14 襲来
お久しぶりです。
「おほん、では、改めて話し合いを始めるぞ。まずは、アレク。お前の持っている情報が欲しい」
「……構わん。全て話してやろう」
アレクの拘束を解いてから、同じ席につかせた。トリニアは席を移動してもらって、アレクは俺の左隣の席だ。何かあった時、一番対処しやすいからという理由で。
問題のアレクだけど、もう抵抗する気もなくなっているように見える。というより、抵抗すれば殺されるみたいな意識が芽生えてしまっているんだろう。失敬な。
「貴様らは一体、何が知りたいのだ」
「お前たちの方には、あの後『男』は現れたのか?」
「ああ、何度かな」
「そいつの名前は?」
何を知りたいかと聞かれれば、まずはこのことだ。邪神復活までの計画とか、そういうのも知りたかったけど、元凶である男の正体がまず先だ。
これでもし、『あいつら』なら、面倒なことになる。
いや流石にない……
「奴は自身のことを、『ヘリオス』と言った」
「……ヘリオスだと? 確かか?」
「間違いない」
……あった。あいつらだ。
あっけらかんに告げるアレクと、焦る俺。リオーネも予感していたかのように、悟った顔をしている。これは諦めている顔か。
しかし、これは。
「ああ、まずい、これはまずいぞ。バクラ、まずいことになった……」
「どういうこった、というか落ち着け」
バクラが落ち着かせようとしてくるが、これが落ち着いていられるか。
あいつらが絡んでいるとなれば、この件、最初に思っていたよりも厄介で、面倒なことになる。
邪神を復活させて、魔族を騙して洗脳して。奴ら、一体何を企んでる。
「この件、『遣い』が絡んでやがる……!」
遣い。見た目的には様々だが、大体は翼の生えた人のような姿をしている。
今回の話と、ぴったりと一致する。ヘリオスという名も。
最初に話を聞いたときから、少し心に残る感じがしていたけど、やっぱりそうだ。
「遣い? なんだそれは?」
「私も聞いたことがないが……」
「いや待て、ヘリオスが出てきたとなると……」
この件に遣いが、そしてヘリオスが絡んでいるとなれば、このまま何も起きないわけがない。
バクラもトリニアもスーラも、俺が何を焦っているのか、何を言っているのか、まだ全く理解出来ていない。
どう手を打つか考えていたとき、突如大きな揺れが、俺たちを襲った。
「……このタイミングで来るのか……!」
嫌な予感が、またしても的中した。それも、最悪のタイミングで。
俺たちを襲った揺れは、かなり大きなものだったが、長続きするものではなく、すぐに収まった。
全員で地面に固定されている机をガッシリと掴んでいた俺たちのうち、真っ先に反応したのはバクラだった。
「な、なんだ、今の揺れは!」
と、怒鳴りつけるバクラ。
この部屋の防備には絶対的な自信があったのか、揺れがあっただけで慌てている。
落ち着け。地下からの地震なら普通に揺れるだろ。
「スーラ、ここは城の地下なのだろう? 大丈夫なのか?」
「分からん。今の揺れ、かなり大きかったが……」
スーラが思案するように顎をさすった。
さっきの揺れ。あれは地震じゃないだろう。いや、実際にこの目で見るまでは確信は持てないが、ヘリオスがいるとなれば、8割程度の確率で地上には……
「お前ら、急いで外に出ろ」
掴んでいた机を離し、部屋の隅に展開されている転移の魔法陣へと歩いて行きながら言う。
「外に、何かいるぞ」
転移した先は、街の外だった。外壁の少し外側。どうやら、通常用と避難用の二種類の転移が存在しているらしく、今回は俺が指定したために、避難用の転移を使用したとのことだ。
外に出た俺たちは、まず目の前に広がる光景に圧倒されることになる。
「おいおい、マジか……?」
「こりゃ、結構な大群じゃねぇか」
