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令嬢対決

 シェリーが声の聞こえた方へ歩いていくと、廊下の角を曲がってすぐところで、三人の令嬢が腕を組んで誰かを囲んでいるのに出くわした。


「あなた、よくそんな恰好で来られたわね。パーティの品位を下げるとは思わなくって?」


 三人のうちの一人が声を張り上げた。


「すみません。でも私、これ以上良いドレスを持っていなくて」


 囲まれている人物の方も貴族の令嬢のようで、栗色の髪をしたおとなしそうな女性である。


「あなた、ただでさえ薄ぼけた髪色なんだから、お金を借りてでもドレスは良いものを用意しなさいよ」

「ほんとよ、そんな恰好で来られたら、このパーティに参加している私たちの格まで低く見られてしまうわ」


 どこかで聞いたことのあるセリフだなとシェリーは思った。どこへ行っても、他人を蔑む人間はいるらしい。


(それはそうよね)


 この国では黒髪が重宝される気風があるから自分は蔑まれないだけで、結局はまた別の人間が虐げられるだけなのだ。きっとそれはどこの国へ行っても変わらない。


 さて、シェリーの立場としてはこのまま見て見ぬふりをしたとて、誰に咎められることもないだろう。彼女たちは名も知らぬ赤の他人だ。事情も良く知らぬのに首を突っ込んで良いことなどない。何も見なかったことにして先ほどのソファに戻るのが一番無難で賢い選択といえる。

 しかしそれが分かっていても、シェリーは、とてもこのままソファに座ってじっとしていられそうになかった。たとえ自分が言われているのでなくても、嫌味や暴言を聞くのは辛いものだ。

 少し迷いながらも、シェリーは腕を組んでいる三人に近づいた。


「あの、すみません。どうかされましたか? 大きな声が聞こえてきたので気になってしまって……」


 とにかく第三者が聞いていると知れば、いじめている彼女たちもさすがに外聞を気にして引き下がるだろう。そう思ってシェリーは声をかけてみた。すると声をかけられた三人は品定めするような目でシェリーを睨みつけた。


「何? あなたどなたですの。見ない顔ですわね」

「これは申し遅れました。シェリー・エヴァレットと申します」

「エヴァレット? ……ああ、平民からエヴァレット家の養女になったっていう女ね」


 シェリーはベルゼーヌ家の人間だったことを隠すため、元は平民ということになっていた。


「やだあ、格式の高いパーティに平民が紛れ込んでいるなんて信じられないわ」

「ほんとね。すぐに公爵様にお知らせしなきゃ。ドブネズミが紛れ込んでますって」


 どうやら彼女たちの標的はシェリーに移ってしまったらしい。これだから他人事に首を突っ込むのはよくないのだ。


「あなたの噂は聞きましてよ、エヴァレット嬢。殿下に色目を使って婚約までこぎつけたとか。ちょっと美人だからって、よくもまあ元平民がぬけぬけと」


 三人の令嬢たちは嬉々とした様子でシェリーへの暴言を繰り出してくる。

 ただ、シェリーにとっては、むしろこちらの方がやりやすいと思った。シェリーは三人ににっこり微笑んで言う。


「あら、ドブネズミでもちょっとは美人だと思って頂けたのですね。光栄です」

「なっ! そういうことを言ってるんじゃありませんわよ! まったく。どうせあなた汚い手を使って殿下に近づいたんでしょう。でなければ殿下があなたなんかに気を許すはずありませんもの」

「私自身は色目も汚い手も使った覚えはありませんが……、確かに殿下には大変よくしていただいております」

「はっ、何それ自慢? それともあなたの妄想? きっととんだ虚言癖があるのね。噂ではあなた、古代魔法が使えるなんて言っているそうだけど、どうせその話も殿下に取り入るためのでまかせなんでしょう。古代魔法ならきっとわたくしの方が知識があるわ。使えなくても教養としてはしっかり学んでおりますもの」


 古代魔法という言葉が出た瞬間、シェリーの耳がピクリと動いた。


「あなたは古代魔法についてお詳しいのですか?」

「ええ、もちろんよ。いつでも王家に嫁げるよう幼いころから古代魔法についても学んーー」


 令嬢が話している途中で、シェリーは令嬢の手をとって、ずいと顔を寄せた。


「そうなのですね! まさかこんなところで古代魔法について造詣の深い方とお会いできるなんて! 実は私、古代魔法について話せる人がほとんどいなくて寂しいと思っていたところなのです。あんなに素晴らしいものなのに、みなさんあまり興味がないのか私が話をすると逃げてしまわれて」


 シェリーの勢いに令嬢たちの顔が引きつりはじめていたが、シェリーは構わず続ける。


「最初は私も古代魔法の構文があまりに難しくて読み解きに苦労しましたが、でも少しわかってくるとその美しさにすっかり魅了されてしまいました。そもそも古代魔法は論理的構造になっていない構文が多いですよね。そう、どちらかと言えば詩に近いのです。だから抽象的で意味が幾通りにもとれるようなところがあって理解しにくいですが、だからこそ芸術的で奥が深くーー」


 とシェリーが語っていると、手を握っている令嬢がなぜかどんどん後ずさっていく。


「あら、どうされました? あなたも古代魔法についてお詳しいのですよね。だったらぜひあなたの意見もお聞きしたいわ。あ、よろしければ向こうで座ってゆっくりお話を? こんなところで立ち話もなんですものね」

「……い、いや、もういいわよっ。あああー、そういえば、わたくしみなさまにご挨拶に行かなければならないのでした」


 ごめんあそばせっ、と令嬢はシェリーの手を振り払うと、連れの二人と一緒にパーティ会場の方へ行ってしまった。


「…………いけない。途中から我を忘れてしまっていたわ」


 古代魔法のことになるとつい熱くなりすぎるシェリー。結果的には意地悪な令嬢を追い払えたのでよかったが、やはり古代魔法の話ができる相手はそう簡単に見つからないのだということを痛感し、少し寂しさを覚えた。


(やっぱり古代魔法の話を聞いてくださるのは殿下だけね)


 そういえば、さすがにそろそろクロムも会場に来ている頃だろう。

 シェリーは会場に戻ろうとして、栗毛の令嬢と目が合った。


「あのっ。ありがとうございました。助けてくださって」

「あ、いえ。私は何も」

「すごいです。クロム殿下の婚約者様が稀代の才女だというお話は本当だったのですね」


 稀代の才女? 先ほどは色目を使った女などと言われていた気もするが。まあ噂など言いたい人たちの間で言いたいように変化していくものなのだろう。


「私はあまり魔法が得意ではないので、シェリー様のように古代魔法まで使いこなせる方は本当に尊敬します」

「私はたまたま使えたというだけで、決して才女などではないですよ」

「そんなことありません。先ほどのお話も、私は半分もわかりませんでしたが、素晴らしかったです。あのもしよろしければ、また今度お茶でもいかがでしょう。シェリー様のお話もっとお聞きしたいです」


 なんと。まさかお茶に誘ってもらえるとは思っていなかった。


「ええ、ぜひ。私でよければ、ぜひお茶しましょう!」

「ありがとうございます。私はアイリス・ドナープルと申します。シェリー様とのお茶会楽しみです」


 こうしてシェリーは新しくできた友人、アイリスとパーティ会場へ戻った。

 

次回、やっとクロムと再会できたシェリーは外へ連れ出され……?

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