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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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4-5 地震だよ

 トキアが耳を澄ませている気配がした。どこにいるかは分からない。だが確実に、身を乗り出して話を聞いている。あの底なし沼みたいな瞳が、じっと快斗を見つめている気がして、夷月は身震いした。

 快斗もなにかの気配を感じたらしく、肩を震わせるとキョロキョロと視線を彷徨わせる。


「快斗?」

 航は感じなかったらしく、訝しげに快斗を見つめた。快斗はしばしの間の後、なんでもないと呟く。


「……もともと、豊の嫁と雅美の関係は良くなかった。豊と勝正が説得して、渋々認めたって感じだったらしい」

 快斗はおちょこをもう一度手にとって、意味もなく揺らす。酒を飲む気にはなれないらしく、ただじっとおちょこを見つめていた。


「それでしばらくはなんとかなった。雅美は納得いってなかっただろうが、世間体もある。距離を取ることでなんとか均衡を保ってた。崩れたのは豊が雅美に子どもができたと報告をしたからだ」

 快斗はそこで言葉を止め、夷月と目を合わせた。


「夷月、お前は双子の呪い、信じてるか?」


 唐突な問いに夷月は目を丸くした。隣の航も真剣な顔で夷月を見つめている。

 どんな答えを求めているのか分からず、夷月は少しの緊張を覚えながら口を開いた。


「あんまり実感ない」

「だよな」


 夷月の小さな返答に快斗は苦笑した。それは快斗らしくない、様々な感情を含んだ笑みだった。


「俺もお前くらいの頃、信じてなかった。その頃はリン様は大人しかったからな。リン様がいた頃の俺でもそうだ。リン様がいなくなってから生まれたお前や、リン様とあまり接点がなかった豊、ましてや羽澤と関係ない豊の嫁には双子の呪いなんて、ちょっと気味が悪い噂程度の話だったわけだ」


 そこまで一気に話すと、快斗は一升瓶に手を伸ばした。

 もともと快斗は酒好きだが、今日はいつもより飲んでいる。快斗も勝正の死に対して、やりきれなさを感じているのかもしれない。

 鎮は快斗の代わりに一升瓶を手に取り、御酌した。快斗は一瞬鎮と目を合わせると、一気に飲み干す。

 口を拭いながら快斗は夷月と目を合わせた。その目は酒のせいだけでなく、不安定に揺れているように見えた。


「俺達の世代はリン様の恐ろしさを知っている。羽澤家にかかった、人でなくなる呪いがおとぎ話ではなく、本当に起こり得る現象だと知っている。それを知っている者からすれば、一卵性の双子は恐怖の対象だ」

 年配のものほど双子に対する差別意識は強い。言われてみれば境目は、父の世代からのような気がする。


「……快斗おじさんが信じるような、何かあったの?」


 夷月の問いに快斗は答えなかった。眉間にシワを寄せて、じっと夷月を睨みつけている。それは怒っているというより、語るべきか否か、迷っているように見えた。

 快斗は信心深い性質ではない。前当主の息子という立場にもかかわらず、堂々と儀式をサボったりする。周囲もその性格をわかっているので、ため息を付くだけで概ね放っておいている。


