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21 二人の出会い

0.5章、始まりです。誤字などありましたら指摘の方お願いいたします。


追記:いつの間にやらブクマ200件頂いてました。ありがとうございます。

「そう言えば、ハクハとリオーネは、どのようにして出会ったのだ?」


 ギルド近くの店で食事を摂っていると、いきなり向かいに座っているトリニアが聞いてきた。


「どうした、藪から棒に」

「いや、二人は愛し合っているのだろう? どういった経緯で出会ったのか、気になったものでな」


 愛し合っているっておま、こんなところでそんなことを言うんじゃない。俺にだって人並みの羞恥心はあるんだから。


「別に、話してあげてもいいんじゃないかな?」

「そうだなぁ……」


 とは、隣でスープを飲んでいたリオーネのセリフだ。いいのか、自分の桃色話なのに。この前はあんなに魔法連打してきたのに。これが扱いの差……



 いや、まあいい。別に、話しても何の支障もないわけだし。


「……あれは、俺が勇者として召喚された、1年くらい後のことだ」


 ゆっくりと、ゆっくりと語り出した。


 物語は、今言ったとおり、勇者として召喚され、クズ王の下を離れた後のことだ。というより、離れた直後と言った方がいいか。

 今でも鮮明に覚えている。脅迫文を残して、高そうな国宝みたいなものを無限収納室(インベントリ)に詰め込んで、【王都リンドナース】を飛び出したその日のことだよ。【王都リンドナース】ってのは、俺を召喚した国のことだ。


 あの時は、何をするかも分からず、ただ街から街を転々と旅しようとしていたんだったか。結局、ある『事件』が起きて、その企みは失敗に終わったけど。



★★★★★★★



「これだけあれば、暫くは何もしなくても暮らしていけるか?」


 無限収納室の中に詰めてきた金銀財宝を眺めながら呟く。誰もいない街道。ただ一人歩く俺。

 乱雑に伸ばされた髪は、手入れなどされておらずボサボサ。服は出てくる前に、戦闘向きの黒いコートを盗んできた。


「まったく……あのクズにも呆れるな……」


 クズ……本当に、心の底からそう思う。

 そいつの名は『ヌィアーザ・リンドナース』。【王都リンドナース】の4代目国王にして、『暴戦の王』とも呼ばれているジジイ。俺を召喚する命令を下し、勇者として召喚した俺を、ただの戦闘マシーンに仕立て上げようとした張本人だ。


 なんと言うか、本音だけを言うと、あれは勇者の仕事なんかじゃない。俺だって、異世界が生温いものだとは思ってない。

 だけど、あそこまで毎日戦いづくめなのはどういうことなんだ。『暴戦の王』。その名にふさわしく、戦ばかり起こしてるようなやつだ。もう嫌だ。


 ということで、逃げてきた。あ、いや、逃げるっていうと違うか。ボイコットだ。脅迫文を残して、城にあったお金になりそうなものを持って。俺は放浪人になるんだ。


 そして今、俺は【リンドナース】を出て違う街に向かうべく、街道をただひたすらに、真っ直ぐ突き進んでいる。行きたいところがあるわけでもない。真っ直ぐ歩いて、どこかに着けば、そこでゆっくりと休んで、またどこかに向かう。本当に放浪人みたいなことがしたい。旅人だ。そういう気楽なものの方が、俺にはあってる。


「……ん?」

「はっ、はっ、はっ……!」


 ふと、先の方に見えたY字路のところで、右から左へと、女の子が駆けていくのが見えた。青くて長い髪の、まだ小さい女の子だ。


「女の子、か? 何をあんなに急いでんだ?」


 トイレ? いや流石にない。この世界の人なら、したくなったらそこらの森でしてそうだし。

 なんだろう、妙に胸に引っかかる。こう、なんと言うか、『テンプレート』的な意味で……


「……いやいや、ないっ……」

「いやぁぁあああああ!!!」


 自らの考えを否定しようとしたその瞬間、甲高い叫び声が、先ほど少女が駆けていったのと同じ方向から聞こえた。


「……マジか!」


 少女とは比べ物にならないほどの速度で、俺は駆け出した。




 幸い、俺と少女との間の距離の差は、そこまでなかったようで、少女は街道から逸れた森の、少し開けた場所にいた。


 ただし、尻餅をついて、大柄な中年の男に襲われているような形で。


「手こずらせおって……狩りやすい餓鬼かと思えば、ちょこまかと……!」

「いや、いやぁ……」


 大柄の男が、肩に担いでいた剣を下ろし、下卑た笑みを浮かべながら近付く。青髪の少女は、少し、また少しと後ろに下がっていくが、木の幹にぶつかってしまい、顔を青一色に染めた。


