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1 勇☆者☆降☆臨

「おいお前説明しろよさもなくばその残念な顔面殴りつけんぞ」

「落ち着け」


 右腕を持ち上げたままの俺を制止するのは、幼馴染の超絶イケメン野郎、火野(ひの) (あかり)。落ち着けって言われてもさ、この状況では落ち着きようがないだろ。


「おお……どうか、どうか哀れな私たちに、御慈悲を……」


 ちょこっと気迫を強めて怒鳴っただけなのに、こんのクソ王……いきなり召喚しといて、何が御慈悲をだよ。こっちが御慈悲を貰いたいくらいだよ。なめてんのか、なめてんだろ。


 ん?状況が読めない?


 おーけーおーけー、俺がざっくり説明してやるよ。


 俺含む4人が勇者として異世界に召喚された。


 おーけー?は?分からない?しゃあねえな。ちょっくら回想シーンにでも突入してやろう。



 それは今日の昼ごろの出来事だった。今日は授業が5限までしかなくて、4限目が終わってからの昼飯の後、すぐにいつもの場所で寝ようとしてたんだ。


「よし、サボろう」

「何が『よし』なのか分かんないから」


 木の陰で午後の授業をサボろうとしていた俺の眼の前に、赤毛の少年がにゅっと顔を出す。うおっ、いきなり来んなよ。牛乳吹き出しそうになったわ。禿げやすくなる呪いでもかけんぞ。


白羽(はくは)の悪いところは、そうやって、直ぐに授業をサボろうとするところだよ?」


 あー、出たよ、こいつの無駄な正義感というか、真面目ちゃん気質な性格。昔っからなんだよなあ。この性格のせいで、何度俺が苦労したことか。

 それに、サボ『ろう』としただけであって、サボったのはまだ一回だけだからな。殆どお前に邪魔されとるわ。その無駄な真面目ちゃん的性格のせいでな。


 割と本気で、不良とかの喧嘩に巻き込まれてるからな。洒落にならないからな、マジで。


「授業なんて退屈だろ?それなら、まだ寝てるほうが楽しい」

「白羽の場合、睡眠は何よりも重要なことでしょうが」


 うっ……。何と痛いところを突いて来るのか、このイケメン幼馴染は……。確かに、寝てる方が楽しいんだけどさ。何よりもってのは違うだろう。お前の中で、俺はどういう扱いになってるんだ。寝まくり男とか、寝てます系男子とか、そういうのになってるんじゃないだろうな?


「そんなことないぞ。寝ることより大事なことだって、一つや二つくらいあるさ」

「例えば?」

「……この指輪とか?」


 左の薬指につけている指輪。校則でアクセサリの類は特に禁止されていないから、着けていても何も言われないけど、やっぱり左の薬指だと目立ってしまうわけで。未婚の先生なんかには、たまに恨めしげな目で見られる。誰か、あの先生と結婚前提で付き合ってやれよ。


「ずっと気になってたんだけど、それって一体なんなのさ。去年までは着けてなかったよね?」


 明が疑問げに問いかけてくる。そう言えば、去年はまだ持ってなかったっけな。

 銀色のリングに、青い宝石が嵌っている指輪は、一目見ただけだとかなり高級感が漂っている。中では小さな『何か』が蠢いているが、まあその秘密はおいおい。


「そうだな、彼女に貰った、みたいな感じかなあ」

「……妄想?」

「妄想ちゃうわ!」


 何て失礼な男だ。いくら俺がアニメ漫画ゲームを極めたオタク系男子だからって、流石に妄想上の彼女から、実物のプレゼントを貰うようなことは不可能だよ。画面上でならいけるけどな。


 キーン、コーン。


 授業開始10分前の予鈴だ。そろそろ帰って準備するころか。ほれ、さっさと帰れ。俺はここで寝る。


「おっと、予鈴か。って、なに寝ようとしてんのさ。ほら、授業始まるし、早く行くよ」


 寝ようとしていた俺の体を激しく揺すってくる明。

 あー、行きたくない。めんどっちい。たまにはサボってもいいじゃないか。一度二度サボったって、高校は卒業出来るだろ……


 ユサユサ。

 ユサユサ。

 ユサユサ。

 ゲシ!ゲシ!


「うおお!? いてぇ! 行くから蹴るんじゃねーよ! 砂がつくだろうが!」

「あ、怒るのそこなんだ」

「そこだよ! 汚れ落とすの、大変なんだぞ!」

「分かった、分かったから早く行くよ。ただでさえ、ここから教室まで遠いんだから」


……ったく、何で授業なんて受けなくちゃならないんだよ。面倒臭いことこの上ない。仕方ないから行くけどさ。このままだと砂まみれになるまで蹴られかねないし。


 でもさ、授業とか受けなくてもいいんじゃねえか?だってさーー




ーー次、道徳の授業だぜ?

