18 地上戦、終了
20時間くらい寝てました。
ギデアと言った彼の攻撃は、なんというか凄まじかった。
青い槍による息もつかせない怒涛の連撃。一撃打ち込むごとに、激しい音が響いた。速度も威力も十二分。
けど、それでも足りてなかった。威力は他の誰よりも高かったけど、それでも傷をつけることすら叶わない。
そして、先に限界を迎えたのは、彼の武器だった。
「ふんっ!」
「あらあら、ソレはもう限界ではないかしら。罅が入っているのが見えるわよ?」
ギデアの持つ青い槍の矛先に罅が入り、今にも砕けそうになっていた。
このまま攻撃を続ければ、すぐにでも砕けてしまうだろう。時間の問題だ。
思わず、近くでそれを眺めていたバクラに、助けを要請する。
「バクラ、助けに行ったほうが……」
「うん? 大丈夫だ。言ったろ、あいつはウチの中で、一番物理火力が高いんだって。見てろ。あいつの本気は、ここからだ」
が、それは呆気なく拒否されてしまう。
このままでは、本当に負ける。武器が無くても戦えるのかもしれないけど、現状、リィーサはギデアには大した興味を抱いていない。つまり、殺すのに躊躇しないんだ。
さっき変化前のバグズバグに潰された冒険者たちみたいに、あの巨大なハサミで、巨大な体で、切られ潰される危険性のほうが高い。
そんな状況なのに、魔族陣は彼を助けに行こうとしない。あろうことか、助けに行こうとしたトリニアを止めたくらいだ。
ここは仕方ない。虫には死んでも近寄りたくないけど、そのせいで彼が殺されるっていうなら、覚悟を決めなくちゃならない。
そして足を一歩踏み出した、その瞬間に、ギデアの槍が砕けた。
青い欠片が空を舞い、光を反射してキラキラと輝く。
当のギデアは、半身になって槍で突いた状態のまま硬直しており、とてもじゃないが槍がないこの状態から、さらなる攻撃に移れるとは思えなかった。
その光景を見て、リィーサは勝ち誇ったように笑った。
「ほら、砕けてしまっ……」
武器を失ったことを認識したのか、バグズバグはその大きな異形の手で、爪で、彼を引き裂こうとした。
——しかし、その余裕を、彼はいとも簡単に崩した。
「『道連れ』……!」
「……なにっ!?」
漂っていた欠片たちが、一際強く輝いたかと思うと、ギデアが握ったままの柄の先に集まって行き、そして黄色く光り輝く巨大な槍になった。
ギデアはそのまま身を捻り、槍を全力で振り絞ると、空を切る矢のように一閃した。
輝く粒子が舞うと同時に、レーザーと見まごうほどの黄色い閃光が、超至近距離でバグズバグに放たれ、凄まじい衝撃と轟音とともに、その体躯を大きく後方へと吹き飛ばした。
「嘘、まさか、そんな!」
「な?」
「……えぇ……」
リィーサには驚愕が見られる。バクラは簡単に『な?』とか言うけど、ボクには今の光景がちょっと信じられない。
リィーサの後ろで待っていた土煙が晴れ、その中から巨大な虫が姿を現す。当然、先の一撃で吹き飛んだバグズバグだ。
信じられないよ。
だって、今の一撃で吹き飛んだバグズバグの体に、大きな凹みが出来て、甲殻が砕けているんだから。
「悪いな。そいつは……」
それを行ったギデアは、輝きを弱めた槍を回し、少し恰好を付けて言った。
「……壊してしまいそうだ」
——カ、
——カッコイイ!!
もちろんLOVEとかそう言う意味のカッコイイじゃない。尊敬とか憧れとか、そう言う意味でのカッコイイだけど、それでもボクの目に映った彼は、とても格好良く見えた。
これで見た目が人族だったら、そしてハクハと出会う前なら、確実に惚れていたかもしれない。今はあり得ないけど。
ギデアの持っていた槍は、今度こそ光の欠片になって散っていった。比喩なんかじゃなく、本当に光の欠片になったんだ。
と思った次の瞬間には、彼の手には既に次の槍が握られていた。さっきのとは違う、白い槍。これもまた、高そうではあるけど、魔槍とか、そういった類のものじゃない。ただの高級品だ。
そんなギデアが振り返って、ボクに向かって何やら意味深な顔を送ってきた。何か言いたいということは分かるんだけど、何が言いたいかまでは分からな……
……はっ、そう言うことか!
