15 加速するインフレと、新たな目覚め
速攻で書き上げたものなので、後半面白おかしいことになってます。
また、この辺りから御都合主義がブラック企業ばりの仕事を開始します。ご容赦下さい。
虚空を裂き、自らの体に降り注ぎ、突き刺さりそうになる槍を、躱しては砕き、躱しては折り。
隙を見つけてはヘリオスの本体に攻撃を試みるが、それも遮断されてしまう。
「あいっかわらず反則な能力が……!」
「君だけには言われたくないんだがね」
「なんでや、なんでこんなチート能力持ってるんや……!」
「必死な口調の割には、案外余裕そうなのが君らしいね」
あ、バレた? いやはや、俺ってばそれだけが取り柄だからさ、シリアス展開に持って行ったら、俺の持ち味がゼロになっちゃうじゃん? だから何としてもシリアスだけはぶち壊したいわけよ。分かる? あ、分かりませんかそうですか。
同時に迫ってきた数え切れないほどの闇の槍を、魔力を圧縮して破裂させることで破壊する。こうしたら最初から全部余裕で壊せたんだけど、疲れが凄いからさ。魔力は能力で減らないからいいわけだけど、肉体の疲れだけはどうにもならないし。
そして、出来た空白。槍を一本残らず破壊し、コンマにも等しい時間だろうが、防御に回らなければ、それで十分だ。
「ふっ……!」
一瞬だけ防御に割り当てていた強化を全て解除し、短距離転移で奴の背後に現れる。最初から使えよとか思うかもしれないけど、こいつらはそれにも対応してくるから、こうして全力で打ち込める時じゃないと意味がないんだ。
『ガングロアー』
本来なら、《龍天》を使ってる時にしか使えない技だけど、今はそれを、魔力で無理やり代用して発動させる。《龍天》状態でしか使えないのは、あれを展開してるときに精製される、高密度のエネルギーを使用するからだけど、これ、実は魔力で代用出来る。
もちろん、本家に比べれば威力は格段と落ちてしまう。天と地、とまでは行かないが、マンションの5階と1階くらいの差は出てしまう。ふざけるなと言うな。これ以外にいい例えが思いつかなかったんだ。
俺は勇者特権で、魔力が減らない身体になってる。減らないだけであって、元の量を超える魔力は使えないんだけど、元の魔力も常人からは想像がつかないほどに多いから、問題ない。
じゃあ、例えば、限られた量しか精製出来ない《龍天》で使用する、本家の『ガングロアー』と、無限に使える魔力で使用する『ガングロアー』。どっちの方が火力が高いんだろうね?
いやまあ、本家なんだけどさ。俺が言いたいのは、頑張れば本家と同じくらいの威力も出せなくはないよ、って話で。制御がレベル1で挑戦する裏ボス級に難しくなるけどな。
魔力を拳の先に超圧縮し、ヘリオスにぶつけて瞬間に破裂させる。超圧縮されていた魔力は、あたかも巨大なレーザーのように、青白い光をどこまでも広がる大空へと放った。
——が。
「無駄なのは分かっているでしょうに」
「なにっ!?」
背後から突然声が聞こえ、途端にそちらへ振り向くと、背後に巨大な闇の槍を伴ったヘリオスがいた。
ヘリオスはそのまま、反動で少し痺れていた俺の身体に、槍を静かに沈めていった。
避けきれず、ずぶり、と嫌な音がする。槍が、身体を貫いた。
——けど。
「お前こそ、分かってやってんだろ」
「……ふふふ」
その後ろには、何ともケロっとした顔の俺が立っていた。特に驚くわけでもなく、ヘリオスはゆっくりと振り返り、手で顔を抑えて笑い出した。
「やはり、君は面白い。裏の裏、というわけか」
「惚けんなよ。俺じゃないって分かってて貫いたくせによ」
「何の話か、私には少し分からないけどね」
「ほざいてんじゃねぇぞ、この澄ましオタクが」
言葉の応酬だ。
因みに、さっきやったことだけど、そこまで複雑なことじゃない。空間魔法の中の『投射』ってのを使って、俺自身は短距離転移で逃れただけだ。これくらいの簡単な魔法なら、あれだけの隙があれば使える。痺れてた、ってのは本当だけどな。
「ったく、面倒な奴め。地上には魔物出すだけ出して、自分は楽しんでんのかよ」
「そうでもないよ。これでも、少しでも気を抜いたら、君に直ぐにでもヤられてしまいそうだからね」
「ああ、気を抜いてたら直ぐにでも殴るぞ。だから死ね」
「相変わらず理不尽極まりないね」
やれやれと言った感じでヘリオスが呆れる。俺も、一応気は張ってあるんだけどな。緩めてるわけじゃない。
