シェリーの憂鬱
よろしくお願いします!
「お姉さま! お姉さまはどこ!? 早くきて!」
広い屋敷の廊下に、若い娘の金切り声が響いている。
シェリーは大声で呼びつけられ、妹の部屋へ向かった。
「どうしたのカナリア。そんなに大声を出して」
「どうしたのじゃありませんわ! 注文したリボンがまだ届かないのはなぜなの? お姉さま何とかしてよ」
「それは私にもどうにもできないわ。今週中には届くだろうから、もう少しーー」
「待てないから言ってるんでしょ! あ、分かった。お姉さまが隠してるのね。私が買ってもらったのを妬んでるんでしょ」
「私はそんなことしないわ」
「いいえ、絶対そうよ。ほんとにお姉さまって意地汚いのね」
「……そこまで言うなら、私の部屋から何でも好きなものを持っていきなさい」
「は? お姉さまのリボンが私に似合うと思ってるの? やだやめてよ。お姉さまのをつけるくらいなら、ない方がマシだわ」
妹のカナリアはアメジストの瞳にふんわり可愛らしいベージュ髪をした可憐な女の子だ。一方、シェリーはこの国では不吉の象徴といわれるカラスのように真っ黒な髪で、そのサファイアの瞳とあいまって全体的に陰気な印象だった。だからシェリーの持っている装飾品も必然的に地味なものが多いのは確かなのだが、そもそも可愛らしいデザインの物を買ってもすぐにカナリアが横取りしてしまうのだ。シェリーの持ち物がパッとしないものばかりになっているのは、ほぼカナリアのせいなのである。ただカナリア本人は自分の行いなど顧みる娘ではなかった。
「ああもう、どうしていつもお姉さまは私の気持ちわかってくれないのかしら。なんだか私、お姉さまと話しているとだんだん気分が悪くなってきたわ……はあ、お薬……いつものお薬持ってきて」
「カナリア、病気はもう治ったでしょ。あの薬は今のあなたには毒になるわ。薬より気持ちを落ち着けるハーブティーの方がいい」
「そんなの効かないわよ! 何でお薬くれないの? リボンのこともはぐらかしてばかりだし。お姉さまは、私が自分では何もできないからって見下してるのね。そうやって意地悪なこと言って楽しんでるんだわ……ひどい!」
「違うわ。薬は必要なーー」
「いいから早くいつものお薬持ってきてってば! お姉さまならすぐ作れるくせに、なんでそんなに意地悪なの? ほんとお姉さまって根っからの悪女なのね」
そう言って泣きじゃくる妹を前に、シェリーは深い溜息を吐き出した。
(いつまでこんなことが続くのかしら)
妹のカナリアは幼い頃、確かに身体が弱かった。だが、十五歳になった今ではすっかり健康体になっている。なのに精神だけは今でも他人に依存的で、特に昔から何かと世話を焼いてきた姉のシェリーに甘えっぱなし。自分の思い通りにならないと、こうしてすぐにかんしゃくを起こすのだった。
(いいかげん私も自分の人生を生きたい)
これまでのシェリーの人生は全て妹に捧げられてきたといっても過言ではなかった。母は昔からカナリアが体調を崩すたびパニックになりまともに看病できず、またメイドたちもカナリアの世話に辟易してどんどん辞めていき、結局シェリーが病弱な妹の面倒をみることになった。
最初はシェリーも身体の弱い妹を可哀想に思っていたし、なんとか良くなって欲しい一心で必死に看病した。そのうち独学で医療魔法の勉強もはじめたシェリーは、幸いにも医療魔法の才能があったらしく、ときには医術師の代わりにカナリアの治療を行うこともあった。やがてその腕はかかりつけの医術師たちからも一目置かれるほどになり、そんなシェリーのおかげでカナリアは病気を克服できたのだった。
ただカナリアは病気を克服したというのに、いまだにシェリーに甘えっぱなしで、今では姉をまるで召使のように扱うようになっている。
今まで我慢強く妹の面倒をみてきたシェリーだが、何事も限界というものがある。際限ないカナリアの我がまま振り回され、シェリーの心身はすり減る一方。それに、シェリーの努力を認めてくれるものがこの家に誰もいない、ということもまたシェリーを苦しめる一因になっていた。
シェリーがため息を吐き出して立ち上がったとき、一人の女が慌てて部屋に入ってきた。
「カナリア! ああ、可哀想なカナリア! こんなに泣いて。何があったの?」
そう言いながらカナリアのベッドに駆け寄ってきたのは、シェリーとカナリアの母、クラレットである。
「お母さま! ひどいの。お姉さまったら、私がしんどいって言ってるのに、意地悪ばかり言ってお薬を作ってくれないのよ」
「まあ、なんてこと! シェリー! あなたはいつもいつもどうして実の妹を虐めるの!?」
「私はカナリアを虐めているわけではありません。必要のない薬は毒になります。カナリアに必要なのはーー」
「口答えせず早く薬を作ってあげなさい。そういうところがシェリー、あなたの悪いところよ。小難しい話で誤魔化して、妹に意地悪ばかり。そんなだから社交界に出ても誰からも相手にしてもらえないの。あなたはまず見た目が良くないんだから、せめて性格くらい素直でいなくてどうするの」
はじまった。母のこの説教もいつものことだ。母は医療魔法のことは全く分からない。だからいくら説明しても理解してもらえず、母の目にシェリーは口答えばかりする困った娘としか写っていなかった。
「…………分かりました、お母様。すぐに薬を作って参りますので、一旦失礼します」
シェリーはこれ以上不毛なやりとりをしたくなくて、逃げるように妹の部屋から出た。
この家にシェリーの味方になってくれる家族はいない。わがままな妹に、理解のない母親。父親は家族に無関心で、考えているのは体面と金のことだけだ。
「私もどこかへ嫁ぐことができたら。こんな生活から解放されるのかしら」
今年二十歳になるシェリー。家柄もよく本来ならもっと早くどこかに嫁いでいるはずなのだが、シェリーはこれまで誰からも、どの家からも声をかけられたことはなかった。
一番の原因は彼女の黒髪である。この国ヘリオドールでは、昔から黒髪は不吉なものとされ忌み嫌われていた。たとえ家柄が良くても、そんな不吉な娘など嫁にしたいと思う者はいないのだ。せめて髪を染められればよかったかもしれないが、シェリーの髪は魔法抵抗力が強すぎてどうやっても他の色に染めることはできなかった。
「もう嫁ぐことは諦めて、いっそ医術師として独立しようかしら」
これまで身につけた医療魔法の知識。その知識を生かせば一人で生きていくことも可能かもしれない。
とそこまで考えて、シェリーは首を横に振った。
(ダメだわ。お父様がそんなこと絶対に許してくれるはずない)
父は何より貴族としての面子を気にする。娘が医術師になるなど絶対に許さない。何しろ、女は男の仕事に口出しするな、が口癖の人である。そもそも女が外へ出て仕事をするということに理解がないのだ。世の中では女の医術師も増えてきているというのに、父は自分が治療されるときにも絶対に女の医術師は受け付けなかった。そんな人が娘が医術師になることを許すはずがない。
「はあ」
考えても仕方のないことだが、ついついため息ばかりが出てしまう。
そんなシェリーだが、その夜、彼女は父から思いがけぬ話を聞かされることになる。
「シェリー、お前の嫁ぎ先が決まった」
次回、婚約相手とご対面です。はたしてシェリーの嫁入りはどうなるのか……




