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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
22/38

3-4 幽霊には壁なんて関係ないからね

「兄さんが教えてくれるつもりないことは、よぉーく分かった」


 トキアの腕から手を離し、夷月は腕を組んだ。ふんっとそっぽを向いてみせるが、トキアは変わらず笑っている気配がする。全く動じてない。


「僕の一存できめられることじゃないからね。響にもいろいろ予定はあるし、なによりアキラは忙しいし」


 夷月は暇だと言わんばかりの物言いだが、部活もしてなければバイトもしていない。これといった趣味もない中学三年生だ。羽澤家当主の父と、働いているだろうアキラを引き合いに出されては勝てるはずもない。

 アキラが一体どこで何をしているのかは知らないが、トキアの双子の兄で響の息子だ。優秀に違いない。というか優秀じゃないのに、トキアに好かれまくっているのは納得がいかない。


「響くんは夷月くんのことを考えてるよ。そこは信じてあげて」


 ふてくされる夷月の耳に、その声は自然と入ってきた。不満を浮かべたまま顔を向ければ、慎司が穏やかな顔で夷月を見つめている。響の片腕として汚い人間を見てきただろうに、慎司の言葉はいつも透き通って澄んでいた。

 そんな慎司の言うことが嘘なはずがない。

 夷月は内に溜まった不満や不安を、ため息と共に吐き出した。


「父さんは俺のこと大好きだからな!」

「そこで胸を張れるあたり、響は夷月のこと甘やかしすぎだよね」


 トキアの呆れた視線が突き刺さるが、夷月は聞き流した。中学三年生の子どもなのだ。甘やかされて何が悪い。


「話が一段落ついたところで、二人は響のこと手伝わなくていいの? そのために来たんでしょ」


 トキアの言葉は二人はハッとして自分の腕時計を見る。夷月に軽く挨拶するだけのつもりだったろうに、気づけば思った以上に時間がたっていた。響や咲は怒るような人間ではないが、それだけに忙しいときにサボっていたような後ろめたさがあるのだろう。


「トキア兄さんにビックリしたっていえば父さんも納得すると思うし、気にしなくていいよ」

「えっなにその、僕が悪いみたいな言い方」


 夷月が笑いながら手を振ると、トキアは不満という顔で夷月を睨みつけてきた。その視線を夷月は軽く流す。トキアが悪いとはいわないが、四割くらいの原因ではある。羽澤家に入り浸っていることを鎮と慎司に伝えていなかったのだし。


「トキア様は最近は羽澤家によくいらっしゃってたんですか?」


 すぐに立ち去るかと思われた慎司と鎮は、意外にも動かなかった。それどころか先ほどよりもこわばった顔つきで、慎司がトキアに問いかける。これにはトキアも驚いたようで、目を丸くして慎司を見つめた。

 慎司は誠実な人間だが、話術や社交性でいえば鎮の方に軍配が上がる。それを本人も自覚しているので、会話の主導権は鎮に委ねることが多い。そんな慎司が自ら話題を振ったということは、重要な話なのだろう。

 

 夷月は背筋を伸ばす。始終にこにこしていたトキアの顔つきも、先ほどとは違って真剣なものとなった。

 トキアの存在になれた夷月から見ても、笑顔という仮面を剥ぎ取ったトキアは圧がある。それに全く動じず真っ正面から目を合わせる慎司は、大人しそうに見えても羽澤家という魔窟で生きてきた大人なのだと実感した。


「勝正さんの死因に不審な点があります」


 夷月は息をのむ。それから舌打ちした。一ヶ月前、元気な姿をみたばかりだというのに、その可能性を全く考えなかった自分の間抜けさに腹が立った。

 羽澤家では不審死や、実際の死因と公表される死因が違うことは珍しいことじゃない。隣に座っているトキアだって表向きは事故死ということになっている。本当は跡取り問題で揉めて殺されのだと、多くの身内が知っているのにだ。


「自宅で倒れている所を発見したのは、勝正さんの一人娘の雅美さん。雅美さんは自分が懇意にしている医者の元へ勝正さんを連れて行ったそうです。その医者が死亡診断書を作成しました」


 慎司の説明に夷月は疑問を口にする。

 

「救急車は呼ばなかったの?」

「騒ぎになると思ったからと、もっともらしいことは言ってましたね」


 答えたのは鎮だった。その口調は投げやりで、信じていないことは明白だった。

 救急車を呼んだ場合、騒ぎになる可能性は高い。羽澤家には各業界の重鎮がそろっているので、誰が倒れたのかをいち早く知りたいものは多いだろう。だからといって救急車を呼ばないわけではないし、自分の父が自宅で倒れている姿を発見して、知り合いの医師になんて思考になるだろうか。

 気が動転していたからこそ、知っている相手にかけてしまったと言われたら納得するほかないが、なんとなく違和感がある。


「雅美おばさんって、勝正おじさんとは上手くいってなかったよね?」

 夷月のつぶやきに鎮と慎司が渋い顔をした。二人も同じ点が引っかかっていたらしい。


「仲悪かったの?」

「勝正おじさんは仲良くしたがってたんだけど、雅美おばさんが突っぱねてた感じ」

 トキアの問いに答えると、トキアは興味深そうに目を細めた。


「雅美さんは悪魔信仰者で、響に突っかかることも多く、それに勝正さんが苦言を呈してからの親子喧嘩っていうのがお決まりのパターンでした」

「キーキー騒いで、見苦しかったよね」


 鎮の説明に続いて感想を告げると、三人から何か言いたげな視線を向けられた。何かダメなこと言った? と首を傾げる夷月を見て、三人とも微妙な顔で目をそらす。納得のいかない反応だ。


