13 アレク、目覚める
簡単に、纏めてみよう。今のバクラの話をさらに簡潔にするために箇条書きにすると、こうなるという事か。
・まず、スーラが人質に取られた。
・スーラを盾に、バクラが確保された。
・無実の罪で二人を処刑に。
・計画を企てたのは過激派の連中で、実行犯はアレク。
まあ、本当にざっくりと纏めるとこうなる。バクラが話すのを忘れているなんて事がない限りは。
スーラはバクラの息子だから、バクラの人質としては十分だ。向こうからすれば、反乱因子であるスーラを処分すると同時に、バクラを処分するための盾として利用できるのだから、二重の意味でのキーパーソンだったのだろう。
「ってことは、スーラがスパイとして潜り込んでいたってことがバレていたのか?」
「そうだろうな。こちらに渡って来ていた情報の見直しも必要になるだろう」
それはそうだ。スパイとして潜入して得てきた情報だが、そのことが相手に筒抜けだったとすれば話は別だ。完全に相手に有利になるよう、情報を操作されているかもしれないわけだし。いや、確実にそうなっているだろう。
「スーラは何で捕まったんだ?」
「アレクから話があるって通達が来て、個別に呼び出されたんだ。念のために戦う準備はしていたが、敵わなくてな」
聞けば黙っていたスーラも、普通に返してくれた。
うっわ、確実に罠だ。俺でも分かるくらいに罠だ。敵から話があるの個別呼び出しは、94%罠だ。
でも、スーラの口ぶりからすると、準備万端だったんだろう。俺は二人ともそこまで変わらない労力で倒したからどうか知らないけど、スーラだって普通に強い部類には入るはずだ。
そのスーラが負けたとなると?
「アレクはそんなに強いのか?」
「そりゃそうだろ。三勇士の一人だぞ?」
次に答えたのはバクラだ。いや三勇士ってなんやねん。
「まず三勇士ってのが何なのか分かんねぇから」
「外にも情報は出てたと思うが」
「昨日戻って来たばっかりなんだよ。だから最近の話は全然分からん。具体的に言えば三百年とちょっと」
「最近とかいうレベルじゃねぇな」
とバクラ。
どうも、三勇士というのは、魔族間以外でもそれなりに有名な名前らしい。昨日戻ってきたばかりの身としては、そういう情報には疎いわけだから、出来ればもっと分かりやすく言ってほしい。
「まあいい。三勇士っつうのはあれだ、強い三人の魔族のことだ」
「おい脳筋火だるま、もっとまともな説明を寄越せ」
適当でいいだろうみたいな感じでバクラが戯けて説明したが、ぶっちゃけ何も分からん。
いや、ある意味で言えば分かりやすい説明なんだけど、もう少し欲しい。こう、どのくらいの強さなのかとか、どういった奴らなのかとか。バクラが言うくらいなんだから、強いってことは分かったけど。
「俺が説明する。三勇士ってのは比較的新しく出来た称号でな。主に戦いの面での大きな功績を挙げた奴や、高い戦闘能力を持った奴らに与えられる。アレクはその三人のうちの一人だ」
「なーるほど。権限なんかは?」
「それなりに高いとだけ」
何ともまあ、よく出来た息子である。あの父親からこの子が生まれるなんて考えられないけどな。似てる部分は多いけど。脳筋とか。
んで、俺の記憶に全くない名前だってことは、本当に最近出来た名前だってことだ。強い奴の名前は覚えてたりしたから、そういうことだ。
戦闘面で、ってことは三勇士は戦闘特化のメンバーだってことか? 知将っていう可能性もあるけど。
「じゃあ、アレクは強くて偉いってことか?」
「端的に言えば、な」
その割には、随分と噛ませ犬っぽい役だったんだけど。一瞬で縛られてるし。
「あっさり気絶したけど」
「お前と比べるな。俺だってお前にゃ敵わねぇぜ」
説明には参加しようとしなかったバクラが笑いまじりに言った。
良くも言ってくれる。俺が帰った後の期間で研鑽を積んだであろうバクラと、ただただアニメ見てゲームして過ごしてた俺とでは、経験の差がモノを言うだろう。まず、長命の魔族と短命の人族では、成長に限界がある。バクラなんて500年近く生きてるはずだろうけど、それに比べたら、俺なんてまだ16〜7年だからな。
やっばい、今戦ったら、普通に負けるんじゃなかろうか。スーラをフルボッコにした時も体の動かしにくさを痛感した。体育の授業で手抜きしまくったツケが来るか。
「……うぐ」
「お」
なんてことを話してたら、隅の方で呻き声が聞こえた。ベッドの上に寝かせておいたアレクが、目を覚ましたようだ。
「こ、ここは……」