「ちょ、待ちなさい! 私の傑作を、あなたなんかに壊させるはずが……」
「君の相手はボクだよ、リィーサ!」
木の枝から降りて止めに入っていたリィーサに、即席で作り上げた魔法を放つ。スピード重視、範囲は狭めのものを。
バグズバグのほうに集中していたリィーサは、その魔法に気付いてはいたが反応しきれず、モロに腕でガードしてしまった。
雷魔法による電撃が弾ける。パチィっと、本当に即席だったから小さなものだったけど、リィーサの行動を中止させるには十分な刺激だった。
「ひゃっ!? あぁ、もうっ! 後少しでリオーネを捕まえて、◯◯◯で◯◯◯を使って◯◯◯なそれはもう興奮しちゃう展開に持ち込めたのに!」
「欲望が丸聞こえじゃないか! 君は一体、ボクに何をしようとしてたのさ!」
腕を電撃で弾かれたリィーサは、今の状況に慌てふためいたのか、年齢制限無しでは絶対に公開出来ないような猥褻な表現を用いて叫び始めた。
というか何さ、興奮しちゃう展開って。それで得するのは君だけだよ、リィーサ。
「リオーネが可愛いから悪いんでしょう!」
「そこまで理不尽な怒られ方をしたのは初めてだよ!」
取り敢えず魔法を放つ。手加減はなしで。
「痛いっ!? リオーネ、あなたさっきから、手加減なしで撃ってるわよね!?」
「襲われてて手加減する奴がどこにいるのさ!」
「いないかもしれないけど! ……って、あなた何してるの、やめっ……!」
リィーサが何やら意識を逸らしたかと思うと、急にボクとの小競り合いをやめて方向転換をしてしまった。
そう、ギデアとバグズバグのほうへ。
「うおおおおお!!」
釣られてそちらを見ると、さっきの黄色く光り輝く槍とは違う、周囲を真っ赤に照らす、炎のように揺らめく槍を構えたギデアがいた。槍を突き刺す直前の状態で。
そのまま、さっきよりも鋭い音を響かせて、槍で貫いた。
「『破壊の王』!!」
聞いたこともないような技の名前を轟かせて振り抜かれた槍は、甲殻が凹んでいた巨大虫型キメラの体の大部分を抉り貫いた。
砕くのではなく、貫いた。そこから、あの槍の一突きにどれだけの威力が込められていたのかが計り知れる。いや、むしろ計り知れないと言ったほうがいいか。
バグズバグの体にぽっかりと空いた穴から、形容しがたい色の液体が噴き出し始めた。緑っぽいような、青っぽいような。
ひぇぇ……気持ち悪い……見てるだけでも吐きそうだよ……。
そして、体の大部分を失ってしまったボクの宿敵は、静かに地に倒れ伏して、色素を失って散ってしまった。
「……う、そ」
愕然として崩れ落ちたリィーサに一瞥もくれず、ギデアはバクラたちの下へと帰って行った。
スーラが挙げた手に手を当ててハイタッチをすると、皆で喜びをわかち始めた。
「おー。良くやった、ギデア」
「いえ、お役に立てたようで何よりです」
「何ていう火力だ……」
話に乗れないのか、トリニアはただ呆然としているだけだったけど。
というか、トリニアなら龍形態になれば物量的に踏み潰せたんじゃないかなって、今になって思う。口に出すような不躾な真似はしないけどね。
さて、ボクもあの輪の中に混ざりたいところだけど、まだ仕事が残ってるんだよね。死んでも触りたくない虫型がいたから無理だったけど、ギデアがそれを対処してくれたから、仕事のほうも捗りそうだよ。
鳴りもしない拳を鳴らし、背後に魔法陣を幾つも展開させて、額には少し青筋を浮かべて。
いわば、怒ってる。このボクが、怒ってる。
誰に? そんなの、リィーサに決まってる。襲撃のことは許してあげるとしても。魔族の冒険者たちが死んでしまったのは、ボクの力不足だったからと割り切ったとしても。ただ一つ、許せないことがある。
……分かるよね?