空から、地から、右から、左から。数え切れないほど多くの魔物が、この街に向かって迫ってきていた。
まるで、何かに引き寄せられるかのように。一つの波のようになって、押し迫っている。
街への入り口である巨大な扉からは、幾人かの冒険者や、門を守っていた騎士や兵が集まってきていた。
そしてその魔物の集団を見ると、一様にざわめきだした。
「さっきの揺れの原因はあいつら、かな」
前方に見えた大型の魔物の集団を指差して言う。
そこにいたのは、大きな牙の生えた巨大な獣に、毒々しい色の巨大な蟻。真紅の体毛を持った猪に、同じく真紅の体躯の巨大蜂。
魔物をランク付けるとするならば、そのどれもが最上級の魔物に分類されるだろう。
「……《ベヒーモス》に《ベノムアント》、《クリムゾンボア》に《ブラッドビー》だと? ふざけんな、最上級な魔物ばっかりじゃねぇか」
バクラやスーラも同じような感想みたいだ。その隣のトリニアでさえ、目を見開いて呆然としている。お前、もっとでかい龍じゃねぇか、とツッコミたいが、流石に自重した。
リオーネに関しては、そこまで驚いてはいなかった。どちらかと言えば、『やっぱりか』みたいな顔だ。俺と同じような気持ちなんだろう。
こんな状況に、二度三度と絡まれている俺たちからすれば、あまり驚くことでもないんだ。ここまで強い魔物ばっかり揃えてきたのは今回が初だけどな。
「面倒なことになってんな」
「面倒どころでは済ませられねぇぞ、これは。ここで食い止めなければ、確実に街に被害が行く」
何処からともなく取り出した巨大な剣を構えたバクラが言った。そう言えば、バクラもスーラも、メインとして使う武器は大剣なのな。今関係ないけど。
見れば、スーラも大剣を構え、トリニアは昨日と同じ槍を構えていた。完全に臨戦態勢だ。
「親父と俺が協力して、ハクハもいるんだ。何とかなるかも……」
「ダメだ」
「なに?」
進行を止めない魔物たち。俺も奴らを倒す戦力として数えられていたけど、俺は参加出来ない。
まず、こいつらが現れた原因を止めなくては、あまり意味がない。原因はもう分かってる。
普通に、常識で考えてみよう。これほどの魔物の大群。それが自分たちの街に近付いてきているんだ。
『普通、気付くよな』?
そこだ。これほどの大群なんだから、もしもこちらにずっと進軍してきていたとしたら、朝の時点でも何か情報は入っていたはずだ。
それなのに、門兵も、情報が命とされる冒険者でさえも、今知ったような顔をしている。まるで、『突然現れた』ものを見るかのような。
ま、今回はそれが正解なんだけどな。
「俺は、これの原因を潰しにいく」
「原因が分かるのか?」
「ああ。多分、俺以外には対処出来ない」
これを『出した』のが件のヘリオスなら、バクラやスーラ、トリニアでは倒すのは難しいだろう。《龍天》を使わない状態での俺でも、勝てるかどうかは怪しい。
俺の雰囲気で、何となく察したのか、頭を掻いていたバクラは決心した。
「……分かった。そっちは任せたぞ、ハクハ」
「おう、任された」
手を勢い良く叩きあわせる。ハイタッチだ。
俺はそのまま、後ろにいたリオーネの前まで行き、いつかと同じようにしゃがんで頭を撫でながら言った。
「リオーネはここで、皆を守ってやっててくれ。あいつら、無茶をする奴らばっかりだからな」
「ハクハは……」
「大丈夫。身体の負担になる技は使わないって。無理そうなら助け、求めるからさ」
もちろん、危なくなっても助けを呼ぶ気はない。そんなことをして、リオーネたちが遣いと戦うようなことになれば、きっと、このうちの誰かが死ぬまではいかなくとも、再起不能の重傷を受けるだろう。それだけは回避しなければならない。
そんな俺の心情を理解したのかしていないのか、リオーネは優しげに微笑んで言った。
「……ボクは、ハクハが帰って来る場所を守るよ」
「頼んだぞ、リオーネ」