 俺はというと、屈んで手頃なサイズの石を持ち、投擲のポーズを取っていた。



 そして。


「よっと」

「ぐぼぁっ!?」


 投げた。拳ほどの大きさの石は、逸れることなく男の左こめかみに命中し、見事に男の気を引くことに成功した。


 出来うる限りで最大の手加減をしたからか、男はこめかみから血を流しているだけで、そこまでダメージを受けていないように見える。いや痛そう。割と痛そう。


「き、貴様は何者だ!」


 しかし、男にはそれだけで十分だったのか、顔を真っ赤にして激昂している。うわぁ怖い。


 少女の方はというと、助けに入った俺の顔を見て、驚愕している。誰も人が来ないとでも思っていたのだろうか。まあ、確かに街道からは少し逸れているけど。


「通りすがりの勇……じゃなくて、旅人だ。お前こそ何だよ」

「旅人風情が邪魔をするな! だが、見られたからには生かしてはおけん。覚悟しろ!」


……いや、展開早いって、お前。見られただけで始末って、どこの闇組織だよ。


 男は剣を構え、乱雑に斬りかかってきた。サイズ的に、ただのロングソードか。

 右から左、手首を捻って左から右。上から下、下から上、時折突きも混ぜてくる。


 何だろう、この違和感。こいつの戦い方、なんだか違和感がある。

 罠? 違う、そういうものじゃない。


 と、そこまで考えて気がついた。


 ああ、そうか。こいつ……


「遅いよ、お前」

「ぐぬぅっ」


 そうだ。こいつ、遅すぎるんだ(・・・・・・)

 俺、今まで上のランクの奴らと戦いすぎて感覚が麻痺してたのかもしれないけど、そうだよな。一般人ってこのレベルだよな。すっかり、【リンドナース】の騎士レベルの敵を想像しちまってた。そりゃ違和感も覚えるわな。



 上から振り下ろされた剣を左手で弾き、そのまま右の(しょう)を腹部に添える。


 それを、螺子(・・)のように螺子(・・)り込む!


「ふんっ!」

「ぐふ……ッ!」


……なんちゃって。


 衝撃の瞬間に顔を歪めた男は、そのまま衝撃に負けて後方に吹き飛ばされ、数m先にあった木の幹にぶつかり失速して、そのまま体を落とした。


 それに近付いて首に指を当て、脈を測る。死んでないだろうな、こいつ。いや生きてる。脈はある。


「……気絶か」


 無駄な殺生がなくて良かったな、俺。というよりも、こんなに小さな女の子の前で殺人は、流石の俺でも心が痛む。


 あ、女の子。


 ほんの少しだけ頭から抜けていた。仕方ないな。

 少女はさっきいた位置に変わらずいた。何か恐ろしいようなものを見る目で。


 うーん……やっぱり小さいな。顔と見た目だけで言えば、12〜3歳くらいじゃないか? 日本で言えば、小学校高学年から中学一年生くらいの歳。それくらいに見える。

 身長は、今はへたり込んでるから分からない。でも、さっき走って行くところを見た感じだと、やっぱり大きくない。150cmあるか、いやないだろう。小学生みたいだな。


 歳はともかく、可愛いな、この子。綺麗な青い髪は、少しくすんでしまっているけど、シミひとつない真っ白な肌に、宝石みたいに輝く青い瞳。身長の割に胸が大きい。巨乳だ。


 おい、俺はロリコンじゃない、取り消せ。


「大丈夫か?」

「ひっ……」


 試しに近付いて声をかけてみると、思い切り怖がられてしまった。

 それ以上下がれないというのに全力で下がろうとしているところを見て、軽いどころではないショックを受けてしまう。


「……あー」


 頭をぽりぽりと掻きながら、どうするもんかと思案する。その途中、少女の足が目に入る。

 正確には、少女の右足のふくらはぎ辺りにある、剣で斬られたような傷。結構深いのか、血が流れ続けている。あの男のせいか。許せないな。今からでもボコボコにした方がいいんだろうか。