こいつは全く、昔からこうだった。掴み所がないというか、何を考えているか分からないというか。本当に天上神に忠誠を誓っているのかでさえ、今では怪しく思える。
端的に言えば、変態だ。色んな意味での。
だが、実力だけは確かで、遣いの中でもズバ抜けている。本人は研究職だとか主張しているが、戦闘職より強い研究職がこの世のどこにいる。
「ここだよ」
「お前今すぐ去勢して死ね」
そう言って、渾身の右回し蹴りを食らわせようとするが、呆気なく遮断される。
そう、遮断。これが、こいつをチートたらしめている所以の一つだ。
「私の攻撃は砕かれるけど、君の攻撃も届かないよ。どうだい? 今の気分はどうだい?」
「すっげぇ腹立つってことだけは教えといてやるよ」
次々に矛先を現す槍を見て、すぐさまその場を離脱する。直後、さっきまでいた場所に、予想していた倍以上の槍が降り注いだ。
ヘリオスは未だヘラヘラしている。疲れなんてなさそうで、力の消耗も一切感じさせない。こいつ、一体どこまで進化したんだろうか。三百年前のこいつなら、今の段階で、少しは力の消耗を感じさせる程度だったはずなのだが。
空中で足場を作りつつ、バク転、バク転、バク転、バク宙。体操選手のごとき華麗な回避が、本気で戦う気がないことを暗に示している。
「君がいなくなった後も、私は一人、力の改良を続けていたんだよ」
「へぇ。成果はあったのか?」
「この通りさ。『遮断』も『接続』も、使い勝手が良くなった」
「もはや別モンだろ、これは!」
なおも迫り来る槍を躱し、砕きながら、どうするものかと思考を張り巡らせる。
勝つ気満々ではあるが、このままではジリ貧だと言うのも事実だ。正直に言って、こいつがここまで強くなっているとは思わなかった。間髪入れずに槍は飛んでくるし、しかも意味の分からない方向からも来るし、こっちの攻撃は遮断で止められるし、しかも全力に近い『ガングロアー』は避けられるし。
これ、改めて考えると、俺が勝てる要素皆無じゃねぇか。あっちはどうか知らないけど、こっちはトラブル続きで疲れも溜まってんだ。言わば、最悪のコンディションだ。そんな状況で遣いを相手にしろってか。
「ぁぁぁぁあああああ! こまごまとうっとうしゃぁぁぁ!」
「おや、とうとう狂ったか」
「誰のせいだと思ってんだ! ◯◯◯投げんぞ!」
「堂々と禁句を口走るのはやめたまえ」
うっせぇ! ちょこまかと移動繰り返さないで、男なら黙って肉弾戦しろ!
そもそも、これはないだろう。制限無しに作って射てる槍に、魔力の込め具合であらゆる攻撃を遮断する能力。普通にラスボス級の性能だろ、それ。
それに加え、こいつ多分、綿密な計算で俺の戦闘パターンとか把握してやがる。流石に、さっきからの攻撃の潰し方が的確すぎる。ストーカーかよお前は。
小型版の『ガングロアー』を放ち、遮断され、地団駄を踏みたくなるが我慢し、眼前まで迫ってきていた槍を掴んで、勢いそのままにヘリオスに投げ返す。
が、槍はボロボロと腐ったように崩れ落ち、跡形も無くなってしまった。やはり、力を逆手に取られぬような工夫はしてあるか。
「う、くっ……ぅ」
「おやおや、天下のハクハ様が、このような攻撃に負けるのかね?」
「んなわけ……ねぇだろ!」
集中が乱れ、攻撃が途切れた瞬間、一本の槍が左の肩口を、射貫く。
これは現実だ。血が溢れ出すのを手で押さえながら、もう一度魔力を圧縮して周囲に放つ。説明の後だから言うけど、これ、要は魔力版『ガングロアー』を広範囲に渡らせて、威力を拡散したようなものだ。
槍はその威力に、その全てが形を失い、崩れ落ちる。もう一度転移でヘリオスの傍まで行き、連続攻撃を加えていくが、一向に本体に届く気配がない。
転移、転移、転移。
少しでも隙を縫うように、転移を繰り返して死角からの攻撃を試してみるが、見事に全部遮断される。こいつ何だ、鉄壁か。
「回復するくらいの時間はあげてもいいけ……」
「黙ってろ根暗野郎!」
「……私は、良いことを言ったはずなのにね?」
顔面を殴るという宣言通り、その澄ました顔に、渾身の右パンチを打ち込む。もちろん遮断されてしまったが、止めるつもりもなく、そのまま左足で後ろ回し蹴りをする。遮断される。
ダメだ。なんと言う、圧倒的チート感。俺、前はどうやって倒したんだっけか……?
