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疲れた心を癒す魔法

 深夜、負傷兵の治療は無事終了した。


「ありがとう! ありがとうございます。エヴァレット嬢」


 イーオスはシェリーの前で泣き崩れた。仲間の負傷に、彼は相当責任を感じていたのだろう。シェリーはイーオスの肩にそっと触れた。もう大丈夫と声をかけてやりたいところだったが、しかしまだ予断を許さない状況は続いていた。


「傷は治療しましたが、まだ気は抜けません。しばらくはここで看させてもらいます」


 それからシェリーとシャルトルーズ、ポーネルは交代で負傷兵の看病をすることになった。

 そして三日後、ようやく負傷兵の容体が安定してきた。


「小娘、お前は一度部屋へ戻って休め。あとはわしらだけでも大丈夫だ」


 シャルトルーズに言われて、シェリーは三日ぶりに自分の部屋に戻ることにした。

 軽い食事と入浴をすませて久しぶりに自分の部屋に戻る。

 この三日間、仮眠はとっていたが医務室のソファではぐっすりと眠ることはできていなかった。もう体力も魔力も限界。しかし身体はくたくたなのに頭が妙に興奮したままで落ち着かず、ベッドに入っても全く眠れなかった。シェリーは仕方なく、ソファに座って本でも読んで時間をつぶすことにした。

 とそこへ扉をノックする音が聞こえてくる。

 シェリーが扉を開けにいくと、扉の先にいたのはクロムだった。


「殿下、お帰りになっていたのですか」

「ああ、今さっき帰ったところだ」


 シェリーはクロムを部屋の中へ入れた。すると、クロムは勧めたソファにも座らず言った。


「負傷兵の治療をしてくれたそうだな。ありがとう。私からも礼を言わせてくれ」


 クロムはシェリーに深々と頭を下げる。


「おやめください殿下。殿下がそのようなことをされては」

「いや、部下の命を救ってもらったんだ。礼を言うのは当然のことだ。それに古代魔法まで使ってくれたそうだな。大変だったろう」

「確かに大変ではありましたが、でも私一人で治療したわけではありません。シャルトルーズさんやポーネルさんが手伝ってくださったお陰で成功したんです」

「それでもあなたの負担は大きかっただろう。先ほど医務室でシャルトルーズにも聞いたが、あなたがとても頑張ってくれたと言っていた」


 シャルトルーズがそんなふうに言ってくれたとは、少し驚いたシェリーだったが、同時にふっと足から力が抜けた。シェリーは立っていられず、思わずソファに座り込む。


「大丈夫か」

「ええ、すみません。何だか力が抜けてしまって」

「長い間気を張っていてたのが解けたんだろう。休息はとったのか?」

「いえ、その……眠ろうとベッドに入ったのですが、どうも寝付けなくて。また起きてきてしまいました」


 クロムはソファに腰を下ろして、シェリーの顔をのぞき込む。


「顔色が悪いな。古代魔法はただでさえ術者の精神と身体に負担がかかりやすい。無理をしすぎたんだ」

「でも全く寝ていないわけではないですから、部屋でのんびりしていればそのうちーー」


 とそのとき突然、クロムの手が伸びてきて腕をつかまれた。そのままそっと身体を引き寄せられる。シェリーはたじろいだが、彼の力強い腕はシェリーのたじろぎなどものともしなかった。シェリーの体はすっぽりと、クロムの腕の中に収まる。


「でん……」

「まったくあなたは自分のことに無頓着すぎる」

「でも、私はだいじょう――」

「いいからじっとしてなさい。こうしていれば少しは楽になるはずだ。私の魔力はあなたの魔力と相性がいいから」


 そう言われて、シェリーは自分の体が彼の優しい魔力に包まれているのに気付いた。じんわりと体が暖かくなってきて、次第に全身のこわばりがゆるんでいくのが分かる。

 その間、クロムは優しく頭をなでてくれていた。

 シェリーはどうしていいか分からなかった。こんなこと子どものときですら誰かにしてもらった記憶はない。二十歳にもなったいい大人が抱きしめて頭を撫でてもらっているなんて、誰かに知られたら笑われるのではないだろうか。しかもあろうことか殿下にこんなことをさせているのも、ひどく申し訳ないことのように思える。そう、思うのだけどーー。


(このまま離さないでいてほしい)


 そう思っている自分がいることにシェリーは気づいた。

 これも『王の番』であるがゆえなのかそれは分からない。本当はこんなことをしていてはいけない、もっと何か考えなくちゃいけないことがたくさんあったはずなのに、頭がぼんやりしてくる。

 そんなシェリーの様子を察したのか、クロムが言う。

 

「そう何も考えなくていいんだ。シェリー。大丈夫。だから今は、ゆっくりお休み」


 ざわついていた心が、凪いだ海のように静かに穏やかになっていく。

 やがてシェリーはクロムの声に誘われるように、ゆっくりと夢の中へとけていった。




 翌日、シェリーはベッドの中で目を覚ました。


「私、いつの間にベッドで眠って……」


 まだぼんやりした頭に、昨日のことが朧げに思い出される。まるで夢の中のような出来事だったけれど、身体には確かにクロムの魔力の感覚が残っていた。


(体が……軽い)


 一人ではどうしても眠れなかったのに、クロムのおかげでぐっすり眠ることができた。これも『王の番』の魔力のおかげなのだろうか。


(いえ、それだけではきっとないわね)


 きっとクロムの人柄が、優しさが自分の心を軽くしてくれたのだ。

 そう思うとシェリーは何だか胸の中がじんわり暖かくなった。


「さあ、いいかげん起きなくてはね」


 シェリーはベッドを抜け出すと、着替えして食堂へ向かった。

 食堂へつくと、先客がいた。イーオスである。


「おはようございます。エヴァレット嬢」


 彼はちょっと照れくさそうにシェリーにあいさつした。


「おはようございます。イーオスさん。体調は大丈夫ですか?」

「いや俺よりエヴァレット嬢こそ大丈夫ですか? 三日間ずっとあいつの看病してくれてたじゃないっすか」

「昨日ぐっすり眠ったのですっかり回復しました」

「ならよかった。本当に今回は仲間の命を助けてくれてありがとうございました」

「イーオスさんも、ずっと彼のそばについていてくれてありがとうございました。きっと彼はとても心強かったと思いますよ」

「あの、それで……エヴァレット嬢。実は……お願いがあるんですけど」

「何ですか? 私にできることならなんでも」

「その…………エヴァレット嬢のこと……『師匠』と呼んでもいいですか?」

「し、師匠……?」

「はい。俺、感動したんです。あの治療、そばで見てたけどなんかもう俺なんかじゃ説明できないくらいすごかったし、しかも最初に医務室にあいつを連れて行ったときも、エヴァレット嬢だけは全然動じてなくて、テキパキ指示飛ばしてて。ほんと優秀な指揮官って感じで……」

「いえ、あれは医術師として普通の対応です。それに私が師匠というは……さすがに恥ずかしいというか、ちょっと変じゃないかしら。ほら、イーオス様の師匠はクロム殿下でしょう?」


 そう、イーオスにはすでにクロムという絶対的な師匠がいるのだ。まさか自分がクロムと同列になるわけにはいかない。イーオスもこれで納得してくれるだろう。と思ったのだが。


「いえ。クロム殿下は、神です!」


 なるほど。そうきたか。

 シェリーは輝くようなイーオスの瞳に見つめられ、とうとう折れるしかなかったのだった。

次回は温泉です。

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