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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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2-1 いらないなら売れよ……

 重たい鉄の扉を開くと埃っぽい空気が広がって、夷月は盛大にむせた。パタパタと手であおいで、空気を霧散させる。効果は微々たるものだと分かっていても、やらずにはいられない埃っぽさだった。


「何年放置されてるんだよ……」


 うんざりした気持ちになりながら、夷月は蔵に足を踏み入れた。とりあえず換気しようと奥まで歩いて行き、窓を開ける。風が吹き込んで、先ほどよりは空気が軽くなったような気がする。ほっと息を吐き出して後ろを振り返り、夷月は改めて倉の中を見渡した。


 蔵そのものは広いはずなのに、中はずいぶん狭く見える。視界の多くを奪っているのは天井付近まで伸びる巨大な棚。それが蔵の端から端まで並んでいる。

 

 そこには物という物が、これでもかとばかりに押し込められていた。いまにも雪崩を起こしそうな悲惨な状態だ。

 夷月の頬は引きつり、「ここから探すの?」とか細い声が漏れた。


 羽澤家の歴史は長い。

 なんて言われているが、具体的にいつから存在しているのか、きちんとした資料は残されていない。何代か前の当主が記録を全て燃やし、それ以降は記録を残すこと禁じたためだ。

 理由に関しては不明。


 羽澤家にはそういう不可思議な仕来りがいくつかある。その中でも特に根が深いのが双子に関するものだが、この仕来りに関してもおとぎ話のような真偽不明な伝承しか残っていない。

 それでも蔵だったら、何らかの資料が残っているのではないか。そんな期待を抱いて訪れたのだが、この様子では資料を見つけられるかどうかも怪しい。


 とりあえず夷月は一番近い棚に近づいた。天井まで続く大きな棚には、所狭しと箱が押し込められている。

 詰めた奴は整理という言葉を知らないらしい。入ればいいとばかりに、形も大きさも違う箱たちを押し込んだ様子はテトリスのようだ。

 本当にテトリスだったら綺麗に消えてくれたのだろうが、存在感を主張する箱達が消える様子はない。地震でよく落ちなかったものだと、もはや感心しながら夷月は棚をじっと見つめる。


 なんとか引っこ抜けそうな小さな箱を見つけ、夷月は慎重に引き抜いた。

 手に取った箱はすっかり劣化している。埃も払わず、換気もせずとなれば当然かと思いながら箱をあければ、茶碗が入っていた。そこら辺で売っている量産品みたいな雑さでしまわれていたが、鑑定を依頼したらかなりの額になることがわかる一品だ。高級品に囲まれて育った身だ。目利きには自信があった。

 だからこそ夷月は顔をしかめ、再び棚を見上げる。

 ぎっしり詰まった箱、箱、箱。おそらくこの中には、骨董品好きが目を輝かせる一品が、おそろしいほどの雑さでしまい込まれている。


「いらないなら売れよ……」

 思わず呟いたが、夷月も羽澤の血を引く人間だ。面倒くさかったのだろうと察しがついた。


 容姿、地位、名誉、金、歴史。全てを手に入れた一族なんて言われている羽澤家には、様々なものが集まってくる。

 それは今は亡き一族の誰かの収集物であったり、羽澤家と接点を持ちたがった者からの貢ぎ物であったりと様々だ。しかしながら、倉に押し込められた経緯は共通している。

 いらなくなったのである。


「整理したら、すごいもの出てきそう……」


 そう夷月は呟きながら倉の中を見渡したが、すぐに諦めた。倉の中の物を全て出すだけでも相当な時間がかかる。夷月は骨董品好きでもないし、整理整頓が趣味でもない。断捨離するなら自分の持ち物だけで十分。同じ一族とはいえ、名すらしらない故人の私物を片付けたいとは思えない。

 おそらく、今まで倉の惨状に気づいた者たちは全員、夷月と同じ結論に至ってそっと見なかったことにしたのだ。

 

 夷月も今までの人間に習って、開けた窓だけ閉めて立ち去ることにした。そもそも夷月の捜し物がここにあるという確証もない。

 蔵の換気をしにきただけだったなと肩を落としていると、上から子どもの声が振ってきた。


「あらら、調べるのやめちゃうの? 双子の呪いについて知りたかったんでしょ?」


 声のした方へと顔をあげれば、棚の上に子どもが腰掛けていた。

 夷月によくにた顔立ちの、人形のように美しい子どもだ。子どもは脚立がなければ登るにが難しい場所に、悠々と腰掛けている。

 正確にいえば、腰掛けるような体勢で浮いていた。お尻は棚板に腰掛ける位置に納まっているが、足は下の段の箱をすり抜けている。長い髪は物と重なっているせいで、箱の色と髪色の青が重なっていた。