「アレは、使わないのかね?」
「……ああ、そういやそうだったか」
こいつの言葉に甘えるわけではなかったが、仕方なく無限収納室から回復薬を取り出して、肩にかけた。みるみるうちに傷は塞がって、傷なんてなかったみたいに、綺麗な肌が素顔を現す。
その最中、ヘリオスから言われた言葉で思い出す。自身の言った通り、回復中は手出しして来なかった。
そう言えば、そうだったか。三百年ほど前にこいつら遣いと戦った時は、《龍天》の副作用も少なくて、ガンガン使ってたんだったか。だから、最高火力を叩き出して、こいつの遮断も、こいつの許容量以上のダメージを出すことによって破ったんだった。
《龍天》、か。アレを使えば勝てるだろうけど、果たしてそれは得策なのか。侵食が進む中、アレを使えば使うほど、俺の身体はボロボロになっていく。丁度、さっきこいつに向かって飛んで行った槍みたいに。どんな風に消えるかは知らないけど、灰みたいになって死ぬのは嫌だしな。
それに、リオーネとも約束した。もう危険な技は使わないって。取り敢えず、肉体を治すまで。今だけは。
……だから。
「使わないさ。約束してるからな」
「へぇ。それは、リオーネちゃんとかい?」
「さぁ、どうだろうな」
「けど、意地を張っていても仕方がないだろうに。このままだと、結局負けてしまうのだろう?」
まあ、そうだろうな。このまま、《龍天》も使わず、この拮抗状態が続けば、先に崩れるのは俺だ。短距離転移はいつでも使えると言っても、こいつレベルの敵となると別だ。状況によっては使えない。というより、こいつに対しては相性が悪いんだ。攻撃が止まない上に、そのどれもが高火力だから、脳のリソースを転移に使いたくても、頭が回転しきらない。
ニヤニヤと、あいも変わらず何を考えているのか分からないような笑みを浮かべるヘリオスに、少しながら冷や汗をかく俺。架空の第三者がいたなら、その目には俺に勝ち目がないように映るか。
うん。俺に勝ち目はない。それは真実だ。
「……分かった、認めるさ。俺じゃ、今のお前には勝てない。少なくとも、《龍天》無しの今じゃあな」
「なら、私の実験体に……」
「勝てないよな」
続くヘリオスの言葉を、俺の言葉で遮る。まだ、俺の話は終わってない。
少し呆然としながらも、ヘリオスはゆっくりと聞き入っていた。場所と二人の間に流れる空気さえ違ったら、温和にお茶会でもしている友人にでも見えたことだろう。
「勝てないよ。ああ、勝てないよ!」
「……一体、どうしたんだい?」
両手を高く、大きく広げ、演技がかった叫びを上げる。呆然としていたヘリオスだったが、その瞳が、次第に怪しげなものを見るものに変わっていく。
「けどな」
実はまだ、この世界に戻ってきてから、誰にも話していないことがある。いや、話せなかった、ってのが正しいか。
話す時間がなかったってのもそうだし、何より、その内容が内容だったから。そして、確信が持てなかったからだ。
まず、順を追って説明しよう。俺は、三百年前、四代目勇者として、この世界に召喚された。そのとき、古代の召喚魔法の効果で、俺は反則的な力を得た。片手では足りない程度の数ではあるが、そのどれもが、たった一つだけで最強と言われるであろうものだった。
そう。ここに注目して欲しいんだ。
俺が反則級の、安っぽい言葉を使うなら、チート能力を得たのは、この古代の魔法の『効果』だ。召喚した人間に、最強になりうる力を与えるという。そして、俺が知り得る限り、この世界において、異世界から人を召喚するほどの魔法は、その古代の召喚魔法以外に存在しない。
なら、当然、明を含める俺たち四人をこの世界に召喚したのも、同じ魔法であるはずだ。事実、俺が召喚された時に見た魔法陣にも見覚えがあったし、城で感じた雰囲気も昔のものと同じようなものだった。
——なら。なら、だ。
その魔法の効果で、明たちも、反則能力を得ているはずだ。そうでなければ、勇者なんて到底務まらない。
明も、一緒に召喚された水城や十島も。
そして、俺も。
「な……に!? これは……!?」
俺の体から放たれた、圧倒的なまでの『何か』に圧され、ヘリオスは警戒心を強める。
そんなヘリオスに言ってやった。
「勝てないよな。今までの俺じゃ」
右手を遠くに見える地と水平に掲げ、その手のひらをヘリオスに見せるようにして。
その手のひらにあったのは、侵食によって現れた黒い痣。しかし、最初とは少し違うところがあった。
黒い痣は手のひらに直接現れているのではなく、そこから少し浮いているような位置にあった。
そして、中央からヒビが入っていたかのようなその見た目は、見たこともない、刻印のようなものに変わっていた。それも、鈍い光を放つ。
手のひらに浮かぶ、黒く輝く刻印。
「君は一体、どこまで……」
「さぁ、ヘリオス」
これがどんな力を持つのかは知らないが俺の勘が告げている。この状況を打破する力を持つと。
「第二ラウンド、スタートだ」
俺の、よく当たる勘がな。