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辺境の王族

シェリー、怪しい小屋に連れ込まれてしまいましたね。

次回はそんなシェリーの予想を裏切る世界が待っています。お楽しみに。

 シェリーは御者に話しかけようと馬車をまわりこんで、その光景に唖然とした。

 馬車を引いていた馬も御者も忽然と姿を消していたのだ。


「なぜ……どういうこと?」


 シェリーは周囲を見渡した。しかし、暗い森の道には、シェリーが乗ってきた馬車がぽつりとたたずんでいるだけだ。


「そういえば、荷馬車もないわ」


 メイド二人と荷物を載せた馬車も見当たらない。シェリーはメイドたちの名を必死に呼んでみるが、返事はない。

 シェリーは混乱していた。森の中に一人取り残され、混乱するなという方が難しいだろう。取り乱さなかっただけまだ冷静だった。


(とにかく森から出なくては)


 ここはただの森ではない。国境付近の森は魔物が多く生息しているのだ。そんな森で夜に出歩くなど襲ってくれと言っているようなもの。かといって馬車の中にいても状況は同変わらない。魔物が襲ってきたら馬車など何の役にも立たないからだ。そしてシェリーは戦闘に適した魔法は使えなかった。もし魔物に遭遇すればひとたまりもない。助かるためにはとにかく村か町まで行くしかない。


「この道を辿れば隣村に着くはず」


 シェリーは歩き出した。歩きながら考えていた。

 よくよく思い起こせば、この婚約は最初からなにかおかしかった。婚約が決まったのもずいぶん急だったし、普段ならなんでも突っかかってくるカナリアもなぜか何も言わなかった。父と母もいつもならシェリーの物を買うのはずいぶん渋るのに、輿入れの品は気前よくたくさん買ってくれた。かと思えば、オーキッド家にはカナリアを嫁がせると嘘をついていた。しかもオーキッド家はやってきた自分を早々に追い出し、森に置き去りに……。


(もしかして)


 最初から、ベルゼーヌ家とオーキッド家が示し合わせていたとしたら?

 不要な娘を辺境の地に嫁がせ、不慮の事故に見せかけて亡き者にする。ベルゼーヌ家は体裁を保ったまま邪魔な娘をお払い箱にできるし、オーキッド家はやってきた娘を追い出して森に置き去りにさえすれば金を手に入れられる。

 どちらの家にとっても利がある。そう考えればすべての辻褄が合う。考えたくはないけれど、でもどうしてもそうだとしか思えなかった。きっと今頃、輿入れの荷物を載せた馬車は王都のベルゼーヌ家に帰っていることだろう。そもそもシェリーのための輿入れ道具ではなかったのだ。おそらく今後カナリアが使うためのものだった……。


「そっか。そうだったんだ……」


今まで自分のことなどまるで理解してくれなかった家族でも、名家の令嬢として結婚支度を整えてくれたことが嬉しかった。 たとえ金欲しさだとしても、自分を受け入れると言ってくれたオーキッド家に感謝していた。

 でも、全部嘘だったのだ。


 遠くで、炎狼(ファイアウルフ)の鳴き声が聞こえる。声はだんだん近づいてきている。


「いっそ、ここで魔物に喰われた方が幸せかしら」


 もう実家には帰れない。かといって行く当てもない。

 シェリーはなんだかもう、何もかもどうでもよくなった。

 どれほど頑張ろうと、それを認めてくれる人はいなかった。医療魔法など習得したところで貴族の令嬢には過ぎた能力でしかない。そんな能力より、美しい容姿と愛嬌のある笑顔が評価される世界だった。

 そんな世界に自分の居場所など最初からなかったのだ。


 暗い森の中に、火の粉が舞っていた。

 いつの間にかシェリーの周りには炎狼の群が集まっていた。

 じりじりと様子を窺うように近づいてくる狼たち。やがてその中の一匹がシェリーに鋭い牙を向け飛びかかってきた。そのときーー。


「キャインッ」


 大きな炎狼の体が吹っ飛んだ。


(何!?)


 集まっていた炎狼が周囲を警戒している。

 どこからともなく魔法の詠唱が聞こえてくる。だがこんな魔法の構文は聞いたことがない。おそらくこれは現代魔法ではない。古の時代に滅んだはずの古代魔法だ。


「いったい誰が……?」


 シェリーが困惑している間にも、炎狼が次々と吹き飛ばされていく。そして、ついに炎狼たちはシェリーを置いたまま逃げ出していった。


「ケガはないか」


 男の声だった。

 シェリーが振り返ると、真っ黒なローブを身にまとった、すらりと背の高い青年がシェリーを見下ろしていた。整った顔立ちに、月光を浴びて輝くホワイトブロンドの髪。さらに、すっと切れ長の瞳はまるで竜のごとく黄金に光っていた。


