3-3 ないしょ♡
鎮と慎司はL字型ソファの夷月が座ってない側に腰を下ろした。その間も視線はトキアに釘付けだが、トキアはいつも通りにこにこ笑っていた。
面の皮厚いなと思いながら夷月はトキアから目を離し、落ち着かない様子の鎮と慎司に向き直る。もうすぐ五十になろうとする大人が八歳の子ども相手におどおどしている姿は奇妙だが、相手がトキアだと思えば仕方ない気もする。
「鎮さんと慎司さんは、いつからトキア兄さんのこと知ってるの?」
反応から見て最近ではないだろう。「トキア様」という敬称が自然に出たところを見るに、夷月が知らなかっただけで両親と同じように会っていたに違いない。
探るように二人を見れば、二人は気まずそうな顔を見合わせ、諦めた様子で鎮がため息をついた。頭をガシガシとかきながら話し出す。
「夷月くんを仲間はずれにしわたけじゃないんですよ?」
「それは分かってるよ。見えない状態で、兄さんは幽霊になって近くにいます。なんて言われたら、腕のいい精神科医探すし」
真顔で言い切ると「夷月くんってそういう子ですよね」と若干呆れた顔をされた。慎司も苦笑いだ。
反応の意味が分からずに首を傾げていると、トキアがおかしそうに笑う。
「いやー、ほんと可愛げのないクソガキだよね」
「きっと兄さんに似たんだよ」
「なにいってんの。僕可愛いでしょ」
「見た目はね。それをいうなら俺だって見た目は可愛いよ」
トキアと見つめ合って、同時ににっこり笑う。空気が若干ひんやりしたが、トキアを認識してから何度も繰り返された、もはや挨拶ともいえるやり取りだ。
「思ったよりも仲がいいようで安心しました」
「このやり取りみて仲がいいって判断する君も、大概毒されたね」
トキアは呆れたような視線を鎮に向けるが、鎮は完璧な営業スマイルで流した。隣の慎司はなんともいえない顔をしているが、とくには触れない。さすが響の補佐をしているだけあって、癖のある人間の対応に慣れている。
「それで、二人はいつから兄さんが見えてたの?」
「トキア様が幽霊になってるって聞いたのは十年くらい前。実際に会ったのは数年前です。知ってはいましたが、あまり会う機会はなかったですね」
「トキアくん、あまり羽澤家には来ないので」
幽霊相手だというのに会えなくて残念だと語る慎司に、トキアが満面の笑みを浮かべた。トキアは慎司のように素直で純粋なタイプが好きらしい。自分とは真逆だなと思った夷月は、なんとなくモヤモヤした。
「羽澤家にはあまり来ないって聞いてたのに、いつのまにか夷月くんと仲良くなってますし、驚きましたよ」
「春くらいに夷月に見つかって、それからはからかいに来てるんだ」
ただでさえ整った顔を輝かせながら、トキアは臆面もなくいう。「からかう」と平然という姿に夷月は顔をしかめる。トキアの性格を理解しているらしい鎮と慎司も微妙な反応だ。
「……夷月くんはアキラ様と接点がないですよね?」
鎮が探るような目をトキアと夷月に向けた。ここで突然アキラの名前が出た理由が分からず、夷月は首を傾げる。その反応を見て、鎮の視線はトキアに固定された。
「ないね。だから僕も、夷月が僕のことを見えるはずがないって油断してたんだ」
トキアはそういうと肩をすくめる。あの日、夷月に見つけられたのが失態だと語る姿に、トキアは自分に見つかるつもりはなかったのだと悟った。トキアが油断せず、夷月から隠れたまま過ごしていたら、一生トキアの存在に気づかなかった。その可能性に思い立って、夷月はゾッとする。
思わずトキアの腕を掴むと、トキアはきょとんとした顔で夷月を見上げた。いつもは夷月の内心を隠した奥底まで見通してくるのに、今のトキアは夷月の気持ちがまるで分からないようだった。不可解そうに眉を寄せる姿に、妙な危機感を覚えた。その危機感の正体が分からず、ただ焦りだけが浮かんでくる。
ぎゅっとトキアの腕を掴んだまま、夷月は鎮と慎司に向き直る。急な夷月の行動に二人も戸惑っているようだった。
「兄さんは特殊な幽霊だって聞いたんだけど、どう特殊なの?」
夷月の問いに鎮と慎司は顔を見合わせた。その反応を見て確信する。二人は夷月の知らない事を知っている。
