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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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4-8 まっ、頑張りなよ。次期当主

 三日間の通夜が無事に終わり、今日は火葬、葬式、告別式と忙しいスケジュールとなっている。夷月もいつもより早めに起きて、朝食をとると、火葬に参加するために制服に着替えた。

 それからは同じく喪服に着替えた両親、親戚一同と一緒にバスで火葬場まで移動。先ほど勝正の眠る棺が火葬炉に入るのを見守ったところだ。


 火葬が終わるまでには一時間ほどかかるらしい。その間、大人達は待機所をかねた広めの部屋にこもり、用意された飲み物や軽食を口にしていた。

 滅多に羽澤家に訪れない前当主夫婦や、航や快斗たちを大人達はここぞとばかりに取り囲み、なにかと話題をふっている。響と咲もそれに付き合わされ、熟練の愛想笑いを披露していたので、航たちが奥さんと子どもを連れてこなかったのは正解だろう。


 夷月は天真爛漫な子どもということになっているので、五分くらい付き合ってすぐに部屋を出てきた。大人の腹の探り合いなど聞いていても、何も面白くはない。それよりは訪れる機会のない場所を探検する方が楽しい。


 火葬場は人の生活圏からは外れた場所にあった。周辺は木々で囲まれている。他に遊べるところもないが、木々の緑は見ているだけでのんびりした気持ちになる。

 夷月は建物の日影になっているところに座り、持ってきた炭酸ジュースに口をつけた。先ほどまで冷やしていらしいそれは、暑い中で呑むと格別美味しい気がする。


 遠くから聞こえる蝉の声を聞きながら、夷月は晴れ渡った空を見上げた。夏らしく入道雲が空を彩っている。こんな天気の良い日は火葬場よりも適した遊び場がありそうなものだが、あいにくインドアの夷月には思いつかなかった。

 海も川も、一人でいっても面白くはない。だからといって遊びに誘えるような友達もいないのだ。


「こんなところにいると熱中症になるよ?」

 肩にひんやりとした手が置かれた。見上げると、勝正の死を聞いた日と同じように、トキアが夷月を上からのぞき込んでいる。


「兄さん、どうやってきたの? 実はバスに乗ってたとか?」

「それは秘密~」


 夷月の問いにトキアはにっこり笑った。

 自分で聞いたものの、違うだろうなと思った。トキアの姿は航にも見えていた。おそらくは「弟の息子」「羽澤家に生まれた一卵性の双子」あたりが、基準に当てはまったのだ。この条件で当てはまる親戚は多いだろう。

 もしかしたら、それが分かっていたからトキアは、夷月に見つかるまで羽澤家にあまり近づかなかったのかもしれない。


 トキアはそのまま夷月の頭の上に両腕と頭を乗せた。子どもの重さがのしかかってくるが、トキアが触れたところは涼しい。わざと体をくっつけてくれているのかもしれない。


「うちの葬式が、火葬、葬儀って流れなのは、すぐに燃やして証拠隠滅するため?」


 地域や仕来りにもよるが、葬儀、火葬という流れが一般的らしい。そんななか、夏場でも遺体を三日も放置するのだ。早く燃やしてしまおうという心理が働くのは当然と言える。中身を見たいなんて思わないだろうし、棺を運ぶのは葬家の人間だけだから最初より軽いとか、夏場なのに腐ったにおいがしないとか、そういう違和感も気づかれにくい。葬家の人間は気づいても口にしない。そういうものだと、きっと気づかないふりをしている。


「バレたくないなら、通夜を三日もせずに、すぐ燃やせばいいんじゃないの?」

 トキアからの返答はないが、夷月はそのまま話しを続けた。トキアは少しの間を開けてから、諦めたように答える。


「急ぐとね、逆に怪しまれるんだよ。なにか隠したいことがあるんじゃないかって」


 それもそうだなと夷月は納得した。ただでさえ遺体を外部組織に託さないなど、怪しい点は山ほどあるのだ。そのうえで火葬を急げば、怪しさはさらに増すだろう。

 呪いを浄化するために三日通夜を行うという謎儀式のおかげで、遺体を外に出さないのは宗教的な理由で片付く。羽澤家の呪いは一部では有名な話だし、関わり合いになりたくないと思う者も多いだろう。


「でもさ、今までは誤魔化せただけで、これから先も誤魔化し続けられるかは分かんないよね」

 夷月の意見に同意するように、セミが鳴き始めた。トキアは夷月の頭に腕を乗せたまま動かない。

 

「俺や快斗おじさんみたいに、興味本位で棺を開けちゃう奴らがこれから現れないとは言えないし」

「君らはさあ、もうちょっと情緒とか畏怖とか、歴史に対する敬意とか、いろいろ学んだ方がいいと思うよ」


 トキアが腕を外し、夷月の頭にあごをぐりぐりと押しつけた。地味に痛い。やめてと騒いでいるとトキアはふいに離れて、夷月の膝の上に堂々と座った。


「兄さん、冷たいね」

「死んでるからね」


 なんでもないことのようにトキアはいう。実際、トキアからすれば当たり前のことで、今更気にするようなことでもないのだろう。

 上から見下ろすとトキアの表情は見えない。長い髪はさらさらで、咲が羨ましがっていた。生きてる頃からそうだったらしい。

 体は高校生の夷月でも覆い隠せてしまうくらいに小さい。手も足も細くて、白いせいで力を込めたら折れてしまいそうだ。病弱だったというのを思い出して、夷月はなんだか胸がギュッとした。


