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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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3-9  だから知らない方がいいって言ったんだよ

 通夜二日目。夷月と響、鎮、慎司の三人はお堂に訪れた。そこは昨日と変わらずロウソクの炎が揺れ、明るく照らされている。昨日の夜よりも増えたロウソクの数に、さすが勝正おじさんだなと夷月は誇らしい気持ちになった。きっと明日も、明後日の火葬、葬儀、告別式にも、多くの人が訪れるだろう。

 だからこそ、その命が理不尽に奪われたことが許せない。


「とりあえず、飲むか」


 鎮はそういうと床の上に腰を下ろす。古い床板がギィっと音を立てたが、鎮は気にした様子がなく、持ってきた一升瓶を床に置く。その姿を重箱を抱えた慎司が呆れた顔で見つめていた。


「ちょっと鎮」

「飲まないとやってられないだろ」


 そういった後、鎮はチラリとお堂の出入り口へ視線を向ける。夷月も釣られて視線を向ければ、先ほどまでロウソクの番をしていた葬家の者が背を向けて帰るところだった。

 すぐに視線外して、夷月は鎮の意図を悟る。重々しい空気でいたら、何かあるのではと疑われる。


 通夜の最中、故人と親しい者がロウソクの番を変わることは珍しいことではない。火を絶やさなければ誰が見張っていても良いし、お堂の中で飲食をしてはいけないという決まりもない。そのため酒やつまみを持ち込み、故人の思い出話をしながら火の番をする者が自然に現れた。それは現代まで続き、羽澤家では常識のようになっている。

 だから響たちが荷物を持って現れても、葬家の者は疑うことはなかった。むしろ、火の番を変わってもらえると嬉しそうですらあった。


「慎司もちょっと呑め。素面じゃ無理だろ」


 鎮にうながされ、慎司は戸惑う様子を見せたがやがて頷いた。あぐらの鎮と違い、板の間の上に正座した慎司は持っていたお重を床の上に置く。食べ物にしては重い音がする。中には杭を抜くための道具、バールが入っている。


「父さんもおじさんたちも、怖がりすぎじゃない?」


 大人たちに続いて腰を下ろしながら、夷月は呆れた。三人とも平静を装おうとしているが顔がこわばっている。葬家の人たちの前では慎司ですら完璧な演技を見せていたが、いよいよ禁忌を犯すとなると平静ではいられないらしい。


「ちょっと釘抜いて、ちょっと死体運ぶだけだよ」

「それがちょっとじゃないんだよなあ……」


 軽い口調の夷月と違い、答える鎮の声は重苦しい。響と慎司はこれから人を殺せと言われたくらいの悲壮感をまとっていた。

 そんなに呪いが怖いのだろうかと夷月は首を傾げる。鎮はわざわざ持ってきたおちょこを響と慎司に渡し、自分のおちょこに日本酒をつぐ。それからやけくそとばかりに一気に煽った。


「夷月くん、俺たちだって分かってる。呪いは解けた。魔女も悪魔もこの地を去った。羽澤家にはもう呪われた双子は生まれない。分かってはいるんだ」


 そう鎮は自分に言い聞かせるように呟いた。夷月は首を傾げながら大人達を見渡す。響も慎司も神妙な顔だ。鎮に渡されたおちょこをじっと見つめている。

 夷月からすればいつだって格好よく、正しい響が不安そうな顔をしていることに、夷月まで不安になってきた。


「……やっぱりやめる?」

 夷月が問いかけると、響はしばしの沈黙の後に、ゆっくりと頭を左右に振った。


「いずれ確かめなければいけないと、思っていたことの一つだ」


 意外な言葉に夷月は驚く。おちょこをぼんやり見つめていた慎司も、やけ酒モードに入っていた鎮も驚いた顔で響を見た。


「羽澤家には由来の分からない仕来りが多い。この通夜だって、昔からそうしろと言われてきたからという理由だけで行われている。入ってはいけないとされる場所や、触ってはいけないとされる物もあれば、隠し通路や隠し部屋もある。私が把握できていないものもあるだろう。我々はずっとこの地に暮らしているのに、何も知らないんだ」


 響の独白に鎮と慎司は目を伏せた。


「リン……悪魔が去る前、呪いは解けたと言った。もう羽澤家に呪われた双子が生まれることはないと。だが、どうやって解けたのかは教えてくれなかった」


 初めてあった時、トキアは呪いを解くために死んだといった。悪魔が呪いについて知っているのはわかる。だが、改めて考えてもトキアが知っている理由がわからない。悪魔が教えたのか? なんのために?


