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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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3-8 こっそりな

「そういえば、トキアはいないのか?」


 夷月が気まずさを誤魔化すように慎司の背に回ると、響が周囲を見渡しながら聞いてきた。

 マッサージを断ろうとした慎司が、つられたように周囲を見渡す。その隙を見逃さず、夷月はえいやっ! と慎司の肩を掴んだ。ビクッとされたが、気にせずに夷月はマッサージを始めた。遠慮しがちな慎司には断る隙を与えないのが一番だ。


「今日は一度も見てない。帰ったんじゃないかな」

 

 通夜の暗闇に紛れてトキアは姿を消し、それから今まで姿を見せていない。夷月に追求されることをさけて逃げたのだとしたら、葬儀が終わるまで現れないかもしれない。


「トキアがいれば鍵なんて関係なかったんだが……」

 響の残念そうなつぶやきに、夷月はたしかになと思った。


「兄さん、勝正おじさんにも雅美おばさんに興味ありそうだったんだけどなあ」


 別荘を調べに行くといえば、喜んでついてきそうなものだが、あいにく連絡手段がない。幽霊ってスマートフォン持てないのかなと夷月は考える。電子機器に干渉する幽霊の話はよく聞くし、できそうな気もする。今度あったらできるか聞いてみようかなと、頭のタスクに保存しながら夷月は大人たちの様子をうかがった。


 話したことで多少気持ちが楽になったのか、夷月がリビングに入ってきたときよりは明るい空気が流れている。放置されていた紅茶やお菓子をつまむ様子を見て、少しでも休憩になったなら良かったと夷月は嬉しくなった。


 慎司の肩を揉み終わると、夷月は両親の間に入って座る。わざわざ真ん中にきた夷月を両親は微笑ましそうな顔で見てきて、鎮は「甘えん坊だなあ」と笑った。

 中学三年生ともなれば恥ずかしがるものもいるようだが、両親が多忙な夷月取っては貴重な機会だ。こんなチャンス逃せるはずもない。

 羨ましいだろという気持ちを込めて胸を張ると、慎司と鎮も微笑ましそうに夷月を見つめてきた。その優しい眼差しに心が温まる。


「そういえばさあ、雅美おばさんって子どもいなかったっけ」


 ふと思い出して夷月は両親の顔を交互に見た。雅美の子どもからすれば勝正はおじいちゃんだが、通夜にいた記憶がない。

 夷月の言葉に二人の顔がこわばる。ここにも問題があるらしい。


「行方不明なんだよ」


 そう呟いたのは鎮だった。テーブルの上においてあったチョコレートを口に運びながら、なんともいえない顔をしている。


「いつから?」

「ここ最近の話じゃないらしい。数ヶ月前から、雅美さんが血眼になって探してたって聞いた。勝正さんにお前が隠したんだろって詰め寄ってたらしい」


 鎮の眉間にシワが寄る。夷月も似たような顔をしている自覚があった。知らない間に勝正は面倒なトラブルに巻き込まれていたようだ。その相手が実の娘というのもやりきれない。


「雅美おばさんの子どもって、息子だけだったよね?」

「そう。その可愛い一人息子が、一般人の女性と結婚したあたりから、ご乱心が始まった」


 慎司が咎めるように鎮の名を呼ぶが、鎮は肩をすくめた。響と咲は苦笑するだけで何も言わない。

 ということは、まさにご乱心といった様子だったのだろう。


 夷月は菓子皿に手を伸ばして、鎮と同じチョコレートを口に運ぶ。口の中でチョコは溶け、甘さが舌に伝わるが、いまいち美味しいと感じない。話題が楽しくないからだろう。


「雅美さんは名家の女性と結婚してほしかったらしい。お見合いの話もいろいろ持っていったらしいが、一人息子の豊さんは全て拒否。大学時代に知り合った一般人女性とゴールイン」

「よく結婚許したね……」

「そこら辺は豊さんの方が一枚上手で、母親より先に勝正さんに許可を貰いに行ったんだよ」

「それでもともと微妙だった親子関係に、さらなる亀裂が入ったってわけか」


 もう雅美おばさん真っ黒じゃない? これは証拠なくても犯人ってことで捕まえてよくない?

