10 喧騒と処刑
なるべく展開を早く進めようとしていますが、そのせいで致命的な誤字や矛盾があるやもしれません。是非教えてください。
また、ブクマしてくださっている方など、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。
窓の外から、覚醒した人々の声が聞こえる。
スマホの時計は役に立たない。日本とガルアースでは時間の流れが違うから。
「……んぁ」
起き上がる時にベッドに手をつくと、そこに何やら柔らかいものがあった。
もにゅりと、柔らかくて温かいもの。
「……あぁ、そうだな」
ガルアースと日本の時間は違う、って頭では理解してたけど、まだ何と無く頭が覚醒しきっていなかった。
俺の隣では、気持ち良さそうに眠るリオーネ。昨日あんなに寝ていたのに、よくもまあよく寝るものだ。
懐かしい。昔はよく、こうして同じベッドで寝ていた。
さらに、その隣のベッドには薄着のトリニアが寝ている。四肢の露出と、ところどころに見られる鱗が、何とも言えない妖艶さを醸し出している。変なことはしてないぞ。
二人を起こさないように、ゆっくりと、静かにベッドから立ち上がる。
軽く伸びをして、大きなあくびをする。
そのタイミングで、何かを察したのか、リオーネが起き上がった。
潤んだ目を擦りながら、寝惚けた風に、俺を見つめてきた。
「……おはよう、リオーネ」
「うにゅ……おはよう、ハクハ……」
いつもよりも、寝覚めの気分が良い。
★★★★★
「ごちそうさま」
バクラが手配していた宿で朝食を摂った俺たち三人は、着々と準備を進めていた。
用意された宿は、街の中でも一位二位を争うほどの人気宿、その最上級の部屋で、快適さは言うまでもない。
三人とも装備なんてつけず、完全に休日の学生みたいな感じの服装だった。ペンダントによる変装は忘れていない。
今日の朝食は謎の肉で作られたステーキと、見た目が赤いパン。朝からかなり胃もたれを起こしそうなメニューだったけど、魔族はそんなに腹が減っているのだろうか。味自体は美味しかった。何の肉なのかは最後まで分からなかったけど。
無限収納室から輪廻のローブを取り出し着る。リオーネは白いワンピース型の戦闘着。トリニアは件の露出度最高の衣装だ。もちろん、二人が着替えてる間は退室してたぞ。
「さて、二人とも。そろそろ城に向かうけど、いいか?」
「問題ない」
「ボクも、昨日のうちに話は聞いてあるから大丈夫だよ」
昨日寝ていたリオーネには、宿に着いた後に説明してある。一人だけ知らないってのは不便だからな。
リオーネもバクラとは仲がいいから、初日に会えなかったことを悔やんでいたが、今日も会いに行くんだから問題ないって伝えたら納得してくれた。
「じゃあ、出発だ」
女将に挨拶をしてから、宿を後にした。
喧騒を掻き分けて進む。昨日も思ったが、【ファフネア】は人口密度が高い。この場合は魔族密度か? いやどうでもいい。街の端の方ならいいんだけど、城の前にある『城門前広場』は特に混み合う。因みに、昨日行った商店街も、広場の近くにある。
それに加えて、広場には噴水みたいなのもあったから、完全に憩いの場として利用されているんだろう。
いや、それにしても人が多いな。昨日も多かったけど、これほどではなかった気がするんだけど。何か祭り事でもあるのか?
「……ん?」
件の城門前広場まで来た俺たちだったが、そこには昨日はなかったものがあった。
木で組まれた大きな台。演説とか、そういうものをするときに使うアレ。
人だかりはその台を囲うようにして出来ていた。円形に、ずらりと人一人も通れないほどに。
「ねぇ、ハクハ。あれって……」
「ああ。『処刑台』、だな」
それがただの演説台であったなら、俺たちもわざわざ止まって注視したりなんてしない。
問題は、その台の上に組まれていた、巨大なギロチンにあったんだ。
地球でも、昔はよく使われていたという処刑の定番、ギロチンによる首斬り。真か偽かは知らないが、俺でも絵や写真で見たことくらいならある。
それが、民衆を挟んでその向こうにあった。
処刑台の上には、看守服のようなものを着た魔族が三人立っていた。恐らく、処刑する側の魔族だ。
他の魔族は見当たらない。台に血が飛び散っているような様子でもないし、まだ処刑が始まってないということだろう。
「公開処刑か。俺は嫌いなんだよな、アレ」
「仕方のないことだろう。罪人は裁かれる。罪が重ければ重いほど、その裁きも大きくなるというのは、自然界の摂理だ」
なんとなしに言った言葉に返したのはトリニアだった。
「まあ、トリニアの言っていることが正しいんだろうけどさ」
罪人には裁きを。それは分かる。日本でも当然行われていることだ。重い罪には死刑を。日常茶飯事とまではいかないが、テレビのニュースでもよく目にする。
けど、それでも俺は元はと言えば、そういったことから無縁だった、普通の日本人だ。この世界に来るまでは人の死なんて直接見たことはないし、当然、公開処刑なんてものを目にしたことがない。
