4-3 ていうかさあ、なんで釘さしてねえの?
「航様、いかがなさりました?」
お堂の中に残っていた慎司が怪訝な顔をして、そういった。慎司の反応が気になって航を見ると、お堂の入口で不自然に足を止めている。航は驚いた様子で目を見開いて、それから調子を確認するように目をこする。
「いや……棺の上に子どもが座っていたように見えたんだが……」
夷月と慎司は慌てて棺へ顔を向けた。先程まで棺の上に座っていたトキアの姿が消えている。おそらく入ってきた航と目があい、すぐに逃げたのだろう。さすがトキア。判断が早い。
「航、なにいってんだ? 熱中症か? 暑いとこでの作業はほどほどにしろっていっただろ」
快斗が呆れた口調でそういった。その反応を見るに、快斗にはトキアの姿が全く見えなかったらしい。だからこそトキアは油断して、航に姿を見られる結果となった。ろくなことをしないなと夷月は快斗に半眼を向ける。
「そうだよな……気のせいだよな。子どもが棺の上に座ってるはずないよな」
航はそういいながら棺をしばしじっと見つめ、自分を納得させるように頷いた。航がどれほどハッキリ見えたのかは分からないが、棺の上に子どもという罰当たりなシュチュエーションなうえに、トキアの容姿は響にそっくりだ。
生前のトキアの姿だって知っているだろう。おじの葬儀に来たら疑惑の死を遂げた弟の息子が、幽霊になって居るなんて想像しただけでも怖い。
ホラー映画だったらここから幽霊による復讐劇が始まるところである。しかも怨霊ポジションはトキアだ。一族まとめて祟り殺される結末しか想像できない。
「兄さん、どうかしました?」
響と鎮も戻ってきて、お堂の入り口で固まっている航に不思議そうな顔をした。慎司と夷月は一瞬目を合わせたが、すぐにそらす。航と快斗がいる以上、響たちに状況を説明できない。
「いや……なんでもない。慌ててきたから、思ったよりも疲れてたみたいだ」
そういって困ったように笑う航の顔には、たしかに疲れが滲んでいた。勝正は響たち兄弟を気にかけていたというし、航もお世話になったのだろう。そんな人が急死し、予定を調整して慌てて遠いところからやってきたのだ。精神的にも肉体的にも疲れているに違いない。
逆になんで快斗は元気いっぱいなのだろうと、夷月はいぶかしげに快斗を見る。きっと車の運転とか、飛行機や新幹線などの移動手段の確保とか、全部航に丸投げしたのだろう。つくづく快斗が当主を継がなくて良かった。
「ていうかさあ、なんで釘さしてねえの? 最後のお別れが終わったら釘刺すのが慣わしだろ」
快斗の問いに航以外の全員がギョッとした。航は快斗に言われて気づいたらしく、「本当だ」と目を見開いている。全体的に節穴なのに、なんでこういう事だけには気づくのだろう。夷月がイラついている間に、快斗は棺に近づいた。
そして、止める間もなく棺の蓋に手をかける。
「よく分かんねえけど、開いてるなら好都合。ちょっとおじさんに挨拶……」
「うわぁあ!!」
思わず夷月は叫んだ。航以外の三人も言葉にならない悲鳴をあげた。航は何事かという顔でこちらを見たが、快斗は気にもとめない。お前いい加減にしろよと思いながら、夷月は止めようとかけよる。それよりも先に航が棺の蓋を持ち上げ……
「なんだこれ。ビクともしねぇんだけど」
ようとして、眉を寄せた。
夷月は先ほどとは違う意味で驚いて、快斗の隣で立ち止まる。快斗は棺の蓋に手をかけて、なんとか持ち上げようとしていた。その顔は真剣で、腕にも力がはいっているのが分かった。演技や悪ふざけには見えない。
夷月は快斗と棺の様子を見比べ、同じように棺の蓋に手をかけた。
「ほんとだ。全然動かない」
