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お茶会とロマンス小説

 シェリーは、アイリスとお茶会をするためドナープル邸にやってきた。

 門につくと、すぐにアイリスが屋敷から出てきて、シェリーを出迎えてくれる。


「シェリー様! お待ちしてました」

「本日はお招きありがとうございます」


 アイリスは優しい色合いのドレスを身に着けていた。ふんわりした栗毛とよく合っていて可愛らしい。ハイドレンジアの人たちからすると彼女が野暮ったく見えるなんて、やはりシェリーには信じられないことだった。ヘリオドールではむしろこういった雰囲気の女性が好まれていたので、シェリーとしてはとにかくアイリスが可愛くみえてしかたない。

 シェリーはアイリスに案内され、屋敷の中へ入った。


「今日はお天気がいいので、お庭でお茶をしたいなと思っていたのですが、シェリー様もそれでよろしいでしょうか?」

「そうですね、そうしましょう。……あと、私たち歳も同じですし、お互い敬称は無しにしませんか? 話し方ももっと砕けた感じにしてみたり」

「でも、シェリー様は殿下の婚約者様ですし……」

「そんなの関係ないわ。それにほら私、元々平民だから本当に気にしないで」


 シェリーは今まで友達がいたことがなかった。忌まわしき黒髪の少女と仲良くなってくれる令嬢などいなかったのである。だから、今回アイリスがお茶に誘ってくれたことはとても嬉しかったし、できればアイリスと友達になりたかった。

 アイリスはずいぶんためらっているようだったが、シェリーの熱に押されやがて口を開いた。


「では……シェリー?」

「ええ、アイリス」


 二人は顔を見合わせたのち、なんだか急におかしくなって吹き出した。



 ドナープル邸の庭はこじんまりとしていたが綺麗に整えられていて落ち着く雰囲気だった。二人は小さな東屋に入って椅子に腰を落ち着ける。

 するとすぐにお茶や菓子が運ばれてきた。香りの良いアッサムティーに、干し葡萄やナッツがたくさん入ったクッキーだ。


「大したおもてなしはできないですが、どうぞ」


 シェリーは差し出されたクッキーを一枚とってかじってみる。


「おいしい。とってもサクサクだし、ぶどうやナッツとすごく合うわ」

「嬉しい。実はそのクッキー私が作ったのです。本当は手作りより有名店のお菓子の方がいいかなとは思ったんですど……その……」


 ドナープル家はそれほど裕福ではないらしい、ということはシェリーもすでに分かっていた。この屋敷を見れば誰でも気づく。

 でも、そんなことはシェリーにとってどうでもいいことだった。


「私も今日は手作りの物をもってきたの。と言っても、今から作るのだけど」

 

 シェリーは持ってきたカゴからガラスの小瓶を三つ取り出した。中にはそれぞれ、赤、黄、緑の半透明の結晶が入っている。


「わあ、綺麗。これは何かしら。宝石?」

「いいえ、これは色付けした砂糖よ。アイリス、どれか一つ好きなものを選んで」

「まあどうしようかしら。じゃあ…………赤で」


 シェリーは瓶の中から赤い砂糖の結晶を取り出して、自分の手のひらの上に乗せた。そしてさらにもう片方の手をその上にかざす。すると砂糖の結晶は、ちょうどシェリーの手と手の間に浮かび上がった。


「フランメル アモルファスト」


 魔法の詠唱を唱えると、砂糖の結晶は空中で高速回転しはじめた。そのうち塊だった結晶が細い糸状になっていく。あっという間に、砂糖の結晶は、ピンク色の綿球になった。


「すごい! まるで雲みたいだわ!」

「ふふ、綿飴というの。このままでも食べられるけれど、私のおすすめは……」


 シェリーは綿飴を少しちぎって、アイリスのカップのなかへ入れる。すると綿飴がすっと紅茶にとけていく。


「飲んでみて」


 アイリスは紅茶を一口飲んで目を丸くした。


「苺の甘酸っぱい香りがする! おいしい!」


 この砂糖には色だけでなくそれぞれ別の味をつけていたのだ。黄色はレモン、緑はミントといった具合に。


「私、こんな素敵なお菓子を食べるのははじめてです。これも古代魔法なのですか?」

「まさか。これは昔、病弱でなかなか外へ出られなかった妹のためによく作っていたの」


 小さい頃は妹もそれで喜んでくれた。大きくなってからは高級店の菓子にしか興味を示さなくなったので、シェリーもすっかり作らなくなっていたが。


「シェリーは素敵なお姉様なのね。私、一人っ子だから羨ましいな」

「ということはこの家はアイリスが継ぐの?」

「あ、ええ、実は最近婚約も決まって」

「それは、おめでとう!」

「ずっと、婿入りしてくれる商家の方を探してたんですけど、最近ようやく良い人と出会えて。私の……あ!」


 アイリスは何か思い出したように声を上げた。


「そうだわ。私、シェリーに渡したいものがあったの!」


 そう言って駆けていったアイリスは、布に包まれた四角い箱のようなものを持って戻ってきた。


「開けてみてください」


 シェリーが包みを開けると、それは箱ではなく額縁に入った絵画だった。目の覚めるようなブルーの蝶が、額縁の中を飛び交っている。


「きれい……」

「モルフォ蝶というんです。シェリーの瞳を見たとき、このモルフォ蝶みたいですごく綺麗だなって思ったの。それで、この前助けてもらったお礼に描いてみました」

「描いたって、アイリスが描いたの?」

「私、勉強はあんまりできないけど、昔から絵だけは得意だったんです。両親も好きなことやりなさいって言ってくれて、お金ないのに画材も買ってくれて」

「とても素敵なご両親ね」


 どこかの親とは大違いだ、とシェリーは思った。


「それで少しでも両親に恩返ししたいなと思って、最近絵を売りはじめたんです。だから結婚のお相手も商家の方に絞っていたの。販売ルートとかお金の交渉とか手伝ってもらえる人がいいなと思って」