 そんな考えが頭に浮かんだが、口には出さなかった。きっと夷月以外も思っているが、証拠がないから強気に出られないのだ。


「豊さんだけが行方不明なの?」

「奥さんも一緒だ」

「そうなると、束縛激しい母親から豊さんが逃げようとして、勝正さんがそれに協力したっていう感じかなあ」


 もう一つチョコレートを口に入れながら、夷月は考える。話のせいで美味しさが半減しているが、甘さは少しだけ元気をくれる。

 夷月以外も紅茶やお菓子に手を付け始めたから、多少の心のゆとりはできたようだ。


「雅美おばさんは羽澤家の問題には、警察が踏み込まないって知ってたわけだよね」

 夷月の確認に響は頷いた。


「雅美おばさんなら、勝正おじさんの性格は分かってるから、俺達と同じように別荘に手がかりがあると踏んだのかも」

「息子のか?」

 鎮の問いに夷月は頷く。


「関係が微妙でも、いや、微妙だからこそ、訪ねてきた娘を勝正おじさんは追い返したりしない。雅美おばさんだってそれは分かっていたはず。仲直りの気持ちだって、お菓子か飲み物を持っていっていけば、勝正おじさんは喜んで受け取るし、なんの疑いもなく口にする。それに毒が入っている可能性なんて考えない」


 毒という言葉に大人たちは顔を強張らせた。


「医者に協力をとりつけておけば、死因はいくらでも誤魔化せる。もしかしたらおじさんを運ぶのだって手伝ってもらったのかも。羽澤家の人間は身内の解剖を嫌がるし、最後のお別れが終わったら棺には釘が打ち付けられる。そのまま燃やされたら証拠隠滅完了。鍵は病院に運ぶ前に探して、施錠してしまえば雅美おばさん以外は入れない。あとはゆっくり息子の手がかりを探せばいい」


 夷月は思いついたことをつらつらと口に出した。推測ばかりで根拠なんてないが、大きく外れてはいないだろうという自信があった。


「告別式が終わるまで羽澤家は忙しい。通夜を含めて四日は探す時間がある」


 雅美は姿をくらましてから別荘にいたのだろう。今現在も別荘にいるかは微妙なところだ。息子の手がかりが見つかれば、もう別荘を出ているだろう。

 雅美の計画通りだと思うとイライラしてくる。大好きなおじさんの命は奪われて、両親は後片付けに追われ、鎮と慎司だって疲れ切っている。

 このまま何もかも有耶無耶でおしまいなんて、夷月には納得いかない。だからといって、雅美の犯行だという決定的な証拠もない。

 せめて、勝正の死因が病死ではなく他殺だとわかれば……そう思ったところで、夷月はひらめいた。


「ねえ、勝正おじさんの遺体、調べようよ」

 夷月の提案に大人たちはギョッとする。


「夷月、棺はもう閉じてしまったんだぞ」

「そうだぞ、夷月くん。閉じた棺を開けるのはご法度だ」

「呪いなんて信じてるの?」


 大人達の慌てように夷月は首を傾げた。夷月に全員が黙り込み、顔を見合わせる。

 世間では幽霊だ、呪いだと騒ぐ子どもをそんなの存在しないと大人が諌めるというのに、羽澤家ではまるっきり逆だ。夷月の世代は呪いなんて半信半疑だが、大人の方が呪いを怖がっている。

 その差は悪魔という存在に会ったことがあるかどうかなのだと思う。悪魔を知る者は仕来りから逸脱する行為を恐ろしがる。

 悪魔を知らない夷月からすれば、それはとても奇妙なことだ。


「棺を開けて本当に呪われた人なんているの?」

「……開けた者の話は聞いたことがないな」

「じゃあ、本当に呪われて死ぬかなんて分からないでしょ」


 夷月の言葉に大人たちは眉を寄せた。夷月の考えを否定したいが、否定する言葉が思いつかないといった様子だ。

 その姿を見て夷月は冷めた気持ちになる。呪いなんて所詮そんな物。ただの思い込みだ。


「俺は雅美おばさんの思い通りなんて納得いかない。これじゃ勝正おじさんだって浮かばれないよ」


 刺々しい声が口から飛び出す。頭を撫でてくれた勝正の手の感触や、笑った顔を思い出すと、こんな急に理不尽に殺されていい人だったとはとても思えない。まだまだ夷月は遊んでもらいたかったし、話をしたかった。エベレストから帰ってきたら、思い出を話してもらおうと楽しみにしていたのだ。

 それを全部、雅美の自分勝手な考えで壊された。


「心配しなくても、呪いなんてあるわけない。兄さんも呪いは解けたっていってたし、魔女も悪魔も、もう家にはいないんだから」


 お願いだから敵討ちをさせてほしい。そんな気持ちを込めて響を見つめる。しばしじっと夷月を見返していた響はため息一つ。


「こっそりな」

「父さん、ありがとう!」


 夷月は勢いよく響に抱きつく。響は自分の選択を迷うような複雑な顔をしていたし、ほか三人も両手を上げて賛成とは言い難い空気だった。

 それでも夷月は構わない。結果が出れば大人達の意見など変わる。


 棺を開けてもなにも起こらない。呪いなんてない。そう証明すればいいだけの話だ。

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