 棺を迷いなく開けようとしたことから見ても、目に見えないものを信じる性格ではない。

 そんな快斗が悪魔を恐れ、人ではなくなる呪いを実際に起こり得る事だと言っている。それは目の当たりにしたからに違いない。


「夷月くん、あまり突っ込まないでやってくれ。あの日の出来事は、私たちとしても思い出したくないものなのだ」


 航が静かにそう言うと、黙り込む快斗、鎮、慎司へ順番に視線を向けた。向けられた三人は硬い顔をしている。

 ただ一人響だけは三人とは違い、眉を寄せているのみだった。何のことだか分からないという様子を見るに、響はあの日の出来事が分からないらしい。


 触れてはいけない話だと察した夷月は、疑問を飲み込む。聞く機会はいつか来る。来ない方がいい話かもしれない。

 それよりは今直面している問題だろうと、夷月は気持ちを切り替えた。


「ようするに、豊さんは孫が生まれたよ! って無邪気に報告したけど、雅美おばさんは呪われた双子だ! って発狂したと」


 口に出しながら、なんというすれ違いだろうとため息が漏れそうになる。双子でなければ、孫可愛さに関係が改善した可能性も、低いながらにあったのだ。

 少なくとも勝正が殺される結末は防げただろう。

 よりにもよって双子かという言葉が出そうになって、夷月は口をつぐむ。どこかでトキアが聞いていることを思い出したのだ。


「それから雅美は悪魔信仰にのめり込んだ。元々信者だったけどな、自分の孫が双子だって分かってからは鬼気迫るっていうか、見てるだけでも怖い感じだったらしい」

 快斗は鎮におちょこを差し出す。鎮は無言で酒を注いだ。


「悪魔様が戻ってくれば救われる。きっと深里が戻ってきて、羽澤家を正しい姿に戻してくれるって、取り憑かれたみたいに言ってたらしい」

「深里って……」

「三番目の兄だ」


 夷月のつぶやきに響が答えた。顔を見れば感情の読み取れない、無表情で床を見つめている。他の面々もそれぞれ何かを考えているらしく、お堂の中が静まり返った。


「いま、行方不明なんだよね?」

「……あぁ」


 夷月の問いに対して、響の返答は心ここにあらずといった様子だった。妙に間があったのも気になるが、考え事に集中しているのかもしれない。


「俺、深里って人のことは全然知らないんだけど、どんな人だったの? 悪魔信者に未だに執着されてるのは知ってるけど」


 響の兄弟はそれぞれ違ったカリスマ性を持つが、深里という人物のそれは、兄弟の中でも抜きん出ていたらしい。

 初めて話を聞いた夷月の感想は、カルト宗教の教祖である。咲にこぼしたとき、やんわりたしなめられたが否定はされなかった。つまり、そういうことだ。


「悪魔信者っていうのは代々いたらしいが、俺達の世代から上はリン様に対する信仰と深里に対する信仰が混ざってる。雅美の場合は、深里がリン様を信仰しているから悪魔信者になったんだ」

「好きな人の好きなものは、自分も好きってこと?」

 それはまた盲目的な愛だなと夷月は顔をしかめた。快斗も似たような反応をしている。不本意だが、快斗と夷月の感性は近い。


「現在の悪魔信仰は、リン様が居たときとは違い、リン様に戻ってきてもらおうというのが趣旨になっているらしい」

 鎮が重苦しい口調で語る。日頃の明るい雰囲気が消えると、高い身長や貫禄が相まって、なかなかの迫力だ。

 怪談話を聞いているような気持ちになって、夷月はゴクリと唾を飲み込んだ。


「深里様のようなカリスマ性を持つ者がいないから、信者と一括りにいっても統率はとれていないらしいが、方向性は一致していると聞いた」

 鎮はそこまでいうと快斗、航、響を順番に見つめた。


「リン様がいた当時に戻れば、きっと戻ってきてくれるというのが、信者の考えだ」

「いかれてんなあ……」

 快斗が引きつった笑みを浮かべた。思わずと言った様子で出た言葉は、嫌悪感が剥き出しだ。航と響も不快そうに顔をしかめている。


「リン様がいた当時に戻るとは、具体的に?」

「そこは信者の中でも割れているらしいが、一番支持を集めている意見は双子の上を、以前のように存在しない者として扱うこと」


 鎮が言葉を発した瞬間、お堂が揺れた。

 ロウソクを乗せた台がガタガタと音を立てる。「なんだ地震か!?」と快斗が騒ぎ、みな慌てて立ち上がった。響たち四人はロウソクが倒れないようにと、ロウソクが置かれた台へそれぞれかけよっていく。

 快斗はスマートフォンを取り出して、「まだ情報出てないな」とつぶやいた。

 まだではなく、今度も出ないと夷月は直感した。揺れているのはこのお堂だけ。揺らしているのはきっと、双子の兄を呪いから解放するために死んだトキアだ。


「もう双子を存在しないことにするなんて出来ないよ」


 夷月は天井に向かって声を張った。何を言っているんだと快斗から疑惑の眼差しが、航から戸惑いが伝わってくる。響たちも突然のことに驚いた様子だったが、すぐに意図に気づいたらしく、周囲を慌てて見渡した。


「羽澤の双子は解放されたんだ。一度解放されて、自由を知った者をもう一度押し込めるなんて、そんなの反発するに決まってる」


 双子の上が大人しく閉じ込められていたのは、外の世界を知らなかったからだ。周囲がいう、お前たちは呪われているを信じこまされていたからだ。

 だがもう、羽澤の双子は外にいる。呪われていたって生きていけるし、呪いなんて大したことがないと知っている。大人しく閉じ込められるはずがないのだ。


「私は絶対に許さない。羽澤の呪いは解けたんだ。羽澤家に生まれる双子は呪われてなんかいない」


 響が天井を見上げ、力強い声で宣言した。つられるように慎司と鎮も上を見て、快斗と航も困惑したまま上をみる。

 揺れが小さくなり、やがて止まる。静寂が戻ったことに、夷月は息を吐く。


「ど、どういうことだ?」

 震えた声で問いかけてくる快斗に夷月はにっこり笑って答えた。


「地震だよ」


 そんなわけと口にしようとして、地震じゃないなら何なのかと想像してしまった快斗は黙り込んだ。航も険しい顔をするだけで何も言わない。

 真実を探らない方がいいこともある。

 それを学んだばかりの夷月は、お堂の真ん中に置かれた棺をじっと見つめた。


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