3秒ルールの適用
0.1秒トリップの次世代の話です。
俺の名前は黒崎健太。今年高校3年生であるから、就活か進学かで周りが慌ただしい。
むろん俺は進学で、家からも近い所の大学へ進学しようと思ってる。
受験戦争真っ只中というわけだが、今の俺はそれどころではない。
何でかというと、それは俺の幼馴染が関係する。
俺の幼馴染の名前は、月代結と言う。
ロングストレートの黒髪に、日本人特有の黒目のどこにでもいそうな女だ。そこまで美人でもないしな。
俺の家は4丁目で、あいつの家は3丁目だから、住所を聞くと遠いように感じる。しかし実際は俺の家から右へ100m進んで、十字路を右へ曲がったところにある平屋の日本家屋があいつの家だ。
俺の親父とあいつの親父である信之助小父さんとが同級生で、家も近いことから親子二代で幼馴染であるわけだ。
母さんの初恋の人が信之助小父さんだったっていう、王道的なオチが付くほど長い付き合いらしい。
俺から見ても、信之助小父さんの方が俺の親父よりカッコイイのは認める。
だだ、信之助小父さんが仲人やった両親の結婚披露宴のビデオ見せてもらったけど、友人代表の言葉で自分の奥さんに愛してるって叫んでたの見たときは、ちょっと引いた。
結のやつは「いつものことだから」の一言で終わらせたけど。
そんな結の家は、古い平屋の日本家屋にプラスして道場がある。この辺では結構有名で、俺の親父はそこに通ってた。ちなみに俺も親父に倣ったわけではなが門下生なので、信之助小父さんとも結構話すんだよ。
その中で、昔話も良く話してくれてたけど、子供相手だからファンタジーな内容が多かったように思う。親父にその話をするといい顔しないけど、俺は信之助小父さんが話す不思議な話は好きだった。
魔剣とか、魔王とか出てくるんだよ。子供心にはすっげー楽しかったし、話しの中では「シン」と呼ばれている設定の信之助小父さんが勇者みたいでドキドキしてた。
でもそれは、あくまでもお話の中だからってのは、今になって良く分かる。
「健太!魔王、魔王だって!」
「ああ、分かった。分かったから結、ちょっと落ち着け」
今、俺らの前には自称召喚士と名乗るオッサンが居る。
そのオッサンが言うには、遥か昔に異界より訪れた勇者が、眠れる聖剣と聖霊を従えて魔王を討伐したとかいう伝説があるらしい。
今回の召喚は、魔王が再び復活したとか、復活させようとしてるとかってやつ。
魔王の名前とか、聖剣の名前とか、物語の大筋とかがどっかで聞いたことのある内容だったとか、自称召喚士のオッサンが俺のこと見て「勇者様、どうか魔王の脅威から我らをお救い下さい」とか言ってることとか。
「マジ?健太が勇者だってー(笑)」
結の最後の発言もふくめて、その辺全部無視した俺は自称召喚士のオッサンに訪ねた。
「で?ちょとお訊ねするけど、前回の勇者の名前ってのは残ってんですか?」
「前回の勇者様のですか?確かお名前は・・・」
自称召喚士のオッサンのセリフを遮って聞こえた名前に、俺はリアルでorzの姿勢になった。
「勇者様のお名前は『シン・ノース』です」
だってさー。
信之助小父さーん!!伝説、伝説になってますよー!!
しかも名前が分離してるし!!
自称召喚士のオッサンが「おお、大神官殿!」とか言ってるから、大神官(仮)なんだろうさ。でも、俺あの話の最後知ってるんですけど。
聖剣じゃなくて魔剣だよね?聖霊じゃなくてハイドロディアっていう魔剣に封印されてた神?だったよね?
