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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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3-6 そこまでして、なにを隠してるの?

 夷月がトキアを見つめながら考えごとをしていると、急にトキアが夷月の方を向いた。とっさに見ていた言い訳を考えた夷月だったが、トキアの視線は夷月を通り過ぎ、夷月の背後へ向かう。

 一体何を見ているのだろうと視線を向ければ、周囲の人間が妙にざわめいていた。両隣の両親も険しい顔をしながら周囲を見渡している。


 何事かと少し考えて、夷月は気づく。

 通夜にて一番最初にお堂に入るのは、故人に近しい者だ。勝正の奥さんは他界しているし、兄である前当主は現在、響の兄たちと共に地方にいる。葬式には間に合うように来るという話だから、明日か明後日にはこちらに到着するだろう。

 つまり勝正にとって一番近しい身内は、一人娘の雅美ということになる。

 

 夷月は改めて周囲を見渡した。辺りは暗く、相変わらず誰がどこにいるかも分からない。といっても声は聞こえているのだ。「お入りください」の声に従い、真っ先にお堂に入る立場であることは雅美だって分かっているはずだ。


 しかし、誰かがお堂に向かう様子はない。あれほど静かだった参列者たちが「雅美はいないのか」と声をあげるが、それに答える声もない。

 当然来ているはずだと思った参列者にざわめきが広がる。いくら折り合いが悪かったとしても一人娘で、第一発見者だ。通夜に来ないなんて、夷月も考えていなかった。


 夷月はしらけた気持ちでその光景を見つめた。本来であれば一人娘が率先して動かねばいけないことだというのに、準備は両親たちに丸投げ。通夜までサボり、一体どこで何をしているのか。隣にいるトキアの空気も剣呑なものになっている。


「……僭越ながら、私からご冥福を祈らせていただきます」


 響の言葉に誰も異を唱えなかった。甥という立場だし、葬儀の準備で走り回っていたことはここにいる全員が知っている。

 

 響の動きに合わせてロウソクの炎が揺れ、お堂の中をぼんやり照らす。その様子を夷月はじっと見つめた。

 お堂に入るのは一人ずつ。ろうそくを置いて出てくる決まりになっている。響の次は咲だが、その後は大人達が続く。順番はハッキリ決まっているわけではないが、年齢や故人との関係、親しさ、羽澤内での地位でなんとなく決まる。


 出てきた響と入れ違うようにして咲がお堂の中へと消える。響はまだお堂に入っていない参列者から離れた場所に立ち、通夜の進行を無言で見守っていた。


 一人、また一人とお堂の中へ消えていく。お堂の中は少しずつ明るくなり、代わりに外で待っている者の周辺は暗くなる。何度経験しても奇妙な光景だなと思いながら、夷月は自分の順番を待った。


 夷月の番がやってきた頃には、周囲は真っ暗になっていた。お堂から離れた位置では懐中電灯やスマホのライトをつけた大人達が、静かに談笑している。声はささやかではあったが、重圧から解放されたというような穏やかな空気が流れていた。

 同じ空間にいるというのに、順番を待つ夷月たちと終わった者たちでは、別の世界にいるみたいだ。羨ましいと思いつつ、夷月は出てきた大人と入れ替わりにお堂へと進む。トキアは当たり前のようについて来た。


 お堂の中は目がくらむほどに明るかった。

 お堂とは一般的に仏像が安置される場所を示すらしいが、羽澤家のお堂には仏像のような宗教を感じさせるものはない。棺を置く台が中央に置かれ、それを囲むように白い布のかかった台だけが置いてある質素な造りだ。その上には今までお堂に入ってきた人の分、ロウソクの炎がゆらゆらと揺れていた。

 

 棺の蓋は開いている。中には白装束を着た勝正が横になっていた。近づいた夷月はロウソクの蝋をこぼさないように気をつけながら、勝正の顔を見つめる。

 その死に不審な点があると聞いていたから、表情が穏やかなことにまず安堵した。死に化粧をほどこされた顔は、今にも目を開きそうなほどに健康的に見える。それでも、間違いなく死んでいるのだ。