 あんな、おっさんが延々と人の精神やらについて話すだけのつまらない授業、サボっても仕方ないだろ……




 とまあ、それから1時間経って、授業が終わった。その後、すぐに帰ればよかったんだけどさ、そうも行かなくてさ。




「やっほー。火野君、私と希菜子(きなこ)と火野君の3人で、今から遊びにでも行かない?」


 学校が終わって話してた俺と明の傍に、2人の女子生徒が近寄ってきた。

 水色のアニメみたいなあり得ない髪色をしてるのは、水城(みずき) 佳奈(かな)。頭は悪いけど運動神経が良い、くらいのことしか知らないな。そもそも、同クラスの女子には、あまり興味がない。負け台詞じゃないぞ、本当だからな。

 髪を短くしていて、いかにもスポーツマンみたいな感じの見た目だ。

 が、可愛いから男子からの人気も高い。


 もう一人は、比較的現実的な茶髪の十島(とおしま) 希菜子(きなこ)。ゆるふわ系、とでも言ったらいいのか。髪の毛もふわふわしてるし、見た目もなんだかふわふわしてるし。幼女って言ったらそれまでだ。

 こっちも、1年生のアイドル、なんて言われてる。


「水城さん? いいよ、俺も丁度暇してたんだ。……あー、白羽……」

「あー、行け行け。リア充はさっさと俺の視界から消えろ」


 明が気まずそうに声を掛けてくるが、そんなものは知らん。全国、いや、全世界のリア充は爆ぜて消えればいい。イチャイチャしてる動画をネットに投稿?アホか。見てるこっちが寂しくなってくるわ。所構わずにイチャイチャしやがって。お前らは獣か。リア充じゃない、リア獣だ。


 そんな俺と明に、何か思いついたような顔で、水城は言った。


「水無月君も来る? 人数多いほうが楽しいでしょ。希菜子もそれでいい?」

「いいですよ。水無月君も、是非一緒に行きましょうよ」

「お前らマジ女神だわ。行く行く、俺も行くよ。むしろ行かせてくださいお願いします」


 すまん、お前らはリア充なんかじゃない。まさに女神だ。俺みたいなやつに誘いをくれるとは、現世に舞い降りてきた女神だ。


「白羽、顔」

「はっ……」


 どうやら、頬が緩んでいたようだ。女子2人も引いてる。そこで引かないでくれ、健全な男子なら当然すぎる反応なんだから。


「じ、じゃあ、取り敢えず駅まで行こっか。学校の近くには何もないしね」

「それがいいと思います」


 妥当だな。うちの高校、立っている場所が田舎すぎて、周りに何もないからな。

 出掛けるなら駅まで行って、そこから都市部に出るのが正解だろう。


……ん?


 何か違和感を覚えた。立ち止まって、違和感の正体を探る。一体なんだ?


