4-2 相変わらず可愛げのないガキだな
「で、具体的にはどうするつもりなの。雅美の居場所に当てはあるの」
トキアはついに、棺の上に寝っ転がった。いくらなんでも罰当たりじゃないかと思ったが、トキアは幽霊。死んだあとに罰も何もない気もする。
勝正もこんな得体のしれない子供に対して、恐怖こそ覚えても怒りは感じないだろう。
「別荘にいたらいいなと思ってるけど……」
「残念ながら、もういなかったよ」
さらりと告げられた言葉に夷月は目を見開いた。
「見てきたって、いつの間に!? っていうか兄さん、勝正おじさんの別荘の場所知ってたの!?」
「知るわけないでしょ。知り合いに調べてもらったんだよ。それで早速今日、様子を見に行ってみた」
トキアはそういうと起き上がる。流石にずっと、棺の上で寝っ転がる気にはなれなかったらしい。単純に寝心地が悪かったのかもしれない。
それでもトキアは棺からは降りなかった。もう一度夷月たちが開けることを、警戒しているのかもしれない。一度開けてからいうことではないが、もう二度と開けようとは思わないから警戒しないでもらいたい。
しかしながら、それを口に出したら一度目も開けるなよと、収まった怒りが再発しそうなので黙っていることにした。大人たちが妙におとなしいのも、地雷を踏まないように、探り探りだからだろう。
「鍵がかかってたけど、僕には鍵なんて関係ないからね。するっと侵入したわけだけど、もう酷い有様だったよ。泥棒だってもうちょっと遠慮するんじゃないかってぐらい、ぐっちゃぐちゃ」
その光景を思い出したのか、トキアが顔をしかめた。別荘に遊びに行った記憶がある夷月からしても、面白い話ではない。
キャンプと旅行が好きだった勝正の別荘は、お気に入りの家具と旅行先で買ったお土産が並んでいた。壁には現地で撮った風景写真が飾られ、部屋を見ているだけで楽しくなるような場所だった。
それが無惨に荒らさられたと聞けば、想像するだけでも不快だ。勝正と交流の深かった大人たちも険しい顔をしていた。
「軽く片付けながら調べてみたけど、豊って子の手がかりはなかった。そもそも残してなかったんじゃないかな」
「おばさんが持ち出したんじゃなく?」
「家探しするなら書斎とか、寝室とか、ありそうな場所を探すでしょ。そういうピンポイントな場所じゃなくて、家全体のありとあらゆるものをひっくり返してた。欲しいものが見つからなくて、やけになったみたいな感じ」
親戚の集まりで見かけた雅美の様子を思い出す。本当に勝正の娘なのかと疑うほど、ヒステリックに喚き散らしていた姿ばかりが浮かぶ。あの様子を見るにありえなくはない。
「勝正は娘が乗り込んでくる可能性も考えてたんじゃないかな。だから居場所のヒントになりそうな情報は徹底的に消した」
「じゃあ、なんで招き入れたんだよ」
遺体に分かりやすい外傷はなかった。だから夷月は毒だと思ったのだ。勝正が雅美の暴走に気づいていたのであれば、家に入れず、手土産に口をつけなければよかった。そうすればら勝正は今も元気に笑っていた。
「勝正って人に会ったことないから知らないけど、自分の子どもだからね。そんな愚かなことはしないと信じたかったんじゃない?」
そういってトキアは肩をすくめる。それが答えのような気がして、夷月は膝の上にのせたままの拳を握りしめた。
「……ってなると、豊さんの居場所は……」
「ヒントなし。娘のことを信じてるんだか、信じてなかったんだか」
いや、信じたいけど信じきれなかったのかなと、トキアが呟く。お堂の中に重苦しい空気が広がった。
「岡倉家なら探せるんじゃない?」
トキアが意味ありげな視線を鎮に向けたとき、外から人の声が聞こえた。遠くて聞き取れないが、何事かを、けして小さいとは言えない声で騒いでいる。
大人たちは顔を見合わせ、微妙な顔をした。葬儀の最中では、珍しいことではないのだ。
羽澤家の人間は忙しく、同じ敷地内に住んでいながら数年顔を合わせない事も珍しくはない。冠婚葬祭は忙しいスケジュールを無理やり合わせるにはもってこいの機会なので、その機会に休みをとって戻って来る者も多い。