「よ。起きたか大将」
頭だけを起こして周囲を見渡していたアレクに、何の警戒もせずに近付いて行く。物理的にも魔法的にも、厳重に縛ってあるから、大丈夫だろう。
「ひっ……」
と、俺の姿を認識したアレクが小さい悲鳴をあげる。俺から少しでも離れるように小さくなりながら。
とてもじゃないけど、そんなに強そうには見えない。
いや、何と言うか……
「……なんか、すっげぇデジャブだ」
「俺もだ……」
「奇遇だな。私もだ」
順に、俺、スーラ、トリニアだ。
これ、少し違うけど、スーラをボッコボコにした時と同じような感じじゃん。俺って怯えるほど怖いか? お前たちみたいな見た目の奴が怯えるなんてあり得ないと思うんだけど。むしろ逆だろ。
「バ、バクラにスーラ……! 貴様らのせいで……!」
「おいおい、二人のせいじゃないだろ。馬鹿なことをしたお前らの責任だ」
後ろから来ていたメンバーの確認をして、アレクがそんなことを言い出した。
しかし、それはどうなんだろう。バクラとスーラがいなかったら、確かに俺は助けには行かなかった。だから、バクラとスーラの二人がいたせいで、ってのは合ってるかもしれないけど。
でも、大元の原因は、馬鹿なことを計画したこいつらのせいだしな。違うか、謎の男とかいう奴のせいか。どっちでもいいけど。
「と、とかく言う貴様は何なのだ! 一体、何者なのだ!」
怒り狂った矛先は、俺にまで向いた。
何者だと聞かれたら、答えてあげるのが世の情け、ってそんな感じだったか。全然違うかもしれんが。
「俺? 四代目勇者」
「あっさりとしすぎだろう」
何者だって聞かれたから答えたらトリニアに怒られた。なんて理不尽な世界だ。
が、そんなおちゃらけた雰囲気の俺たちとは別に、アレクの表情は驚愕に染まっていた。
「四代目勇者……だと!? 馬鹿な! あれは三百年も昔の人間だぞ!」
ふーむ、そんなに驚くことなのかな。魔族だって数百年生きてられるし、妖精族なんて寿命がないんだぞ。
それなのに、三百年前の人間が出てきたくらいで驚くのか。驚くかもしれないけど。妖精族だって人みたいな見た目してるし、俺もそうかもしれないじゃんか。なのに俺だけ言われるとか、やっぱり理不尽だ。
静かに、何も言わず、足音も立てず、アレクの目の前まで歩み寄って、腕をベッドの柱に縛られて、大きくは動けない、可哀想なアレクの胸元を掴み、言う。
「やかましい、さっさと情報吐け」
「理不尽だ」
理不尽なのは俺じゃない。腐りきったこの世の中だ。
せやけどトリニアはん、どっちみち聞きだすんやから、強引にやってないだけ褒めてーや。やってるっつっても胸元掴んでるだけだぜ、俺。
「う……ぐ……」
そんな脅しが聞いたのか否かは知らないが、迷うような素振りを見せるアレク。
恐らく今、彼の脳内では、大人しく従って情報を受け渡すよう唆す悪魔と、味方を裏切るのはいけないと唆す天使がいるだろう。
あ、顔が晴れた。天使負けたな。そうだよね、やっぱり自分の身一番だよね。
「……わ、分かった。情報は渡してやる。だが、その前に一つ聞きたいことがある」
まだ少し渋々と言った感じではあるが、こちらに情報を渡す決心をしてくれたようだ。
胸元を掴んでいた手をどかすと、アレクが縛られている手をもじもじと動かしながら、顔を赤らめる。可愛くねぇから。何か恥ずかしいことでも聞きたいのか? トイレの場所かな。
「どうした? トイレの場所か?」
「お前はトイレに何かこだわりでもあるのか?」
ないよ! あるわけないだろ!
というかなんだよ、トイレへのこだわりってなんだよ。二代目勇者じゃあるまいし。そんなものあるわけないだろうに。
トリニアからのツッコミを華麗にスルーしながらも、依然何も言おうとしないアレクに集中する。
否、ゆっくりと口を開いた。
「……この縛られ方には、何か意味でもあるのか? 見たことのない縛りなのだが、非常にこう、辱められているような……」
「亀甲縛りってこっちじゃマイナーなのか……」
「取り敢えず馬鹿なことをしているということは分かった」
まるで亀の甲羅のような縛られ方をしているアレクが、体を小さくくねくねとさせながら言った。定番のトリニアのツッコミ込みで。
亀甲縛り+ベッドへの柱縛りはマイナーどころか、こちらでは全く知名度のないものだったということに、小さくないショックを受けてしまった。
この時か。日本でも有名な『責め』を、この世界に広めようと決心したのは。最初に広めたのは『触手責め』だったか……。