 先に、怪我の治療からか……。


「取り敢えず……ほら」

「……?」


 無限収納室から緑の液体の入った瓶を取り出してそっと投げると、少女は綺麗にキャッチして、瓶と俺の顔を交互に見回した。


回復薬(ポーション)。傷口にかければ、直ぐに治るから」

「……」


 下級の回復薬だけど、性能は良い奴だから、傷口に直にかければ治る。治らなかったら、もう1等級上のものを出せばいいだけの話だし。


 少女は少し迷っていたようだったけど、やがて瓶の蓋を外し、勢い良く足にかけた。


 あ、そんなに勢い良くかけたら、回復薬慣れしてない奴はやば……


「……ひぅっ」


……言わんこっちゃない。


「しみるだろ。俺も嫌いなんだよな、それ」


 しかも深そうな切り傷ってなると、かなり痛いんじゃないかな。

 目の端に涙を浮かべ、全身を抱きかかえるようにして痛みに耐えている少女。真っ青だった顔は、気付けば真っ赤になっていた。


 不謹慎かもしれないけど、眼福だ、この光景。悶える姿は悶えるほど可愛い。



 さて、この後どうするか。俺の希望としては、この子を安全な街、あるいはこの子の保護者のところまで送り届けてあげたい。

 でも見た感じ、俺かなり怖がられてるっぽいし、この子が拒否したら陰ながら守るって感じで行こうと思ってる。無理やり、いくない。


「……ございます」

「ん?」


 少女が何事かをぼそりと呟く。上手く聞き取れなかったために、少しだけ近付いて聞き返す。


「ありがとう……ございます……」

「ん」


 動作も付けず口だけで返事して、数m離れたところにある木の幹に背を任せ、座り込んだ。少女は礼を言うなり、俯いてしまった。



 それから、どれだけ経っただろう。多分、数分程度なのだと思う。あいも変わらず俯いたままの少女に、本題を切り出す。


「なあ」


 突然の声かけに体をピクンと震わせながら、ゆっくりとこちらを向く少女。震えてはいるが、最初ほどの恐怖はないような気もする。


「何で追われてたんだ?」


 小さな女の子が追われる理由って言えば、脱走した奴隷だとか、借金にまみれた親が失踪したとか、そういうものを想像してしまう。

 けど、奴隷の証を付けていない時点で、前者はない。だとすると、やっぱり理由は気になるというものだ。


 これでもし、この子がとんでもない悪人で、俺が殴り飛ばした男が役所の人間だったりしたらどうしよう、なんて思ったりもする。まあ、それでもいい。どれだけ悪人でも、小さな女の子を目の前で殺されるのは夢見が悪い。


「言いたくないことなら別にいい。人にも事情ってのがあるからな。ただ……」


 立ち上がって、コートとズボンについた砂をはたき落としながら、言う。


「小さい女の子を見捨てるような真似は、したくない」


 風が俺たちの間を駆け抜ける。彼女は再度俯いてしまって、何も言おうとしない。


 これでもしも、彼女が何も話さないなら、それはそれで良しとしよう。事情は分からないけど、安全が確保出来るまで、彼女を守り抜く。



 果たして、俺の願いは叶った。


「……妖精、です」


 小さな声だったけど、確かに聞き取れた。


 妖精。俺の知識に間違いがなければ、この世界【ガルアース】において、妖精と称されるものは一つしかない。


 それ即ち《妖精族》。寿命という概念が存在しない永命の存在で、他の種族にはない特有の『力』を持ち、非常に優れた魔法の才能を持つとされる。

 その姿はまちまちで、羽の生えた小さな人……日本でもよく描かれているような妖精から、普通のサイズの少女、妙齢の女性など、様々なものなのである。


 しかし、どの姿においても共通なのは、『男の妖精族』は発見されていないということ。人々の間に伝わる妖精族についての知識で一つだけ確定されているのは、『妖精族は女性だけ』というものだ。


