プロローグ
ボロボロの廃墟。
そこに直径百メートルを誇る芋虫のような物――化け物が蠢いている。
人々はその光景に息を飲む。
化け物は人を喰らうことで成長する生き物だ。
本当なら人々はすぐにこの場を離れなければならない。
しかし彼らは化け物を見ても逃げようとしない。
――否、逃げないのではない、逃げても無駄なのだ。
化け物は普通の人間では闘っても勝ち目はない、逃げるなど論外だ。
だから、彼らはただ立ち尽くすことしかできない。
化け物が彼らに気づいて近付いて来る。
人々は接近して来る化け物から少しでも離れようと散開する。
先程説明したようにその行為に意味がないことは彼ら自身理解していた。
それでも恐怖を目の前にすると逃げ出したくなる、人間はそういう生き物だ。
皆、我先にと走る。
ある者は前の人を突飛ばしながら、またある者は後ろの人を自分より前に行くのを妨害しながら。
そうこうしている間に一人の少女が化け物に追い付かれてしまった。
化け物は少女に狙いを定める。
少女は瞳から涙を垂らしながら化け物を睨む。
それが少女にできた化け物への唯一の抵抗だ。
次の瞬間、化け物は少女を喰らう――
グシャッ!!
――はずだった。
『グギャアアアアアアアアアアアアアア!!』
化け物が絶叫する。
化け物の片目から青黒い液体が流れている、絶叫の理由はどうやら片目の傷が原因のようだ。
少女はその状況をただ呆然と眺めている。
「ねえ君」
「……っ!?」
不意に声をかけられ振り向く。
するとそこには黒装束を身に纏った怪しい二人組がいた。
頭はフードで覆われているためどのような顔をしているかは不明だ。
「警戒しなくていいよ僕達は決して怪しい人じゃないから」
声は少年まるでようだった。
二人組の片割れ――腰に刀を差した小さい黒装束が両手を上げて何も持っていないことを示す。
「バカ、そんなのいいから早くあれ倒してきなさい!」
二人組の大きい方が小さい方を叱る。
こちらは女性のような声だ。
「わ、分かったよ……」
そう言って小さい黒装束は化け物の方へ走って行く。
「あ、あの……」
少女が遠慮気味に残ったもう一人に話し掛ける。
「何かしら?」
「に、逃げた方がいいんじゃないですか!?」
「あら心配してくれるの? でも大丈夫」
その声はあくまで落ち着いている。
「私たちはあれを倒すために来たから」
「……え?」
少女は視線を化け物の方へ向ける。
化け物は向かって来る小さな黒装束に気づく。
『ギャアアアアアアアアアアアアアア!!』
化け物が咆哮と共に突進をする。
小さな黒装束はそれでも足を止めない。
「……っ!」
化け物と小さな黒装束の距離がだんだん狭くなる。
このままではあの人は死んでしまう、そう思った少女は恐怖で目を閉じてしまう。
小さな黒装束が化け物の射程圏内に入り化け物はさらに加速する。
それに対して小さな黒装束腰の刀を抜く。
そして、化け物と小さな黒装束が衝突する瞬間――
ズパンッ!! バシャッ!!
何かが斬れる音と水っぽい音がした。
しばらくして少女は閉じていた目を少しずつ開く。
「……え?」
青と黒の混ざった血の海とその中に沈む左右半分に割れた化け物、それが少女の目に映る物だった。
「終わったよ、姉さん」
「ん、おつかれ」
いつの間にか戻って来た小さな黒装束はもう片方の黒装束に軽い事後報告をする。
「あ、あの!」
「何かしら?」
少女の質問を大きい方の黒装束は質問で返す。
「……」
少女は一旦うつむき再び顔を上げる。
「あなたたちは何者ですか?」
「……」
二人の黒装束は互いを無言で見つめ同時に被っていたフードをとる。
大きい方の黒装束は十五、六歳の女、小さい黒装束はまだ十歳ぐらいの少年だった。
「僕たちは……」
少年は一度開いた口を閉じてニヤリ、と笑う。
「僕たちは……正義の味方」
少年は名乗った。