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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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だから俺はただでは大人になれない

 その後の告別式は大騒ぎ。

 かといわれれば、実はそうでもなかった。意味のわからない現象に遭遇したとき、多くの人は真実を知ることよりも、見ないふりを選択するらしい。


 羽澤に悪魔がいる。羽澤家は呪われている。この二つは有名な話だ。

 多くのものはただの噂と思い、本気で信じていなかっただろうが、告別式の出来事は噂が真実だと悟るには十分な衝撃を与えた。


 羽澤家の人間と縁を結ぼうと思っていた参列者たちは、そそくさと立ち去った。かつてないほどに楽な告別式だったと、後に航がなんともいえない顔で言っていたほどだ。


 雅美は散々泣いた後、咲と一緒に会場を後にした。一般人であれば警察に出頭し、法の裁きを受けるところだが、羽澤家の問題には警察は関与しない。

 魂が抜けたように歩く雅美の姿を見送りながら、俺達は真っ当に罪を償うこともできないのかと夷月は苦い気持ちになった。


 告別式の後、雅美と航、快斗は話し合いをしたようだが、雅美は別人のように変わっていたらしい。ひたすらに自分の罪を悔い、なんであんなことをしたのか分からないと泣き崩れ、豊に合わせる顔がないと語ったと聞いた。

 結果的に豊は母親の執着から解放されることになったわけだが、事の顛末を聞いた豊は納得のいっていない様子だと快斗が言っていた。

 

 それはそうだろう。自分と生まれた子どもに執着していた母が、いきなり謝り始めたのだ。あの場にいなかった豊からすれば、何が起こったのか理解できない。


 あの場にいた夷月だって、納得は出来ていない。突如出てきた悪魔に、将棋の盤面をめちゃくちゃにされ、王を掠め取られた気持ちである。


 結局、豊と生まれてくる双子たちは航が責任を持って見守ることになった。羽澤家に戻ると、悪魔信者にまた難癖をつけられるかもしれない。羽澤から離れた土地で、航の庇護下にいた方が安全だろうという話で落ち着いた。


 悪魔信者はというと、念願の悪魔に再会できたというのに、一気に大人しくなったようだ。

 下手なことをすると、雅美の二の舞いになると思ったのかもしれない。それでも完全に信仰心を捨てたわけでもないようなので、夷月からすると相変わらず意味がわからない集団だ。


 勝正の死から始まったゴタゴタが一息ついて、日常は戻りつつある。夷月はサボっていた学校に渋々登校したが、告別式での出来事が広まったのか、前以上に教師も同級生もよそよそしい。

 夷月はまるで気にしていなかったが、両親は責任を感じたのか、高校は別のところを検討している。どこにいっても同じ気はするが、環境が変わるのは楽しそうなので少しだけ期待している。


 退屈な学校がない土曜日。夷月は近くにある花屋で花を買って、羽澤家の人間が葬られている墓地へ向かった。

 徒歩で通える距離にある墓地は、道路からは見つけにくい場所に入口がある。看板もなく、一見すると普通の山なので、知っているものはほとんどいない。

 敷地外に立てられたのは、外部の人間が自由にお墓参りできるようにだと聞いたが、今のところ身内以外に遭遇したことはない。


 入口付近には水道があり、手桶と柄杓も用意されている。水をくんだ夷月は石畳を踏んで、奥へと進む。左右に墓標が規則正しく並ぶ光景は、整いすぎてなんだか奇妙だ。

 敷地が足りなくなるたびに山を切り開いて、奥へ、上へと開拓していったがために、見上げればたくさんの墓標が夷月を見下ろしている。長い歴史と年月を感じさせる光景だ。

 ここに葬られている人間は全員、最後は枯れ木のように干からびたのかと考えて、夷月は汗を拭う。

 木々によって日差しは多少遮られているが、このままぼんやりしていると、死ぬ前に夷月も干からびそうだ。


 気合を入れて石段を登っていく。蝉の声が響き渡り、夏だなと思った。世の中学三年生は友達と遊び歩いているだろうに、なんで一人で墓参りしてるんだろうと、ちょうとアンニュイになってくる。たぶん暑さのせいだ。


 やっとのおもいで石段を登り切り、夷月は額の汗を拭った。最近開拓された場所にはまだ入口付近にしか墓石がない。自分が死ぬときはここに収まるのか。更に上になるのか。そんなことを思いながら、目当ての墓標を探す。