最後に額に軽く唇を合わせてから離れる。
こっちにいる魔物相手なら、苦戦はすれども、負けるようなことはないだろう。こっちの面子も、なんだかんだで精鋭揃いだしな。
後は、俺が奴さえ倒せばいい。倒さなきゃ終わらない。
「よっしゃ、お前ら! ゴブリン一匹通さねぇぞ! アレク、てめぇも暇なら手伝え。そこにいるお前達もだ!」
暴炎の英雄による喚起の掛け声。スーラとトリニア、リオーネはすぐに準備をした。
「ふん、街にいる妻と子のためだ。貴様たちのためではないからな」
アレクもまた、渋々といった感じではあるが、一般的に片手剣と呼ばれる分類の武器を虚空から取り出し、構えた。随分と飾り気が少ない片手剣だな。実用性が高そうだ。
こいつは『妻と子のため』だとかなんとか言ってるけど、ツンデレだな。100%、いいや200% の確率でツンデレだ。遣いの洗脳はかかっていたはずだけど、遣いが出した魔物に対して戦闘行為を行っても、命令違反とはならないのか。不思議だ。
『お、おい。バクラ様って裏切り者だったんじゃ……』
『アレク様も一緒にいるぞ……』
『一体どういう……』
「いいからさっさと手伝え! 死にてぇのか!」
『オ、オォォォォオオオ!!』
事態を理解出来ていなかった他の面子だが、バクラの呼び声で一斉に武器を掲げて雄叫びを上げる。さっきの処刑台での場面を見た者なら、何故裏切り者が、とかいう感想を抱くだろうけど、状況が状況だ。これほどの魔物の軍勢を相手に、裏切り者もクソもない。
取り敢えず、これだけの数の戦闘員がいたら、こっちは大丈夫か。気兼ねなく向こうに行ける。
「やれやれ、俺も行くか」
ため息一つ、踵を返して奴を探しに行こうとした時だった。
「……ハクハ!」
突然トリニアに声をかけられ、呼び止められる。
「ん? トリニア、どうした? 愛の告白か?」
「こんな時にふざけてる場合か! これを持っていけ!」
そんな軽口を言いながら振り返ると、トリニアが何かを投げてきた。
焦らずキャッチすると、何かが手のひらにチクリと刺さった。
これは、なんだろう。翼のような形をしている、ペンダントのようなものだ。翼の節々にある突起が手に刺さったんだ。
「これは?」
「御守り、というやつだ。陛下から授かったものだが、今だけはお前に預ける」
陛下、ということは龍神であるリゲスか。
「いいのか?」
「お前ならば問題ないだろう。無事に帰って来い、ハクハ」
随分と信用されたもんだ。これで俺が逃げたりしたら、この御守りも帰ってこないっつうのに。
投げ渡された御守りをズボンのポケットに入れ、代わりに無限収納室から、特上の回復薬を取り出して投げてやる。スーラに使ったのと同じ、霊薬だ。
「当たり前だ。何かあったら使え」
「助かる」
思わぬ時間を食ったが、今度こそその場から離脱する。
遣いの反応は一つ。街から少し離れた上空。ここから2kmほどの場所。そこまで高い位置ではない。
問題は空に浮いてるってところか。無属性に分類される空中遊泳があったらすぐにでも飛んでいけるんだけど、生憎と使えないしな。
仕方ない。跳ぶか。
足に魔力を集中させて、身体強化を施す。それと同時に、魔力を魔法に変換せずに固め、足を踏み込んだ時の位置に、簡単な足場を作る。
後は、それを踏んで、足場を作って、その動作を繰り返すだけ。
「ほっ」
少しの抵抗感の後、すんなりと体は跳ねた。踏み込んだ衝撃で魔力製の足場は砕けるが、次の足場は既に生成済みだから問題ない。
これも久しぶりに使うな。魔法じゃないから使えるわけだけど、結構制御が難しいから、普段は使わないんだ。だって、身体強化と足場の生成を同時に行わなきゃならないわけだからな。数年ぶりに使うと感覚も忘れるってもんだ。
「……ったく、面倒なことばっかりしでかしやがって」