そして勇者の娘が、俺の横でキャッキャ言ってる幼馴染ってどうよ、これ。
「じゃあさ、健太が聖剣使うの?」
勇者の娘が無茶ぶり言うしー。お前の親父だよ?いま勇者として語られたの、お前の親父のことだよ?と目を向ければ、ニマニマ笑う結の姿があった。
はい、確信犯決定ー。結も小父さんの話聞いてたもんね。俺より詳しく知ってそうですよ、あの笑顔。と思えるくらいすっごくいい笑顔だった。
ちなみに勇者が使用したとされる聖剣は、大神官(仮)が「勇者様が異界へと還られると、聖剣も神の世界へと還られました」という。そりゃそうだよね、持って帰ったって言ってたし。ノリで見せてもらったことあるし。
勇者ならばふたたび聖剣が現れるだろうとか、何でそこだけ他人本位!?というか、現れないでしょ!?だってあれ、叔父さんの部屋にあるし!!
「じゃあさ~、聖剣が現れなかったらどうするの?」
にっこり笑った結が大神官(仮)に向かって訊ねた。というか、なんでお前そんなに落ち着いてんの?
「ケンタ様が勇者であられるならば、聖剣は現れましょう。ですが、もし現れなければ、ケンタ様は勇者ではないと言うことにありますね」
淡々と話す大神官(仮)は、なんだか俺が勇者じゃないって言ってるというか、「勇者でなければ、召喚士が召喚する物は“マ”と判断されます」って、マ?
「あの、“マ”ってなんですか?」
良く分からないので聞いてみたら、聞かなきゃよかったって思った。
「“マ”とは魔族の下位種族です。召喚士は“マ”を召喚し、契約のもとに一定期間使役する者のことを指しますので」
ということは、“マ”というのは“魔”だと思う。そして、俺らが勇者じゃなければ“魔”だと言うのだ。
「“魔”とは人に非ず。使役できない“魔”は・・・」
「排除されます」
・・・うん。淡々と言われた。俺が聞いたんだけど、真っ直ぐ俺を見て言い切った。
これってあれだよね、ゆうこと訊かなきゃぬっころすって言ってんだよね?
「さぁ、異界から来られたという勇者ケンタ様。どうぞ聖剣を呼び、我ら愚かしき人の子らに慈悲をお与えください」
間違いない。
大神官(仮)が魔王に見える。その大神官(仮)と前に、結を連れてどう逃げようかって考えてると、ワクワクした顔の結が「はい」と俺に手を差し出す。
結の左手だ。
結の利き手。
小学校卒業するころには、右に矯正したけど、こいつはもともと左利き。その利き手を、俺に差し出してる。
すっげーワクワクした顔で。
嫌な予感しかしない。
すっげー嫌な予感しかしない。
そんな結は俺に向かって、一言。
「出せ」
この「出せ」が何を意味しているのか。大神官(仮)や自称召喚士なら聖剣のことだと思うだろうけど、俺には分かる。この「出せ」はただ一つ。
覚悟とか、責任とか、そんなのはどうでもいい。
実際、結からそういった話をされたことはない。信之助小父さんに親父が「常識を考えろ」とか「人の目くらい気にしろ」とか小言を言っている姿は良く見たけど。そしてそれは、俺が結に向かって日ごろから言っているのとほぼ同じセリフであることからも、親子なんだなーってあらゆる面で思う。
そんな親父が昔、俺に言ってた言葉が思い出される。
「黒崎家は代々月代家に巻き込まれる」
ため息交じりに言っていた言葉。そして、信之助小父さんも言っていた。
「月代家は代々黒崎家を巻きこむ」
こっちはすっげーイイ笑顔だったけど。
というわけで、どう足掻いても巻き込まれるんだよってことだろうなーってのは、今なら良く分かるよ。今まさに巻き込まれてるし。諦めろよ、俺。現実受け止めろよ、俺。
結を追って、俺が光の中に飛び込んだ時よりも前。
笑って俺に手を振った姿が、光の中に消えるのを見たときよりも前。
光に呑まれる結が、手を伸ばした俺の手を、掴まなかった時よりも前から、ずっと決めていたこと。
俺を助けても、俺に助けを求めないこのバカ娘にとことん付き合うことを。
考えるのに3秒もいらない。
俺は結の要望通り、左手を出そうとして・・・俺の利き手の右手で結の左手を握った。