 羽澤勝正と刻まれた墓標はあっさり見つかった。隣に比べると真新しい墓石は、太陽光を浴びて輝いて見える。

 そして溢れんばかりの花が置いてあった。


「さすがおじさん、人気者」


 夷月は誇らしい気持ちになりながら、新たに花を追加する。手桶に入った水を柄杓ですくい、墓標にかける。それから持ってきた線香にチャッカマンで火をつけて、両手を合わせた。


 ありがとう。さようなら。

 色々あって、きちんと伝えられなかった言葉を、心の中で唱える。話したいことはたくさんあったが、話しても返事はない。そう思ったら心の中でもいう気にならなかった。


 登ってくる手間に比べて、実にあっさり墓参りは終わってしまった。それでも心はスッキリしている。

 さて帰ろうかと手桶に手を伸ばしたところで、


「おっどろいたー! 夷月に墓参りなんて道徳的な行為が出来たんだね!」


 上からにゅっと子どもの顔が現れた。

 驚いたのは一瞬。そろそろ慣れてきた夷月は見開いた目を細め、非難の念を込めてトキアを見つめる。

 満足いく反応じゃなかったのか、トキアはつまらなそうに唇を尖らせた。


「もっと驚いてよ。つまんない」

「タイミングを考えてよ。今絶対驚かせるタイミングじゃない。映画でいったら感動のフィナーレ迎えてたところ。エンディング流れ始めたとこ」

「相変わらず自己肯定感がバカ高いね」


 トキアはにっこり笑う。あの騒動から姿を消していたとは思えない、いつも通りの様子だ。

 数秒、夷月は不満を込めて睨みつけていたが、すぐにやめた。トキアと睨み合いなんて、不毛でしかない。


「へぇー仲いいんだなあ」


 誰もいないと思って油断していたところに男の声が聞こえて、夷月はビクリと肩を震わせた。声のした方へ体を向けると、そこには予想外の人物がいる。


「あ、悪魔とか言われてる怪しい奴!」

 思わず指差すとトキアが隣で笑い出した。指さされた悪魔、もといリンは微妙な顔をしている。


 この間はよく分からない構造の上着に、黒いダメージジーンズ姿だったが、今日は黒いシャツに黒い短パンとシンプルだ。それでも耳にピアス、首にごついネックレス。指にはこれまたごつい指輪と、近づきたくない人間ファッションに身を包んでいる。

