16力の覚醒
魔の連休が始まりましたね。私に休みなんてありません。ずっとアルバイトです。
時間が取れなかったという時の言い訳です。
刻印の形を上手く言い表す言葉が見つからない。複雑な形をしているから。円形や、四角、三角でもない。まして、既存の何かと同じ形状でもない。
それはつまるところ、俺が知らない何かだと言うわけで。
知らないということは、これが何なのかも分からない。これが何なのか分からないということは、どういった力を持つかも分からないということだ。
では、どうやってこの力を使うのか。
そんなもの、簡単だ。
「分かるまで、試せばいい」
触れ、魔力を流し、振り回し、魔法を発動させる感覚で試す。
——反応、なし。
刻印特有の何かがあるだろうから、意識してそれが何かを探ろうとしてみる。
——失敗。
別に問題は無い。ここまでは予想通りだ。元々、そう上手く物事は運ばないだろうと予測していた。その予測通りになったってだけで、何も問題はない。
唯一の予想外の問題と言えば、ヘリオスが一切攻撃をしてこないということだろうか。問題と言うのはどうかと思うが、予想外なのは予想外だ。
「来てくれてもいいんだぞ」
「少しだけ待つよ。君のその力、私も見てみたいからね」
「その結果、死んでもか?」
「生きとし生けるものは、やがて死ぬんだよ。それが早いか遅いかの差さえあれ、ね。なら、何も問題は無いだろう?」
「後悔しても知らないからな」
ヘリオスは見事な価値観をお持ちでいらっしゃるようだ。お陰で、戦闘中にもかかわらず、力に関してじっくり調べられる。
と思ったが、正直に言って手詰まりだ。大見栄張った割には、どんな力を持つのか以前に、どうやって発動させるのかすら分からない。
うーむ? よく分からない。刻印には変な文字が書いてあるけど、俺には読めない文字だ。能力のとっかかりすら見えてこない。どうしたものか。
「……分かんね」
諦めきった俺は、思わず手をぶんぶん振り回し、駄々をこねる子供のように暴れる。
そんな様子を見かねたのか、顔を手で押さえて、呆れた様子のヘリオスが言った。
「何か心当たりは無いのかね?」
「敵にアドバイスしようとしていいのかね?」
たまに『あれこいつ本当に敵だっけ?』とか思うこともあるが、正真正銘敵なわけで。
いや、細かく言えばそうでも無いか。確かに、『遣い』は俺の、俺たちの敵だけど、『ヘリオス』が敵かどうかと聞かれると、少し迷ってしまう。敵なのに違いは無いんだけど、他の奴らみたいに、残虐じゃない。地上に出していた魔物達だって、その気になればもっと上位のものを出すことも出来た。
だから困ってんだけど。
「うおおお! 目醒めろ、俺のニューパゥワァァー!!」
「落ち着きたまえよ」
思い付く限りのことをしてみる。手を額に当てたり、軍の敬礼のポーズを取ってみたり、刻印を動かそうと左手で触った『シュイン』……り?
……は?
「は?」
「ほう」
左手で刻印を触ると、全く動かない。
しかし、手のひらから肩の部分まで移動させようとした時だけ、何故か動く。そして、肩の部分まで持ってくると、刻印が形を変えた。閉じていたような紋様が、開いた。
手のひらから肩の部分を、行ったり来たり。動かして動かして。何だこれ、楽しいぞ。
って、何してんだ俺。こんなことして遊んでる場合じゃないだろ。
「いやこれでどうしろと」
「肩に移動させた後に何かするんじゃないのかい?」
「お前まじ何なん」
ヘリオスからあいも変わらないアドバイスを受け取るが、それを拒否する理由もないわけで。
だから、ヘリオスの言うとおり、肩に移動させた後に何か出来ることがないか、確かめてみることにした。
ーー魔力、反応なし。
ーーさらなる移動、不可。
ーーこいつ特有の何か、反応あり。
「うっ、く……」
ーー見つけた。
謎の頭痛の後、脳内に『何か』が流れ込んでくる。
これは、なんだ。伝達系の魔法か何かか。違う。この感覚は知ってる。
