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忌まわしき令嬢の婚姻

 帰りの馬車の中は静かだった。ときおりぽつりぽつりと会話はするものの、クロムはどこか上の空だ。

 そんなクロムが急に馬車を止めさせた。


「降りて少し歩こう」


 シェリーはクロムに手を引かれ、馬車から降りる。

 するとそこは、バラ園だった。ここはまだヘリオドールだから以前に来たバラ園とは違って規模としては少し小さいが、夕日に染まるバラはとても幻想的で美しい。

 そんなバラ園のなかを二人でしばらく歩いた。

 クロムはいつもどおりシェリーの手を優しくひいてエスコートしてくれているが、なんだか少し緊張しているようにも思える。

 そして噴水の前まで来たとき、クロムは立ち止まりシェリーと向かい合った。


「シェリー、ここで改めて君に聞いておきたいことがある」

「は、はい」

「あなたは自分が『王の番』だったことについてどう思っているのだろうか?」

「どう思っている……光栄なことだと思っておりますが……」

「そうか……では……なぜ自分が『王の番』だと分かったのか、疑問に感じたりは?」

「それは魔力の相性でクロム様がご判断されたのだと理解していました。違うのですか?」

「あ、いや。確かにあなたとは特殊な魔力反応を感じて、それで私たちが番なのだと判断した。ただ……はじめて森で会ったとき、私は開口一番にあなたのことを『王の番』だと言ってしまったから、変に思われているかと……」


 変に思う? シェリーはクロムに出会った時のことを思い返してみた。すると、今まで気づかなかった違和感に気づく。


「そういえばあのとき、魔力の相性を確認する前に私のことを『王の番』だと……」


 魔力の相性というのは直接相手の身体に触れてみないと分からないものだ。実際シェリーもクロムに触れられるまで特殊な魔力反応は感じなかった。


「本来『王の番』を見つけるためには、相手に直接触れて確かめる必要がある。だから番探しは難しく見つからないことが多いわけだが、私はその過程をすっとばしてあなたを『王の番』だと言ってしまったんだ」

「どうしてそんなことを?」

「実は……森であなたとはじめて会ったとき…………ひと目惚れ、してしまって」

「へ……?」

「あなたに会った瞬間、あなたのあまりに美しい姿に目が離せなくなって……胸が締めつけられた。あんな気持ちになったのははじめてだったんだ。もうあなた以外を妻にすることは考えられないと思った。でもその想いをどう伝えたらいいのかうまく言葉が出てこなかった……それでとっさに『王の番』だと言ってしまったんだ。まあしかし実際にあなたは本物の『王の番』だったわけだが、確認もせずいきなり『王の番』だと言ってしまったことを変に思われているのではないかと心配だったんだ」


 シェリーは目をパチクリさせる。自分はただ条件にあっていたから選ばれたと思っていたから、この告白は予想外だった。


「……でももし、私が本物の『王の番』でなかったときはどうなさるおつもりだったのですか?」

「それでもいいと思った。周りの者には私たちの魔力の相性がいいかどうかは分からない。魔力の相性がどうだとしても、あなたを『王の番』だということにして押し通そうと思った」


 シェリーは口を開きかけて、しかし何も言葉が出てこなかった。


「……おかしな男だと思ったか」

「いえ、ただクロム殿下がまさかそんなことを思っていらしたなんてあまりに意外で」

「本当はもっと早く伝えるつもりだったんだが、あなたと過ごすうちにどんどん言うのが怖くなってしまった。あなたは見た目だけではなく内面も美しい人だったから。こんな話をしたら嫌われてしまうのではないかと思ったんだ。あなたが辛いときに、私は自分の欲望を抑えられずに強引にあなたを『王の番』にしようとしていたなんて」


 シェリーはまだ驚きで頭の中が混乱していたが、クロムの告白に対して嫌な気持ちは全くなかった。むしろ、『王の番』でなくとも自分を選ぶつもりだったと言ってくれたのは嬉しいことだ。 


「どうかそんなふうにご自分を責めないでください。まずはこうしてクロム殿下のお気持ちを聞かせて頂けたこと、嬉しく思います。私は殿下のまっすぐで誠実なところをとても尊敬しております」


 何も不安に思うことはない。クロムなら何があっても信じられると心の底から思った。

 シェリーの返事を聞いて、クロムはシェリーの前に片膝をついた。そしてシェリーの手を取る。


「私のあなたに対する気持ちに嘘はない。私は一生をかけてあなたを幸せにするつもりだ。だから、シェリー改めて言わせてほしい。私の妻になってもらえないだろうか」

「はい。お慕いしておりますクロム様。末永くよろしくお願いいたします」


 シェリーはクロムに微笑んだ。クロムは少し泣きそうな顔になって立ち上がり、シェリーをぎゅっと抱きしめる。


「絶対に離さないからな」


 黄金に染まったバラのなかで、二人の唇が重なる。遠くで妖精たちの祝福の歌が聞こえていた。



*****



 その後、シェリーとクロムの婚姻式がハイドレンジアの王宮で盛大に行われた。


「おめでとうございます! シェリー様」


 ベキアやラセットにイーオス、シャルトルーズやポーネル、アイリスやその婚約者が代わる代わるシェリーに祝福の言葉をかける。


「ありがとうみんな」


 忌まわしき令嬢と呼ばれたシェリー。まさかこんなに大勢の人に祝福される日が来るとは、昔のシェリーには想像もできなかっただろう。

 しかし、今確かにシェリーのそばには彼女を愛してくれる人がたくさんいる。その中でも特にシェリーを愛している男。


「みんななかなかシェリーを離してくれないな」


 そう言ってとなりで笑うのはこれからシェリーとともに苦楽をともにすると誓ったクロムだ。

 やがて次期皇帝となるクロムの妻になるということは、けっして楽しいことばかりではないだろう。しかし、クロムと一緒ならどんなことも乗り越えられると思える。


「クロム様。改めてこれからよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。末永くよろしく頼む。シェリー」


 そうして二人は、後世まで語りつがれるほど仲睦まじき皇帝と皇妃になるのだが、それはまた別の話である。





 

最後までお読みいただきありがとうございました。

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