「そうだったのね」


 アイリスはほんわかしてそうで、案外しっかり将来のことを考えているようだ。


「でもうち貧乏だし私もこんな見た目だし、なかなかお相手が見つからなかった。だから今の彼に婚約を申し入れられたときは信じられなかったわ」

「それでも彼を信じることにしたのね」

「ええ。彼言ってくれたの。『僕は君の絵に惚れた。こんな素敵な絵を描く君は女神だ』って。もうほんと夢みたいだった」


 アイリスはそう言いながらポッと頬を染める。


「って、ごめんなさい。私の話ばかり。シェリーのお話も聞かせて欲しいわ。国中の女性が憧れるクロム殿下との馴れ初めについて」

「馴れ初め……は魔物に襲われているところを助けて頂いて、それがきっかけということになるかしら」

「きゃっ素敵。そこで二人は恋に落ちたのね!」

「恋に落ちたというより……条件が良かったというか」


 『王の番』だったから選ばれた。それだけのことだ。


「またまたぁ。シェリーったら照れ屋さんなのね。私この前の公爵家のパーティで見ていたけど、殿下はシェリー以外全く見えてないくらいに思ったわよ」

「それは言い過ぎよ」

「そうかなあ。私、殿下のあんなお顔見たのはじめて見たわ。シェリーを見つめているときのクロム様の目、あんな甘い目をされるのね。クロム殿下って確かに見目麗しい方だけど、なんだか冷たそうというか近寄りがたい印象だったけど、この前シェリーと一緒にいるときの殿下はまるで別人だったわね」

「それは婚約者だから親切にしてくださっているだけだと思うわ」

「ええ? そんなことないわよ。シェリーが殿下のお気持ちに気づいてないだけではないかしら。今までのことよく思い返してみて。殿下はシェリーにだけすっごく優しかったり、気遣って下さったりしてない?」

「それは確かにいつもすごく気遣って下さってるけれど」


 しかしそれが自分に対してだけかというとどうだろうか。クロムは部下や屋敷の者のことをとても大切にしている。もちろん王子として王国のことも考えている。自分は婚約者という立場だからそれ相応の待遇を受けているが、とはいえクロムにとって特別かと言われると……。

 シェリーは腕を組んで考えた。そんなシェリーを薄眼で見つめながらアイリスがポツリという。


「……なんだか私、殿下を応援したくなってきたわ」


 結局シェリーは答えの出ぬままクッキーを食べてごまかす。


「まあでも急ぐ必要はないわよね。あの様子じゃ殿下が心変わりするとも思えないし」

「ええ、人を裏切るような方ではないと思う」

「私の小説のためにも殿下には一途でいてもらわなきゃ」

「?? 私の小説?」

「あ、実は私、ロマンス小説の挿絵も描いてるの。文章は他の人が書いてるんだけど、この前出した本に出てくる王子様をクロム殿下をモデルに描いたのね。ほらクロム殿下って女性に大人気だから売れるかなって」

「すごいわね、アイリス。小説の挿絵まで描いてるの」

「女の画家は少ないから、声をかけてもらったの。よかったら一冊持って帰って。ぜひシェリーの感想を聞かせて欲しいわ」





 夕刻、アイリスとのお茶会はお開きになった。

 シェリーは蝶の絵画に加え、今流行りのロマンス小説をもらい帰路に着いた。


「なんだかたくさん頂いてしまったわね」


 シェリーはさっそく馬車の中でアイリスにもらった小説を読んでみる。


(こういう小説今まで読んだことなかったけれど)


 面白い。アイリスの挿絵もとても素敵で、確かに主人公の相手役の男性はモデルだというあの人に似ていた。

 すっかりロマンス小説の虜になってしまったシェリーは、屋敷についてからも小説のことに思いを馳せながら回廊を歩いていた。すると。


「もう帰ったのか? シェリー」


 顔を上げると、目の前にクロムがいた。


「で、殿下っ」


 クロムがいたことに全く気づいておらず、シェリーはすっとんきょうな声を上げてしまった。心臓がバクバクしている。


「ドナープル嬢とのお茶は楽しかったか?」


 クロムはいつもと同じはずなのだが、どうしてだろう。さっきから胸が早鐘を打ったまま落ち着かない。

 今さっきまで小説の中にどっぷりつかっていたので、急に現実に引き戻されたせいだろうか。しかも目の前には、小説の中に出てきた王子とそっくりな人物が立っている。夢と現実がいっぺんに押し寄せてきたような感覚だ。

 

(そういえば、私この方と婚約しているのよね)


 婚姻はまだ先とはいえ、このままいけば自分はこの王子と夫婦になるのだ。ただ『王の番』だから選ばれただけだとは分かっているが、改めて彼が夫になるかもしれないと自覚すると、どうしてかクロムの顔を直視できない。


「ん? どうした? 少し頬が赤いような……」


 クロムの手が伸びてくる。


「あ、いや、だい、大丈夫です。とても楽しくて、少々はしゃぎすぎてしまったようです」


 そう言い終わる前にシェリーは自分の部屋へと駆け出す。後ろではクロムが不思議そうに首をかしげていた。


 

次回、再びアイリス登場です。今度は二人で劇場へ!

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