3-5 順番にお入りください
その夜、羽澤家の一角で通夜が行われることとなった。通夜は暗くなってから行われるのが慣わしで、喪服を着た親戚が大勢集まった。
両親と夷月、手伝いに忙しかった鎮と慎司も喪服に着替え、参列者の列に並んでいる。参列者の手にはロウソク。昔から使われているという古めかしいロウソク立てが、ロウソクの炎で照らし出される。
喪服に身を包み、暗い場所に並び立つ様子は遠くから見れば宙に炎が浮いているように見えるだろう。時代が時代なら、人魂なんて騒がれそうだ。
羽澤には奇妙な仕来りが伝わっているが、その一つが通夜だ。一般的には通夜は一日のみ。それが羽澤家では三日行われる。昔はともかく近年では葬儀場で行われることが多い通夜も、羽澤の外れにあるお堂を使う。
通夜が終われば火葬、続いて葬儀というのが羽澤家の流れだ。一族外に知人が多い場合は、近場の葬儀場で告別式が行われる。そこでやっと羽澤家以外の参列が許される。どれだけ故人と親しかろうと、羽澤の人間でなければ通夜、火葬、葬儀への参加は許されない。
羽澤が運営する学校、御酒草学園を卒業した慎司は数少ない例外だ。
理由は羽澤家が呪われているから。土地が呪われているから、身内以外を敷地内にはいれない。血が呪われているから浄化の儀式を終えるまで、故人を外部の人間に会わせることは出来ない。そういう決まりなのだという。
通夜が三日間行われるのはお堂という神聖な場所にて、浄化の力を持つ炎を使い、生前に染みついた穢れや呪いを綺麗にするためだと伝えられている。
葬儀を執り行う役割を持つ家が棺をお堂まで運び、参列者は火がついたロウソクを持ってお堂までの道を照らす。棺を運ぶ、通称葬家と言われる者が棺を安置したら、お堂に一人ずつロウソクを置いていく。それから三日間、ロウソクの炎が消えないように交代で見張るのだ。
通夜に参加するのは初めてではない。葬儀を管理するのは当主の仕事の一つだから、当主になるかもしれない夷月も小さい頃から何度も参加している。
羽澤の人間は羽澤の土地にて、仕来り通りに葬儀を行うことになっている。羽澤から追放された人間でも、亡くなれば連れ戻される。羽澤家を見限って出ていった、羽澤家に見限られて養子に出された人間も、死んだら羽澤家に連れ戻され、同じように送られる。
この儀式は来世は呪いなど関係ない、綺麗な身で生まれられるようにという祈りも込められているのだと聞いたことがある。一見良い話に思えるが、夷月としては呪いは今世で断ち切らねばならぬという、並々ならぬ執念を感じる。
トキアは呪いは解けたと言っていたし、夷月だって本当に自分の家が呪われてるなんて信じてはいない。昔からそう言い伝えられているだけで、なんの根拠も科学的証拠もないと思っている。
だけどこうして、真っ暗闇の中でロウソクの炎を頼りに立っていると、自分が本当に呪われているような気持ちになる。この儀式は必要なことで、それをしなければ生きていけない。そんな錯覚に頭からつま先まで浸りそうになる。
空気に飲まれそうになって夷月は小さく息を吐いた。この空気感が悪いのだと、見えないとわかりながらも周囲をぐるりと見渡す。
ロウソクの灯りはか細く、両隣に立つ両親の顔はかろうじて見えるが、少し離れた場所にいる鎮と慎司の顔はよく見えない。対して親しくもない、顔も体型もうろ覚えな他の参列者となれば、ぼんやりと人型の影が見える程度だ。
多くの人が集まっているのに、みな無言だった。息をひそめ、夜の闇に溶け込むように存在を消している。誰かが注意したわけでもないのに、通夜の時はいつもこうだ。
夷月は周囲にいるのは本当に親戚の、人間なのだろうかとふと考えた。この中に人の形をしたナニかが混ざっていたとしても、きっと気づかない。声を発した途端、背後から丸呑みにされたとしても、通夜が終わって明るい場所に出るまで、誰も気づかないんじゃないだろうか。
そんな馬鹿げた妄想に夷月はゾッとした。そんなことありえないと分かっているのに、心のどこかでもしかしてという不安が浮かぶ。
ここに立っている人間が全員、夷月が思い浮かべた妄想や恐怖に支配されているのではないか。そう考えると、全員が息を殺しているのにも納得がいった。
早く終わってくれないかなと思いながら無言で待っていると、葬家の人間が棺を運んできた。参列者と同じく真っ黒な喪服を着ており、その顔は黒い布で隠されていた。
暗闇の中だと、棺の白だけが浮かび上がって見える。遠くから近づいてくるさまは、棺が宙に浮いて一人でにお堂に向かうようだ。
葬家の人間は明かりを持たない。彼らは左右に並ぶ参列者たちが持つろうそくを頼りに進む。初めてみた時は、暗闇からいきなり人間が現れたように見えて驚いた。異様な雰囲気もあって、異形の化物に見えたのだ。
大泣きしても通夜は止まらない。子供が泣くことは珍しいことではなかったらしく、いくら泣いて怖がっても、両親を含めた大人たちが一切の反応をしない。夷月の時もそうだったし、他の子どもの時もそうだった。みんな泣いている子どもなどいないかのように無視するから、泣き疲れるなり、空気を読むなりして自然と泣き止むのだ。