 知らない方がよいこともある。そう言ったトキアの顔を思い出す。

 その言葉通り、トキアは伝えなかった。伝える機会はいくらでもあっただろうに、自分の父にすら、自分が死んだ理由を明かさなかった。


 呪いを解くために死んたというトキアの言葉を、夷月は本気にしていなかった。虐げられる双子の兄、アキラを羽澤家という呪いから解放すること。それを呪いを解くと表現したのだろうと解釈していた。

 だが、悪魔と呼ばれた人ではない者まで、解けたといってこの地を去った。思い返せば、魔女の姿が消えたのもその頃だ。


 比喩でも冗談でもなかった。本当にトキアが呪いを解いたのだ。


 夷月は勢いよく立ち上がり、慎司が置いた重箱に近づいた。いきなりお重を持ち上げた夷月に慎司が驚いた顔をする。上の段にはカモフラージュ用のつまみが入っている。きれいに盛り付けられてそれらが、乱暴に動かしたことにより崩れる。

 一番下の段に入っているバールを掴むと、夷月は棺にかけよった。


 初めて使うが栓抜きの要領だということは知っている。力任せに引っ張ると思ったよりも簡単に抜けた。そのままの勢いで次に。とにかく早く棺の中身を見なければいけない。

 トキアの秘密を暴かなければいけない。


「夷月、急にどうしたんだ!?」

「抜くのは俺が!」


 慌てて近づいてきた大人たちに構わず、夷月は最後の釘を引っこ抜いた。誰かが息を飲む。制止の声が言葉になる前に、勢いよく棺を開けた。


「なに……これ……」

 慎司の震える声が聞こえる。言葉にならなかっただけで、夷月も同じ気持ちだった。


 昨日、最後に勝正の顔を見たのは夷月だ。死んでいるとは思えない安らかな顔で、勝正は棺に横になっていた。精巧な人形だと言われたら信じてしまいそうなほど、その姿には美しさすらあった。

 だからこそ、今目の前にあるものが勝正だと信じられない。腕を組んだ態勢も、着ていた白装束も変わりがないのに、たしかに柔らかかった肌が干からび、水分という水分が抜けきっている。白かった肌は黒く変色し、その姿は人というより枯れ木のようだった。


「か、勝正さんだよな……?」


 鎮の震える声が聞こえる。違うと否定したかった。こんな干からびた異形のものが勝正であると信じたくはない。だが間違いなく、この遺体は勝正に違いない。お堂に運び込むところも、釘を打ち付けるところも全て、ここに居る四人は見ていたのだ。

 たった一晩で、人の遺体はここまで変貌するものだろうか。


「何をしている」


 突然、凍てつく声が響いた。内臓を冷たい手でわしづかみにされたような怖気に、夷月は肩をふるわせる。生存本能に従って背後を振り返ると、そこにはトキアの姿があった。


 長い髪が生きているかのように波打ち、お堂の入口を塞ぐように広がっている。逃げ道を塞がれた。とっさにそう思った。

 トキアは珍しく床に足をつけていた。一歩、生きた子供のように足を踏み出すと、ロウソクが不自然に揺れる。炎に照らされた青い瞳は、死人のように濁って見えて、夷月は恐怖で息が詰まった。


「開けてはならない。お前達はそれを知っているだろう。なぜ開けた」


 低い声が空気を震わす。いつもの子どもらしい高い声とはまるで違う。老人のようにしわがれて、声だけで呪われそうなほど憎悪がこもっていた。じわじわと耳から浸食して、体中を腐らせそうな声音に夷月はなんとか深呼吸する。