「二人が霊感があるって聞いたことない。父さんと母さんもだ。俺もトキア兄さん以外の幽霊なんて見たことない。ってことは、トキア兄さんを見る条件は霊感じゃない」
トキア自身も霊感の有無は関係ないと言っていた。だが、使用人や学校の関係者など、全ての人間が見えるわけじゃない。何か明確な条件がある。
「兄さんが見える条件はアキラ兄さん?」
夷月が真剣な顔で問いかけると二人は息を飲む。鎮は「参ったな」と小声で呟いた。
「……はい。トキア様が見える条件はアキラ様。アキラ様に強い興味関心を持っている人間だけがトキア様を見ることが出来ます」
「強い興味関心……」
夷月は鎮の言葉を繰り返し、首を傾げた。
「いや、俺アキラ兄さんのこと知らないけど」
「だから見えていることに我々は驚いたし、トキア様も油断してうっかり姿を見せてしまったんですよ」
腕を浮かんだままのトキアを見ると、鎮の言葉に同意するようにため息をついた。
「僕としても盲点だったんだよ。まさか、弟が兄に向ける興味関心も条件に当てはまるなんて」
意味が分からずに目を瞬かせる。鎮と慎司は納得したようで「なるほど」と呟いていた。意味が分かっていないのは夷月だけらしい。
「どういうこと?」
「君はアキラのことは知らなかったし、僕の顔すら覚えていなかった」
トキアの存在から逃げていたことを本人に指摘され、夷月はいたたまれない気持ちになる。考えてみればトキアが見えたあの日、自分の兄だと気づかなかった時点で自分の気持ちは筒抜けだったのだ。
そのことに今更気づいて、そのうえで笑っていたトキアのことを思うとまたモヤモヤした。けれど、モヤモヤの理由はよく分からず夷月は内心首を傾げる。
「でも、兄のことは意識していた」
隠していた感情を一突きにされたような衝撃に、夷月は息をのんだ。しかしトキアは夷月に構わず話しを続ける。
「夷月が意識してたのは存在を知っていた僕だろうけど、アキラだって夷月の兄だ。夷月は僕個人というよりも、自分の立場を危うくする兄という存在を意識していたから、僕もアキラも兄っていう括りにまとめられてしまったんだろうね」
トキアは「面白いよねー」とにこにこ笑っているが、夷月は全く笑えなかった。隠したい感情を一番隠したい相手に暴露されるなんて、なんて罰ゲームだろう。鎮と慎司から向けられる視線に、哀れみがこもっているのもつらい。
夷月は恨めしげにトキアを見たが、トキアは自分の推測を披露して満足したのか満面の笑みだ。文句を言ったところで取り合えってもらえないと悟った夷月は、早々に白旗をあげた。
「ん? ってことは、鎮さんと慎司さんはアキラ兄さんに会ったことあるの?」
トキアを見るためにはアキラの存在を知っている必要がある。夷月は弟という立場による抜け道を使ったようなものだ。鎮と慎司にはその道は使えない。
夷月の推測はあたっていたようで、夷月の問いに二人はそろって「まずい」という顔をした。その反応から見て、二人は両親からアキラの存在について口止めされていたらしい。
思わずじとりとした視線を向けてしまう。仲間はずれにするつもりはなかったと言っていたが、現状ではその発言も言い訳に聞こえてしまう。
「夷月くんに会わせようって話はあったんだよ。時期を見計らっていただけで」
慎司が慌てた様子でいう。必死の様子や慎司の性格からいって嘘ではないだろう。夷月とアキラの微妙な関係を気遣ってくれたことは分かる。それでも疎外感は感じてしまう。
「アキラ兄さん、いまどこにいるのさ」
ふてくされた顔と声で夷月は聞いた。鎮と慎司は困った顔をする。きっと響に言われているのだ。二人の立場や、響との関係を考えれば勝手には言えないだろう。となれば、聞ける相手は一人しかいない。
夷月はトキアをじっと見つめた。掴んだままの腕にも力を込めた。なんならちょっとかわいこぶってみた。
トキアはそんな夷月の渾身の甘えを受け止めて、
「ないしょ♡」
夷月よりも手慣れた、完璧なあざとさで打ち返してきた。
「勝てるか!!」
思わず叫んだ夷月に続いてトキアの笑い声が響く。一生勝てる気がしない。