 しかも墓場に来たのにお墓参りグッズを一つも持ってない。何しに来たんだ。

 夷月は顔をしかめ、少し距離をとった。


「響の息子にドン引きされてやんの〜。ざまあ〜」


 トキアがかつてないほど、楽しそうに煽る。リンは片眉を釣り上げたものの、無言だ。あの日、格の違いを見せつけてきた姿との違いに、夷月は首を傾げた。


「悪魔って、兄さん苦手なの?」

「……なんで悪魔呼び? リンって呼べよ……」

「嫌だよ、呼び捨てなんて。仲いいみたいじゃん」


 夷月の返答にリンはなんだコイツという顔をした。トキアはずっと笑っている。失礼な奴らだ。


「お前、本当に響の息子?」

「なんで皆、そんなこと聞いてくるの。見れば分かるでしょ。この可愛い顔。父さんの子供時代そっくり!」


 夷月は胸を張った。あまりにも血の繋がりを疑われるので、響の子供時代の顔は確認済みなのだ。ちゃんと今の夷月とそっくりだった。


「いや、うん。顔はそっくりなんだけどな。俺が言いてぇのは、そういうことじゃなくてな……」


 リンはそこまでいうと、助けを求めるようにトキアを見たが、トキアはずっと笑っている。

 なぜかトキアはリンが関わると笑いのツボが浅くなるらしい。いつ笑い終わるかわからないので、夷月は放っておくことにした。


「それで、悪魔と幽霊が墓地なんかに何しに来たの? 兄さんの墓なら下だよ」

「本人同伴で墓参り来ねえよ」


 リンがなぜか疲れた顔をして、トキアの笑い声はますます大きくなった。よく分からずに首を傾げていると、リンは大きなため息をつく。


「響がお世話になった奴だからな、一応墓参りしとこうかと思ったんだよ」

 意外と普通の答えに、夷月は目を丸くした。


「悪魔も墓参りなんてするんだね」

「ふだんはしねえよ。気まぐれだ」

「嘘つき。母さんの墓参りにはよく行ってるくせに」


 リンはトキアを睨みつける。トキアは愉快そうにニヤニヤ笑っていて、なんとなく二人の力関係が見えた気がした。

 だからこそ分からない。


「兄さん、ほんと何者なの……」


 夷月の問いにトキアは笑みを引っ込めた。夷月の真意を探るように、じっと夷月の顔を見つめてから、にっこり笑う。


「ひみつ♡」

「そういうと思った」


 大きなため息をつきながら、夷月は手桶を手に持った。


「俺帰るから、お二人はごゆっくり〜」

「やめてよ。後は若いお二人で〜ってノリ。コイツと話して盛り上がる話題なんて、一つもないんだから」

「じゃあなんで一緒に来たのさ……」


 意味分からないなと思いながら二人の様子を眺める。相変わらずトキアに関しては分からないことばかり、出会ってから数ヶ月たつが、謎は減るどころか増え続けている。

 そう思ったところで、とくに気になる謎があったことを思い出す。


「ねえ兄さん、呪いは思いの力だって前に言ってたよね」


 夷月の問いにトキアは首を傾げた。リンも急に何の話だと夷月に顔を向ける。そんな二人の反応を眺めながら、夷月は自分の考えを口にする。


「その理論でいくとさあ、羽澤家の呪いって絶対に解けないと思うんだけど。どう思う?」

 夷月が首を傾げながら問いかけると、トキアとリンは目を見開いて固まった。


「身内も周囲も、みんな羽澤の血も土地も呪われてるって信じ込んでるのが現状でしょ? 一人でも呪いの手紙が作れるのに、羽澤家に直接関係ない人間までネットで騒いでる。これはもう呪いになる条件、嫌になるくらい満たしてるよね」


 羽澤の呪いが解けたと言ったところで、騒ぎたいネット民は信じない。魔女の森に入ったことで不幸になった渡辺と太田も信じないだろう。

 そもそも羽澤家の人間が、呪いが解けたと信じていない。未だに悪魔は信仰しているし、双子は呪われた存在だと隠したがっているし、呪いという認識を強める謎の儀式もやめていない。

 それに呪いを証明するように悪魔は健在で、ついこの間に不可思議な現象を起こしたばかり。トキアの存在だって、呪いの存在を強調している。


「最初に羽澤家を呪ったのは魔女だけど、魔女っていう原因が消えた今は、お互いを疑心暗鬼で呪いあってる状況だ」


 夷月はじっとトキアを見て、それからリンへと視線を動かす。二人とも石像のように固まっている。ひょうひょうとしている二人から余裕が消えた現状が楽しくなってきて、夷月は笑みを浮かべた。


「魔女の呪いは双子って限定されてたけど、兄さんが解いたから、その条件はなくなった。つまり今や俺たち全員、正真正銘呪われた一族ってこと。そうなると気になるのはさ、人ではなくなるって部分。今後は双子の上だけじゃなく、羽澤の人間はみんなそうなる可能性があるってことだよね」


 夷月の推測に二人は顔を青くした。夷月からするとほんの思いつきを口にしただけなのだが、二人の反応から見て夷月の推測は正しいらしい。


「兄さん、そろそろ秘密主義はやめて、真面目な話をしようよ。これはもう兄さんたちだけの問題じゃない。俺の将来もかかってる」


 退屈な日常に飽き飽きしてるし、非日常は面白い。だからといって死にたいわけじゃないし、化物になりたいなんて破滅的な願望は抱いていない。


「俺は呪いのせいで死ぬのも嫌だし、人間じゃなくなるのも嫌。俺は普通に生きて死にたい。兄さんみたいに子どものままなんてまっぴらだ」

 そこで夷月は言葉を区切ると、挑むようにトキアと悪魔を睨みつけた。


「だから俺は呪いを解きたい」


 ざあっと風が吹いて、トキアの長い髪が乱れる。その隙間から見えた瞳は、なにかの覚悟を決めたように強い光を放っていた。








だから僕らは大人になれない

   第一章 訳あり幽霊と呪われ少年   完


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