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お薬づくりの時間です

 薬の材料集めを開始したシェリーはまず、庭師に頼んで花壇の花と蜜蝋をもらいに行った。あとは林に入って、必要なものを自分で探す。


「あったあった」


 シェリーが見つけたのはカカと呼ばれる低木だ。この国では比較的どこにでも生える木で、脂肪分を多く含んだ種子ができる。シェリーはその種をいくつか採ってカゴに入れ、そのまま屋敷の厨房へ向かった。使用人たちに頼んで、厨房の一郭ともろもろの道具を使わせてもらう。

 まずは圧搾器の用意からだ。これは果物などを圧縮して果汁をとるものだが、今回はカカの種を入れる。手動で圧力をかけたのち魔法でも少し補助してしばらく待つ。するとカカの種からジワッとオイルが出てくる。十分な量がとれたら竈に火をつけ鍋の用意し、その鍋の中に蜜蝋と今搾り出したカカオイルを入れゆっくり溶かす。


「ふふ、んふふふふっ」


 シェリーはゆっくり鍋をかきまぜながら、愉快気な声をもらす。

 厨房にいた使用人たちが首をかしげてシェリーを見つめていた。ただこれくらいの反応ならまだマシである。ヘリオドールではもっと直接的な悪口を言われたりもした。ただでさえ不吉な黒髪の少女が笑い声をもらしながら薬を作っている光景は、それはそれは恐ろしく映ったのだろう。悪女だ魔女だと散々言われ、隠れてコソコソ薬を作らなくてはならないこともあった。

 でもここでは少なくとも隠れてコソコソする必要はなさそうである。

 

 さて、蜜蝋が溶けてきたら、頃合いをみて平べったい器に鍋の中身を注ぎ冷ましておく。その間に、庭師からもらってきた花の準備だ。


「んん、いい香り」


 この紫色の花は名をアズメールといい、甘くさわやかな香りがする。しかも花から抽出したエキスを傷口に塗ると炎症を抑え傷の治りを早める効果もある。そのアズメールの花をきれいに洗って、先ほど容器に移した蜜蝋とカカオイルの上に乗せ軽く馴染ませた。あとはアズメールの花と蜜蝋との親和性を高める補助魔法をかけ、アズメールの成分が蜜蝋に移るのを待つだけだ。

 シェリーは蜜蝋の入った容器を抱えると、小さく鼻歌を歌いながら自室へと戻った。




 翌日、シェリーはベキアを自室に呼び出した。


「御用ですか? シェリー様」


 シェリーはやってきたベキアに手のひらサイズの小瓶を渡した。ベキアは不思議そうにその小瓶を受け取る。


「シェリー様、あの……これはいったい?」

「開けてみて」


 ベキアは訝しげな様子で小瓶のふたを開け、中を覗く。


「まあ、良い香り……」

「保湿用の薬草クリームです。アズメールの花のエキスが入っているので、赤切れにもよく効きますよ」

「ひょっとしてシェリー様が作られたのですか?」

「はい。ベキアさんの手が赤切れで痛そうだったので、少しでも良くなればと」

「それでわざわざ……メイドの手など、あなた様が気になさることではありませんのに」

「いいえ、ベキアさんは恩人ですもの。私が初めてこの屋敷へ来たとき、あなたのおかげで私がどれほど救われたか」

「そんな……私はメイドとして当然のことをしたまでです……本当にこんな素敵なものを頂いてもいいのでしょうか」

「どうかもらってください。もしどうしても気が引けるというなら、他のメイドさんたちにも使わせてあげてください」


 ここまで言えば、さすがにベキアも納得してくれたようだ。ベキアは小瓶を大事そうに抱え、何度もお辞儀をしながら部屋を出ていった。



 それから数日後、シェリーの作る薬草クリームはメイドの間で大評判となり、次から次へと薬草クリームの作成依頼がくるようになっていた。


「シェリー様のお作りになった薬草クリームすごくいいわよね」

「私、他のお薬もありませんかってお尋ねしてしまったわ」


 そして、次第に薬草クリームだけでなく湿布薬や頭痛薬などいろんな薬の注文がくるようになった。


(みんないろいろと不調を抱えていたのね)


