何処か遠い国で迷子になったとき、それ送り届けてくれた奴がいたら、何か目的があるんだろう、と疑う。ある意味で、尤もな話なのだ。
「目的……。目的、ねぇ……」
紅茶の入ったカップを置いたり持ったり。弄りながら、どう答えるべきか、頭の中を模索する。
と言っても、答えなんて一つしかない。リオーネ本人にも話してあることだ。今さら隠したって何もないさ。
「その子に一目惚れしたから、じゃダメか?」
「……貴方、本気で言っているの?」
「もちろん、冗談でこんなことは言わないだろ。本気だよ」
その答えに、さすがの妖精王でも驚いたのか、言葉を失ってしまっている。
「……」
「……」
その状態で数十秒、分未満の時が流れたのであろう。先に折れたのは、妖精王の方だった。
「……はぁ。まさか、本当にこんなことがあるとはね」
頭に手を当て、やれやれと首を振っている。
「まるで、知ってた風な口じゃないか」
「知ってたわよ。私はね、ある程度だけれど、人の心が読めるの。貴方が悪意を持ってこの子に、私たちに近付いたんじゃないってことくらい、見た瞬間に見抜いていたわ」
なんと。では、俺が悪意のない、純粋な心の持ち主だってことは、一目見た瞬間に分かっていたか。
となると、さっき顔を顰めていたのは、やはり気のせいではなかったのかもしれない。俺の心を読んで、悪意なしにリオーネを助けたことを知って、怪しんだ結果だったのか。
ある程度、というのがどの程度なのかは分からないが、『悪意がない』ということは分かっていたが、『何故悪意がないのか』というところが分かっていなかったとすると、そこまで深い部分までは読み取れないのだと思う。精々、心の表面……こいつは『悪い心を持つ奴』か、『良い心を持つ奴』か、その程度ではなかろうか。
「ただ、『一目惚れした』なんていう恋愛的な理由だったとは、流石の私でも予想出来なかったけれど」
多分、俺の推測で合っている。
「悪いかよ」
「いいえ? 誰も悪いとは言っていないわよ。それに、リオーネだって……」
「いやぁぁあ!?」
妖精王がそこまで言うと、リオーネは酷く慌てて妖精王の口を塞ぎにかかった。
ん? 何をそんなに慌てることがあるんだ。というか、妖精王は何を言おうとしたんだろう。「リオーネだって」……リオーネだって心が読める、とかそういうことだろうか。俺にはさっぱりだ。
「あら、ごめんなさい、口が滑ったわ」
「確信犯だろ」
「てへぺろっ☆」
リオーネの両腕を片手で制している妖精王が澄まし顔で言う。何がてへぺろっ☆ だ。可愛い、というか綺麗だけど、この場面じゃ思い切り滑ってしまっているぞ。
最後の台詞に俺とリオーネは硬直してしまっていて、滑ったことを理解したのか、小さく咳払いをした。
「……取り敢えず、私たち妖精族は、貴方を『友』として認めます。自分の故郷だと思って、ゆっくりしていって。何なら、ウチに泊まってもいいわよ?」
「いや、出来ればリオーネの家に泊まりたい」
「ふぇぇええ!?」
友として認められたんなら、どこに泊まっても一緒だろう。この家で妖精王と二人ってのも、それはそれで魅力的な提案だが、俺は出来ればリオーネの家に泊まりたいんだ。
……そう言えば、リオーネの両親とかってどうしてるんだろう。そも、妖精族はどうやって生まれるんだろうか。普通に親から生まれるのか、突然生まれる『現象』なのか。
またまだ、知らないことが多すぎる。
「あ、リオーネの家ならこの家を出て突き当たりを右よ」
「ナイス情報だ、妖精王。行くぞ、リオーネ。突撃妖精のマイホームだ」
「ちょ、ちょっと、テンションがおかしくなってます、ミナヅキさん……!」
「あ、ちょっと待ちなさい」
少し冷めた紅茶を飲み干して、早速リオーネのマイホームに向かってやろうと。そう意気込んで立ち上がった矢先、件の長身美女に止められた。