 両手を胸の上で組み、静かに眠る姿をじっと見つめて、本当に死んじゃったのかと夷月は思った。なんだか腹の底からこみ上げるものがあって、泣きそうになる。


「泣きたいなら泣けばいいのに」


 またもやトキアが視界に映り込んできて、夷月はギョッとした。流れそうになった涙が引っ込む。それを見てトキアは残念そうな顔をした。


「涙ひっこんじゃった? 残念。夷月にも泣くっていう人間らしさがあったんだなって、安心しようと思ったのに」

「兄さん、俺のこと冷酷無比なサイボーグだとでも思ってる?」

「そこまでは思ってないよ。人間性に多大な欠陥ありだとは思ってるけど」


 にっこり笑ったトキアを夷月は睨み付けた。いつも通りの涼しい顔で流されて、夷月はため息をつく。おかげでしんみりした空気が消し飛んだのは確かだ。


「おじさんは泣くより笑って見送ってほしい人だから、いいんだよ。それに泣きたいのは俺よりも父さんと母さんだろうし」


 だが立場上、二人は涙を見せないだろう。


「俺に泣かれるより、雅美おばさんに泣いて欲しかっただろうし」

 この場にいない雅美のことを考えて夷月は顔をしかめた。


「……雅美おばさんが、おじさんを殺したのかな……」


 第一発見者が一番怪しいという話はよく聞く。それに加えて診断書偽造の疑いもある。今のところは全て推測で、なんの証拠もないのだが、積み重なれば怪しく思えてしまう。


「事件性のない突然死に見せかけたいなら、通夜には顔を見せた方が賢いけどね」


 トキアはそういって眉を寄せた。

 たしかにトキアの言うとおり、心証をよくするなら通夜に参加した方がいい。勝正と雅美の関係が上手くいっていなかったことは多くの者が知っている。現に慎司に疑われている。羽澤家で生まれ育った雅美がそれに気づかないはずがない。


「死体を解剖に出すことは禁止されてるし、バレないって高をくくってるのかもしれないけど」

「えっ。そうなの」


 夷月が目を見開くと、トキアは「知らなかったの」と驚きの声をあげた。


「出て行った子の遺体もわざわざ羽澤家で葬儀してるんだよ。よそ、ましてや病院や警察なんかに遺体を渡すわけないでしょ」

「そこまでして、なにを隠してるの?」


 夷月の問いにトキアは一瞬顔をこわばらせた。気のせいだと思ってしまいそうな、本当に一瞬の出来事だったが、トキアの反応をじっと見ていた夷月は誤魔化せない。


 ただの意味のない仕来りだと思っていたから真面目に考えたことはなかったが、理由があることを前提にすれば見えてくるものもある。

 この仕来りを作りあげた先祖は、羽澤家の人間の遺体を外部の人間に見せたくなかった。だから葬家なんて葬儀を執り行う役割の家を作り、なるべく遺体に身内しか触らない環境をつくりあげた。


 身内には医者もいるし、近くに出資している病院もある。雅美が知り合いの医者に頼まなくとも、羽澤家と縁のある病院や医師の元に運ばれるようになっている。

 つまり、世間にバラしたくない事実を隠蔽するのは容易い。

 

 葬家の人間はもちろんのこと、長年お世話になっている葬儀場だって、羽澤の息がかかっている。何かあっても口封じすることは簡単だろうし、すでに口封じをしているから長年使い続けている可能性もある。


「なんで追い出した人間まで、わざわざ連れ戻すんだろうって不思議だったんだ。生きてる間ならともかく、死んでからだし。生きてる間は興味ないって放っておくのに、死んだ途端に慌てて連れ戻すのっておかしいよね」


 そのために羽澤家は家を出た人間の居場所をある程度把握している。それは付き合いの長い岡倉家に任せているのだろうが、手間に違いない。必要なお金を羽澤が出しているのは、子どもの夷月でも想像出来る。

 そこまでしてなぜ、死体を回収するのか。


「羽澤家に染みついた呪いを浄化するためっていうのは建前でしょ。本当は別の目的があるんだ」


 夷月はじっとトキアを見つめた。トキアは理由を知っているという確信があった。トキアはしばらく夷月をじっと見つめ続けてから、ふっと笑う。


「その推理が正しいとして、秘密を暴き立てたあとはどうするの?」


 予想外の問いに夷月は目を丸くした。戸惑っている間にトキアは夷月との距離をつめてくる。目の前に、深海みたいなトキアの瞳が広がる。相変わらずどこまで深いのか、底にいったいどんなものがあるのか分からない。


「知らない方がいいことって、世の中にあると思うんだよね。秘密は秘密のまま、気づかないことにしていた方がいい。これはそういうものなんだよ」

「兄さんはなんで知ってるの」

「幽霊に壁は関係ないからね。長くこっちにいれば、見えちゃうものはいろいろある」


 トキアのいうことはそれらしく聞こえたが、真実ではないような気がした。けれど、その嘘を暴く手段を夷月は持っていない。


「そろそろ出よう。響と咲ちゃんが心配しちゃう」


 トキアはそういうと、さっきまでのやりとりなんてなかったように、にっこり笑い、夷月を置いてさっさとお堂を出て行った。

 逃げたと分かったが、外に出られては問いただす事も出来ない。大勢の親戚の前で、誰も居ない暗闇に話しかけるなんて愚行はおかせない。


 夷月はため息をついて、ロウソク台を台の上に置く。最後にもう一度勝正の顔を見たが、相変わらず穏やかな表情で眠っていた。その眠りが安らかなことが唯一の救いだと、夷月は無理矢理自分を納得させた。


 


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