ちらりと左右に並ぶ両親を顔を見上げる。普段は柔らかな笑みを浮かべている両親の顔から、一切の表情が抜けていた。魂でも抜かれたかのような姿に夷月はゾッとして、すぐさま視線を棺に戻す。
羽澤家の人間にしては甘いと言われる両親も、間違いなく羽澤の人間なのだと突きつけられる。それも夷月の気持ちを重くする。
「もしかして怖い?」
ゆっくりとお堂に向かう棺を見ていると、トキアの顔が急に視界に広がった。あげそうになった悲鳴をなんとか飲み込む。とっさに口を押さえようとしたが、右手にはロウソクがある。落として換えのロウソクを持ってくるのは面倒だし、服や周囲に燃え移ったら大変だ。
夷月は非難を込めてトキアを睨み付けた。トキアはイタズラが成功した子どもみたいに、上機嫌な顔でにんまり笑っている。そんなトキアの姿に響と咲が苦笑を浮かべているのが分かった。
トキアの姿はなぜか暗闇の中でもハッキリ見えた。不気味な雰囲気の中、鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌なのもあわせて、生きてはいない幽霊なんだなと実感する。
「僕もこうやって運ばれたんだね」
人ごとのように、軽い口調で告げられた言葉に響の肩が跳ねた。夷月が驚いてトキアを見ると、トキアは相変わらず楽しそうな顔で棺を見つめている。
両親からそそがれる物言いたげな視線は華麗に無視だ。
夜になってもまとわりつくような暑さと、ロウソクの炎。そこに人の念が加わって、周囲を包む空気の密度がましたような気がする。
着込んだ喪服が重く感じ、夷月は早く終わってくれと棺の行進を見つめる。夷月の気持ちが伝わったのか、先頭の二人がお堂の階段に足をかけるところだった。
古い木造の階段がギィッと嫌な音を立てる。ギィギィと進むごとに音は続き、やがて最初から開け放たれていたお堂の入り口へとたどり着く。
中は暗く、数メートルしか離れていないというのに黒く塗りつぶしたような闇がある。それは異界の入り口のようにも、大きな口を開けた化物のようにも見えた。
そんな中に棺を運ぶ四人の男と棺が吸い込まれていく。
入ったまま戻ってこなかったらどうしようと嫌な想像をしたが、意外にもあっさりと男たちは戻ってきた。
お堂の階段を降りると隅の方に並ぶ。
「順番にお入りください」
厳かな男の声が聞こえ、夷月は息をのむ。これから通夜、最後のお別れが始まる。
羽澤家で故人の顔が見れる機会はこれが最後だ。この場に集まった全員が最後のお別れをした後、棺には釘が打たれ、開かないように固定される。その後、棺を開けることは禁忌とされる。炎によって浄化されるはずだった故人の呪いが、開けたものに降り注ぎ、死んでしまうというのが古くから伝わる話だ。
仕来りなんてなくとも棺を開けたいなんて夷月は思わない。三日放置された遺体がどうなっているかなんて、わざわざ確認したいものじゃない。
案外、棺を開けてはいけないという理由もそういうことなのかもしれない。いくら死んでしまった人間とは言え、家族の変わり果てた姿を見たくはないだろう。
そう思ったところで、トキアに言われた言葉を思い出す。
羽澤家の仕来りには意味がある。部外者を敷地に入れてはいけないのは、羽澤の土地が本当に呪われているから。そう、渡辺と太田を森に入れた日に聞いた。
あの後、太田はしばらく入院したが、原因不明の体調不良が回復せずに学校をやめた。噂によると田舎で療養しているらしい。
渡辺は両親が事業に失敗し、転校を余儀なくされた。現在どこで何をしているかは知らない。
二人が羽澤の敷地内に入ったことは、羽澤の敷地内に入ると呪われるという噂とともに学校中に広まった。それと同時に、今まで夷月に媚びへつらっていた子どもたちは、夷月を遠巻きにするようになった。
大人ですらだ。
表面上はいつも通りを装っているが、どこかに未知のものに対する恐怖が透けて見える。
夷月からするとバカを相手にしなくて良くなったので、前よりも居心地の良い学校生活を送っている。化物を見るような目で見られたところで、以前と意味合いが変わっただけ。夷月を一人の人間として扱っていないのは変わらない。
しかし、前の一件で仕来りがただの迷信でないことは証明されてしまったわけだ。不気味だとしか思えないこの通夜だって、なにかしらの理由があるのかもしれない。
そう思ったものの、理由を知っている人間がいるとも思えない。羽澤家は仕来りは伝えても理由は伝えない。きっと両親も知らないし、先代の当主も知らないだろう。
夷月はチラリとトキアを見る。この異様な雰囲気の中、ただ一人上機嫌に鼻歌を歌っている幽霊の横顔をじっと見つめ続ける。
いつから行われているかも分からない、謎の仕来り。それをしなければいけない理由を、なぜだかトキアは知っているような気がした。




