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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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1-5 ほんっとモテモテだねえ

 次の日学校に行くと、幽霊は当たり前の顔をして夷月の席に座っていた。挨拶してくるクラスメイトに適当に返しながら席に近づくと、幽霊は晴れやかな笑顔で夷月を見上げる。

 よけようという意思を感じない。


「夷月くん?」


 席の前で止まっていると、クラスメイトに不思議そうな顔をされた。「なんでもない」と答えながら椅子を引く。それでも幽霊は動かずにニヤニヤ笑っているので、上から座って潰してやろうと思ったのに、ひらりと避けられた。


「ひどいなー。いたいけな子供を押しつぶそうだなんて」


 見た目は小学生でも、この世に存在している年数でいったら夷月より年上だ。その理論でいったら俺に優しくすべきだろと思ったが、クラスメイトがいる手前口に出せない。それが分かっていて、幽霊はこういったイタズラをするのである。なんて性悪。


 思わずため息をつく。からかわれて喜ぶような性格はしていないので普通にうざい。朝からテンション下がるなと考えていると、クラスメイトが話しかけてきた。


「夷月くん、どうしたの? 体調悪いなら保健室に付き添おうか?」


 人の良い笑顔を浮かべながら、下心満載の声かけをしてきたのは渡辺わたなべ。下の名前は忘れた。羽澤、岡倉、綾小路の三家には入らないが、それなりに地位のある家の子だった気がする。

 自信にあふれた言動に伴う整った容姿をしているため、家柄関係なく異性に好かれている。クラス内女子ヒエラルキーの頂点だ。


 といっても夷月からすれば、量産型お嬢様の一人なので興味はない。なんなら羽澤家とお近づきになりたいという野心が見え見えなので、評価は低い。


「大丈夫。一人で行けるし」

「夷月くんになにかあったら、ご両親が心配するでしょ? 羽澤家の跡取り息子だもの」


 目を輝かせて渡辺は言う。保健室に行くまでの間に何かあるわけないだろと突っ込みたいが、会話するのも面倒くさくて曖昧な笑みを返す。

 頭上で幽霊が「モテモテだねー」と口笛を吹いているのが鬱陶しい。分かっていっているあたりが余計にだ。


 どうやって追い払おうかと考えながら、机に手を突っ込む。ガサリと何かが手に触れた。つい最近、似たようなものを触った覚えがある。まさかと思いながら引っ張り出す。


 出てきたのは「おまじない」と書かれた、桃色の可愛らしい封筒。昨日見つけて持ち帰った手紙と同じものだが、昨日の手紙は家にある。

 昨日から今朝までの間に誰かがもう一度、同じ手紙を入れたのだと気づいてゾッとする。どこにでもあるハートマークだと思ったが、実は心臓の暗喩だったりするのだろうか。お前の心臓は私のものみたいな意味だったら、泣いてしまう自信がある。


 確認の意味を込めて幽霊に視線を送ると、目を細めて口角を上げていた。その笑みの意味が分からなくて余計に怖い。

 手紙の存在に気づいたのも幽霊だ。新しい手紙が貼られていることにも気づいたうえで、堂々と席に座っていたのだとすれば意味が分からなくて怖い。見た目が可愛くても幽霊は幽霊なのだ。今更になって幽霊のことも怖くなってきた。

 

「それって両想いのおまじない?」


 手紙を持ったまま固まる夷月に、渡辺が声をかけてきた。先ほどよりも低い声音に顔をあげると、外行きの笑顔が消え、真剣な表情で手紙を凝視している。

 

「知ってるの?」

「うん。いま女子の間で流行ってる」


 そういいながら視線は手紙から離れない。つり上がった眉や目尻は、異性を意識して美しく整えていた表情よりも凜々しい。可愛らしさは薄れているが知性を感じさせる。

 こちらの方が素なのだろう。素の方が好みだなと夷月は思ったが、口に出したら面倒なことになりそうなので飲み込む。代わりに渡辺に向かって手紙を差し出した。


「昨日も同じ封筒が、天板の裏に貼り付けてあった」

「ってことは二通目? 昨日、今日で貼り付けたの?」


 口元に手を当てた渡辺が小声で「こわっ」と呟いた。その通りだと思う。渡辺に対して少し親近感がわいた。

 渡辺は夷月から渡された手紙を、親指と人差し指でつまんでしげしげと見つめる。汚いものを持つような持ち方なのは嫌悪感があるからだろう。気持ちは分かる。


「開けていい?」

「どうぞ」


 中身を確認しなければいけないという気持ちと、確認したくないという気持ちがせめぎ合っていた。代わりに確認してくれるというのであれば万々歳である。

 気持ち的にはそのまま押しつけたいが、押しつけたところで問題は解決しないだろう。二通目が来たのであれば、三通目も来る。


 封を切り、中から便せんをとりだした渡辺が眉を寄せる。引きつった表情から、ろくなことが書かれていないことが分かった。渡辺の後ろに移動した幽霊が手紙をのぞき込み、「モテモテだね」とにんまり笑った。見た目は天使みたいに可愛いのに、笑い方が悪魔みたいだ。


