夜のティータイム
シャルトルーズに許しを得てからというもの、シェリーはすっかり医務室に入り浸るようになっていた。
「シャルトルーズ様、これはどうやって乾かすのが一番いいのですか? あ、そうだシャルトルーズ様、シラトルの実って魔法皮膚炎に実際のところどれくらい効くのでしょう? そういえばシャルトルーズ――」
「ええい、うるさい。わしは咳止めを作らにゃならんのだ。邪魔するな」
「咳止めですか。それならもう作っておきましたよ」
「何!?」
「先ほど棚を確認して少なくなっていたので。今回は多めに作っておきました」
「作ったって……あんたさっき来たところじゃないか」
シャルトルーズは信じられないという様子で戸棚を開ける。するとシェリーの言った通り、咳止め薬はすでに十分な量が補充されていた。
「はぁぇ……」
シャルトルーズが魂の抜けたような声をもらしている後ろで、シェリーはシャルトルーズへの質問攻めを再開していた。そしてそんなシェリーを見つめながら、ポーネルが「すんげぇ」とつぶやいているのも、すでに医務室でのお馴染みの光景となっていた。
「分かった。分かったから。一度その口を閉じろ小娘。そしてわしに様づけするな。気持ち悪い」
シャルトルーズは相変わらず口が悪かったが、シェリーが予想していた通り医療魔法の腕はピカイチだった。
(こんな医術師に師事できるなんて、幸運だわ)
シェリーにとっては口の悪さなど取るに足らないことだった。そんなことより、いかに早く正確にシャルトルーズから知識と技術を学び取るか。そのことしか頭になかった。だからつい、シャルトルーズを質問攻めにしてしまうのである。
「こうしつこくてはかなわん……おい小娘、薬草園でシラトルを採ってこい。そうしたら魔法皮膚炎の薬について教えてやる」
「本当ですか? ありがとうございます」
こうしてシェリーは今日も存分に学び、充実した一日を過ごしたのだった。
夜。風呂と食事を済ませたシェリーは、自室でゆっくり過ごしていた。
すると、ドアをたたく音が聞こえた。
「入ってもいいか?」
この声はクロムだ。
シェリーは急いで入口まで行ってドアを開ける。
「どうされたのですか? 殿下」
「あなたと話がしたいと思って」
クロムは部屋着だろうか、ゆったりした衣装を身にまとっている。そんな彼は、ティーポットやカップなどを乗せた台車を押していた。
(なぜメイドに頼まずに?)
困惑しているシェリーに構わず、クロムは台車を押して部屋の中へ入ってくる。
「あ、あの……」
「さあ、そんなところで立ってないで。こちらへ」
クロムはあっという間に、テーブルの上に茶の用意を整えてしまった。香り豊かなダージリンティーに、まるで宝石のように艶めく林檎のタルトまである。
呆然としていたシェリーはクロムに肩を抱かれソファに腰かけさせられる。
「言ってくだされば、こちらで用意しましたのに」
「それじゃ意味がない。このタルトは、あなたに感謝の意を伝えるために作ったんだから」
「感謝?」
「屋敷の者たちのためにたくさん薬を作ってくれていたからな。その礼だ」
「そんな礼だなんて……。しかもまさか殿下自ら作って下さったのですか?」
「何を驚いている。あなただって屋敷の者たちのために、自ら薬を作ってくれているじゃないか」
確かにそうだけれど、クロムは王太子殿下だ。礼の言葉をもらえるだけで十分すぎるくらいなのに、さらに手作りの菓子まで頂いては恐縮だ。
シェリーがどうしたものかと固まっていると、クロムはシェリーの隣に腰かけ言った。
「この屋敷の主人として、あなたが屋敷の者たちのために心を砕いてくれたことが嬉しいんだ」
クロムはそっと彼女の手を取る。その瞬間、シェリーは自分の手のあまりにひどい状態にハッとした。薬草のせいで指先や爪が薄黒く染まっていたのだ。
「あ……申し訳ありません。こんな汚い手をお見せしてしまって」
令嬢の手が薄黒く染まっているなんて品位を疑われても仕方ない。淑女としては間違いなく失格だ。
だが、そんなシェリーの手を、クロムは優しく撫でながら言った。
「綺麗な手だ。この色はあなたの努力の証なんだから」
思いがけない言葉に、シェリーはただ黙って目を瞬かせた。
今ままでの人生で、こんなふうに慈しみの言葉をかけられたことはなかった。自分の努力を誰かが認めてくれるなんて想像もしていなかった。
だからこんなとき、なんと言って返せばいいのかわからない。
ただうつむいたら目から何かがこぼれそうで、シェリーはろうそくの火を見るふりをしてそっと目をそらした。
クロムはそんなシェリーの心中に気づいているのだろうか。そっと手を離して前に向き直ると明るい声で言った。
「さあ、せっかく淹れた茶が冷めないうちにいただこうじゃないか」
クロムが林檎のタルトを切り分け、シェリーに勧めてくれる。シェリーはなんだか胸が詰まってとても食べ物が喉を通る気はしなかったが、わざわざクロムが作ってきてくれたタルトを食べないわけにもいかない。
おずとフォークを握ると、小さく林檎のタルトを切る。そしてそのタルトを口に入れた瞬間、シェリーは何も考えられなくなった。甘くてとろとろの林檎が舌の上でとけていくにつれ、思考までとかされるようだ。
「……おいしい。すごくおいしいです」
「そうか。よかった」
満足そうにうなずいたクロムも自分の分のタルトを食べ始める。
「こんなおいしいタルトはじめてです。どうやって作られたのですか?」
「それは秘密だ」
タルトを頬張りながらクロムが得意げに微笑んで見せる。
「実は私は昔から甘いものが好きなんだ。そのうち料理人に作らせるだけでは満足できなくなってな。自分でも作るようになった」
「そうだったのですね。甘いものがお好きというのは、少し意外です」
「ああ、よく言われる。そもそも食に興味がなさそうだとな。だが、まったくそんなことはない。わりと好みははっきりしている方だし、特にデザートにはうるさいぞ」
「まあ。どんなこだわりをもってらっしゃるのですか?」
クロムはデザートづくりに対する思いをまるでベテラン料理人のごとく熱く語ってくれた。その他にも自分の好きな食べ物や、屋敷の者たちとの面白いエピソードなど、いろんなことを話してくれる。クロムに初めて会ったときは冷たく怖い人なのかと思っていたシェリーだが、こうしてゆっくり話をしてずいぶん印象が変わった。普段、無表情で淡々とした物言いだから分かりにくいだけで、実は人一倍思いやりがあってこんなふうに親しみやすい一面もある人なのだ。
(屋敷の者たちから慕われるのもよく分かるわ)
シェリーは時間も忘れてクロムとの他愛ない話を楽しんでいた。そのうちすっかり夜も更け、窓の外でフクロウがほうと鳴いた。
「さて、そろそろ戻るとしようか」
クロムが立ち上がった。シェリーも後に続いてドアまで見送りに行く。
「今夜は、ありがとうございました。とても楽しい時間でした」
「ああ。私もだ」
そう言いながら振り返ったクロムが、シェリーの髪を優しくすくって口づけをする。
「まあ本音を言えば、このまま朝まで一緒にいたいところだが……。一年後までおあずけだな」
そう言ってふっと微笑むと、クロムは部屋から出て行った。
次回、クロムのもう一人の側近が登場します。シェリーに初めて会った彼はどんな反応をするのでしょうか…




