幕間 受付嬢ミィスの気苦労
黒髪巨乳受付嬢こと、ミィスさんのお話です。
こんにちは、ミィスです。ギルドで受付嬢をやっているものです。昔は違う仕事をしていたんですが、今は訳あってギルドでお仕事を……という、何処にでもありそうなパターンでして。
今日は、ここ数日で起こった、少々意味の分からない出来事について、お話ししたいと思います。
あれは、そう、4日前のことでした。いつも通り、早朝からの出勤です。ギルド指定の制服に着替え、長い黒髪を肩の辺りで一つに結び、ミィスという一人の女から、受付嬢という一人の役職へと、思考を切り替えます。こうすることによって、仕事への力の入り方が変わるんです。
そして、いつも通り、本当にいつも通り仕事をしていました。朝の決まった時間に来るガッシリした男の冒険者の方や、迷子のペットを探して欲しいと依頼をしに来た少女、ナンパをしに来たお世辞にも格好良いとは言えない方。
その中に、今までに見たことがない人がいました。上下に分かれた黒いマント? ローブ? のようなものを着ている男性です。
私はこれでも、この街に住んでいる冒険者の方の顔ならば、大抵覚えています。見たことがないというなら、恐らく違う街から来られた方でしょう。
その方はギルドカードを渡してきて、『昔使ってたものなんだけど』と言いました。なんでしょう、ギルドカードに今も昔もあるんですね。私は知らないです。この方、私よりも歳が下に見えますけど、それなりに古い冒険者の方なんでしょうか。
あまりあるとは言えない事例なので、私は奥にあるギルドマスターのお部屋に持っていくことにしました。私では判断し難いものでしたから。
そしたらどうしたことでしょう。ギルドマスターであるティルマ様がカードの情報を読み取ったかと思うと、いきなり絶叫して、『持ち主を連れてこい!』と言われたんです。
私はもうびっくり仰天ですよ。いつも冷静沈着なティルマ様が、あそこまで大仰に慌てられるのですから。急いで先ほどの男性を探しましたよ、ええ、本当に。まだ受付の前にいたので、直ぐに事情を伝えて、支部長室へと付いてきてもらいます。お連れの小さな女の子と、なにやら親しそうに話していましたけど、この少女も連れて行っていいんでしょうか。
部屋に連れて行って早々、彼の第一声は何だったと思いますか?
『無乳だ』、ですよ? 完璧美女であるティルマ様が最も気にしておられる部分を、なんと第一声で指摘してしまったんです、この人は。
これは、やばい。柄にもなくそう感じました。ティルマ様の魔法は強力です。それこそ、人1人なんてあっという間に滅せるくらいには。
けれど、怒ってしまったティルマ様を他所に、彼は自らの価値観をベラベラと熱演し始めました。怒りに対しての恐怖で、最後以外は曖昧にしか記憶にありませんが、どうやらこの人はどのような胸でもお好みだそうです。
その熱演で逆に怒りが冷めたのか、ティルマ様は魔法を放つようなことはしませんでした。あのティルマ様が胸のことを指摘されて直ぐに怒りを収めるなんて、珍しいこともあるものです。流石の私も驚きました。
その時の私は、まだ想像もしていませんでした……
……その驚きが、まだ序の口だったということを。
いやもう、正直に言います。あの人は何なんですか。何ですか、SSSランカーって。あれって形式的に存在しているだけで、機能も何もしていないじゃないですか。
なのに、いきなり現れたと思ったら、元SSSランカーだなんて。あり得るはずがないです。そもそも、あのカードは150年も前に使われていたカードだっていう話です。人族の私は当然生まれていません。見た目で言うなら、彼も人族のはずです。もう何もかもがあり得ないですよ、あの人。おかしいです。
しかも、彼らが出て行った後その上でティルマ様ったら、私にこう言ったんですよ?