「なんて書いてあるの?」


 嫌々ながら内容を聞けば、渡辺は無言で便せんを差し出してきた。内容を口に出すのが嫌だったようだ。

 出来ることなら夷月も見ずにいたかったが、そうもいかないので渋々受け取り、書かれた内容に目を通す。昨日見た便せんと同じ、女の子らしい丸みを帯びた字で書かれていたのはたった一言。


『見つけてもらえてうれしい』


 それだけの言葉なのにゾワリとした。持っているのが嫌になり、渡辺が渡してきた封筒を受け取ると、すぐにしまいこみ机の上に置く。


「このおまじないって見つけてもらえればいいの?」

 鳥肌がたった腕をさすりながら渡辺に聞くと、頷かれた。


「恋文を好きな相手がよく使う場所にこっそり隠して、見つけて持ち帰ってもらえたら成功。捨てられたり見つけてもらえなかったら失敗」

「こういうのって見つかったらいけないんじゃないの」

「好きな相手以外に見つかったら失敗。だから夷月くんの机とか下駄箱はみんなチェックしてると思うんだけど、この子いつのまに貼ったのかな」


 真剣な顔で渡辺が怖いことをいった。知らない間に知らない女子に、夷月の机と下駄箱はチェックされていたらしい。おまじないを成功させたい子とおまじないを失敗させたい子で、仁義なき戦いが繰り広げられていたのだろうか。なにそれ怖い。


「いろんな子の念を感じるなと思ったらそういうことか。ほんっとモテモテだねえ」


 幽霊が楽しそうな顔と声で怖いことを言う。人に好かれるのは好きだけど、こういう愛され方は求めてない。もっと平和的に堂々と愛を伝えてくれないだろうか。伝えられても応えるとは限らないけど。


「あくまでおまじないだし、夷月くんだって勝手に人の机に手紙貼り付けるような非常識な人間、好きじゃないでしょ?」


 渡辺は探るような目で夷月を見つめた。好きじゃないと否定してほしいと顔に書いてあったが、夷月はどうしようかと考える。

 このやり取りは朝の教室で行われている。周囲には登校してきたクラスメイトがいっぱいいるし、話しているのはクラスで目立つ存在である夷月と渡辺だ。話す内容が異質なこともあり、クラスメイトたちが聞き耳を立てているのを感じる。その中に手紙を貼った犯人がいないとは限らない。

 というか、他のクラスよりも同じクラスの人間の方が夷月の行動を把握出来る分、可能性は高い。


 おまじないが呪いになるような強い感情を持つ人間。おまじないが成功したと分かったうえで、もう一度おまじないをかけるような人間。効果がなかったと素直に言った場合、相手は今後どういう対応をとるのだろうか。所詮おまじないかと諦めるなら良いが、そうでなかった場合……。


「どんな子かなって興味はわいたかな」


 手紙を眺めながらの返答に、渡辺は目を見開いた。「うそっ」とショックを隠しもしない反応を横目に、夷月はクラスメイトたちの様子を観察する。

 だいたいは渡辺と似たような反応だ。「おまじない効果あるの?」と女子の一部は興奮気味に囁き合っているし、男子はちょっと引き気味だ。

 騒いでいる女子は犯人じゃないだろうし、ショックを受けている渡辺も違う。他に目立つ反応をしている者はいないかと、さりげなく周囲の様子をうかがう。そんななか、隣の席の女子は変わらず、下を向いて本を読んでいた。興味がないから記憶は曖昧だが、人と話すよりも読書を好む大人しいタイプの子だったと記憶している。


「あの子が気になるの?」


 幽霊が耳元で囁く。その声は完全に面白がっていた。チラリと視線を向ければニヤニヤ笑いながら幽霊は夷月の反応をうかがっている。

 幽霊は手紙の送り主が誰かもう気づいている。そのうえで夷月や周囲の反応を見て面白がっているのだ。本当に性格が悪いとため息の一つもこぼしたくなる。

 夷月は文句やら不満やらを飲み込んで、手紙を机の中にしまい込む。隣の女子が一瞬だけこちらに視線を向けたのが分かった。

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