これは、あれだ。初めて召喚された時にも感じたやつだ。空間魔法の使い方が、一瞬にして全て分かった時の、あれと同じだ。
ただ、あの時と大きく異なることと言えば。
「全部は見えない、か……」
新しい力の使い方。この感覚が前と同じものなら、それが直接脳内に刻まれているはずだ。
それを覗き見ようとしたが、一部分より深くの部分を覗こうとした瞬間に、ノイズがかったような靄が脳内を支配して、進むことが出来ない。空間魔法やその他幾つかの力は、その全てを見ることが出来たが、こいつに関しては不可能だ。
けど、これで分かった。この刻印の使い方。使い方が分かっただけで、この力の全容を知れなかったのは事実だが、それでも、力の使い方を知ることが出来たのは大きいだろう。
これが、吉と出るか、凶と出るか。せめて末吉くらいは引きたい。
肩まで移動させた黒い刻印に手を添え、新たに得た情報のもと、その術を行使する。
「舞え……」
使い方自体は簡単なものだった。刻印を手のひらから肩まで移動させることで『起動準備』状態にして、こいつ特有の力をもってして鍵を唱える。
「……黒曜!」
「そんなに大声で言って恥ずかしくないのかね?」
「だぁぁぁぁぁ! いいところで茶々入れてんじゃねぇよ! 殴んぞ!」
「いや元々それが目的だったのでは」
右肩の刻印が肥大化するとともに、ヘリオスに言われた。恥ずかしいとかいう感情は捨てた。だって《龍天》に『ガングロアー』だぜ? 今更なにを恥ずかしがれってんだ。
余談だけど、『ガングロアー』の元ネタって、北欧神話に出てくる神、オーディンの槍『グングニール』っていうものだったりする。特にこれという意味もないけど、拳で貫くんだから槍っぽいねみたいな感じで名付けたんだよ、確か。
刻印はその紋様を広げ、腕全体に広がった。何と言えばいいだろう。模様が腕全体を護ってるような。説明が難しい。
もちろんだけど、紋様が無い部分は指で突っついても何もない。護るものも何もないわけだから。ただ、紋様を触ってみると、確かに実体があった。指がそこでコツンとぶつかる。
『舞え、黒曜』
これが、この刻印を発動するための鍵だ。言葉から意味を拾うと、この紋様が舞うんだ。そのままの意味になる。
「……これでどうすんだろ」
「取り敢えず、性能を試すためにも『接続』で槍を投げてあげようかい?」
「もうこれ敵とする話の内容じゃないと思うんだが」
「私は君を、『敵』だと思ったことはないんだがね」
「言ってろ」
ヘリオスはそう言ったが、このままこいつに頼りっぱなしなのも癪だ。こいつを倒すためにこいつに協力を要請するなんて、何だかおかしいと思う?
力の把握にはまず実践と実戦、と言うのが俺のポリシーだ。
空間魔法による短距離転移で、ヘリオスとの間にある距離を一気に潰し、背後に回って右腕による渾身の殴り!
……なんてことには、ならなかった。
「……あれ?」
「うむ?」
転移をしようとして魔力を空間魔法に変換した俺だったが、その企み虚しく、魔力は空気中に霧散していくだけだった。
これは知ってる。転移の座標か何かがおかしかった時とか、魔法を発動出来ない時に発動しようとした時。つまり、結果として魔法が発動しなかった時に起きる現象だ。魔法に変換するために込めた魔力が、そのまま霧散する。
まさか、短距離転移で失敗したのか、俺が。あれだけ自信に満ち溢れていた短距離での転移で。
俺のことをよく知っているヘリオスも、このことには驚いたようだ。こいつと初めて戦った時には、もう使いこなせているレベルだったから、まさか失敗するとは思わなかったんだろう。
「き、気を取り直して……」
「う、うむ」
すー、はー、すー、はー、はぁはぁ。リオーネたん、マジはぁはぁ。
深呼吸だ。落ち着いてやれば失敗なんて無いんだから。
さっきのは、そう、刻印のことで驚いてたからだ。絶対にそうだ。
そうじゃなきゃ、こいつは使い道にならないかもしれない
あいつの背後目掛けて、転移!
転移! 転移! 転移!