「……っ」


 青年のそのあまりに凄艶な姿にシェリーは声を失う。まるでこの世のものとは思えない美しさは、もはや畏怖さえ感じさせた。

 シェリーが驚きと恐怖で動けずにいると、青年は首を傾げシェリーのそばに近づいてきた。


「どうした? やはりどこかケガをしているのか?」

「あ……いえ。大丈夫です。ケガはしておりません」

「そうか。ならよかった」

「あの……助けて頂いて、ありがとうございます。でも……どうしてこんな森に?」


 男といえど一人で夜の森をうろつくのは危険だ。普通は一人で出歩いたりしない。

 青年はシェリーの問いかけに、すっと目を伏せた。


「今夜は妖精が騒がしくて…………でも、今分かった。私はあなたに会うためにここへ来たんだ。あなたをずっと探していたんだ」

「探していた?」


 シェリーには今までに彼と会った記憶はないが、どこかで知り合っていたのだろうか。


「失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか?」

「いや、会うのは初めてだ。ただ……あなたは私の番、『王の番』だ」

「番?」

「ああ、そうだ」


 言いながら彼がそっとシェリーの肩に触れる。その瞬間、シェリーの胸がドクリと大きく脈打った。

 この感覚はいったい何だろう。正直怖かった。でも、恐怖よりも、この男の発言が気になる。

 シェリーは胸を押さえ、なんとか声を絞り出した。


「……その王の番、というのは何なのですか? あなたは、いったい何者なのです?」

「私の名は、クロム・フォン・ハイドシュバルツ。ハイドレンジア王国の第一王子だ」

「王子? えっと……いえ待ってください。ここはハイドレンジアの領地なのですか?」

「そうだが。あなたはハイドレンジアの者ではないのか」

「はい。隣国ヘリオドールの者で……まさか国境を超えているとは知らず」

「それにしてはずいぶん国境から距離があるが……。名は何という?」

「シェリー・ベルゼーヌです」

「ベルゼーヌといえばヘリオドールの貴族か……。何か訳ありのようだな。とりあえず私の屋敷へ案内しよう。話はそれからだ」

 

 クロムと名乗ったその男は、シェリーの体を支えるようにして立たせた。


「歩けるか?」

「は、はい」


 シェリーは頭の中が整理できないまま、クロムに肩を抱かれて歩かされる。


(いったい何が起こっているの?)


 馬車に置き去りにされたと思ったら、まさか国境を超え隣国の領地に入っていた。馬車からそれほど歩いていないことを考えると、馬車ごと隣国の領地に侵入し置き去りにされたということだろう。おそらくは確実に自分が帰ってこられないようにするため。


(いや、今はそのことについて考えている場合ではないわ)


 今考えるべきはこの男のことだ。王子。彼は確かに自らの身分をそう告げた。しかしこんな辺境の森に王族が住んでいることなどあるのだろうか。ましてやハイドレンジアはヘリオドールより魔物が多く危険な地域も多いと聞く。そんな国で王族が従者も連れず夜の森をふらつくなんて考えられない。


(もしかして私、また騙されてる?)


 人狩りか、単なる変質者か分からないが、王族だなんて馬鹿げた嘘を言って何かに利用しようとしているのかもしれない。


(だけど)


 確かに、この男の身なりはそれなりに整っている。人狩りにしては小綺麗すぎる気もする。

 ただ仮に、仮にも彼が本物の王族だとして、ハイドレンジアは魔物退治のために自らも凶悪な魔物を使役し、その王族は闇の魔術を用いる恐ろしい性質を持つと聞く。そんな一族と関わることは人狩りと同じくらい危険なことに思える。

 シェリーは内心大きな不安を抱えながらも、一応はおとなしくクロムについて歩いていた。


(もしここで彼から逃げたとしても)


 森の中では、朝まで生き残れる可能性はほぼない。ましてや自力でヘリオドールとの国境にたどり着くのなど絶対に不可能だ。だったら、この怪しい男について彼の屋敷とやらに行った方がまだ生存の可能性は高いと思える。その屋敷でなんとか一晩しのげれば、日が登ってから逃げ出すこともできるかもしれない。


(さっきはもう諦めていたけれど)


 せっかく生き延びたのだ。こうなったらどうにか足掻いてみよう。長年尽くしてきた家族に裏切られ、婚約者に捨てられて、このままただ死ぬだけなんて悔しいじゃないか。どうせなら彼らが羨むくらい自分らしく生きてみよう。

 そう思うと、不思議と力が湧いてきた。

 こんな散々な目にあったのだ。もう怖いものなんてない。

 と、思った矢先のことだった。


「さあ、ここが私の屋敷だ」


 シェリーはその屋敷とやらを見上げ、愕然とした。


(ここが、屋敷……)


 連れてこられた屋敷は、およそ屋敷とは呼べない代物だった。廃れた民家、いや倉庫かもしれない。

 怪しいとは思っていたがこれは予想以上だ。この屋敷に連れ込まれたら最後。二度と出ることはかなわず、怪しい魔法の実験台にされ一一。

 シェリーの頭の中に恐ろしい想像が浮かぶ。

 やはり今すぐ逃げた方がいいかもしれない。

 そんなシェリーの心中を察したのか、クロムが言った。


「外から見れば荒れた屋敷に見えるだろうが、中は家の者がしっかり手入れしてくれている。安心していい」


 いや、手入れといっても限界があるだろう。

 シェリーは逃げ道を探したが、そもそも逃げ道どころかクロムにがっしり肩を抱かれていて身動きすらできなかった。


(これはもう覚悟を決めるしかないようね)


 クロムが軋む扉を開ける。シェリーはぎゅっと目をつぶり屋敷の中に足を踏み入れた。

 そしてそっと目を開けたシェリーは、目の前に広がる光景に息をのんだ。


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