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対峙の時

 シェリーは実家へ戻ってきた。実家を離れてまだ一年足らずだというのに、ここで暮らしていたときのことがずいぶん昔のことに思える。

 シェリーとクロムは使用人の案内で応接間に向かう。


「大丈夫か。シェリー」

「はい。クロム様がいて下さるので思っていたより落ち着いていられます」


 そんな話をしていると、あっという間に応接間の前までやってきた。重い扉が開かれる。

 部屋の中へ入ると、ソファに両親と妹のカナリアがそろって座っていた。


「やっときたわ。まったくどれだけ待たせる気なの。勝手にオーキッド家から逃げ出して、せっかく呼び戻してあげたのにグズグズとこんなに時間をかけて」


 母はシェリーの姿を見るなりあいさつもなしにまくし立てた。身勝手に捨てた娘を呼びつけておいて第一声がこれとはひどい言いようであるが、シェリーは予想していたとおりだったので何とも思わなかった。ただ隣にいるクロムは母に会うのははじめてだ。相当不愉快に感じたらしい。彼は何も言葉を発していないにもかかわらず、隣から猛烈な怒りのオーラを感じる。シェリーがクロムの方をちらと見やると、クロムは今まで見たことのない恐ろしく冷たい瞳で母を睨みつけていた。どんな魔物でさえも凍らせそうなその眼差しに、さすがの母も肝が冷えたらしい。さっとクロムから目をそらしぶつぶつ小さな声で何か言っている。

 シェリーは元家族たちの対面のソファに腰かけると、背筋を伸ばしてあいさつした。


「医術師シェリー・エヴァレットです。今日はお嬢様の診察に参りました」


 シェリーはあくまでも娘ではなく、医術師としてあいさつをした。


「ふん。何が医術師だ。女が馬鹿なことを言ってないで、さっさとカナリアの世話をしてやれ」


 父は新聞を読みながらシェリーの方を見もせずに言った。つくづくこの両親は変わらないのだな、とシェリーが思っていたところ、これまたクロムは我慢ならなかったらしい。


「ベルゼーヌ殿。シェリー嬢はハイドレンジア第一王子クロム殿下のご婚約者でいらっしゃいます。ここでの発言は、一言一句全て、クロム殿下にお伝えすることになっておりますので、その旨事前にご承知おきください。またシェリー嬢に何か不愉快な発言・対応をされた場合、殿下はヘリオドールにそれ相応の対応をする心づもりがあるとおっしゃっておりました。ハイドレンジアおよびヘリオドールの王族を敵に回したくなくば、ご自身の発言には十分注意されますように」

「なんだ貴様。名使いの分際で我々を脅そ……う……と…………」


 父の声が途中から消え入るようにしぼんでいく。シェリーが再び隣にいるクロムの方を見ると、クロムはもはや魔王ですら震えあがるのではないかと思わんばかりの形相になっていた。


(いけない)


 このままではクロムを人殺しにしかねない。

 シェリーは慌てて言った。


「では、さっそくですがカナリア嬢。身体の不調について教えていただけますか? 見る限りお元気そうですが」


 カナリアはベッドに伏しているわけでもなく、両親とともに応接間のソファに座っていた。とても重病には思えない。ただシェリーは自分が呼びつけられた理由はなんとなく分かっていた。カナリアの顔には見事に真っ赤なニキビが無数にできていたから。


「お元気そう? お元気そうですって? この顔のどこを見て私が元気そうに見えるの! ほんとお姉さまはーー」


 そこで母がカナリアを小突いた。


「カナリア。シェリーを責めるのはやめなさい」

「どうしてお母様。お姉さまの肩をもつの?」

「そうじゃないわ。でも今は早く薬だけもらって」


 言いながら母はクロムをちらちら見ている。よっぽどクロムが恐いらしい。


「何よ……。じゃあ、お姉さま。早く薬作ってちょうだい」


 カナリアは良くも悪くも人の気持ちを察するということができない。クロムの怒りにも気づいていないのか母に諭されても横柄な態度を改めようとはしない。


(まったく。ここまでくればある意味才能ね)