さっきは簡単に持ち上がった蓋が、今は微動だにしなかった。重くなったのとも違う。元から一つの固まりであったかのように、ピタリとくっついている。
航はしばし格闘したが、やがてふてくされた様子で舌打ちした。響より年上とは思えない柄の悪さだ。
「おい、響。どうなってんだ、これ」
「私に聞かれましても……。元々開けたら呪われるという話もあったわけだし、開かなくて良かったじゃないですか」
「呪われるって言われてるだけで、本当に呪われたって話、聞いたことないだろ」
快斗はそういいながら苛立たしげに棺の蓋を叩いた。さすがの勝正も怒るぞと夷月は呆れつつ、快斗と自分の思考回路が一緒なことにショックも覚えた。トキアに「自重を覚えな」と言われたときはそれほど気にしなかったが、快斗と同じ思考なのは反省した方がいい気がする。
「まあいいじゃないですか。せっかく戻ってきたんですし、呑みましょうよ。そのために来たんでしょう」
鎮が空気を入れ替わるように手を叩く。快斗は一瞬不快そうな顔をしたものの、ここが故人を偲ぶ場であると思い出したようだ。棺から離れ、どっかりと腰を下ろした。
「しかたねえから、生意気な岡倉分家の酌で我慢してやるよ」
そういうと快斗は懐に手を突っ込み、なにかを包んだ布を取り出した。簡単に巻かれた布から出てきたのはおちょこで、割れ防止のために包んでいたらしい。用はないとばかりに布を放ると、鎮に向かっておちょこを向ける。
自分が上だと疑わない、不遜な態度である。夷月はなんだコイツという顔を向けたが、快斗は夷月などどうでもよいようで、視線はまっすぐ鎮に向いている。
「有り難く拝命いたします」
鎮は冗談なのか本気なのか分からない軽さでそういうと、にっこり笑って快斗が持ってきた一升瓶の栓を抜き、酒を注ぐ。快斗はその様子を眉間に皺を寄せたまま見届けて煽った。
「そんな嫌なら、自分で酌めばいいのに。おじさん、嫌いな相手にお酌してもらう趣味あるの」
「おい、響。お前ほんっとうにこのガキの教育どうなってやがる」
思わず漏れた本音を聞いた快斗は、夷月ではなく響に噛みついた。なんでそこで響にいくのだと夷月の機嫌は悪くなるが、噛みつかれた響の方は苦笑いしている。その隣にいる航も微妙な顔だ。
「快斗、中学生の言葉にいちいち突っかかるな。あと鎮くんにも偉そうな態度をとるな。鎮くんは響の部下であって、お前の部下じゃないからな」
「弟の部下は俺の部下」
「クソガキ理論」
ぼそりと呟くと、快斗に睨まれた。慎司が慌てて「子どものいうことなので」と、快斗の前に進み出る。そのまま手をつけることなく置いてあった、重箱に入ったつまみを快斗にすすめた。
そんな奴の機嫌とらなくていいのにと思ったが、クソガキでも現当主の兄なので色々とあるのだろう。大人は大変だなと夷月は眉を寄せる。
そういえば、釘を抜いたバールはどこにいったのだろうと夷月は周囲を見渡す。抜いた釘も見つかれば快斗に何をいわれるか分からない。バレないうちに隠した方がいいと思ったのだが、見える範囲にバールも釘も落ちていなかった。
棺の中身を見て唖然としていた夷月たちに、釘とバールを隠そうなんて発想はなかった。そもそも快斗たちがやってきたのがイレギュラーだ。今夜は徹夜で飲み明かすと葬家の者に伝えていたから、時間はたっぷりあったのだ。
たぶん、トキアが隠してくれたのだ。部屋の中を見渡しても、その姿は全く見えないが、どこかで様子を見ているのだろう。棺が開かなかったのもトキアの力だと思えば納得はいく。
触れないというわりに、物を隠すなどの干渉は出来るという事実に薄ら寒さは覚えたが、夷月は深く考えないことにした。