かくして俺は、結の身体からにょっきり生えた魔剣を引っこ抜き、やけくそ気味で主になった。
「私思うのよ。落ちた食べもの拾うかどうかで3秒悩んでも、落ちたものは食べちゃダメだと!」
「愚問だな。むしろなんで今その話なのかが疑問だよ」
「でもね、」
「ん?」
「自分の人生掛かってるんだから、3秒くらいは悩んでもいいと思うのよ」
そう言った結の視線の先には、俺の手に握られてる真っ黒い大剣を見る。魔剣セリスティータ。結が、幼馴染の俺に対して秘密にしていた事の一つ目。
魔剣の“鞘”となって、使う者が現れるまで守り抜く。それが、結の役目。
というか、人生掛かってても3秒くらいしか悩ませる気ないってこと?っていうのは、あえて言わない。お口チャック。隣に置いとく。むしろ考えない。
「・・・それこそ愚問だろ」
「どーしてよ」
「・・・・・・・・・」
俺の視線の先には、結の左手に握られた銀色の細身の剣。魔剣ラムゼットゥーラ。ちなみにこれが、秘密の二つ目。
“鞘”として守り抜くために預かったとたん、魔剣に主に選ばましたっていってたけど、チートすぎるだろ、おい。
ちなみに、結に魔剣を預けた総元締めの聖剣改め魔剣は、今頃前回の勇者様と一緒に勇者様の奥さんが淹れてくれた茶でも飲んでることだろう。帰ったら殴らせてくれないかな?無理か。
「黙ってたら分からないんですけどー、勇者サマぁー?」
「勇者はおまえだろ。むしろお前の親父さんだろ」
「父さんのことはいいの!めんどくさいから。後、あたしの勇者は健太だから、健太が勇者やればいい。そしたらあたしは楽できるから」
今こいつ、本音と一緒に爆弾発言したけど、一切気が付いてないから気が付かなかったことにする。変に意識すると、一人でバカ見るから。これ、経験則。
それに、黒い魔剣と契約した俺と、きらりと光る銀の魔剣と契約していた結とでは、どちらが勇者であった方が良いかは言わなくても分かる。
要するに、見た目が大事だってこと。俺はそれが気に食わない。見た目じゃなくて、結が勇者として呼ばれたことは、俺が一番よく知っているから、それが分からない自称召喚士は召喚士辞めればいいのに。
まぁ、「どっちも同じ魔剣じゃねぇかよ」とは思っても口には出さない。それこそもう、どうでもいいし。背中をもたれさせてる大狼の耳がピクリと動いたけど、それは気が付かなかったことにする。
結の膝に乗って昼寝してるはずの、見た目5歳児の少年がちらっと見て来たけど、それも気が付かなかったことにする。
「・・・ラムゼット、健太が健太のクセに黙秘してるー」
膝で寝てる少年の頬をツンツンと突いてるが、「そいつ、起きてるぜ」お前の太ももの上でニヤニヤしてるぞ、という忠告はしておく。
「セリスー。君の主がエロイこと言うー」
背中をもたれさせてるから動けば分かるけど、尻尾が一回動いたっきり特に返答はない。相手にしてないって、良く分かる態度だな。
「嘘つけ。まだ何もしてねぇよ」
「言い方エロイ。まだってなんだよ、まだって」
まだっていうのは、そのままの意味以外に何があるんだろうか?俺、これでもケンゼンナオトコノコデスヨ?
むくれる結が、膝に抱えた少年の姿をした結の魔剣、『ラムゼットゥーラ』を抱えて立ち上がると「宿屋に戻るー」とむくれたまま去っていく。
俺はその後姿を見送りながら、
「お前と一緒に居られるやつが、俺以外に居ないと俺は自負する」
迷子のお前を探しに行くのも、突飛な悪戯に加担するのも、宿題やってないと泣くお前をたきつけてやらせるのも、全部が全部、付き合ってられるのは俺だけだと自負する。
呟いた声は、多分後に居るセリス・・・魔剣セリスティータには聞こえたのだろう、黒い毛並みがきれいな大狼の尻尾が、大きく一度だけ動いた。
さて、さっさと魔王復活阻止して、家に帰ろう。
落ちた世界から拾われるまで、俺がお前を守るから。
3秒なんて、悩まない。
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