キルケーの薬草クリーム
数日後、今日はドナープル邸でアイリスの作った試作のパッケージを見せてもらうことになっていた。
「いくつか試作を作ってみたの。どんな感じがいいか一度見てもらっていい? 改善してほしいところがあれば遠慮なく言って」
「どれも素敵。こんな絵を描けるってほんとにすごいわ。私にはどれも良く見えて選べないわね」
「なら私のおすすめはこの色合いのかな。最近こういう柄が令嬢たちの間で流行っていて、そこから街娘たちにも広まってるみたいで、きっと人の目を引きやすいと思う」
「さすがアイリス詳しいのね。ではこの柄でお願いするわ」
「あと販売のことだけど、ジュリアンに話したら今日来てくれるってことになって」
とアイリスが話している最中に、扉をノックする音が聞こえた。
「ちょうど来たみたいね」
アイリスの返事のあと、扉を開けて一人の男性が部屋に入ってきた。大柄で熊を想起させるような見た目の男性だ。ただその表情はとても穏やかで、なんだか人を和ませる雰囲気をもっている。
彼はシェリーと目が合うと深々とお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。ジュリアン・ローパスと申します」
「シェリー・エヴァレットです。突然のお願いにも関わらずお越しくださってありがとうございます」
「いえいえ。化粧品販売は僕も興味がありましたので、こうして頼って頂けるのは私としても嬉しいです。実はもう知り合いの店主にも話を通していて、店主もぜひシェリー様の薬草クリームを店に置きたいと申しておりました」
「まあ、もうお店まで見つけてくださったのですね」
「商売は機を逃さないことが肝要ですからね。ということでさっそくですが、この薬草クリームの商品名は考えておられますか? そのまま薬草クリームとして売ってもいいですが、何か特徴的な名前をつけるとより手に取ってもらえるかと思います」
「……なるほど。商品名……では、『キルケーの薬草クリーム』なんてどうかしら」
「ふむ、キルケーとは確か、伝説の薬草の魔女の名前でしたね」
「それピッタリじゃない! 私もその名前いいと思うわ」
アイリスも賛同してくれた。
「では商品名は『キルケーの薬草クリーム』でいきましょう。あとは販売数などについてですがーー」
この後、シェリーたちは『キルケーの薬草クリーム』販売に向けて具体的な計画を詰めていった。
屋敷へ帰ってから、シェリーは薬草クリーム作りに今まで以上にいそしんだ。
(アイリスに相談してよかった)
商売の経験がない自分がこんなに早く自作クリームの販売にこぎつけられたのは、頼もしい友人のおかげだ。それに婚約者のジュリアンや販売店のベンやいろんな人が手伝ってくれている。
「私も気合を入れなくてはね」
たくさんの人が協力してくれているのだ。自分もできる限り良いものを作って人々に届けたい。
普段、ときおり医務室から漏れ聞こえていた怪しい笑い声が、その後ひっきりなしに聞こえてくるとしばらく屋敷で話題になっていたことに、シェリーだけは気づいていなかった。
一か月後、シェリーとアイリスは一緒に薬草クリームの販売店に向かっていた。
「なんだか緊張するわ」
「大丈夫よ。何も緊張することないわ」
「でももし一つも売れてなかったら、さすがにみなさんに申し訳ないもの」
「あれだけ良いものが一つも売れないなんてないわよ。それに万が一売れてなくても最初からうまくいく方が珍しいんだから、気にすることない」
とアイリスが励ましてくれていると、角を曲がったところにずらりと行列ができているが見えた。
「何この列……ちょっと待って、これ私たちの販売店につながってるんやじゃない?」
そう叫んだアイリスに手をつかまれ、シェリーは引きずられるようにして店の前まで行く。
「やっぱりほら! これってもしかしかして、みんな『キルケーの薬草クリーム』目当てなのかも! 早く店主に確認してみましょ」
シェリーとアイリスは裏口から店内に入った。
客間に通されしばらく待っていると、店主のベンが応接間にやってくる。