 完全に大人達は硬直していた。慎司と鎮は可哀想なほどに震えている。だから夷月がいうしかない。


「炎で呪いを浄化するっていうのは嘘だ!」


 怖じ気付かないように夷月は叫ぶ。トキアが目を細めた。それだけで足がみっともなく震えそうになる。床を踏みしめ、トキアを睨み付けることで夷月は耐えた。


「どういう理屈かはわからないけど、羽澤の人間は死ぬとこうなるんでしょ。それを知られたくなかったから、亡くなった一族の遺体は回収してお堂におさめ、釘で棺を開かないようにした。炎による浄化は遺体を回収するための言い訳。通夜は呪いを強調することで、棺を開けさせないようにするためだ!」


 夷月は一気にまくし立てた。冷や汗が流れる。心臓がバクバクと大きな音を立てていた。

 警察が羽澤家にかかわらないのは、上層部にこの事実を知るものがいるからだろう。羽澤と懇意にしている病院、葬儀場ももしかしたら知っているのかもしれない。

 こんな秘密が外部に知られたら、羽澤家の地位は転落する。双子に対する虐待という道徳的な糾弾よりも、不気味で意味のわからないものに対する恐怖の方がきっと強い。今まで隠蔽に関わってきた者たちだって、ただでは済まない。


 だから隠し続けてきた。同じ一族にすら悟られないよう、昔から続いているだけの大したことのない仕来りだと誤認させてきた。


 トキアはじっと夷月を見つめている。その顔は能面のようで、何を考えているのかは全く分からない。未だにじわじわと身を蝕むような怒気がお堂に満ちていて、息をするだけで肺が痛む錯覚にとらわれる。

 それでも夷月はトキアから目をそらさなかった。そらしてはいけないと直感が告げていた。


 トキアはやがて、小さくため息をついた。すべて諦めたような、疲れ果てたような頼りない顔をして、独り言のように呟く。


「生き物はみな老いる。老いという不変の理から外れたものは、もはや真っ当な生き物とは言えない」


 トキアはふわりと宙を移動し、音もなく棺の横に移動した。お堂に満ちていた刺すような空気が緩むが、夷月を含めた全員がトキアから目をそらせなかった。

 トキアは先ほどまでの怒りが嘘のように、悲しそうな顔をして勝正の遺体をのぞきこむ。子どもの小さな手が干からびた勝正の頬に触れる。すり抜けてしまうと分かっていても触れずにはいられないと、悲しみに満ちた顔でじっとその姿を見つめていた。


「魔女が双子の上に、どんな呪いをかけたのか知ってる?」


 トキアは勝正の頬に触れたまま、静かな声で問いかけた。人ではないナニカになるとは聞いたことはあるが、具体的なことは知らない。夷月は首を左右に振る。見なくとも気配で分かったのか、トキアは顔を上げ、夷月と響を視界におさめた。


「魔女が双子の上にかけたのは、だんだんと人ではなくなる呪い。魔女が直接呪ったのは双子の上だったけど、呪いは長い年月をかけ、世代を重ねるごとに変化し、複雑になり、血に染みついた。だから双子の上以外も、羽澤の血を引く者は次第に呪いの影響を受けるようになった」

「つまり、俺たちが老いにくいのは……」

「人間とはいえない存在に、なりかけているからだよ」


 トキアの答えに息をのむ。否定をして欲しくて大人達を見た。三人とも沈痛な顔で勝正の遺体を凝視している。その反応で分かってしまった。三人とも呪いの詳細を知っていたのだ。


「兄さん、呪いは解けたって……」

「解けたからって、全てなかったことになるわけじゃない。起こったことは変えられない。この家はあまりにも長く呪われ過ぎた。土地と血に呪いが染みついてしまうほどに」


 トキアはそういうと棺から離れる。それに呼応するように棺の蓋が勝手に閉まる。

 唖然とする夷月にトキアは近づいてきて、夷月の顔をのぞき込む。さきほどまでの目があっただけで祟られそうな禍々しさは消えていた。変わりに深い悲しみが瞳の奥に沈んでいる。

 トキアは今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。


「だから知らない方がいいって言ったんだよ」


 



「第三話 秘密は秘密のままがいい」 終

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