『あいつら、尾行してこい』
本当あり得ないです。おかしいです。確かに、私は暗殺ギルドの元幹部ですけど。尾行とか暗殺とか、そういった闇稼業には慣れてるし、自信もあります。けど、だからって元SSS相手に行って来いってのはおかしいじゃないですか。理不尽すぎます。
……最終的には、しましたけどね。ティルマ様の頼みです。断れるはずがありません。
部屋を出た彼ら……ハクハ・ミナヅキさんとリオーネちゃんという少女の後をつけます。彼らにバレないように。物陰に隠れて、時には変装をして、魔法を行使して、様々な手段を使って彼らに近付きます。
そういえば、ハクハっていうとあれですよね。歴代最強と名高い四代目勇者様と同じ名前ですよね。私の一番大好きな英雄様です。たまに見かけます。英雄の名前って人気ですから。四代目勇者様は人族だったらしいので、とうの昔に死んでいるはずですけど。
ともかく、今はそんなことはいいです。彼らは街を出て、真っ直ぐへと《ケリオン渓谷》へ向かうようでした。
ああ、今思えば、この時に気付けば良かったのです。暗殺ギルドの元幹部ごときが、SSSランカーに敵うはずがない、と。
私、置いていかれました。それはもう、綺麗さっぱりと。なんて言うんでしょう、置いていかれるという言い方はおかしいかもしれません。別に、彼らに同意を得て付いて行ったわけではありませんから。あくまでも尾行です。
なのに、なのにですよ? 追跡には自信があったはずの私を、彼ら、ものの数分で突き放したんです。一瞬の出来事でした。最初はまだ付いて行けてましたよ、そこは意地です。
でも、段々とスピードが上がっていき、終いにはピョンピョン飛び跳ねながら超加速する始末ですよ。もう無理です。私には荷が重すぎました。見失った瞬間、諦めましたよ。
念のために腰に下げていた長年物の短剣を、背負っていた鞄の中に仕舞って、街の中の目立たない路地に入った後、被っていた黒いフードもまた、鞄にしまいます。暗殺ギルドっていうのは、もちろんですけどご法度ですので、元幹部だった私が見つかると、色々と厄介なのです。あの時は、ティルマ様に助けてもらいました。だからこうして、今も笑って過ごしていられるんです。
「ティルマ様、あれ無理です」
「分かってはいたが、ミィスにも無理か……」
分かっていたんなら行かせないで下さいよ、という言葉は呑み込みます。口にしてはなりません。
くるくる回転する椅子で、扉の前の私を見たり、回転して反対を向いたり、またこっちを向いたり。まったく忙しい人です。事務机の上にはまだ処理されていないのであろう書類の束、その横には難しい言語で書かれた分厚い本。この人、私が必死になって追跡してる時に、本読んでましたね?
「その本は?」
「ん、これか? 過去にいたSSSランカーについて書かれている本でな。あいつの名を探していた」
そういうことですか。彼についての情報収集をしていたんですね。それなら何も文句はありませんよ。
そう言ったティルマ様のお顔色はあまり優れていないようです。良い情報が見つからなかったのでしょうか。
「見つけられたんですか?」
「見つけるには見つけたんだが、どうにもあまりこれと言った情報が無くてな。昔はパーティーで動いていたらしいんだが、そのメンバーも今では消息が知れない」
「情報が少ない、ということでしょうか」
「そうだ」
ティルマ様が持ち上げた本の裏には、ギルド特製の押印がしてあります。ということは、ギルドが正式に発行を許可、もしくはギルド自体が発行しているという証です。
その本にも情報が少ないなんて、彼は何者なんでしょうか。冒険者というのはギルドに所属するものですから、ギルドには必ず情報が残るはずなのですが……。
可能性としては、彼自身がそれを『拒んだ』というものでしょうか。SSSランクは上級貴族と同等の権限を持つとされています。その権限で、一定以上の情報の公開を禁止した、とか。十分にあり得る話です。
「何か、取っ掛かりがあればいいんだが……ああ、すまない。後で迷惑料の方は渡す。急で悪かったな」
「いえ、結局失敗してますし。それでは、受付の仕事に戻りますね」
「頑張ってな、ミィス」
「それでは」と言って退室します。取っ掛かり……取っ掛かりと言えば、四代目勇者様のことが気になります。彼は150年前の旧ギルドカードも持っていましたし、もしかすると、本当に勇者様なのではないでしょうか。あ、ティルマ様は気付いてないようでしたけど、言っておいた方がいいんでしょうか。
……いや、まあいいでしょう。多分、あの方ならすぐに気が付きます。
「本当に四代目勇者様だったりして……なんてね」
ぽそっと、誰にも聞こえないような声で、躍る胸を押さえつけながら本来の仕事に戻りました。
ティルマ様の絶叫するような声が聞こえてきたのは、その数時間後のことでした。勧告令を出すの、結構疲れたんですよ?