「お待たせしました。エヴァレット様、ドナープル様。いやあ、『キルケーの薬草クリーム』大人気ですよ。在庫の残りが少なくなってきていたんでちょうどご連絡しようと思っていたところだったんです」
「やっぱりあの行列はシェリーのクリーム目当てのお客さんだったのね! すごいわ!」
興奮したアイリスにぐわんぐわんと身体をゆさぶられながら、シェリーはつぶやくように言った。
「……よかった。でもどうしてこんなにお客さんが?」
「最初はうちの常連様におすすめしてみたんですけど、そしたら手がつるつるになるって大層喜んでくださいましてね。その方からじわじわ噂が広まって、今じゃあの通りですよ」
「そうですか。うれしいです」
「ところで販売の件ですが、まずはお試しで、ということでしたが、わたくしどもと致しましてはぜひ定期商品に入れさせて頂きたいと思っているのですが、いかがでしょう?」
こうしてシェリーの作った『キルケーの薬草クリーム』は、その後も順調に売れ行きが伸び、街で知らない人はいないくらい有名な化粧品の一つとなったのであった。
「やっぱりシェリー様のクリームは街でも人気になりましたね」
シェリーの部屋を掃除しに来てくれていたメイドたちが、『キルケーの薬草クリーム』の評判を口々にシェリーに語っていた。
「私一人の力ではないわ。アイリスの絵もお客さんの目を引いてくれたのだろうし、販売にかかわってくれた方みんなのおかげだわ」
「確かに入れ物もとても可愛いですけれど、これだけ人気になったのはなんといってもやっぱり薬草クリームの効果がすばらしいからですよ。本当に肌がすっべすべになりますもの」
「そういえばシェリー様ご存じですか? 街娘たちのなかでは、『キルケーの薬草クリーム』は恋のお守りって言われてるそうですよ」
「恋のお守り?」
「はい。なんでも『キルケーの薬草クリーム』を使いはじめたら、意中のお相手から求婚されたご令嬢がいたそうで。そんな噂が広まったみたいです」
知らないところでいろんな噂がひろまっていたようだ。
その後もメイドたちはワイワイとクリームについて話していたが、そんななか一人のメイドがこっそりシェリーの近くへやってきた。
「あの、シェリー様、ご相談があるのですが」
「どうしたの?」
「シェリー様は、その…………媚薬もお作りになられるのでしょうか?」
「媚薬……は作ったことないわね」
「……そうですか」
「どうして媚薬が欲しいの?」
「実はずっと片思いをしている男性がいるんです。とても優しい人で話も合うし、素敵だなって思っていて」
メイドの顔がほうっと赤くなる。
「最近では彼からもよく話しかけてくれるようになって、それで、今度一緒に街へ食事に行こうって誘ってくれたんです」
「そう、それはよかったじゃない」
「それでそのときに媚薬を使いたいと思ってるんです。なんとか作って頂くことはできないでしょうか」
媚薬とはいわゆる惚れ薬だ。男性から誘ってきたというなら、少なくともその男性は彼女に対してすでに好意は持っているといえる。なら惚れ薬は必要ないのではないだろうか。
「別に媚薬はなくてもいいんじゃないかしら。その男性もきっとあなたのことをーー」
「いえ絶対必要なんです。せっかく彼から誘ってもらったのに、はじめてのデートがつまらないって思われたらきっともう誘ってもらえません。だから今回のデートを絶対に失敗しないためには媚薬がないとダメなんです」
メイドはかなり追い詰められているようだった。話を聞く限り何も不安に感じる要素はないように思われたが、一方でシェリー自身も今まで作ったことのない薬の制作に少し興味がわいているのも事実だった。
「分かったわ。とりあえず媚薬について調べてみましょう」
「本当ですか!」
「うまくできるか分からないけれど、私も作ったことのない薬にチャレンジしてみたいしね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
シェリーは新たに媚薬作りのため、さっそく書庫へ向かった。




