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入学と私闘

「今日から高校生か……」


 どこかだるそうな顔で赤いブレザーの少年――米倉よねくら ようは呟く。


 陽は今とある高校の正門前に立っている。


 公立 雷仁らいじん学園。それが目の前にある高校の名前であり、彼がこれから通う高校だ。


 入学式に相応しい桜が正門でヒラヒラと舞い、陽の隣を赤いブレザーと黒のブレザーの生徒が通り抜ける。


「おっと、俺も行かなきゃ」


 それを見て陽も慌てて正門を通る。


「えっと、確か最初に下駄箱まで行って……」


 陽は今からすべきことを頭の中で反芻させながら下駄箱の方へ進む。


 陽は試験のときに一度雷仁学園に来たことがあったので下駄箱までの道のりは迷わずに行ける。


 陽は軽い足取りで道を行く。特に混んでいるということもないので動きはスムーズだ。


 辺りには陽以外にも数人の生徒がいる。その生徒達はいずれも片手にビラを所持している。


 恐らく、部活動の勧誘なのだろう。


 いくつかの部活動の誘いを全て断りながら陽は進む。


 しばらくすると、前方に人だかり発見した。


 人だかりは円のような形をしている。どうやら円の中心に何かあるようだ。


 陽は好奇心から何が起きているのか確認するために人だかりの中をくぐり抜けた。


「これは……」


 最前列まで来た陽の目が捉えたのは、黒ブレザーに身を包んだきれいな銀髪の少女だった。


 いや、いたのは銀髪の少女だけではない。その奥に同じく黒ブレザーの頭の悪そうな金髪チャラ男が銀髪の少女を睨んでいる。


「ねえ君、もう一度聞くけど本当にいいのかな?」


 チャラ男が口を開く。


「ええ、あなたが私に勝てたら私はあなたの言うことをなんでも聞いて上げます」


 対する銀髪の少女の声は淡々としている。


「なあ、今から何が始まるんだ?」


 どういった状況なのか分からず、陽は隣の生徒に訪ねる。


「何って……ケンカだよ、ケンカ」


「はあ!? どうしてケンカなんだよ」


「さあ? けど、あの女の子から絡んできたらしいぜ」


「何?」


 陽は再び銀髪の少女の方を向く。


 チャラ男と銀髪の少女では体格で圧倒的に少女が不利だ。


 このままでは少女は大ケガをしてしまう。


 そう考えると、陽は居ても立ってもいられなくなり二人の間に飛び出してしまう。


「……なんだよ、お前」


「……なんですか、あなた」


 突然表れた陽に冷たい視線と質問をぶつける二人。


 陽自身、自分の行動が理解できない。ただ、身体が勝手に動いてしまっただけだ。


 だが、やってしまったものはしょうがない、と考え直し二人に顔を向ける。


「えっと……あのさ、とりあえずケンカをするのはやめて欲しいんだが」


「なんだ、あいつ」


「さあ?」


 周りの人間が陽の登場に反応する。


 チャラ男は陽の言葉を聞かず制服にジロジロ視線をやる。


「はあ? なんで俺が普通科の人間の言うことを聞かなくちゃいけないんだ?」


「全くです。こんな人放っといて早く始めましょう」


「ケガもするし危険だからやめようぜ。な!」


 陽は笑顔で二人に同意を求める。


「だからどうして――」


「まあ、待て」


 突然、チャラ男の静止の声がした。


 そして、ニヤリと笑いながら陽を視界に納める。


「なあお前、もしお願いを聞いてほしいなら俺とケンカしろよ。んで、勝ったら言うことを聞いてやる」


 陽は悩む。チャラ男とケンカするということは結果がどうであれ周囲から浮いてしまう。


 それに、普通科の人間が目の前のチャラ男に勝つと些か問題が発生する。


 それは陽の望むところではない。


 だが、よくよく考えるとケンカの仲裁に入った時点ですでに手遅れだったのではないか、と思い陽は覚悟を決める。


「分かった」


 陽は頷く。


「ハハハハハッ! 本気かよ、普通科の奴が俺とケンカするなんて」


 チャラ男がこれでもか、というぐらいに笑う。


「いいから始めよう」


 陽は静かな声と共に構える。


「……いいぜ恥をかかせてやる」


 陽とチャラ男は互いに体勢を低くし、次の瞬間――前方へと踊り出た。


 二人のスピードは常人離れしたものだった。


 どんどん距離は縮まり、ついには互いの射程圏内に入る。


 まず、チャラ男が右フックで陽の顔面を狙い陽がそれを右手で捕まえる。


 しかし、それはフェイントでチャラ男は本命の左のストレートを陽の鳩尾へ打つが陽はそれを後ろへ下がることでかわす。


 だが、チャラ男が再び距離を詰めて陽を逃がそうとしない。


 チャラ男の両手が陽の肩に伸びる。これ以上陽を逃がすつもりはないようだ。


 それに対して陽は体勢を斜め下に沈めた。


 人間は縦横の動きに比べると斜めへの対応は若干遅い。


 恐らく、チャラ男の目には陽が一瞬消えたように見えているだろう。


 その隙に陽はチャラ男の横を通り抜ける。


 そして、二人は再び向かい合う。


「……てめえ、なんで攻撃してこねえ!」


 チャラ男は質問する。


「やめにしないか?」


 陽は質問に答えず新しい提案をする。


「何?」


「こんなことをしても不毛なだけだからやめにしないかって言ったんだ」


 チャラ男の肩がプルプルと震える。自分が小馬鹿にされたことに怒っているようだ。


「てめえ……なめてんじゃねえ!」


 チャラ男が拳を振り上げて陽を襲う。


 ドンッ!!


 何かが殴られた音が響く。


 この音はいつの間にかチャラ男の懐に潜り込んだ陽がその鳩尾に正拳突きを叩き込んだものだ。


 チャラ男はピクリとも動かない。


 どうやら、陽の一撃で気絶してしまったようだ。


 陽は自分に寄りかかったまま意識のないチャラ男を丁寧に地面に下ろす。


「おい、あいつやられちまったぞ」


「あの普通科の奴、何者だよ?」


 周囲の人間がざわざわと騒ぎ出す。


「……どう収集をつけたものか」


 陽は肩を落とす。


「あの」


「ん?」


 肩をつつかれて振り返るとそこにはさっきの銀髪の少女がいた。


「何か用か?」


「はい、失礼ですが、あなたは何も――」


「コラー! 何してるんですか!」


 銀髪の少女の声を遮る程の大声で教師とおぼしき女性が陽たちの元まで来る。


 女性が近づくと周りの人間は蜘蛛の子を撒き散らすように散った。


「さて、あなたたち。ここで何があったか説明してもらえますね?」


 女性は有無を言わせぬ、という感じでニヤリと笑う。


 それを見た陽は顔をこれでもか、というくらいに真っ青に染めた。

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