 とまあ、俺が持っている情報はこれくらいだけど、実は妖精族自体、そこまで詳しく解明されていなかったりする。どこに住んでいるのかも、何故様々な姿で目撃されているのかも。


「妖精? 魔法に優れてるっていう、あの?」

「その妖精……です」


 どうやら、この妖精で合っているようだ。


 だけど、そうなるとまた、疑問点が生じてくる。目の前の少女と妖精族に、一体なんの関係があるのか。それに加え、あいつにも一体どういう関係があるのか。


「妖精とあいつに、何の関係がある?」

「あの人は……妖精を狩って、売りさばく人なんです……」


 思い切って聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。

 妖精を狩って売りさばく。なるほど、そういうことか。


「へぇ、妖精ハンターって言ったところか。ってことは……」


 少女の前にしゃがみながら、辿り着いた答えを提示する。


「君は、妖精族か?」

「そう……です……」


 少女は膝に頭を埋めながら答えた。


 そういうことか。妖精族は人と寸分違わぬ見た目で現れることもあるって聞いた。この子が、まさに今そうであるように。


 今、そこで倒れてる男は、この少女を狩るために追って来ていたんだ。一体何処へ売りさばくのか、どういった需要があるのかは知らないけど、何かしらの価値があるんだろう。


 しっかしまあ、ここで妖精族か。俺ってば、割とトラブルメーカーだったりするのかな。何か、トラブルに巻き込まれてばっかりなんだけど。


 この子は妖精族、ねえ。


「魔法を使えば、追い払うなんて簡単だったんじゃないか?」


 どんな魔法を使うのかは知らないけど、部屋にあった数少ない本には、昔、怒った一人の妖精が、当時大国であった一つの国を滅ぼしたとあった。

 それはそいつが異質なだけだったんだとしても、ただ武器を持っているだけの中年男なんて、簡単に撃退出来るんじゃないのか?


「……です」

「?」


 膝に顔を埋めたままだったから、上手く聞こえなかった。


 聞き取るためにその真横に座り、出来るだけ柔らかい雰囲気で耳を近付けた。


「……ボクは」


……ボクっ娘、キター。


 なんて呑気なこと、言ってられる状況でもない。その先に続いた内容が内容だけに。


 この距離なら聞こえる。かなりごにょごにょいった感じだけど。


 言葉はごにょごにょとしてたけど、その意味だけははっきりと理解出来た。


「ボクは、魔法が、使えない(・・・・)んです」


 声が少し、震えていた。



……ああ、なるほどね。そういうことね。

 あの男、また少し苛立ってきた。何だよ、それ。おかしいだろ。俺でもそれくらい分かる。


「妖精族なのに、か?」

「はい……」

「だから、狩りやすい(・・・・・)か……」


 男が初めに言っていたことを思い出す。


『狩りやすい餓鬼かと思えば』


 魔法が使えないから、その場から瞬時に離脱することが出来ない。反撃しようにも、魔法が使えないんだから出来ない。

 そうだ。あいつにとって、魔法が使えない妖精であるこの少女は、ただ逃げ回るだけの狩りやすい獲物(・・)に過ぎない。人にとっての兎や鶏のように。


「……ふざけるなよ」

「……」


 それを考えると、胸の奥からドス黒い感情が湧き上がってくるようだった。思わず言葉に魔力が乗ってしまい、少女の肩が震える。


 あ、いや、君を脅かそうとしたんじゃない。つい、だ。


「……ま、まあ、魔法が使えない理由とか、そういうのは聞くつもりはないさ。だけど、せめて安全なところまでは、君を送り届けさせて欲しい」


 それを誤魔化すかのようにして、身体を少し離しながら言う。


 すると今度は、膝の上にコテンと、俺の方を向くようにして、横向けに頭を乗せた少女が言った。可愛い。


「どうして……」

「ん?」

「どうして、そこまでしてくれるんですか……?」


 不思議な顔をして。本当に、何故こうまでしてくれるか分からない。その表情は、そう物語っていた。


 さっきも言った。小さい女の子を見捨てたくないって。ただ俺がそうしたいからだけど、そうすることで後悔が生まれることはない。そうすることが『正解』だとは限らないけど、少なくとも、『失敗』になることはない。