下にいた連中から離れ、上空を跳ねている中、ブツブツと呟く。
本当にもう、遣いが絡むと碌なことがない。魔神復活に大災害、天災に大陸陥没。あいつらが何かするたびに、こっちは解決しなきゃなんない。こっちの身にもなれ。
「『遣い』の奴ら、絶対に、一人残らず殴ってやる」
拳を強く握りしめ、そのすました顔面を殴ると、心に誓った。
反応を感じた場所まで来ると、一人の男が本を読んでいた。よほど本に集中しているのか、俺が近付いても気付いていない。
バクラが言っていた通り、そして俺の記憶通りの姿。煌びやかに輝く天使のような翼と、全てを吸い込み消し去っているような、悪魔のごとき翼。
そして、特徴的な緑のくせ毛と、研究者用の白い服。
「……おや」
そいつの前方5mほどの地点まで近付いて、そいつはようやく俺に気付いた。
本を静かに閉じ、俺の方へと向き直ると、その手からはいつの間にか本が消えていた。
「よう」
軽く手を挙げ、久しぶりに会った知人にする程度の感覚で声をかける。
「もう来てしまったのか。ゆっくりと本を読む時間すらくれないのかな、君は」
「お前らは休む時間すらくれないだろうが」
「はぁ。君は相変わらず、本の素晴らしさが分かっていないようだ」
男は何をするでもなく、ただ本についてを語り出した。
本は俺たちに様々な知識をもたらしてくれるだとか、本を読むことによって俺たちの脳は活性化するだとか、素晴らしい本を書く者はやはり素晴らしいだとか。
次第に本の素晴らしさではなく、特定の本の中身についての話になっていったので、それを無慈悲にシャットダウンして告げる。
「今回は何人だ?」
「……私一人だよ。そもそも、今回の件は、私の独断だ」
話を遮られても全く不機嫌そうにしない男は、けれど少し呆れたような顔で言った。
独断とか、なんて面倒なことを。
「面倒なことしやがって……」
「君が戻って来るという予見があってね。動かずにはいられなかった」
この男の言う予見とは、そのままの意味だ。遣いの中に、遠くない未来のことを、ランダムに視る能力を持った奴がいた。恐らく、そいつの能力で、たまたま俺がこっちに戻って来る未来が見えたんだ。
なんつう面倒なことを。
「それで、何十年も前からこの国にちょっかいかけてたってか」
「いや、それは別件だよ。そちらは、天上神様のご意向だからね」
つまり、俺が戻ってこようとなかろうと、遣いの連中は邪神復活を遂げていたと。ちょっとだけ、俺のせいで邪神復活とか企んでるんじゃないかと思って罪悪感を感じてたけど、そうじゃないようで何よりだ。
それより、天上神か。あいつはまだ、つまらないことでも考えてるのか。世界征服やら神々への復讐やら。一回懲らしめたのに、まだ懲りてないな。
「じゃあお前が独断で動いてるってのは、今のこの状況だけか」
「そういうことだね」
「めんどくせぇことしてんなよ」
「なに、君が戻って来ると聞いたんだ」
ほんわりと告げる男に呆れる。
両拳に魔力を纏わせて強靭なものとする。
それと同時に、右斜め後ろに向かって、体を捻りながら、左の拳でストレートを放つ。
第三者から見れば、何が起こったのか、理解出来なかったろう。
俺の背後から、何の気配もなしに現れた闇の槍を、さっきまでただ立って話を聞いていただけの俺が打ち砕いたなんて。
背後から迫っていた闇で出来た槍は、俺の左拳と正面衝突し、打ち負ける。
ボロボロと崩れ出し、黒い欠片になっていく槍と入れ替わりに、数十本の同じ槍が、あらゆる方向から襲いかかってくる。
殴り、打ち払い、掴んで振り回す。
俺に襲いかかってきていた数十もの槍は、ものの数瞬で全てが砕け、消えた。
「昂ぶってしまうのも、仕方がないだろう?」
「……お前、絶対殴るからな、ヘリオス」
向き直ると飄々と告げる男ーーヘリオスに、拳を突き出して言った。