「リィーサ。ボクはいつだって準備は出来てるけど」
「え?」
ゆっくりと、本当にゆっくりと歩み寄っていって、感情の起伏を感じさせない平坦な声で、彼女に話しかける。
そして、地獄の宣告を。
「……戦る?」
「そ、それはちょっと、遠慮したいのだけれど……」
ボクの意図を理解したのか、リィーサは尻餅をついて、ジリジリと後ろに下がっていく。まるで、男に迫られて逃げるか弱い乙女だ。目尻にはうっすらと雫も見える。
けど、そんなもので見逃すはずもない。か弱い乙女みたいに見えても、中身は数百歳のオバンだ。
彼女の背後に、逃げられないように土魔法の【アースウォール】で壁を作って、ニコリと微笑む。
ニコリ。
ニコリ?
疑問符を浮かべながら微笑み返したリィーサの前で立ち止まって、小さく指を鳴らしてから言う。
否。
──叫ぶ。
「問答無用おおおお!!」
「いやぁあああああああ!!」
荒れ狂う波のように、怒号を上げる嵐のように、はたまた怒り狂う母親のように。
展開されていた魔法陣から数多の魔法が放たれ、壁によって逃げられないリィーサに降り注ぐ。
雷が落ち、炎が舞い、風が切り裂く。
魔法陣の中には回復用の魔法も展開してあったから、それで怪我が出来る度に治していく。無限ループだ。
「思ったより元気だな、あいつ」
「リオーネだしな」
後ろでそんな会話が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
五分ほどして、かなり気が晴れた。虫の件も、随分と過去のことに思える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をして、呼吸を整える。酸素が欲しい。ここまでのハイペースで魔法陣込みで魔法を使ったのは久しぶりだから、結構疲れる。
腕で額を拭い、汗を飛ばす。そして、満面の笑みで言った。
「ふぅ……スッキリした!」
「鬼かお前は」
「鬼だお前は」
「断定しないでくれるかな」
バクラもスーラもその言いようは無いんじゃないかと思う。鬼なんかじゃないよ。ボクは鬼なんかじゃない。
ほら、だってリィーサだって、こんなに嬉しそうな表情で……
嬉しそう?
「はぁ、はぁ、はぁ……リオーネぇ……」
「ど、どうしてそんなに嬉しそうなのかなぁ、なんて……」
恍惚とした表情で地面に倒れていたリィーサは、さっきのボクとは違う意味での同じような呼吸の仕方をしていた。
なんだろう、この感じ。抗えきれないほどの快楽に溺れたような、まるでハクハとし終わった後のボクみたいな。
い、いや、そんなことはないと思う。なんで魔法の渦に飲まれて、快楽に飲まれるようなことがあるのだろうか。ハクハはたまにボクに踏まれたりした時、『むしろご褒美だ!』なんて言って喜ぶけど、それと同じようなものなのかな。
いやいやいや! それじゃリィーサがボクに痛みを与えられて、喜んでるみたいな言い方になっちゃうじゃないか!
「リ、リオーネ、私は……」
「う、うん?」
未だに苦しいのか苦しくないのかよく分からない風な彼女は、壁に手を当てて少しずつ立ち上がると、畳んでいた翼を広げた。
綺麗に整っていた翼には、悶えていたせいで土が付着しており、汚れて見える。
そんなことを気にせずに彼女は羽ばたいて浮かび上がり、宣戦布告するかのようにボクに言った。
「まだあなたを『嫁』にすること、諦めてないんですからねーっ!!!!」
「よ、嫁!?!?」
──言いながら飛び去っていった。
まさかの爆弾を投下していったリィーサは、数秒も経たないうちに見えなくなってしまって、後に残ったのは魔法の跡とせり上がった土の壁だけだった。
後ろから五人が来て、誰かがボクの肩に手を置いた。
「……なぁ、リオーネ」
「……なにかな」
トリニアだ。トリニアがボクの肩に手を置いて、どこか黄昏るように声をかけてきていた。
少しだけ間を空けて、トリニアは言った。
「お前も、大変だな」
「ボクもそう思うよ……」
地上での戦いは、リオーネとギデアの大活躍によって、四名のみの犠牲によって終幕。しかし、一番被害を被ったのは、思わぬ爆弾を投げ渡された、リオーネであった。