「白羽、いつまでぼーっとしてんのさ。早く行くよ?」

「……あ、すまん。すぐ行く」


 少し気を取られていて、気づいたら皆は先に行っていた。

 気のせいか。疲れてるのか?疲れる原因なんて、徹夜でゲームをしていたくらいだけど。そんなもので疲れるはずがない。だって俺だし。



 いやあ、これも、今思えばヒントだったんだよな。この時、もっと注意深く違和感の正体を探っていれば、召喚されることもなかったろうに。



 駅まで着いた俺たちは、電車を待っていた。駅には妙に人が少なくて、というより、俺たち4人の他には誰もいなくて、奇妙な感じを覚えていたっけか。


「水無月君は彼女とかいんの?」

「急になんだよ、水城」


 電車を待っていた俺たちの中では、色んな質問が飛び交っていた。

 明には彼女がいるのか、とか、水城や十島には彼氏がいるのか、とか。全員いないって答えてたが、絶対一人や二人はいると思う。


 んで、その次に来た質問が、今のこれだ。


「いや、ほら。左の薬指に指輪付けてるじゃない。彼女と指輪の交換でもしたのかなあ、なんてさ」

「私も気になってました。まさかとは思いますけど、婚約者とかですか……!?」


 ああ、そういうことか。確かに、普通は結婚指輪を嵌めるところに指輪してりゃ、そんな勘違いもしちまうわな。


「まさか。俺たちまだ高校1年生だよ? 白羽が婚約者なんて……」

「ま、そんなもんだ」

『マジで!?』


 3人の声が揃った。ユニゾンだ。


「いやいや、彼女ったって、同じ高校とかじゃないぞ。そうだな、外国の子って言えば分かるか」

「外人と付き合ってるって、水無月君やるね〜、このっ、このっ」

「俺、そんな話聞いたことないんだけど……」

「言ってないからな」


 正確に言えば外人でも無いんだけど、細かいこと言っても分からないだろうしな。


「お、電車来たぞ。乗るぞ乗るぞ、お前ら」

「む、何かはぐらされたような気分」

「はぐらかしてんだよ」


 軽い言い合いをして、電車に乗ろうとした、その時だった。


「ーーえ?」


 初めに乗ろうとしていた十島が、入り口付近で弾かれた。まるで、見えない何かがそこにあるみたいに、突然として。

 その衝撃で転びかけるが、そこは水城がキャッチする。ゆっくりと立ち上がって、電車の入り口の何もないはずの空間を、ペタペタと触っている。


「あの……ここに何か……って、これ、なんですか?」


 最初は空中を指して話していた十島だが、途中からは地面を指差していた。


「ちょ、なにこれ?」

「俺も分からないよ。白羽は?」


 地面にあったのは、いや、描かれていたのは、漫画なんかでよく見る魔法陣だ。金色に輝く魔法陣の節々には、見慣れた文字が並んでいる。

 この魔法陣本体にも、見覚えがある。数度しか無いが、それでも見たこと自体なら。


「これは、まさか……!」


 条件反射的に3人の体を魔法陣の外に追いやろうとしたが、悲しきかな。不意を突かれていたために全くと言っていいほど間に合わず、俺たち4人の目には鋭い閃光が迸り、次の瞬間には何とも言えないような浮遊感を覚えていたのだった。




 んで、目が覚めたらここにいた、ってわけだ。正確には、この謁見の間ではなく、地下にあった儀式場にだけどな。


 そこでローブを着たおっさんがたに連れられ、この謁見の間まで連れてこられた。

 ここではまず、俺たちが世界を救うために呼ばれた、伝説の4人の勇者なんだということを告げられた。

 その伝説ってのが、『世界に危機が迫ったとき、古の魔法によって4人の異界人が現れ、世界を救うだろう』、というテンプレ的なものだ。

 んで、この世界についての説明も受けた。この世界の名前は【ガルアース】。この国の名前は【ガッダリオン】。人族の都市の中でも、一二を争うほどの強大な都市らしい。昔は無かった都市だな。新設の都市だ。


 そんな国で勇者として召喚、か。何ともまあ、奇妙な事態に巻き込まれたな。いや、巻き込んだとも言うべきか。多分その伝承、どっかに内容ミスあるわ。


「わ、我々は伝承によって召喚を施しただけだ。誰がここに呼ばれるかなど、知る由もなかった。まさか、一般人が召喚されるなど、思ってもいなかったのだ」

「だからって、自分たちの世界の救済を他の世界の人間に背負わせるか、普通?」

「それ、は……」


 王が俯き、黙りこくってしまう。

 このクソ王、途方もなく意志が弱いというか、弱気だな。普通、王ってのは、もっとこう、シャキシャキしたものなんじゃないか。分かんないか。

 こいつからは威厳が感じられない。新米の王か?王に新米も何もないか。親から王権を授かったばかりの若王とか、そういうものだろうか。いや、この歳でそれはねぇよ。明らかにおじいさんレベルの歳だぞ、こいつ。もう親も死んどるわ。


「それに、フェリナスの十英雄はどうした? あいつらなら、大抵の問題は解決出来るだろうが」

「フェ、フェリナスの十英雄だと? そんな存在さえ不確かなものに頼れと?」


……は?こいつは、何を言ってる?


 フェリナスの十英雄と言えば、世界的に有名な英雄たちじゃないか。王都フェリナスに仕える、十人の強大な力を持った剣士や騎士、魔法使いや僧侶。それを纏めてフェリナスの十英雄と呼ぶんだろうが。

 それなのに、存在が不確かとはどういうことだ。フェリナスに『世界を救ってぇ〜』とでも手紙を送ればいい話だろうが。


「ちょ、白羽、さっきから何言って……」

「悪い、少しだけ黙っててくれ」


 明が肩を掴んで言ってくるが、関係ない。その手を振り払って、一歩前へと出る。


「おい、クソ王。今はガルアース暦何年だ」

「貴様! 先ほどから黙って聞いていれば、王のことをクソ呼ばわりだと!?」


 隣に突っ立っていた騎士が、堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりの形相で、俺へと迫ってくる。

 クソ王はそれを手で制し、俺の問いに対する答えを提示した。


「……今年で、ガルアース暦870年になる」


……は?