「呪いが解けたタイミングがギリギリだったと僕も思うよ。これ以上引き延ばされてたら、呪いが解ける前に、羽澤家が終わってたかも」

 トキアは夷月の顔を見ないまま呟いた。


「呪いだの、悪魔だの、もう誰も信じてない。そういうモノは、どんどん数を減らしてる」

「ちょっとまって。うち以外にもそういうのいるの」


 聞き捨てならない言葉に夷月は反応したが、トキアは無視した。ほんと自分が話したいことしか話さない兄だ。


「羽澤の権威もね、昔よりは落ちてる。今はインターネットって便利なものがあるからね、みんな気付き始めてるんだ。羽澤家は老いにくい特別な血筋なんじゃなくて、本当に呪われてる不気味な一族なんじゃないかって」


 夷月も興味本位でオカルトにまつわるサイトをみたことがある。オカルトマニアの間では、羽澤家は昔から有名だったらしい。呪われているという噂の真意を、どうにかして探ろうと今でも情報を集める者がいる。

 羽澤家は記録を残さない。死ぬと干からびる遺体のように、探られると不味いことがたくさんあるからだ。

 だが羽澤内の記録は消しても、外部の人間の記録はどうにもできない。オカルトサイトのような集合知では、小さなヒントをつなぎ合わせて真相にたどり着く者がいつかきっと現れる。


「羽澤はこれからどんどん落ちていくよ。僕らの血は呪いに適応しすぎた。呪いが解けたからと言って普通の人間に戻れるかも分からないし、戻るには相当な時間がかかる。夷月が生きてる間はまず無理」


 そういうとトキアはため息をついて、肩をすくめた。


「それに羽澤家の人間に優秀な子が多いのは、人でなくなる呪いの効果もあった。身体能力、頭脳、肉体の丈夫さ。そういうのは人ではない化物部分の恩恵だ」

「えっもしかして、俺のこの可愛い顔も?」

「……人ではないモノは、特に人間をたぶらかす類いは美形が多いからね。人を騙すために」


 マジかと夷月は呟いた。やけにうちの家系は美形が多いなと思っていたが、吸血鬼的な理由だったらしい。


「つまり、呪いが解けるにつれて羽澤家の人間は、美形じゃなくなり、頭も悪くなり、怪我や病気もしやすくなるって事?」

「そういうことだね」


 枯れ木みたいに干からびて死ぬのも嫌だが、だんだん不細工のバカになりますと言われるのも喜べない。どっちも嫌なのだがどうすればいいのか。


「あっ、俺が生きてる間は関係ないのか。じゃ、未来の子達に任せよう」

 ポンッと手を叩くとトキアにすごい顔をされた。

 

「君は道徳学ぶべきだね。絵本の読み聞かせから初めてあげようか?」

「やってくれるなら、ぜひやってもらいたいけど」


 嫌味のつもりだったらしく、歓迎されたトキアは嫌そうな顔をした。夷月はそんなトキアの顔を見下ろして、にっこり笑う。本気だと伝わったらしく、トキアは逃げるように膝から降りた。

 途端に周囲の熱気が強くなり、夷月は顔をしかめる。トキアはざまあみろという、意地の悪い顔で笑ってみせた。


「まっ、頑張りなよ。次期当主」

「俺が確実に当主になるって、決まってるわけじゃないよ。兄さんも知ってるでしょ」


 夷月はやれやれといった表情を作り、肩をすくめてみせた。それで流せるかと思ったのだが、トキアは驚くほど真剣な顔で夷月を見つめた。


「君が次期当主だよ。君以外、悪魔が消えた羽澤家をまとめあげるなんて出来ない」


 トキアからそんなことを言われるなんて思ってもみなかった。会ってから今日まで、人間性がないだの、人を愛する心がないだの、散々なことを言われているのだ。それなのに、急に、期待するようなことを言われるなんて。

 どう反応していいか分からない。「幽霊も熱中症になるの?」なんて、からかいの言葉が浮かんだのに、声にはならなかった。


 そうこうしているうちに、夷月を呼ぶ声が聞こえてきた。咲の声だ。

 トキアは声がした方向に顔を向けると、「呼んでるよ」と夷月に一言告げ、ふわりと宙に舞い上がった。ここに来ていることは咲にも内緒らしい。


「……今行く」


 しばしの間を開けてから、夷月はそう返事をして声のする方へ向かう。

 トキアの真意は気になったが、今はまだやることがある。これからが本番とも言える。

 火葬が終われば葬儀、それから告別式。外部の人間が多く訪れるそこには、羽澤を去った悪魔も訪れる事になっていた。


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