祝い事であれば盛大に、葬式であればしんみりと。それぞれ知り合いと集まって話をしたり、酒を飲んだりとたまの休みを過ごす。そうすると気が大きくなるというか、浮かれすぎてしまうものが現れるのだ。酒を飲んでいれば尚更である。
「葬家の者は帰してしまいましたし、私が対処します」
やれやれといった様子で鎮が立ち上がる。響も無言で立ち上がって後に続く。慎司は一瞬止めようとしたが、すぐに響の意図に気づいたらしく苦笑いを浮かべた。
酒で気が大きくなり、勢いのままお堂にやってきた酔っぱらいでも、当主直々に苦言を呈せば酔いも醒めるだろう。いざとなれば鎮が止めてくれるだろうから問題ない。
夷月は持ってきた魔法瓶を開けながら、どんなアホだろうなと考えた。酒癖の悪い親戚の顔を頭に思い浮かべ、候補が多すぎて考えるのをやめた。
咲が用意してくれた紅茶を飲んで一息ついていると、トキアに「この状況で、マジかコイツ」という顔を向けられた。トキアだって罰当たりに棺を椅子にしてるんだから、夷月を責められないだろと軽く流す。
「思ったよりも長引いてるね……」
外の様子を伺っていた慎司が眉を寄せた。言われてみると、外から言い合いのような声が聞こえてくる。当主とその側近と言われる鎮を前にしても引かないとは、相当酔っているのだろうか。
流石にお堂の中で暴れられてはかなわない。様子を見ようかと夷月が腰を上げたところで、誰かがお堂の入口に走り込んできた。
「お前らだけ、秘密の飲み会なんて生意気だ! 俺も混ぜろ!」
一升瓶を掲げながらそう叫んだ男は、響とよく似ていた。羽澤の人間、特に本家は似た顔が多いが、血縁者だと一目でわかるほどにパーツが似通っている。
それでいて、響だったら絶対にしない偉そうな態度。黒髪に青い瞳と、夷月と同じ部分が多いだけに、思わず夷月はゲッと本音を吐き出した。
そんな夷月の態度に目ざとく気付いた男は眉を吊り上げ、偉そうに一升瓶を持っていない方の手を腰に当てる。
「相変わらず可愛げのないガキだな。響、本当にコイツお前の子か? そこら辺の河原で拾ってきたんじゃないのか?」
「俺みたいな美少年、そこら辺に落ちてるわけ無いでしょ。もったいなくて捨てられないよ」
ムッとしながら答えると、男、羽澤快斗は顔をしかめた。
響からすれば二番目の兄であり、夷月からすると天敵みたいなおじさんだ。会うたびに夷月と響を見比べて、似てないと失礼なことをいうのだが、それをいうなら響と快斗だって似ていない。顔のパーツ一つ一つは似ているのに、雰囲気と表情で人はここまで変わるのかと驚かされるほどだ。
ガルルという効果音がつきそうな勢いで睨み合っていると、ギィっという誰かが階段を登ってくる音がした。
続いてお堂の中に入ってきたのは、響からすれば一番上の兄である航。こちらも顔の造りは近いはずなのに、響や快斗に比べるとよく言えば落ち着いた、悪く言えば地味に見える。
たぶん、滲み出るオーラの違いだ。派手好きの快斗はオーラからして派手で、響は神社やお寺のような神聖な空気を感じる。それに比べると航は物静かだ。苗字を変えてしまえば、一般人に紛れ込めそうなほどに目立たない。
前当主夫婦と共に快斗と航が羽澤を離れたのは、跡取り問題に決着がつき響が当主になってからだ。羽澤家に残ったままだと火種になるだろうと、前当主から提案し、航がそれに乗っかった形だと聞いている。
快斗は残していくと好き勝手しそうだからという理由で、航にほぼ強制的に連れて行かれたとか。夷月から見ても英断だったと思う。
予想外だったのは、暇つぶしに始めた農業が意外と二人の性に合っていたことである。生真面目な航はともかく、快斗ものめり込んだ。いわく、予想がつかない自然と戦うのが面白いらしい。夷月には理解できない感覚だ。
そんな二人がここにいるのは、間違いなく勝正の葬儀のためだろう。となると告別式には、めったに集まらない本家の人間が揃い踏みなわけだ。
噂を聞きつけた部外者がわんさか、空気も読まずに訪れるさまを想像し、夷月は顔をしかめた。