「……もう一度、言ってもらえるか?」

「870年だ。今年で丁度、870年」


 870年……だと?


 どういうこった。どうしてそんなに時間がズレている?確かに、あっちに戻った時、こっちで長居した割には数日しか経っていない、なんてことになったが、流石にこれほどの差ではなかっただろう。


「……もう一ついいか。王都フェリナスは、今もまだ存在しているか?」

「いや、数百年前に滅んだとされている。家臣の反逆によって、な」


……あー、そういうことね。


 そうかそうか、なるほど。フェリナスは既に滅亡。フェリナスの十英雄も時の流れの中で死を迎えて、頼るべき英傑たちはこの世界にはいないと。だから、伝承通りに召喚の儀を行ったと。


 全く、


「なんつう真似をしてくれてんだ、お前ら……?」


 言葉に軽く『魔力』を乗せて言い放つ。俺の魔力が乗った言葉は、相当な威圧感を持っていることだろう。少し後ろにいた3人も、小さな悲鳴をあげていた。さっき突っかかってきていた騎士なんかは、膝を震わせて、その場にへたり込んでいた。情けないな、こいつ。


「俺はまだ良い。むしろ召喚してくれたことを嬉しく思ってる。けどな……」


 後ろをチラリと見やり、これから話すことがこの3人に関するものだと、暗に示しておく。


「さっきも言ったけど、この3人は一般人なんだよ。殺し合いなんかとは無縁な生活を送ってきてんだ。そんな奴らを無理矢理引っ張ってきて、世界を救ってくれ、だ?」


 少しタメを入れて、乗せる魔力量を増やす。


「……冗談が過ぎるぞ、お前ら」


 空間に亀裂が入ったような音がした。ピシ、ピシピシと、割れ目が入っていくような。

 勿論、そんなものは錯覚だ。俺の放った威圧感が生み出した、恐怖の現像にしか過ぎない。


 が、こいつらには少し、刺激が強すぎたかもしれないな。


 ある程度脅しを入れた段階で、言葉に乗せていた魔力を無くす。空気が一段と軽くなったような感じがして、先ほどまでの居心地の悪い雰囲気は無くなった。


「ま、お前らがこの3人の安全を確保してくれる、って言うなら話は別だ。こいつらが望んで戦場に立つってんなら、俺からは何も言わない。けどな、もしも無理矢理戦場に立たせるような真似があったら、その時は——」


——この国が、滅びると思えよ?


 その言葉は敢えて続けないが。魔力が乗っていない状態だとはいえ、このまま続けるとこの場にいる全員の、精神的な何かが尽きてしまいそうだ。


 未だに誰も動かない状況で、俺は1人身を翻し、出口へと歩いて行った。

 いや、歩いて行こうと思ったんだけどね?思わぬ相手に邪魔されたよ。


「明、どうかしたか?」

「白羽、どういうことだよ。説明、してくれるんだよな」


 さっきよりも強く、明が肩を掴む。

 明のその行動で、凍結していた場の人間たちのうち、数名が時を動かす。残った2人はどちらも復活していた。今の話にはついていけなかったようだが、現状が異様なものだということには気付いているんだろう。


「今の話、何なんだよ。フェリナスって国は数百年前に滅んでて、俺たちの誰も聞いたことのないような国だぞ。それなのに、なんで白羽は知ってたんだ」

「そ、そうよ。何で、水無月君がこの国の事情について詳しいのよ」

「何か理由があるんですか?」


 あ、そこら辺の話は理解出来ていたのか。てっきり、途中からは全部理解出来ていないのかと思っていた。そこまで馬鹿ではないか。上手い具合に逃げようと思ってたんだけどな。


 うーん……なんて説明したものか……明のことだから、中途半端に説明しても、納得してくれないんだろうな……。


 よし、正直に言おう。問題はないだろうし、あったとしても力で捩じ伏せればいいや。


「だって俺、元勇者(・・・)だし」


 いともあっさりと、簡単に、最重要機密並みの情報を口にする。別に機密でもなんでもないから、誰に言ってもいいわけだけど。


 俺が言った後の数秒は、また時が凍結していた。誰もが俺の言葉の意味を理解できず、ただ呆然と立ち尽くしているだけだった。勿論、最初に復活したのは3人だったけどな。


『……は!?』


 ユニゾン好きだな、お前ら。何でそこまで合うのか、俺が知りたいよ。


「ちょ、は!? 元勇者!?」

「水無月君が!? どういうこと!?」

「……ふぁぁぁぁ」


 驚くのも無理はないか。おいそこ、1人魂抜けてるぞ。

 王や騎士達も驚いている。特に王なんて、十島以上に顔に生気がない。魂抜け切ってんじゃねぇか、これ?