「なんだ?」
「貴方、ミナヅキと言う名前なの?」
何を今さらのことを聞いている。最初に自己紹介……いや、してないな。うん、してないわ。唐突に話題を振られたから、それどころではなかったんだよな。
「そうだ、ハクハ・ミナヅキ。ハクハでもミナヅキでもいいぞ。名はハクハの方だけどな」
「そう、ならハクハね。これを持ってなさい」
さすがに名乗っていないのもどうかと思ったので、普通に名乗ることにした。
俺の名前を聞いた妖精王は、突然空中に青く光る文字を書き、懐から何かを取り出した。
あれは、紙かな。なんの変哲も無い紙に見える。
書き終わり、宙に浮いていた文字を、そのまま紙面上へと移動させ、貼り付けるようにして合体させる。
すると、何も書かれていなかった紙には、先ほど空中に書いていたのと同じ、青い文字が刻まれていた。
それを俺の目の前まで漂わせてくると、取るように促した。
「これは?」
見たところ、ただ文字が書かれただけの紙に見えるが。少しだけ魔力を感じなくもないけど、特別な何かなのだろうか。
「もしも貴方だけでここに来た時、結界のせいで入れないでしょう? それがあれば、ここの結界をすり抜けられるわ。それと、最初のうちは出会った人たちにそれを見せておきなさい。私が認めたという証拠になるから」
椅子の背にもたれかかって紅茶を飲んでいる妖精王が言った。
これを持っていれば、結界を通り抜けることが可能になり、集落の妖精たちにも認められる、と……。
つまり、あれか。
「証明証みたいなもんか。助かるよ、妖精王」
と、普通に感謝を述べたつもりだったのだが、それを聞いた妖精王は、少しばかり不機嫌そうな顔になってしまった。何故なんだ。
「別にいいわよ。私もあなたのことは気に入ったわ。暇になったらいつでも来なさい。そ、れ、と、私は妖精王なんて名前じゃないわ。ちゃんと、リリィって名前があるの」
怒るの、そこか。名前で呼んでくれないから怒ってる! とか小学生かよ。
何ていうか、少しだけ強調点が見えた気がするんだけど、気のせいか。私もってなんだ、私もって。他に誰もいないから。
客室の扉のノブに手をかけ、捻りながら言った。
「そうか。じゃあ、今のところは取り敢えず失礼しておくよ。近いうちにまた来る、リリィ」
「妖精王様、失礼します」
俺とリオーネ、二人はその場から退室した。
妖精王リリィとの初の邂逅は、このような形で終わった。
家の外に出た俺たちは、リリィの情報通りに、というか隣のリオーネの情報頼りに、彼女の家を目指していた。突き当たりを右と言っていたが、これが意外と分からない。まず、突き当たりがない。突き当たりどこやねん。
その途中、色んな妖精たちに声をかけられた。リオーネが親しいのであろう若い少女たちに、俺の周りにたむろってくるお姉さん系の妖精たち。妙に林檎のような果実を推してくるおばちゃん妖精に、フルートのような横笛を吹いていた、吟遊詩人みたいな格好の少女妖精。
一つ言えるのは、やはり男がいない。これだけの女性に囲まれて、男が俺一人となると、世の男性陣が発狂してしまいそうなものだが。俺の運が良かったんだとしか言えないからな。
リオーネの案内に従って道を進むと、交差点状に道が分かれていた。彼女によると、これを左に曲がるらしい。いや、突き当たりでもないし、ましてや右でもない。おい妖精王。
その角を曲がると、大きな坂があった。息を切らすこともなく登り切った俺たちは、その上から眼下の集落を眺めていた。
「上から見ると、さらに綺麗に見えるな、これは」
高いところから見ると、さっきよりもさらに感動を覚えてしまう。ここは小さな集落なのか、集落全体が見渡せる。
最初にも言ったと思うんだけど、まさに楽園なんだ。地球じゃ、こんな自然はもう残っていないだろう。