 シャルトルーズのところへ通うようになって分かったことだが、この屋敷の医務室は圧倒的に人手が足りていない。本来ならこれらの薬は医務室でもらえるはずだ。だが、シャルトルーズとポーネルだけではとても使用人の小さな不調まで手が回らないのだ。だから使用人たちは、赤切れ程度の薬であれば街医者のところまで出かけて行って薬をもらうしかなかった。ただそこまでして薬をもらうのが面倒な人も多く、赤切れや腰痛くらいならみんな我慢して仕事をしていた。そんなところへ新たに薬を作れるものが現れたのだ。まさにシェリーは救世主に見えただろう。


 かくしてシェリーは今日も厨房の一郭を借りて、薬づくりにいそしんでいた。すると急に厨房の中が騒がしくなった。

 シェリーが顔を上げると、ちょうど厨房に入ってきたところのクロムと目が合った。まさか殿下が厨房に現れるなど夢にも思っていなかったシェリーはその場で固まる。一方クロムはシェリーのそばまでやってくると、シェリーがかき混ぜていた鍋の中身を覗きながら言った。


「これは何を作っているんだ?」

「……これは、赤切れや腰痛で悩んでいるメイドさんたちの薬を作って……いました」

「そうか、メイドたちに薬を。それはみな喜んでいるだろう」


 そう言ったクロムの横顔は少し、ほんの少し微笑んでいるように見えた。


「こんなにたくさん大変だろうに。みなの代わりに礼を言う。ありがとう」

「とんでもありません。私が好きで作っているだけですから」

「しかし薬なら、医務室の方が作業しやすいのではないか? 私からシャルトルーズに頼んでみようか」

「いえ、それはどうかなさらないでください」


 殿下の命令ならさすがのシャルトルーズも従うだろう。でもそれはして欲しくなかった。


「……分かった。あなたがそう言うなら、私からは何も言わないでおこう。ただ、無理はしないように」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 シェリーが頭を下げると、クロムは厨房から出て行った。


(ふう)


 悪いことをしているわけではないのだが、この姿をクロムに見られるとは思っていなかったので驚いてしまった。それに何より驚いたのはクロムの表情だ。いつも無表情のクロムが微笑んでいたように見えた。


(クロム様も喜んでくださったということかしら)


 今まで薬を作っても感謝されることなんてなかったけれど、こうしてありがとうと言ってくれる人がいると薬作りもよけいに楽しくなるというものだ。

 若干の浮かれ気分でシェリーが薬作りに戻ると、今度は後ろからしわがれた声が聞こえてきた。

 今日はえらく訪問客が多いなと思いながらシェリーが振り返ると、そこに立っていたのはシャルトルーズだった。


「あ……シャルトルーズ様……」

「メイドの話を聞いて来てみれば。あんたまさか、こんな用具もなにも揃ってないようなところで薬を作っておるのか」

「……はい。あ、でも厨房の道具でもわりと代用できるものはありますし、使った後はきちんとーー」

「だとしても効率は悪いじゃろうが。こんなところで作るなら、医務室を使え」

「え……? 使って、いいのですか?」

「こんなところでコソコソされるくらいなら、わしの目の届くところでやられたほうがまだマシじゃ」

「あ、ありがとうございます!」

「勘違いするなよ。勝手なことをされてケガでもされたらわしが困るんじゃ。監視のために仕方なく医務室を使わせるだけだからな」

「はい。やっぱりシャルトルーズ様は優しい方でした」

「なっ……! あんたわしの話聞いておったか?」


 こうしてシェリーは晴れて医務室への出入りを許可されたのだった。

 

次回は、クロムとともに夜のひと時を過ごしたり……なお話になります。

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