 じっと見ていると目が痛くなりそうだ。夷月は自分の目をこすりながら、子ども――トキアの足下に近づいていく。


「トキア兄さんが教えてくれたら、それですむ話なんだけど」


 不満を大げさに表現し、夷月はトキアを見上げる。トキアは愉快そうに夷月を見下ろすと、棚から飛び降りた。八歳の子どもが飛び降りたらただではすまない高さだが、トキアは幽霊。重力なんて感じない体でふわりと浮き、夷月の元へとゆっくり降りてくる。


「それじゃつまらないでしょ」


 トキアはにんまり笑った。見た目は幼い子供だが、浮かべた表情は全く可愛くない。こちらを小馬鹿にして遊んでいる顔だ。

 不満そうな表情は効果がないと悟った夷月は、すぐに不機嫌な顔に切り替えた。その表情の変化をトキアは愉快そうに眺めている。


「この倉整理するだけで、俺の人生終わりそうなんだけど」

「そうだねえ。整理が終わったところで、目的が達成できるとも限らないしね」


 トキアはニコニコ笑う。その顔をじっと見つめて、夷月は眉間に皺を寄せた。

 トキアのいうことはもっともだ。羽澤では記録を残すことを禁じてているので、残っているとしたらバレないように隠すだろう。

 だが、羽澤の人間にそこまでして記録を残したいという、意欲にあふれた者がいるとは思えない。いたとしても巧妙に隠されているので、夷月には見つけられない。

 だから夷月が狙ったのは記録ともいえないものだ。日記だとかメモだとか、書いた本人も重要とは思っていないもの。そういうものであれば他の物に紛れて、蔵にしまわれていても不思議ではない。


 夷月はこの推測が外れているとは思わない。蔵の中を探せば日記の一冊や二冊は出てくると思っている。けれど、その日記に夷月の知りたい情報が書かれている保証はないし、この混沌とした蔵の中から日記を数冊見つけるのにどれほどの時間がかかるかは、考えたくもない。


「兄さん、蔵がこんな状態だって分かってたから、俺が蔵に行くの止めなかったんでしょ」


 夷月は目の前で浮いている幽霊を睨んだ。見た目は幼い子供の姿をしているが、生きていれば二十六歳。成人した大人だということを夷月は知っている。自分と半分血がつながった異母兄だということも、両親に説明された。

 だからなんの遠慮もなくトキアを睨み付ける。トキアは夷月の視線を受け止めて、にっこり笑った。


「僕は弟の自主性を重んじているからね。この中から頑張ってあるかどうかも分からない記録を探すっていうなら、止めはしないよ。手伝いもしない。っていうか、すりぬけるから出来ないけど」


 トキアはそういうとわざとらしく手を伸ばす。伸ばした手は棚に置かれていた木箱をすり抜けた。それを夷月に見せつけながらトキアは笑う。その姿を見て、夷月は不機嫌の表情を色濃くした。


「トキア兄さんが教えてくれたら、それですむ話じゃない?」

「なにいってるの。僕は八歳で死んだいたいけな少年だよ? 羽澤家の呪いのことなんて知らないよ」


 無邪気を装った完璧すぎる笑顔だ。そこら辺の人間だったらあっさり騙されてしまっただろう完成度。だけど夷月は嘘だと知っている。


「自分で言ったでしょ。僕は呪いを解くために死んだんだって」


 トキアの表情が変わる。笑みというのは同じだが、こちらを値踏みするような性質の悪いものだ。

 しかしそれは一瞬で掻き消えて、子どもらしい無邪気なものに変わる。


「覚えてないなー。僕、そんなこと言ったっけ?」


 そんな言葉と態度で夷月が誤魔化されるはずはない。それがわかっているのにトキアは笑う。堂々とした態度に舌打ちが漏れた。


「……兄って、もっと弟を可愛がってくれるものだと思ってた」

「可愛がってるでしょ。弟が知らなくて良いことに首を突っ込まないようにする。それも兄の愛だよ」


 トキアは両手を広げて笑って見せた。その笑顔はやっぱり彫刻のように整っていて、どこまでが本音でどこまでが建前なのか、夷月にはまるで見通せない。


「俺、もっと可愛くてチョロい兄が欲しかったな」

「……僕がいうのもなんだけど、君はもう少し本音を隠した方がいいよ」


 呆れ切った声を素通りし、今度こそ夷月は窓を閉めるために蔵の奥へと進む。トキアがついて来たかは分からない。なにしろ音がしないので。

 質量のない体は掴み所がなく、夷月はひっそり重い息を吐いた。

 

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