 あの父と母さえ震え上がらせるクロムの眼力をもろともしないとは恐れ入る。

 しかしここは元姉として、自分が言わなくてはならないとシェリーは思った。


「今のあなたに効く薬はないわ、カナリア」

「はい? お姉さま何をしにきたの? 医術師だなんて大げさなこと言って薬は作れませんってどういうことですの」

「今のあなたに必要なのは薬ではなくて、しっかり栄養をとることよ。食事をとらずにお菓子しか食べてないんじゃない? それではどんな薬を使っても良くならないわ」

「何よお姉さまったら、私が悪いって言いたいの? これは病気よ。治せないならお姉さまはやぶ医者よ!」

「いいえ、私の言っていることが正しいってあなたもわかっているでしょう。だって他の医術師にも治せないって言われたはずよ。薬はないと」


 カナリアは唇をかんだ。図星だったらしい。


「ヘリオドールにも優秀な医術師はたくさんいるわ。でもどの医術師に診てもらっても治せないと言われた。当り前よ。病気ではない、ただの不摂生なんだもの。でもみんなカナリアには本当のことを言わなかったのでしょうね。こうしてやぶ医者だなんて言われたくないですもの」

「知ったようなこと言わないで。なによ。私はね、お姉さまが異国で可哀そうな思いをしているだろうから、こうして私の治療を名目にしてわざわざ呼び戻してあげたのよ。どうせ王子様の婚約者なんてのも嘘なんでしょう? お父様とお母様に捨てられたから、悔しくて夢みたいな妄想をでっちあげてるんだわ」


 カナリアは興奮していた。母が制止にかかるが、その手を振り払って立ち上がる。


「そうよ、いつもいつもお姉さまは、自分は頭がいいみたいな態度で! ムカつくのよ! オーキッド家との婚約が嘘だったことも気づかなかったマヌケのくせに。頭いいふりして私を馬鹿にしないで!」


 その場が静まり返った。

 父と母の顔から完全に血の気が引いている。両親は態度からしてオーキッド家との企みは知らぬ存ぜぬで通すつもりだったのだ。なのに、それを察っすることができなかったカナリアはシェリーを前にすべてを暴露してしまった。本当に馬鹿な子である。シェリーもクロムも分かっていて黙っていたというのに、それにも気づけないのだ。

 ただ聞いてしまった以上、シェリーたちは黙っているわけにもいかない。クロムもそう思ったのだろう。


「ベルゼーー」


 と口を開きかけたが、そんなクロムをシェリーは手で制した。

 ここは自分で言わせてもらいたい。


「私は、オーキッド家との婚約が、私を葬り去るためのに仕組まれたものだったとすでに承知しています。承知の上で私は今日ここへ来ました」


 シェリーは落ち着いた声で言った。


「医術師として、救いを求める人には、たとえそれが自分を殺そうとした肉親であったとしても、全力で治療をする気です。ただ、カナリア、あなたには治療ではなく、自分を自分で律する能力が必要よ。もう召使の姉はいないの。あなたは自分のことを自分でやらなくてはならない」

「なっ、だからーー」

「それから、クロム殿下との婚約が私の妄想だという話だけど、婚約のことは事実です」


 シェリーはカナリアが口をはさむすきを与えず続ける。


「クロム殿下は優しい人で、嘘をついて人を陥れたりなんて絶対にしない誠実な人よ。私はそんな殿下のことを尊敬しているし、お慕いしています。だから死ぬまで殿下のお傍にいたいと思っている。たぶん、あなた方には分からないと思います。家族を簡単に見捨てられるような人たちには理解できないことでしょう。私も最初は、こんな私を受け入れてくれるなんて信じられなかった。だけど、私はハイドレンジアで殿下や他のたくさんの人たちと暮らして、今とっても幸せなんです。本当に、どうにかなってしまいそうなくらい、幸せなのよ」


 そう言って微笑んだシェリーの表情を見て、両親もカナリアも鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。


「では、これ以上の診察も治療も必要ないと思いますので、私たちはこれで失礼します。みなさん、お元気で」


 シェリーは静かに立ち上がると、クロムとともに部屋を出た。






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