だから、どちらかといえば、死刑も隠すようにしてやって欲しいんだ。戦争で人を殺したこともある俺が言うのも変だろうけどさ。
人の、この場合は魔族のだけど、死ってのはあまり軽く扱い過ぎちゃいけないと思うんだ。冗談交じりに『死ね』とか『殺す』とか言うこともあるけれど、実際に死んだ人間を見て、嘲笑うようなことをするのは、絶対にいけないことだと思うんだ。
なんて言うのは綺麗事だってことも、この世界に来て十分に思い知った。俺が綺麗事を言えるような奴じゃないってことも、な。
「ハクハ……」
「大丈夫だ、リオーネ。もう慣れた」
リオーネが心配そうにローブの裾を掴んできたから、その手をそっと包み込んで剥がす。
未だ心配そうにするリオーネの頭を軽く撫でて、当の俺はというと、処刑台の方へと意識をやっていた。
……自分で言ってはなんだが、俺の勘はよく当たる。
もしかすれば、俺が把握していないだけで、そういう能力を持っているのかもしれないけど、本当によく当たる。
そんな俺の勘が告げている。『やばい』と。
(嫌な感じがするな……)
公開処刑が嫌だとか、そういう感じじゃない。
なんというか、こう、言葉には言い表せないんだけど、嫌な感じがするんだ。
『見て、アレク様よ』『説明はあるのか?』『一体誰が?』『突然集まって欲しいだなんて』
突然、周りにいた民衆が、一気に騒ぎ始めた。
何事かと処刑台に注目すれば、そこに一人の男が上ってきているのが見えた。
俺の知らない魔族だ。全体的に青黒い。着ていた服も、全身を覆う鱗のようなものも、角も瞳も髪も。魔族って性別以外であまり見た目が変わらないから、イケメンかどうなのかとかは分からない。少なくとも、俺がいた時代に英傑として数えられていたような奴じゃない。
そいつが台に上りきると同時に、側にいた男のうちの一人が、何かの魔法を使った。
『諸君! 本日は急な招集にもかかわらず、よくぞ集まってくれた!』
若い声。声から察するに、中身もそこそこに若そうだ。
この声の大きさに拡がり方からすると、さっき、側の男が使っていたのは風魔法による拡声器機能を持った魔法か。
男は話を続ける。
『もう諸君も分かっているだろうとは思う。本日集まってもらった理由というのは、裏切り者の公開処刑のためだ』
その言葉を聞いて、周囲がざわつく。
裏切り者、とはなんだ。俺はこっちの事情には詳しくないけど、邪神問題の他にもそんな問題があったのか?
『これより、裏切り者の公開処刑を行う! ……連れて来い』
男がそう言うと同時に、側にいた男が何か合図を出し、一部の民衆が横に割れ、一本の道が出来る。
そこを、薄汚い灰色のローブを着た人影が二つと、連行する魔族が二人。あのローブを着た人影が、今回男の言っていた『裏切り者』だということだろうか。
人影はともに、かなり大きい。大男とも言えるレベルだ。
『では紹介しよう。邪神復活の補助という、平和を目指す民にとって、そして我々魔族全てのものにとって、裏切りという重大な罪を犯した、二人の男を』
処刑台の上に人影二人が連行され、男が言った。
こいつは今なんと言った? 邪神復活の補助?
つまり、あの人影はスーラやバクラの言っていた、過激派の連中だということか?
いや、それではおかしい。邪神を復活させることを罪として処刑出来るなら、過激派の幹部たちを処刑すれば、問題は解決するはずだ。
それが出来ないから、スーラをスパイとして潜り込ませ、情報を得ながら陰で解決を目指そうとしていたんだろう。
奴が言うに、あのローブの中身は二人とも男だということだ。
二人のローブの男は、フードを深く被せられていて、その顔を窺うことは出来ない。
『諸君らも知っているだろうとは思う。この二名のうち、一人は今まで英雄として崇められていた男だ』
男がなお続ける。
待てよ。今まで英雄として崇められていた男だと?
『彼らは今より200数年前の、邪神クロムスの出現にも関与していると自供している』
英雄の男。あの体格。
心当たりが、ありすぎる。
『今こそ! 彼らを裁くべき時だ! さあ、皆の者! その眼に焼き付けろ! 数百年に渡り、我々を騙し続けてきた男と、その子の姿を!』
男はそう言うと、二人にかかっていたローブを、強引に引き裂いた。
その下から現れたのは見慣れた顔だ。なにせ、昨日も話したからな。
俺の魔族側での数少ない繋がりと言ってもいい。かの戦いがキッカケで、世界の危機を救うのにも協力してくれた男だ。
その隣にいたのは、俺が昨日半殺しにした男。英雄の子。宿で聞いた話だけど、何よりも街の皆のことを気にかける、他人想いの奴だったらしい。
ローブを引き裂いた男は、気分が良いのかほくそ笑んで叫んだ。
『裏切り者の名は、バクラ! そして、スーラァァァァァァ!』
「あの馬鹿ども……!」
処刑台の上に立っていたのは、他でもない、バクラとスーラの二人だった。