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覚醒

 今日はラセットにハイドレンジアのしきたりや文化について教えてもらっていた。お昼になったので、ラセットと一緒に食堂へ向かっていると、遠くから大きな声で名を呼ばれた。


「シェリー・エヴァレット嬢はどこだ!」


 若い男の声のようだが、聞きなれない声だ。

 シェリーがどこから聞こえるのだろうと周囲を見渡すと、回廊の先からその青男は現れた。赤茶色の髪でなんとなく犬を彷彿とさせる青男だ。


「あ! 黒髪の令嬢!」


 そう叫んだ青男が急にこちらへ向かって駆けてきた。ぎょっとしたシェリーだが、ラセットがさっと前に出てくれる。


「こら、女性に向かって失礼でしょう。イーオス」

「そんなことを気にしてる場合じゃないだろラセット。『王の番』が見つかったって本当なのか? 俺は認めないぞ」

「君が認める認めないは関係ない。クロム殿下がお決めになることです」

「それはそうだけど! クロム殿下の妃は俺が見つけるって、殿下ともそう約束したんだ」


 言いつのるイーオスに、ラセットは何も言わず深い溜め息を吐き出した。


「すみませんシェリー様。彼が以前お話したクロム殿下の側近、イーオス・グーズレイです。イーオス、こちらがクロム殿下と婚約なされたシェリー・エヴァレット様です」

「シェリー・エヴァレットです。どうぞお見知りおきを」


 あいさつするシェリーを、イーオスはじっと見つめていた。


「くっ、確かに美人…………だが! 俺は認めません。あなたが『王の番』だなんて絶対認めませんから!」


 イーオスはそれだけ言い残すと、逃げるようにして走り去っていった。

 ラセットがやれやれといった様子で肩を落とす。


「あいつ戦闘能力だけは群を抜いて優秀なんですが、まだ十七になったばかりだからか、いかんせん精神が子どものままというかバカというか」

「彼が『王の番』を探すとおっしゃっていたのは?」

「クロム殿下の妃がなかなか決まらなかったので、イーオスがお相手になりそうな女性を探し回っていたんです。この前も別件の仕事ついでに王都で『王の番』を探すと息巻いてまして」

「そうだったのですか」

「たぶん彼がいない間に本物の『王の番』が見つかったものだから、不貞腐れているんですよ。しばらくすれば落ち着くと思います。根が単純なので」


 シェリーはその後、ラセット一緒に食堂で昼食をとりながら、さらにイーオスについて詳しく聞いた。

 イーオスは昔からクロムのことをとても慕っていて、もはや崇拝といっても過言ではないほどらしい。それでクロムのことになるとつい熱くなりすぎてしまうということらしい。


「クロム殿下は慕われているんですね」


 シェリーがしみじみと言うと、ラセットは苦笑する。


「戦闘バカのイーオスにとってクロム殿下は憧れなんです。殿下はお強いですからね。といっても二人の戦闘スタイルは全然違うんですけどけど」

「そういえば私を助けてくださったときも、殿下はあの炎狼の群れをたった一人で追い払ってくださいました」

「そうでしたね。殿下はよく護衛をつけずにふらっと出て行ってしまわれるんですよ。まあ戦闘系の古代魔法をあらかた使いこなしてらっしゃるので、護衛なんか必要ないのは分かっているんですが」

「古代魔法を使いこなしてらっしゃるのですか……」

「ええ、殿下は魔法を操る技能に関して歴代王族の中でも飛び抜けてらっしゃいます。ちょっと異質なくらいですよ。それに魔法だけではありません。殿下はなかなかの頭脳プレーヤーでしてね。魔物にも知能の高いものはいますから、そういった相手との頭脳戦は見ものですよ。僕も殿下と一緒に戦略を練るのはいつもワクワクします。殿下って一見淡白そうな性格の割にけっこう遊び好きというか、ユーモアがあるというか、そういうのが策に出るんですよね」


 ラセットはくくっと嬉しそうに笑う。彼もイーオスに負けず劣らずクロムのことが大好きなようだ。




 昼食を終えたシェリーとラセットは再び書庫へ向かった。

 ラセットが午後の授業の準備をするというのでシェリーはその間、書庫の中の本を見てまわっていた。


(クロム様は古代魔法を使いこなしてらっしゃるのね)


 難解と言われる古代魔法。適性があるとはいえ、それを使いこなせるようになるまでどれほど努力をしたのだろう。

 そんなことを考えていると自然と足が古代魔法の棚に向かっていた。


(私も古代の医療魔法がどんなものか見てみたい)


 遠い過去に滅びたと思っていた魔法。自分で使えなくとも、その本を手にできるだけで感慨深いものがある。

 シェリーは古代医療魔法の本をそっと開いた。


「これは……予想以上ね。辞書がなければとても理解できない」


 それでも、シェリーはなんとか読めそうな箇所の詠唱をなぞってみる。


「エンヘル パル ベトヘスカ。パロ ユト……やっぱり詠唱するのも難しいわね」


 シェリーがパタンと本を閉じたとき、ラセットの声が聞こえた。


「あ、ここにいらっしゃいましたか。シェリー……さ……」


 シェリーと目があったラセットの顔色がさっと変わった。


「ラセット様?」


 シェリーが首を傾げると、ラセットに肩を強く掴まれた。


「シェリー様! 今何を! 何をされていました!?」

「何って、古代魔法の本を読んでいて……少し詠唱の練習を」

「……! シェリー様こちらへ」


 今度は腕を掴まれ無理やり引っ張られる。


「な、あの……どうしたのですか?」

「ご覧下さい。ご自分の姿を!」


 言われてシェリーは窓ガラスに写った自分の姿を見る。


「目が……ラセット様、これはいったい?」

「古代魔法は発現時に術者の身体に変化をもたらします。それが瞳の、虹彩の発光」


 シェリーは初めて会ったときのクロムの姿を思い出した。確かに彼の瞳も黄金に光っていた。


「そして瞳が発光したということは、シェリー様。あなたには古代魔法の術者としての適性があるということです」

次回は屋敷を飛び出して、ハイドレンジアの社交界へ。

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