古代魔法を使うとき
シェリーは相変わらず医務室に通い医療魔法の鍛錬に勤しんでいた。ただ、クロムにも心配をかけたので食事や睡眠はしっかりとるように心がけている。
そして、この前のパーティで出会ったアイリスとは文通をはじめた。近々、ドナープル邸でお茶会をしようという話になっている。
(お茶菓子は何がいいかしら)
そんなことを考えながらシェリーが医務室で棚の整理をしていたところ、ラセットが医務室にやってきた。
「こんにちは、みなさん。差し入れを持ってきましたよ」
そう言いながらラセットは抱えていた大きな箱を開ける。中には、ドーナツが入っていた。色とりどりのチョコレートでデコレーションが施されていてとても華やかだ。
「わあ、おいしそう」
「街に出る用事があったので、最近流行っているという店で買ってきたんです。どうぞみなさんで食べてください」
「ありがとうございます」
「あれ? シャルトルーズさんはいないんですか?」
ラセットが奥を覗きながら言うと、ポーネルが答えた。
「今日は、街へ出てるんです。裏通りに売ってる薬草が見たいって」
「そうでしたか。では僕もここで一つ食べていこうかな」
「どうぞ。シャルトルーズさんはまだ帰ってこないと思うので」
お茶を淹れて、三人でドーナツをいただくことにした。シェリーは黄色いチョコとドライレモンで飾り付けされているドーナツをもらう。ふんわり甘いドーナツと蜂蜜で漬けられていたレモンの甘酸っぱさがよく合う。アイリスとのお茶会にはこういう菓子を持っていくのもいいかもしれない。
「ラセットさんはよく街へ行かれるのですか?」
「ええ、まあそうですね。街の様子を把握しておくのも仕事のうちですから」
ラセットが何でもないことのように答えると、ポーネルがすかさず言った。
「ラセットさんて街のことなんでもご存じなんですよ。どこの店が潰れたとか新しい店ができたとか、どこそこの誰と誰が夫婦になったとか。新聞より詳しいくらいです」
「まあ、そうなんですか?」
「大げさですよ。何でもは知りません。ただ殿下の側近として、せめてこの周辺のことくらいは知っておきたいだけです。僕はイーオスのように戦闘面では殿下のお役に立てないですから」
その名が出て、シェリーはあることに気づいた。
毎日こっそり自分を見張っていたイーオスの姿を、今日はまだ見ていない。
「そういえばイーオスさんも、殿下と一緒に王都へ行かれたのですか?」
クロムは今日、王都の魔物討伐のため遠征に出ていた。
「そうです。討伐隊の一人として参加してますよ。あいつの様子、最近どうですか? シェリー様にご迷惑なことしてませんか?」
「いえ、子犬みたいで可愛らしいです」
「子犬……はは、シェリー様にはかなわないな」
とそんなことを話しながら三人で楽しくドーナツを食べていると、医務室の外が何やら騒がしくなった。直後、衛兵と思しき男が慌てて医務室に駆け込んできた。
「急患です! 殿下の御一行が魔物に襲われて」
「何? 殿下は!?」
「殿下はご無事です。魔物も退治したとのことで殿下はそのまま王都へ。しかし討伐隊の一人が重症で、もうすぐこちらへ来ると思います!」
衛兵が言っているそばから、また医務室の外が騒がしくなった。
シェリーがすぐに医務室の扉を開けに行くと、扉の前に負傷した男を担いだイーオスが立っていた。
「すぐ診てくれ!」
「分かりました。中へ」
シェリーも肩を貸して負傷兵を医務室の中に運ぶ。
診察台に寝かせた負傷兵は意識が朦朧とした状態だった。そのそばで、イーオスは焦りと不安を露わにして落ち着かない様子だ。
「くそっ、すまない。俺のせいだ。すまない……」
その雰囲気に当てられたのか、ポーネルも動揺して落ち着かない。居合わせたラセットも、ただ黙って負傷兵を見つめている。
そんななかシェリーは一人、負傷兵の身体の状態を確認しながら、イーオスに尋ねた。
「魔物に襲われたと言っていましたね」
「毒狼でした。しかも数種類混じっててて、そいつらに足を噛まれて……」
「複数呪いも受けてますね。おそらく三種類……ああ、確かに足の傷が一番ひどいわ」
シェリーは負傷兵のズボンを切って傷をよく観察しながら言った。
「これはシャルトルーズさんの意見を聞いた方が良さそうです。衛兵さん、すぐに街にいるシャルトルーズさんを呼び戻してください」
「は、はいぃ!」
「ポーネルさん、シャルトルーズさんが来るまでに足の洗浄と鎮痛薬の投与をお願いします。私は呪いの解術を行います。それとイーオスさん」