それからまた日が変わり、ティルマ様の叫びを何度か聞き、何も起こらない日が続いていました。
憂鬱です。あの人は今、どうなっているんでしょう。地龍の討伐に向かったっきり、こちらに戻ってきていません。ティルマ様に聞いても何も教えてくれませんし、まさか何かあったんじゃないんでしょうか。ティルマ様は何も教えてくれませんが、それはまさか、彼が死んでしまったとか、そういうことなのでは……。
「よ」
「はぅっ!?」
ぼーっとしながら書類に記入を進めていると、目の前に見覚えのある黒い男性が現れます。
男性と言うには幼くて、まだ少年と青年の間に位置するような顔。髪は肩を越えた辺りまで伸びていて、男性にしては少々長いように感じます。
上下一対、特徴的な黒いローブのようなものを着ていて、隣には青い髪の女の子と、紅色の髪を持つ可愛らしい少女。
「ハ、ハクハさん、ですか?」
そう。ハクハさんです。突然現れて、意味の分からない爆弾を投下するだけ投下して、私を振り切って、地龍の討伐に向かったっきり帰ってこなかった人。
目の前にいたハクハさんは、さも不思議がる顔をして、当然なことのように言いました。
「そうだぞ。まだ3日? 4日? しか経ってないだろうに、もう忘れたのか?」
ええ、そうですよ、そうですとも。まだそこらの日数しか空いてませんでしたけど、何故だか心の底から心配だったんですよ、私は。何故だかは分かりませんけど。そんな当然みたいな言い方しないで下さいよ。冒険者の方で、そう遠くまで行かないのに4日帰ってこないって、それ普通に危険ですからね。相手が地龍となれば、負けると分かれば直ぐに帰ってくる冒険者の方が殆どですし。
「いえ、何も連絡が無かったので……」
「連絡ならティルマに入れてたはずなんだけだな……」
初耳なんですけど。ティルマ様、どういうことなんですか。
「……ん?」
と、そこでハクハさんが私の顔にギュッと自身のお顔をお近付けになられて、何かを確かめるようにしてじろじろと見てきますやめてください恥ずかしいですドキドキしてしまいます!
そして、私と数秒間目を合わせて見つめ合った後、ゆっくりと離れていき、何かを理解したかのように呟きました。
「……ああ、成る程なぁ……」
「ど、どうされました?」
一体、何があったんでしょうか。私の顔に何か付いてましたか?
何も無かったかのように開き直ったハクハさんは、受付の奥の方を指差して言います。
「いんや、何もない。ティルマの所に行くから、通ってもいいか?」
「あ、はい、どうぞ」
「どうも」
近くにあったカウンターを上げて、三人を奥へとお通しします。
ハクハさんと紅色の髪の少女とは何も無かったんですけど、通り際にリオーネちゃんにだけ睨まれました。何ででしょう。私は完全に巻き込まれた側なのに、何で私が責められるような目で見られなければ。
と思っていましたが一転、直ぐに笑顔に戻ったリオーネちゃんは、口だけの動きで何かを言いました。
「冗談だよ」、でしょうか。私の読唇スキルが衰えてなければ、ですが。
……何だか、疲れました。
このさらに数時間ほど後、ティルマ様のもとをお尋ねした時に言われたんです。「あいつ、元勇者だった」って。
私の憧れた勇者様は、確かにそこにいたんです。