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はじめてのお祭り

 収穫祭の日となった。

 シェリーとクロムは街の衣装店までやってきて、そこで庶民に溶け込むべくそれぞれ変装の準備をしていた。奥の部屋に通されたシェリーは一緒についてきてくれたベキアに手伝ってもらって街娘風の衣装を身に着けていく。シンプルな茶のワンピースに、歩きやすいショートブーツ。髪は後ろでゆるく編んでもらい、小さな花の髪飾りをつけてもらった。


「うん、これで完璧ですわね」


 鏡の中でベキアが満足そうにうなずいている。


「動きやすくてとてもいいです」


 着るものが変わるとなんだか心まですっかり街娘になった気分だ。


「さあ、クロム殿下もすでに準備は終わられていますよ」


 ベキアと一緒に部屋から出ると、店内のソファに座ってクロムが待ってくれていた。彼も普段に比べてずいぶんラフな格好をしている。そのせいかいつものキラキラした輝きが少し抑えられ、親しみやすい雰囲気が感じられた。


「お待たせしました」

「パーティで来ていたドレスもよかったが、これはこれでなかなか……」


 クロムは顎に手を当て感慨深げにうなずく。


「服を変えただけなのに、とても新鮮な気分です」

「それは私もだ。こうして女性と祭りに行くのははじめてだからな」

「そうなのですか?」

「ああ、いつもはラセットがついてくるか、イーオスかのどちらかだった。だから今年はあなたと一緒に祭りに行けることを楽しみにしていたんだ」

「こちらこそ、お誘い頂けてうれしいです」

「ではさっそく行こうか」

 

 シェリーはクロムについて店を出た。

 店を出ると、少し離れたところから賑やかな音楽と人声が聞こえてきた。 着替えをした店は街の中心から少し離れたところにあったので、シェリーとクロムは歩いて大通りへと向かう。


「あの、殿下」

「今日はクロムだ」

「クロム様。私、実は祭りというものに参加するのがはじめてで、どういうものか分からなかったのでいろいろ調べてきたのです。このお祭りの歴史や、どんな催しがあるかや」

「何か面白そうなことはあったか?」

「はい。とっても興味深いものがたくさんありました。大通りには屋台がたくさん出て、みんなそこで買ったものを食べ歩くのだそうですね。ジンジャークッキーの占いや、持ち歩きできるクレープなんかもあって。あとは乗り物やゲームや、篝火の周りを囲んで踊ったり……」

「ではあなたの興味があるもの、全部回れるように私が案内しよう」

「ぜ、ぜんぶですか!?」

「私は子どものころからこの祭りに参加しているから。回り方は熟知している」


 クロムは手を差し出した。シェリーが手を乗せると、ぐいっと引っ張られる。


「祭りでは気を抜くと人ごみに流されてしまうからな」


 いつもならそっと手を取ってエスコートしてくれるのだが、今日のクロムの手はいつになく力強い。

 大通りに着くと、道の両端にずらりと出店が立ち並んでいた。予想していたより数も種類もずっと多い。

 シェリーはクロムとともに、大勢の人にまぎれながら店を見て回る。


「ほんとに色んなお店があるんですね。でも果物を扱っている店が特に多いかしら」

「収穫祭だからその年収穫された作物が出店に反映されるんだ。収穫量は数字でも確認しているが、実際にこうして見てみると実感として分かるな。どれか食べてみようか。何がいい?」

「そうですね……でしたら」


 シェリーが選んだのは、貝殻を模したパイ生地のなかに、果物のコンポートが入った菓子だ。店主が今まさに黄金の油から揚げたてのをクロムが一つもらってくれた。


「半分ずつ食べよう」


 クロムが半分に割ってくれたパイを受け取って、一口かじってみる。すると中から熱々のコンポートが流れ出てきた。いくつかのスパイスで味付けされた甘い梨とサクサクのパイ生地が最高に合う。


「んん! おいしい!」

「なかなかいけるな。次はクレープも食べてみようか」


 そう言ってクロムはクレープを買ってきてくれた。新鮮なトマトやレタスにスモークしたサーモンがクレープ生地に包まれている。ソースに少し酸味があっていくらでも食べられそうだ。


「お祭りの食事ってこんなにおいしいのですね」

「この雰囲気の中で食べるのは特別だからな」

「クロム様、あそこでやっているのは何でしょうか?」


 店の前にいる客たちが、手のひらサイズの虫取り網のようなものを持って何かを必死にすくいとろうとしている。


「ああ、あれは花魚すくいだ」

「花魚?」

「実際見た方が早い。行ってみよう」


 人だかりの間から覗いてみると、客たちが見つめているのは浅い水槽だった。その水槽の中では色とりどりの小さな魚が、ヒラヒラと薄いヒレをなびかせ泳いでいる。


「まるで水の中に花が咲いているようですね」

「この国の祭りには欠かせない魚なんだ」

「私もやってみてよいでしょうか」

「もちろん。ではどちらが多くとれるか競争としよう」


 シェリーとクロムはそれぞれ小さな網を店主から受け取る。


「この網が破れたらおしまいだよ」


 網は水に濡れると破れやすくなるようにできているようだ。


(できるだけ水に濡れている時間を短くした方がいいのね)


 シェリーはよくよく狙いを定めて、水面近くに上がってきていた青い花魚をさっと網ですくう。


「お、うまいなシェリー」

「ふふ、うまくいきました」

「では、私も」


 クロムは一転真剣な表情で水面を見つめ、素早く網を入れたかと思うと次々に花魚をすくっていく。そのあまりの手際の良さにシェリーは感嘆の声をもらした。


「すごい。クロム様お上手なんですね」

「子どもの頃は花魚すくい名人と言われていたんだ」


 そう言ってクロムが鼻を鳴らす。いつも淡々と冷静なクロムが、まるで子どもが自分の獲ったものを誇らしげに見せるように得意げだ。


「ふふ」

「おかしかったか?」

「いえ、かわいらしいなと思って」 

「昔から負けず嫌いなんだ。最初はうまく花魚がとれなくて、それが悔しくてずいぶん練習したんだ」


 クロムは言いながら、とった花魚の入った器をシェリーに見せる。器の中はまるで虹を溶かしたようにカラフルで美しかった。どうやら青以外の色の花魚を一匹ずつとってくれていたようだ。


「これは持って帰ってもいいのですか?」

「ああ、しかし持ち歩くには少々重いな」


 シェリーとクロムは店主に花魚を預け、帰りに取りに来ることにした。


 こうして屋台を巡って祭りを楽しんでいたところ、シェリーはある違和感を感じた。


(あの人、さっきもいたような)


 これだけ人がごった返しているというのに、先ほどから同じ人物を何度も見かける。ハンチング帽をかぶった男と小柄な男の二人組。向こうは気づかれないようにしているようだが、シェリーはずっと彼らの視線を感じていた。最初は護衛が遠くから見守ってくれているのかとも思ったが、どうも雰囲気が護衛とは違う気がする。


「あなたも気づいたか」


 シェリーの怪訝そうな雰囲気を察したのか、クロムが彼らに視線を向けずに言った。


「やはり私たち尾行されているのですね」

「ああ、さっきから気になっていたんだがしつこいな」

「何者でしょうか」

「祭りには良からぬ者も紛れ込むからな」


 急にクロムがシェリーの肩を抱いて歩き出した。やや早歩きになる。


「こっちへ」


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