…………
「なんで出来ねぇんだよ!!」
「知らないがね」
何度試そうとしてもダメだ。魔法に変換した魔力が、魔法発動の前に霧散して、そのまま消えて行ってしまう。
これだけ回数を重ねても全てが失敗だ。しかも、さっきまで使えたというのに。
原因は一つ、か。
「こいつを発動させてる時には、魔法は使えないのか……?」
右腕の部分部分を覆う刻印に目をやる。これが発動した以降に魔法が発動しなくなったんだから、それしか考えられない。
「その足場は安定しているようだが」
「これは魔法じゃなくて、魔力を固めただけのものだからかな」
「魔法だけが使えなくなる、と言うことかね」
「そうみたいだな……って、お前なに落ち着いて分析してんだ」
本当に敵だと言うことすら忘れてしまえるくらい、呑気で馬鹿な奴だ、こいつは。
それは比較的どうでもいいから置いておいて、魔法が使えないのは痛いな。この足場使えるみたいだから、今この場で下に落ちるなんてことはないだろうけど、攻撃なんかを転移で避けられなくなる。
この場合、身体強化はどうなるのか。あれは魔法の一種だけど、普通の魔法のプロセスとはかなり違うものだし。
と思って試してみたら、そっちの方は問題なかった。やっぱり、通常プロセスで組み上げる魔法だけが発動しない……というか、発動前に邪魔されてしまうのか。魔法に変換した魔力が、そのまま元に戻って空気中に霧散してしまうらしい。
「……あれ?」
「どうしたのかね?」
「いや今思ったんだけどさ」
この刻印を展開している時は、魔法が使えない。一番痛いのは短距離転移と、無限収納室が使えないということだ。
でも、よく考えてみよう。俺、空間魔法以外使えないんだ。元の能力の制約で。
だから、使えないと言っても、必然的にそれは空間魔法だけに限定されるわけで。
「これあまりデメリット大きくなくないか」
「そうなのかい」
さっきは痛いなぁ、って思ったけど、実際そうでもないんじゃないか。並みの相手なら転移なしでも戦えるし、戦闘中に無限収納室を開くこともあまりない。最悪、無限収納室を使いたいなら刻印を解除すればいい。
俺、勝った。新しい能力が覚醒して、しかもデメリットがあまり痛くないって、完全に勝ち組だ。
「で、その腕には結局、どういった力があるんだい?」
「そりゃもちろん……」
そこまで言って考えを止める。
……………
「…………」
「…………?」
……………
「喰らえっ!」
「完全に考えていなかったねぇ!?」
身体強化はそのままに、足場の展開だけをしてヘリオスに肉薄して、刻印を纏った腕を振るう。というか殴る。
考えていなかったわけじゃない。魔法が使えなくなるっていう実はあんまり痛くなかったデメリットが、けれど驚愕が大きすぎて、忘れていただけだ。本当にそれだけだ。
「このっ、このっ、このぉ!」
「うぐっ……ヤケになっているように見えてかなり痛いのが辛いよっ」
さっきまでと同じように、拳による連撃を放つ。力のことを試すためか、ヘリオスは『遮断』による防御を行わない。だから攻撃自体は届く。効いてないっぽいけど。
しかし、いい加減痛くなってきたのか、『遮断』で俺の攻撃を完全に防御してから、至近距離で闇の槍を放ってきた。
身体強化を施した俺の身体能力を舐めてもらっちゃ困る。蝶が舞うような華麗なステップで槍を躱して、躱し切れない分は砕き落とす。
俺の攻撃で空を舞う槍の欠片達だが、それにも対応してくるのがヘリオスという男だ。
「一体どういう力なのか……ねっ!」
明らかに違う。最初とは違う、槍の数。
多くても一度に生成されたのが数十だった最初とは異なり、今は、明らかにそれだけでは歯止めが効かなくなっている。
数百にも及ぶだろう。虚空から現れた槍は、その全てが一斉に俺めがけて降り注いでいた。
「流石に多いわ、この馬鹿……!」
多すぎる。砕くのも避けるのも不可能だ。
仕方ない、能力の把握は後にして、今は転移で逃げることだけを考えるか。
そう思って刻印を解こうとした、その瞬間だった。
パリィィィィィン!
「なっ……!?」
「……ほう!」
腕に纏っていた黒い刻印達が、俺の体からは離れず、天より降りかかる槍に向かって伸びたのだ。
いや、違う。伸びたんじゃない。攻撃したんだ。俺を守るために、槍を砕きに行ったんだ。
刻印は次々に槍を砕き落として、そして元の状態に戻った。腕に纏っていた状態に。
「……なる、ほど」
今のがこの刻印の力なんだとすれば、もしかすればもしかするかもしれない。
この刻印の力は……。