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クロム殿下の提案

 シェリーは応接間に呼ばれた。


(クロム様が話をしたいということは……)


 もちろん『王の番』についてのことだろう。

 シェリーは冷えた手をぎゅっと握りしめ、応接間の扉をノックした。

 応接間に入ると、暖炉の前にクロムが立っていた。


「ずいぶん待たせてすまなかった。以前約束していた話をしよう」


 クロムはソファに座るようにシェリーに促す。シェリーはお辞儀をしてソファに腰かけた。そしてクロムが対面に座る、と思いきや彼はシェリーの隣に腰を下ろした。

 まさか隣にクロムが座ると思っていなかったシェリーは驚いた。ただでさえ緊張していた体がさらにこわばってしまう。

 一方、クロムは何の気ない様子でテーブルの上に用意されていたポットから茶を注いでいる。


「今日は冷える。暖かい飲み物を用意しておいた」


 カップから湯気とともにふわっとスパイシーな香りが立ち上った。

 シェリーが固まっているうちに、クロムは二人分の茶を注いでシェリーに勧めてくれる。


「さあ、飲みなさい。身体が温まる」


 殿下に茶を淹れさせてしまったことにバツの悪さを感じつつ、シェリーは言われるがままカップを手に取り一口茶を含んだ。


「あ……」


 初めての味だが、香り豊かで本当に身体の内側からポカポカしてくる。


「身体が温まって、すごくおいしいです」


 茶のおかげか、シェリーの心と身体が少しほぐれてきた。


「ではまず、あの日あなたがどうして森を彷徨っていたのか。その話から聞かせてくれるか」

「はい」


 シェリーはスピネルと婚約してから破棄されるまでのできごとをクロムに話した。


「そうか……。これは正直、私が想像していた以上の状況だったようだ」

「クロム殿下が助けてくださらなければ、私はあの場で確実に死んでおりました」

「あの夜は森の妖精がやけに騒がしかったんだ。それで気になって屋敷を出た。でもそうして本当によかった。もう少しで大事な番を死なせるところだった」

「ずっと気になっていたのですが、その『王の番』というのは、つまり王の、クロム様の伴侶という意味でよろしいでしょうか」

「ああ、その通り『王の番』とは王の妻になる女性のこと。私の場合で言えば、あなたのことになる」

「その……よろしければ、なぜ私なのか教えていただけますか。私のような者が『王の番』、妻だなんてとてもーー」

「信じられない?」


 シェリーはこくりと頷いた。するとクロムはシェリーに手を差し出す。


「ここに手を」


 シェリーは言われるまま、クロムの手のひらに自分の手をそっと重ねた。

 すると、ドクリ。いつぞやのように胸が跳ねた。


「あなたも感じただろう。これが、あなたが『王の番』である証だ」

「……あの、これはいったい?」

「この国の王族は竜王の血を引いているという言い伝えがある。その言い伝えの中で『王は選ばれし者と番うことで、完全な力を手に入れ、国はさらに繁栄するだろう』とあるんだ」

「完全な力を手に入れる……」

「ああ、この言い伝えが何を意味するのかハッキリとは分からないが、シャルトルーズに言わせれば、つまるところ『王の番』とは魔力的に相性の良い者のことを指すのではないかということだ。相性の良い者同士の魔力が交わることで特殊な魔力反応を起こし、互いの魔力の質を向上させる。それが完全な力を手に入れるということの真意だろう、と」

「なるほど。それでクロム様は、魔力の相性が良い私を妻にと考えておられるのですね」

「ああ、端的にいえばそういうことだ。が……それだけではなくて、実は……」


 淡々とした物言いのクロムが珍しく言いよどんだ。


「もちろん魔力の相性もあるし、部下たちも言い伝えを重んじているから、番の資質は重要だと考えている。ただ、あなたの場合は、そういうことだけではなくて……その、森であなたを初めて見たとき……何というか。あなたが……いや、あなたのことを……とても……」


 今までほとんど表情を変えなかったクロムが、なんだかひどく苦しそうにしている。心なしか彼の首から上が赤くなってきた気もする。きっと酷い婚約破棄をされた女に対して、これ以上傷つけまいと必死に言葉を選んでくれているのだろう。


(意外と優しい方なのね)


「大丈夫です。クロム様のお心遣いはもう十分伝わっておりますから」

「…………。う、ううん。そうか……まあこの話はいずれするとして」


 クロムは咳ばらいを一つして続ける。


「私はあなたを妻に迎えたいと思っている。ただ、あなたの気持ちも聞いておきたい」


 シェリーはしばし口をつぐんだ。

 クロムのことは少なからず好ましく思っている。魔力の相性がいいからという理由で選ばれただけであっても、クロムは助けてくれてから今まで自分を大切に扱ってくれた。きっと彼なら形だけの妻でもそれなりに大事にしてくれるだろう。ただそうだと分かっていても、すぐに「はい」と答える気にはどうしてもなれなかった。それほどまでに、あの婚約破棄は、シェリーの心に深い傷をつけていたのだ。


「……正直申し上げますと、今の私には誰かと添い遂げる未来が全く想像できません。これはクロム様だからということでは決してなく、お相手が誰であったとしても、その……婚姻というもの自体が……」

「怖い?」

「…………はい」


 クロムは自分のあごに手をあて、しばらく黙り込んだ。


「では、こういうのはどうだろう。一応、婚約という形はとるが、婚姻式は一年後とする。それまであなたは、私が夫にふさわしい男かじっくり考えてくれればいい」


 シェリーは、クロムの思いがけない提案に目を瞬かせた。そんなシェリーに構わず、クロムは続ける。


「つまり一年間は、婚姻まで猶予があるということだ。そしてその一年の間に、もし私が夫にふさわしくないと感じたら、あなたはいつでもこの婚約を破棄してくれていい」

「私に、婚約破棄の権利を与えてくださるというのですか?」

「そういうことだ。あなたはいつでも好きなときに、私との婚約を解消できる。これは正式な魔法契約として交わすつもりだから私があとからこの話をなかったことにはできない。もちろん婚約中もこの屋敷で過ごしてもらって構わない。あなたの身の安全と生活は保障する。これでどうだろうか?」


 今の話聞く限り、シェリーにとっては何のデメリットもない契約だ。


「でも、よろしいのですか? もし私が婚約解消を申し出たら、『王の番』は……」

「『王の番』と一緒にならなかったからといって国が亡びるわけではない。事実、番を見つけられなかった王の方が多いんだ。番とは結局、『もし見つけられれば王として幸運』という程度の話にすぎない。あなたの人生を縛りつけるほどのものではない」

「殿下……」

「ただここまで言っておいてなんだが、私はそうやすやすとあなたを手放す気はない。一年後、必ずあなたの首を縦に振らせるつもりだ」


 そう言ってのけたクロムと目が合ったシェリーは、思わず全身がゾクリと震えた。こちらを見つめるその瞳はまさに、獲物を前にした竜のごとく輝いていた。


次回は、頑固じじいのシャルトルーズさんが再登場します。

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