「アイツがいなくなって二十年くらいたってるのに、未だに信者いるんだね」

 トキアの呆れきった反応に鎮と慎司が苦笑を浮かべた。夷月はそんな三人の様子を順番に見て考える。


「アイツって悪魔って呼ばれてた不審者のこと?」

「ふ、不審者!?」

「ぐふっ」


 鎮が驚きの声を上げるのと、トキアがらしくない汚い笑い声を上げるのは同時だった。またもや口を押さえてプルプルと震えている。


「ちょ、ちょっと夷月、や、やめて! そ、それは僕にきく」


 トキアは笑いを堪えながら必死に声を絞り出す。二回目ということもあり最初よりは耐性がついたようだが、未だツボに刺さって抜けないらしい。夷月は兄さんのツボよくわからないなと思いながら、その様子をじっと見つめた。


「なんか皆ありがたがってるけど、俺が生まれた時にはすでにいなかったし。悪魔とか選定者とか言われてもなって感じ。俺の世代、そういう認識の奴多いよ」

「これがジェネレーションギャップ」


 心底驚いた様子の鎮と慎司の反応に夷月は首をかしげる。

 羽澤の悪魔といったら羽澤の人間なら誰でも知っている。古くから羽澤家にいた年をとらない黒づくめの男で、悪魔の選んだ相手と結婚すると優秀な子どもが生まれたらしい。その恩恵にあやかって羽澤家はここまで発展してきたと言われている。

 しかしながら悪魔と呼ばれるような存在だけあって、性格は気まぐれ。好き嫌いが激しく、気に入った人間は溺愛したが、気に入らない人間は感情を抜いて廃人にしたと言われている。

 夷月が生まれる前には毎年悪魔に生贄を捧げる儀式を行っていたらしいが、何十年か前に儀式は失敗。その結果に怒った悪魔は儀式はもういいと言い放ち、二十年ほど前に姿を消した。儀式の失敗とその後の羽澤家の対応に失望したのだと悪魔信者は嘆いている。


 それ以降のゴタゴタを乗り越え、羽澤が安定してから生まれたのが夷月たちの世代だ。悪魔がいなくとも羽澤家はなんとかなると証明された世代でもある。そんな夷月たちから見れば、悪魔は胡散臭い存在でしかない。


「俺、悪魔なんて見たことないけど、そんなに帰ってきて欲しいような存在なの?」

 夷月の問いに鎮と慎司は苦笑いを浮かべた。その反応が答えのようなものだ。


「そもそもさ、年をとらないとか、感情を抜いて人を廃人にするとか、嘘くさいにもほどがあるでしょ。本当にそんな人、実在したの?」


 集団幻覚か、大がかりな詐欺にでも騙されたのではないかと夷月は思っている。それくらい悪魔信仰というのは夷月にとっては信じられないものだ。


「意外。夷月、妖怪とか都市伝説とか信じないタイプなんだ」

「あーいうの、だいたい勘違いか、こじつけでしょ」

 夷月の返答にトキアは愉快そうに目を細めて見せた。


「僕の存在は普通に受け入れてるのにね」


 それを言われると痛い。たしかに幽霊だって見えない人からすれば都市伝説と同じ。今ここにはトキアが見える三人がそろっているが、アキラを知らない使用人がこの光景を見たら、気がふれたと思うだろう。


「この世界にはね、不思議がまだまだ残ってるんだよ。その一つが僕であり、悪魔って呼ばれてるクソ野郎」

「……兄さん、悪魔のこと嫌いなの?」

「うん。嫌い。祟り殺したいくらいに」


 そういうトキアの口は弧を描いていたが、目は全く笑っていなかった。それどころか視線だけで凍り付きそうなほどに冷たい。


「僕からすればクソ野郎だけど、悪魔っていわれるほどに恐怖を集めた存在でもある。悪魔を信仰する人たちはね、恐ろしいんだよ。恐ろしい存在が目の届く範囲にいないことが恐ろしい。知らない間に自分たちに牙をむくかもしれない事実が恐ろしい。だから帰ってきて欲しいんだ」


 その感情は夷月にも理解出来た。


「恐怖は人を突き動かす。理性を奪う。周囲からすれば意味の分からない理屈でも、当人には理屈の通った行いに思えてしまう。雅美って子が悪魔信者だっていうなら、勝正の死因を鵜呑みにはできないね。死亡診断書を自分の都合の良い形に作らせたのかもしれない」


 トキアの言葉に鎮と慎司が息をのんだ。


「証拠もない可能性の一つだけど、変な噂が出回っているのし、ちょっときな臭いね」


 しばし考えるそぶりを見せたトキアはにっこり笑った。一見すると無邪気に見えそうな笑顔の下で、ろくでもないことを考えていることはすでに分かっている。鎮と慎司も知っているらしく、三人は揃って身構えた。


「面白そうだし、しばらくここで様子見ることにするよ。幽霊には壁なんて関係ないからね」


 いくら見えないとはいえ、壁からトキアが登場する様を想像して、夷月はひっそり雅美に同情した。


 


 

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