シェリーは準備をしながら、唇を噛みしめているイーオスに言った。
「王都へ連れて行かずここへ運んだのは英断です。王都まで運んでいたら彼の命はもたなかったでしょう」
「それは……殿下の指示だったから」
「だとしても無事にここまで送り届けてくれた。十分です」
イーオスは何も言わず、片手で顔を覆った。
シェリーはポーネルの処置の準備を手伝ったあと、呪いの解術に取りかかる。
三種類とは少々厄介だが、これなら一般の医療魔法で十分対応できそうだ。シェリーは落ち着いて、一つ一つ着実に呪いを解いていく。
そして、シェリーが呪いを解き終えたころ、シャルトルーズが医務室に戻ってきた。
「経緯は聞いた。容体は?」
「呪いを受けていたので今そちらは解術しました。あとは足の傷を診てもらえますか」
ポーネルが足の傷口に貼っていたガーゼを外す。シャルトルーズは丁寧に傷口を確認して言った。
「命を確実に救うなら、足は切り落とした方がいいな」
シャルトルーズはあっさりと言い切った。シェリーも同じ意見だった。
しかし、これに納得できないのはイーオスだ。
「何で!? 足を切り落とすなんて、そんなことしたらこいつはもう戦えなくなる! それじゃあんまりだ。傷を縫ってくれれば治るんじゃないのか!?」
「いや、これは縫い合わせてもじきに腐るだろう。そうなれば全身に毒が回る」
「そんなっ、毒なんて薬でなんとか」
「毒をどうにかできても損傷が激しすぎるんじゃ。そもそも縫うことすら難しい。もしできるとすれば……」
そこでイーオスがハッとシェリーの顔を見た。
「そうだ、エヴァレット嬢。あなたの古代魔法ならなんとか治せるんじゃないですか」
「私の古代魔法はまだ安定しているとは言えません。リスクが高すぎます。確実に彼の命を救うためには、シャルトルーズさんの言う通りにした方がいいと思います」
「でも戦士にとって足を無くすことは、命を無くすことと同じなんだ。頼む!」
シェリーとて古代魔法を使いたくないわけではない。むしろ古代魔法を使って治療してみたいという思いもある。ただリスクが高いと分かっていて、人の命はかけられない。興味本位でやっていいことではないのだ。
黙っているシェリーに業を煮やしたのか、イーオスは今度はシャルトルーズに懇願の眼差しを向けた。
シャルトルーズに言ったところで同じ意見だろう。とシェリーは思ったのだが。
「やってみろ。小娘」
「え?」
「あんたの力量はわしもよく分かっておる。そんじょそこらの医術師が一般医療魔法をやるよりよっぽど安定しておるわい」
「シャルトルーズさん……でも」
「初めての治療というのはわしでも不安じゃ。だがあんたは一人でやるわけじゃない。わしらも一般医療魔法で補佐する」
シャルトルーズはパンパンと手を叩いた。
「さあ、早く始めるぞ。時間との勝負になる」
声を張り上げたシャルトルーズはポーネルの方を振り返った。
「お前はシェリーが治療している間、負傷兵の全身魔力の流れを管理してやれ。一定時間たったらわしと交代じゃ」
「分かりました」
シャルトルーズとポーネルはすでに動き出してしまった。こうなったらシェリーもやるしかない。
シェリーは再度傷の具合をよく確認する。そして深く深呼吸をしたのち、負傷兵の足に手をかざした。古代魔法の詠唱をはじめる。
シェリーのサファイヤの瞳が、淡く発光しはじめた。
治療は順調だった。時間はかかりそうだが、誰の目にもはっきり分かるほどに傷が回復していく。
周りにいる者たちは、脇目もふらず治療に集中しているシェリーの姿を魅入られたように見つめていた。
「すごいですね。古代魔法って」
ラセットがシャルトルーズにぼそりとつぶやいた。
「確かに古代魔法はすごいが、本当にすごいのはあの小娘じゃ。古代魔法は人体の組織を修復することができる。ただ術者に知識がなければ無用の長物じゃ。骨の構造、血管や神経の走行、そういったものを把握しておらねば元の姿に修復することはできん。下手をすれば足から手が生えてくるやもしれん」
「ということは、シェリー様はそれら全てが頭に入っていると」
「そういうことだ。あの歳で末恐ろしいことよ」
「シャルトルーズさんも人を褒めることがあるんですね」
「ふん。わしは事実を言っただけじゃ」
その後、負傷兵の治療は深夜まで続いた。
次回、長い治療でクタクタになったシェリーの元にクロムが現れて……