 うんと、そうだな。軽く説明しておこうか。


 ガルアース暦870年。これが現在だ。俺たち4人が勇者として召喚された。

 んでもって、俺が勇者として召喚されたのが、ガルアース暦560年。実に、300年余りの年月が経過していることになる。何故こうまで年月が経過しているのだろう。ガルアースと地球の時の流れは違うといっても、ここまで盛大にズレてはいなかったはずなんだけどな。


 あー、それにしても懐かしい。この魔力の感覚とか、もう本当懐かしい。地球は魔力とかマナとかが存在しないからな。この力が満ち溢れるような感覚は、向こうでは味わえない。


 試しに、全身に魔力を流してみる。下は足先から、上は髪の毛先まで。2年くらいやってなかったから、慣れるまでに少し時間がかかるな。


 いやそうでもなかったわすまん。一瞬で慣れた。やっぱり、死ぬ気で練習したことってのは、それなりの期間が経っても忘れないもんなんだな。


「んじゃ、そういうことだから」

「いや、そういうことだから、じゃないよ。どこ行く気さ」

「どこって……どっかだよ。農作業でもしながら、平穏に暮らしたい」

「お前はどこぞの農夫にでもなるつもりか。って、そうじゃなくて」


 明の奴、段々とツッコミ方が俺に似てきたな。幼馴染として長い間一緒にいた弊害か。気の毒に。


「白羽が元勇者なのは分かった。なら、尚更この世界を、助けてあげるべきなんじゃないの?」

「……なんで?」

「だって、短い間でも、この世界で暮らしていたんだろ? なら、愛着とか、救ってあげたいとか、そういう気持ちもあるだろ?」

「いや、ない。前の国王は、人を道具としか見ていないような、最低なクズだったからな。ぶっちゃけ、勇者やってても、嫌な思い出の方が圧倒的に多い」


 週7休み無しで毎日ひたすら戦い、戦い、戦いだもんな。大きな怪我を負えば宮廷魔法使いの魔法で即座に回復させられて、回復したらまた戦場に投下だ。飯だってマズイし、勇者なんて名ばかりで汚い仕事もさせられた。

 あれなら、まだ日本の家畜の方が良い生活を送っている。


 そのお陰で、こうして捻くれた勇者は誕生したわけだ。


「それに、何か勘違いしてると思うけどな、明。俺は別に、世界を救わないと言ってるわけじゃない。1人外の世界に出て、特定の国の下に付かず、必要があれば世界を救う手助けをする。そう言っているんだ」


 俺のその言葉を聞いた瞬間、クソ王が急に元気になり、『マジで!?』みたいな顔で傍まで迫ってきた。


「救って、救って下さるのですか! この世界を!」

「……えーっと、キモい。ジジィに手握られて喜ぶ趣味とかねぇから」


 急いで手を振り払い、明のシャツで拭く。うぇぇ、手汗やばいじゃん、このクソ王。まだベトベトするよ……


 そんな様子を、明と水城と十島……は、魂が抜けてるから、2人はただ見ているだけであった。明に関しては手汗を拭いた部分のシャツをシッシッとしていたが。分かりづらい?手で払ってた。液体だから、そんなものじゃ落ちないだろ。頭使えよ。


 まあいいか。そろそろ行こう。いつまでもここにいると、何か面倒なことになりそうだ。主に、仕官なんかの話で。


「ちょまっ、白羽ぁ!」

「何かあったら呼べよー。出来る限り飛んでくるからさ」


 今度こそストップを振り払い、出口へと向かった。手をヒラヒラと振りながら、なんでもなかったかのように立ち去る。騎士達はまだ動かないし、クソ王は『おお、おお、神よぉ』なんて言って蹲ってるし、十島はまだ魂抜けてるし。

 動けてるの、明と水城だけじゃねぇか。国の騎士、お前らそんなんで大丈夫か。


 取手に手をかけ、大きくて重厚な扉を押し開く。


 いやぁ、でも、それにしても。


(異世界トリップってのは、やっぱり心躍るね……!)



 内心、見た目以上に楽しんでいた俺であったとさ。






「……あれ?」


 扉が開かない。何故だ。トラップか?罠か?同じか。

 まさか、何かの策略か!?


「……あ、引くのか」


 てへっ。

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