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媚薬のゆくえ

 クロムは、ラセットに媚薬の話を聞いてからずっと落ち着かなかった。


(本当にシェリーが媚薬を?)


 シェリーが媚薬に手を出すなんて信じられない。かといってラセットが自分に嘘をつくとも思えない。

 早くシェリー本人に聞いて真意を確かめたいが、こういうときに限って手の離せない用事が詰まっていた。


(もし本当にシェリーが媚薬を作っていたとして、相手は私ということなのか? いや、あるいは他の男という可能性もなくは……)


 頭の中に、シェリーが誰か他の男と一緒にいる光景が浮かんだ。

 クロムはグッと目をつぶり、眉間に手を当てる。


(これ以上想像したくない)


 だがそういう未来も可能性としてはあり得なくはないのだ。シェリーにはいつでも婚約破棄していいと約束したのだから、他に好きな男ができて、自分との婚約を破棄したとしても責められない。


「ラセットの言うとおり、さっさと婚姻を済ませてしまうべきだったか……」


 クロムはシェリーと『王の番』の話をしたとき、本当はすぐにでも彼女と婚姻を結ぶつもりだった。しかし、壊れそうなシェリーを目の当たりにして、そんな彼女に無理強いして求婚することにひどく抵抗を感じた。弱っているところにつけ込んで相手を自分のものにするなど、どうしてもクロムの道徳心が許さなかったのだ。

 それにシェリーを特別な女だと思うからこそ、彼女にも妥協や義務感ではなく、自分のことを一人の男として見てもらいたい、その上で求婚に応じてもらいたいという気持ちもあった。


(うまくいっていたと思っていたのだが……)


 最初は硬い表情だったシェリーも、最近、少しずつ自分に心を開いてくれるようになったと感じていた。このままゆっくり時間をかけてお互いの関係を深めていけばいい。そう思っていたのに。

 この媚薬事件である。

 いったい彼女に何があったというのだろう。


(ダメだ。これでは何も手につかない)


 クロムはとうとう立ち上がった。

 シェリーに事実を確認しに行こう。もしも聞きたくない答えであったとしても、先延ばしにするよりは早く決着をつけた方がいい。

 


 シェリーの部屋の前までやってきたクロムは、深呼吸を一つして、扉をノックした。

 いつもの可憐な声で返事がかえってくる。

 がちゃりと扉が開かれ、部屋着を身にまとったシェリーが立っていた。


「どうされましたか、殿下」

「あ、いや。少し話したいなと思って」


 シェリーは快く部屋の中へ入れてくれた。

 クロムは落ち着かない気分のまま、とりあえずソファに腰を下ろした。


「シェリー、新しい薬を作っていると聞いたんだが……」

「ええ、媚薬を作っていたのです。ただ完成はしたのですが、結局いらなくなってしまいました。というより最初から必要なかったのですよね。彼女には」

「そうか必要なくなったのか………………ん? 彼女には?」

「あ、すみません説明不足でしたね。実は、とあるメイドから意中の男性と食事に行くので媚薬を作ってくれないかと頼まれたのです」 

「……メイドに? 頼まれて……? 頼まれ、て…………」


 クロムはぐったりとソファの背もたれに倒れ込んだ。


「で、殿下! どうされました!?」

「そうか……メイドのためにな。うん。そうだよな」


 媚薬はシェリーが使うためのものではなかったのだ。考えてみれば、いつだってシェリーは誰かのために薬を作っていた。今回だって誰かに頼まれた可能性だって十分考えられたのに、ラセットのせいでついシェリーが使うものだと思い込んでしまった。


(いや、違うな。私が冷静になれなっかだけだ)