 だから、助けたい。


「小さな女の子を見捨てたくないからって言ったろ?」

「でも、それだけで、こんなに……」


 その理由に、少女は突っかかってきた。


 顔が赤くなっていくのを感じる。正直な話、理由はそれだけじゃないんだ。助けたい、それはもちろんだけど、その他にもきちんと理由はある。


「……んー、真正面だと少し恥ずかしいけど……そうだな……」


 照れ隠しのように頬をポリポリと掻きながら、少し目を逸らす。真正面は恥ずかしい。無理。こっちに来る前に、そういう経験がなかった身としては、こういった場面で勇気を振り絞ることは難しい。


 この場面で、もし幼馴染のあいつがいたなら、もっと気の利く言葉の一つでも用意出来ていたんだろう、と、似合わない嫉妬でもしてみるけど、状況は変わらない。


 こうなったら、いっそ目を見て、堂々と言ってやれ。逃げられたら、それまでだ。


 逸らしていた視線を少女のそれと交差させ、出来る限りで感情を込めて。





「……君に一目惚れしたから……だよ」

「……っ!」


 少女は、自分が目の前の男のことを恐れていたという、簡単な事実さえも忘却の彼方へと消し去って、目を見開いて唖然とする。茹でダコのように、頬を真っ赤にしながら。


……そんなに、驚くことなんだろうか。この子が可愛いというのは事実だし、何と言うか、こう、この子には惹かれたんだ。ただの一目惚れではない……と思いたい。一目惚れにただの一目惚れも、そうでない一目惚れも何もないと思うけど。


 赤い顔を隠すために少女とは反対の方向を向き、立ち上がりながら左手の方を指差す。


「はは……ほら、取り敢えずここから移動しよう。少し先に街がある。そこまで行ってから休憩したほうが、ここより数百倍マシだ」

「は、はい……っ」


 怪我があったのとないのとでは感覚が少し違うのか、立ち上がる時に妙に機械的な動作をしていた。

 それで、完全に痛みがないことを理解したのか、その場で軽く足のつま先を地面に叩くような行動を取る。日本人が靴を履いた時にする、あれみたいに。


 凄いだろう、あの薬。王城からパクってきた薬の一つだぜ? 最低ランクの質のものと言っても、それは持ってきたものの中で、の話だ。市場に出せば、性能ゆえにそれなりの値段はつく。


 彼女が大丈夫そうにしているのを見て、内心ホッとしながら歩き出そうとした。


 その時、思い出した。


「あ、そうそう」


 もう随分と、俺の頬の赤みも取れたことだろう。振り返ると、まだ少し赤いけど、最初に比べればかなり緊張というか、恐れが解け始めている顔の少女がいた。


 俺は背の小さい彼女に合わせて屈み、手を差し出して言った。


「俺はハクハ。ハクハ・ミナヅキ。君のこと、何て呼べばいいかな」


 そう、自己紹介だ。名前、教えていなかったし、教えてもらってもいなかった。

 

 振り返った時は『どうしたんですか?』みたいな感じだったけど、俺の言ってることに自分も気が付いたんだろう。その手を取って自らも名乗った。


「ボクは、リオーネ……です」


 相変わらずのボクっ娘属性のある少女である。ボクっ娘でロリで巨乳。詰め込みすぎている気もするが、それら全てが互いを邪魔せず共存し、なおかつそれぞれの特徴を最大限に引き立たせているのだから、この少女はやはり天才なのかもしれない。


「リオーネ、か。可愛い名前じゃないか」

「……はぅぅ」


 と、そんなことを言ったら、また顔が真っ赤になり、握り返された手が少し、しおらしく萎えてしまった。褒められることに耐性がないのだろうか。俺が言ってるのは全て、歴代のご先祖様たちに誓っても真実だと言える。リオーネ、いいじゃないか、俺の好きな響きだ。守りたくなるような名前だ。おいお前、俺はロリコンじゃないって言ってるだろ。いい加減に学習しろ。


 流石にこのまま握りっぱなしなのも可哀想だと思ったので、自己紹介が終わるとすぐにその手を離した。その瞬間に、少し残念がる彼女の声が聞こえたが、多分気のせいだ。俺はモテないって言う事実は、とうの昔に理解してる。