「妖精の樹様の恩恵がありますから。北の大陸の中でも、根が届いてる範囲だけですよ、これだけ豊かなのは」
「THE・自然って感じがするな。俺、こういう雰囲気って嫌いじゃないかもしれない。むしろ好きだ」
何というんだろう。俺は【リンドナース】やその他の国みたいな、ワチャワチャした感じが、あまり好きではない。日本にいた頃に住んでいた場所によるものも、大きいのだと思う。
「えへへ、実際に住んでみると、不自由なことだらけですよ? 人族の、【リンドナース】なんかのほうが、よっぽど便利です」
「いやいや、便利不便の問題じゃなくて、気持ちの問題かな。俺、故郷が田舎の方でさ。少し進めば、大自然が広がってるような場所だったんだよ。だから、こういう雰囲気の場所の方が、落ち着くっていうか」
正直、お世辞にも都会と言えるような場所ではなかった。都会に憧れはないのかって聞かれて、『ない』と即答出来るかは分からない。召喚される前の俺は、よくそんなことを考えていた。
ただ、こっちに来て、ああいう場所だからこそ、いいところもあるんだと、そう思った。都会は確かに便利かもしれない。楽しい場所も沢山あるかもしれない。けど、田舎には田舎なりの、そういった場所があるんだよ。都会っ子が、山に山菜採りに行ったことがあるか。カブトムシを取りに行ったら大量のクワガタが取れるような経験をしたことがあるか。自給自足をしている近所の夫婦に、美味しい野菜を分けてもらうようなことはあるか。いや、無いね。
だから、どちらかと言えば、俺は田舎の方が好きなんだ。こっちで言えば、【リンドナース】なんかより、この集落の方が、断然好きだ。やっぱり、落ち着ける場所の方がいいんだよ。だって俺、今本気でここに永住しようか悩んでるもん。
「ミナヅキさんの故郷、ですか?」
「うん。俺の住んでたところはそうでもないけど、一度外に出れば、【リンドナース】なんかに比べても、もっと技術が発展してるところでさ」
【リンドナース】というより、【ガルアース】全体か。この世界で、東京や大阪なんかの有名な都市に、技術力で勝っている都市はないだろう。そもそも科学が発展していないからな。
「それは凄いです。私も一度、行ってみたいです」
ウキウキワクワクと話を聞いていたリオーネは、ついそんなことを言った。本人に悪気はなかっただろう。彼女は俺の事情を、全て知っているわけではないからな。
が、まあ、少しばかり気になってしまったっていうのは事実だ。
「……ああ、そうだな。いつか、リオーネも一緒に行こうか」
「……? ミナヅキさん、どうか、したんですか?」
「ううん、どうもしてないよ。ほら、リオーネの家ってどれ? あれ?」
「あ、はい、そうです。あの青い屋根の」
話を逸らすように、近くにあった家を指差しながら聞くと、それがリオーネの家だった。俺は彼女の手を引いて、そこに向かった。
……俺が彼女の言葉で気にしたのは、決して彼女が、帰れないことを知らないがために、行ってみたいと言ったからではない。
違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
確かに、帰る方法を見つけたら、彼女も日本には連れて行ってあげたい。もちろん、彼女がそれを望むなら、の話だけど。
けど、俺が最も気にしていたのは、そこじゃなかった。
俺は、『本当に、帰りたいか』?
そして、穢れた自分を、元の世界の人たちは、『受け入れてくれるのか』?
この世界で折角掴んだ自由を、このまま謳歌したいという自分も、日本に帰って家族や親友にまた会いたいという自分も、どちらも本物だ。本物の俺だ。
でも、この世界とあっちの世界では、決して交わることのない線引きがある。この世界で穢れてしまった自分には、元の世界に戻った時、本当に居場所があるのか。
そんな考えだけが、心を蝕んだ。