 シェリーのことになるとどうも冷静になれない自分がいる。これも惚れた弱みなのだろうか。

 クロムは自嘲気味に笑った。


「どうされました?」

「いや、あなたらしいなと思っただけだ」

「ついまた夢中になって作ってしまいました。意外と媚薬というのは奥が深くて面白くて」

「でもせっかく完成させたのに、どうして媚薬は必要なくなったんだ?」


 クロムはシェリーから媚薬を渡さなかった理由を聞いた。


「そうか。それもまた、あなたらしい考えだな」

「薬は使い方を間違えれば毒にもなりますから。今回は毒になると判断しただけです」

「……ところで、完成した媚薬は今どこに?」

「ああそれでしたらここに」


 シェリーは戸棚から小さな小瓶を取り出した。


「ふむ。これが媚薬か」

「はい。でももう必要ないですし、万が一盗まれでもしたら危険ですのでもう処分しようかと思っています」

「なら、私が処分しておこう」

「殿下が?」

「私の古代魔法で完全に無効化しておいた方がいい」

「確かに……捨てる前に無効化しておいた方が安全ですね。なら私が――」

「いや無効化なら私に任せてくれ」

「でも……」

「大丈夫。得意なんだ、無効化。だからやらせてくれ。久しぶりに無効化したい気分だ」

「…………そこまで、言われるのでしたら。でも、こんなことを殿下にお任せしてよろしいのですか?」

「薬一つ無効化するくらい何でもない」

「そうですか。では、お願いいたします」


 シェリーから媚薬を受け取ったクロムは、しっかりと胸ポケットにその媚薬をしまった。

 媚薬などなくても縁があるものは結ばれるものだ。そう、自分とシェリーだって、なにも不安に思うことなどない。


(……ないけれど)


 なにもすぐに媚薬を無効化する必要もないだろう。

 クロムはこの後、媚薬をそっと自分の金庫にしまったのだった。



*****



 雪がちらつく季節になっていた。

 ハイドレンジアでは毎年年末に、各地で収穫祭が行われる。シェリーたちが住む離宮近辺の街でも、着々と収穫祭の準備が進められていた。


 そのころ、シェリーは相変わらず医務室で診察や研究に明け暮れる日々を過ごしていた。

 ある日の休憩中、ポーネルから収穫祭についての話を聞いた。


「昔の収穫祭はね、王様が庶民に変装して一軒一軒、民家をまわっていたそうなんです。そうやって子どもにプレゼントを配ってまわってたんですって」

「へえ、それは素敵ですね!」

「まあ大昔の話ですけどね。さすがにこれだけ民が増えると王様一人で家をまわるなんて無理だから、今は配達人を雇って子どもたちにプレゼントを配ってるんです。でも、庶民に扮してお祭りに参加する慣わしは続いてますけどね」

「それは国王が街の祭りに参加されるということですか?」

「国王というか、王族の方の誰かが参加されることになってるみたいですね。たぶん今年は殿下も行かれるんじゃないですか」

「はい、クロム殿下も行かれますよ」


 その声にシェリーとポーネルが振り返ると、ラセットが立っていた。


「こんにちは。シェリー様、ポーネル君。収穫祭のお話をされていたのですか?」

「ええ、ポーネルさんに色々教えていただいていたんです」

「それはちょうどよかった。その収穫祭のことで、僕もシェリー様にお話があったんです」

「何かお手伝いですか?」

「いえ実は、殿下と一緒にシェリー様も、庶民に扮して祭りに参加していただきたいのです」

「私がお祭りに?」

「ええ、本来なら王族同士で参加されたり側近がお供したりするのですが、今年は婚約者であるシェリー様に、殿下と一緒に参加していただきたいのです」

「ですが、お祭りに参加して私は何をすれば良いのでしょう?」

「ただ祭りを楽しんでいただければ結構です。これは王族が庶民の暮らしを体験するのが目的の慣わしですからね」

「そうですか……分かりました。頑張ります」

「はは、そう肩に力を入れず、気楽に参加していただければいいんですよ」


 とは言われても、シェリーはこれまで一度も祭りというものに行ったことがない。妹が外へなかなか出られなかったので、「お姉さまだけ行くなんてズルい」ということでシェリーも祭りに行けなかったのだ。だから気楽に楽しめと言われても、どう楽しむものなのか想像ができなかった。


(こういうときは下調べが大事よね)


 何事も入念に準備をするのがシェリーである。はじめての祭りを楽しむために、シェリーはさっそく調査を開始したのだった。





 

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