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公爵家のパーティ

 シェリーが古代魔法の適性者として覚醒したことは、ハイドレンジアの人々をひどく驚かせた。

 王族以外に古代魔法の適性者が現れたのは、実に三百年ぶりのことであったからだ。


「あんな小娘が適性者だったとはな」


 医務室でシャルトルーズがぼそりとつぶやいた。すると弟子のポーネルが興奮気味に言う。


「すごいですね、シェリーさん。古代の医療魔法って死んだ人を蘇らせちゃったりできるんでしょ? もう神じゃないですか」

「バカもん、そんなことできるか。古代魔法だって万能じゃあないんだ」

「え、そうなんですか。でもいいなあ。古代医療魔法を使えるなんてカッコいいですよね。僕も使えたらなあ」


 シャルトルーズとポーネルがこんな話をしている医務室の奥で、シェリーは一人、古代医療魔法の読み解きと実践に明け暮れていた。

 久しぶりに現れた適合者に周りがどれほど騒ぎ立てようと、当人のシェリーはいたって落ち着いたものだった。というより、シェリーとしては貴重な古代遺跡でも発掘したような気分で、今はその発掘に夢中なのだ。自分がすごいとかすごくないとかそんなことより、古代魔法のことを知りたいという欲求で頭がいっぱいなのである。


「んふ。んふふ」


 シャルトルーズとポーネルは、医務室の奥からときおり聞こえてくる怪しげな声にもすっかり慣れ、シェリーをそっと見守っているのだった。




 夕刻、シェリーが自室へ戻ろうと回廊を歩いていると、誰かの視線を感じた。足を止めて辺りを見回してみる。すると木の影からこちらを見ている男がいた。イーオスだ。


(あ、また)


 イーオスはまるで半分怯えながら半分威嚇してくる犬のように、シェリーを木陰から睨んでいる。

 ラセットの解説によると、イーオスはシェリーがクロムと同じく古代魔法の適性者だったことである種尊敬の念を抱いているらしく、ただ一方でまだ『王の番』ということは認めたくない気持ちもあり、そのこんがらがった感情がこの「半分怯えながら半分威嚇する犬」のような行動を引き起こしているとのことだった。


(もっと近くに来てくれればお話もできるのだけど)


 こう遠巻きにされていてはどうしようもない。まあ何か嫌がらせをされるわけでもないので、いずれ彼が心を許してくれるまでそっとしておくしかないようだ。


「シェリー?」


 シェリーが再び歩き出そうとしたとき後ろから名を呼ばれた。振り返ると、クロムが首を傾げてこちらを見ていた。


「どうしたんだ? ぼうっとして。何かいたのか?」

「あ、いえ。可愛らしい子犬がいた気がしたのですが、気のせいでした。クロム殿下は今お帰りですか?」

「ああ。今日の魔物討伐は案外早く終わったんだ。それで、あなたに会いに来た」

「そうでしたか。お疲れのところ、わざわざありがとうございます」

「古代魔法の勉強の方はどうだ?」

「殿下にいただいた辞書のおかげで順調です」

「そうか、それはよかった。古代魔法の勉強まで加わって疲れていると思うが、一つ頼みたいことがあるんだ」

「私にですか?」

「ああ。実は今度キンバリー公爵がパーティを開くことになったんだが、そのパーティに私の婚約者として一緒に出てもらえないだろうか」


 この国で社交の場に出るのは初めてだ。ちょうど屋敷以外の人間とも交流したいと思っていたのでこれは嬉しい誘いである。


「もちろん私でよろしければお供いたします」

「そうか、ありがとう。ドレスや装飾品は後日用意させよう」


 クロムはなんだかご機嫌な様子だ。

 

「ところでクロム殿下。古代魔法のことについて教えていただきたいことがあるのですが」


 このあと、シェリーはたっぷり古代魔法のことについてクロムに話を聞いてもらったのだった。



 