 代わりに、その可愛らしい大きさの頭に手を乗せて、軽く撫でてやる。髪を乱さないように、あくまでもゆっくりと、優しく。髪がふわふわだ。リオーネはくいと顎を上げて、気持ち良さそうに撫でられている。

 女の子の頭なんて、撫でるのはいつぶりだろうか。確か、妹がまだ小学校低学年くらいの頃は、撫でてあげてた。中学に上がってからは、もうそれっきりだ。

 そういえば、元気にしてるのかな。俺がここに来たのが中学3年の初期。1年経ってるから、今は年齢的に言えば15,6歳だ。あいつは今年、受験生か。一つ歳下だからな。あいつも歳の割には小さかったから、リオーネと丁度同じくらいの見た目だ。


 何だか懐かしいな。こうやってゆっくり家族のことを思い出すなんて久しぶりだから、軽い感動を覚えたりもするものだけど。

 少し、感傷に浸りすぎたかな。今は目の前のことに集中だろう、俺。


 撫でていた手を退けてやると、顎を上げていたリオーネは顔を気持ち突き上げた。まるで、『もっと撫でて』と言っているかのように。

 最後に一撫でして、それで本当に終わる。


「じゃあ、リオーネ。短い期間かもしれないけど、よろしく」

「はぅっ……はい、ミナヅキさん……」


 紅潮したリオーネと、思いもよらぬ出会いを得た俺。短い期間、とは言うが、彼女とは長い付き合いになりそうな気がする。一日二日では済まされないほどに、長い付き合いに。



 これでも、俺の勘はよく当たるんだ。勇者だからな。元だけど。




★★★★★★★


「ほう、そのようにして出会ったのか。まさに、童話に出てくる騎士様のようなものだな。何故、今はこんなにも捻くれているのか、不思議に思うくらいだ」


 通りかかったウェイトレスに料理の注文を頼みながら、トリニアがそんな失礼なことを言い出した。

 今『は』捻くれているとはなんだ、今はとは。


 俺は元から、捻くれとるわ!


「まあまあ、いいじゃないか。リオーネだって、昔は、もっと大人しい感じだったしな」

「むー、今の感じは嫌いだって言うの?」


 なんてことは口に出さずにリオーネの話題に振ると、今度はリオーネが文句を言ってきた。


 誰も嫌いだなんて言ってない。昔はよく敬語を使ってて、今よりももっと大人しかった感じなんだ。文学系っつーか。あれも懐かしい思い出だ。

 俺としては、あれはあれで『あり』だと思ってる。文学系、大いに結構。可愛いから許す。


「誰もそんなこと言ってないだろ。昔も、当然今も、リオーネのことは愛してるよ。安心しろ」


 そう言って、隣に座るリオーネの後頭部に手を添え、段々と顔を近付ける。額と額が軽く音を立ててぶつかる。ぶつかるって言うほど強いものでもない。重なる、そう、重なった。


 リオーネは、目に見えて赤くなっている。俺でなくとも分かるだろう。茹でダコを通り越して茹で蟹レベルで赤い。


「……はぅ……ボクも、ハクハのこと、愛して……」


 ゆっくりと紡ぐリオーネと、顔の距離をさらに縮めていく。重なっていた額は離れ、代わりにその下、唇が交わろうとしていく。


 もう直ぐで男女の営みの一歩手前まで行こうかとも思えたが、それを阻止したのは、やはりと言うか何と言うか、フォークを構えたトリニアだった。


「自分から言っておいてなんだが、その薔薇色雰囲気はまだ続くのか?」

「……ちっ」

「今、舌打ちしただろう?」


 してないよ。決して。キスさせろよとか思ってない。


 実際問題、少年誌では公開出来ないようなことをしたいっていう欲求も、あるにはある。俺も一人の男だからな。それに、俺とリオーネの気持ちが初めて通じ合った時には、もう他のことには目もくれず、そういう行為に集中したってものだ。

 いや、無理矢理はしてないからな。俺は基本、リオーネが望む場合しかしない。自分から無理矢理することはないんだ。紳士だからな。今ロリコン紳士って言った奴、出てこい。


「気のせいだろ? さあ、まだ話は続くぞ」


 木製のコップに入っていたよく分からない甘い飲み物を飲み干して、その続きを話し始めた。

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