 そしていよいよパーティの日がやってきた。

 本当はクロムとともに公爵家の屋敷へ向かう予定だったのだが、急遽、公爵邸で対魔遠征の会議が入ったらしくクロムはひと足先に公爵邸に行くことになった。

 ということでシェリーは一人で公爵邸にやってきた。


「シェリー・エヴァレット様ですね。お待ちしておりました」


 侍女に案内されパーティ会場に入る。

 すでに会場には大勢の人が集まっていた。

 とりあえずまずは先に来ているクロムを探そうとシェリーが会場内を歩いていると、なんだか会場内がざわめきはじめた。出席者たちが、みんなちらちらシェリーを見ている。

 今日、シェリーはクロムが用意してくれたドレスを着ていた。薄くて柔らかい白銀の生地を使ったドレスは、ダイヤモンドとクリスタルをふんだんに使った意匠で、華奢なシェリーに似合う繊細で品の良い仕上がりになっている。


「ちょっとあの方見て。とっても素敵よ」

「ほんと。なんて美しい黒髪なの。白銀のドレスに映えるわね」


 ヘリオドールの社交界では忌まわしい黒髪の令嬢と揶揄されパーティでは壁の花になるしかなかったシェリー。だがここでは人々の見る目は百八十度違うようだ。周りの人たちが好意的な目で自分のことを見ていることは、さすがにシェリーも気づいていた。ただこれほど見られ方が違うと、褒められて嬉しいというより驚きの感情の方が大きい。

 文化の違いでこうも人の対応が変わるのかとシェリーが感慨にふけっていると、会場にいた男性の一人がシェリーに声をかけてきた。


「失礼ですが、あなた様のお名前を拝聴してもよろしいでしょうか。私はビリー・グレゴリックと申します」

「これはお初にお目にかかります、グレゴリック様。私は、シェリー・エヴァレットと申します。以後どうぞお見知りおきを」

「エヴァレット家のご令嬢でしたか。先ほどからあなたのお美しい姿に目を奪われておりました。よければ向こうでゆっくりお話でも」


 一人でいたので声をかけてくれたのだろう。しかし婚約者がいる身で他の男性と二人きりにはなれない。


「申し訳ありません。婚約者がもうすぐ参りますので……」

「そうでしたか。それは残念です」


 気を遣わせて申し訳ない、とシェリーが男の後姿を眺めていると、また後ろから声をかけられた。振り返ると今度は数人の男性がシェリーを見つめていた。


「今のお話聞こえてしまったのですが、よければご婚約者の方が来られるまでの間だけでも、僕と一緒に過ごしませんか」

「なら僕も混ぜて頂きたいですね。あちらに広いソファがありますから皆でお話しましょう」


 さらに、遠くからこちらを見ていた男性たちまでもがぞろぞろ集まってくる。いったい何が起こっているのか分からなかったが、これはなんだかまずいとシェリーは思った。早くクロムが来てくれればいいのだが、見渡したところまだ会場には来ていないようだ。


「あの……みなさん申し訳ありませんが、そういえばわたくし公爵様に呼ばれていたのを忘れておりました」


 失礼いたします。とシェリーは無理やり話を切り上げ、急いで会場の外へ出た。人気のなさそうなところへ移動し、息を整える。

 

(この国の男性、積極的すぎないかしら)


 婚約者がいると言っているのにお構いなしに誘ってくる。これも文化の違いというものなのだろうか。


「ラセット様はそんなこと言ってなかったけど」


 なんにしてもクロムが来るまではあまり人のいないところで静かにしているのがいいかもしれない。

 シェリーが居場所を探して彷徨っていると、広い廊下にちょうど休憩するのに良さそうなソファが置いてあった。しばらくここで座って静かに待っていっていよう、とシェリーが腰を下ろしかけた瞬間、女性の大きな声が聞こえてきた。



次回、令嬢同士のいざこざに出くわしたシェリー。はたして彼女はどんな行動に出るのでしょうか。

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