3-1 夷月こそ、こんなところで何してるの?
羽澤の敷地内、建物が不自然にない空間を見て夷月は眉を寄せた。
元は古い木造建ての建築物があったその場所は、ひらけた空き地になっていた。向こう側に魔女の森の一角が見え、周辺に建物は何もない。空き地を見る夷月の後ろには羽澤の人間でも滅多によりつかない、蔵が並び立つ。
蔵が太陽を隠しているせいで暗く、ただの空き地だというのに陰鬱な雰囲気がまとわりついている。
ここにはかつて、双子の上を幽閉する施設があった。
響が当主になり、真っ先に更地にされた場所だ。幽閉されていた双子の上は散り散りになり、羽澤家に残ったのは数名。その数名も自立できる年齢になると、すぐに羽澤家から出て行ったと聞いている。今どこで何をしているのか、噂すら聞かない。
それだけ羽澤の人間にとって双子の上というのはタブーだ。触れてはいけない。見てはいけない。いない者として扱われる。
そんな場所に夷月の兄、トキアの心残りである、羽澤アキラは幽閉されていたという。
いったいどんな気持ちだったのだろうと想像してみたが、窮屈だっただろうなというぼんやりした想像しか思い浮かばなかった。夷月はアキラがどういう人物かもしらないし、当時の環境がどういったものかも分からない。内情を知るものは堅く口を閉ざしている。
しばしじっと、何もない空き地を見つめ続け、夷月はため息をついた。
羽澤家の人間は記録を残さない。何代か前の当主がきめた仕来りを疑問に思っていたが、こうしてアキラの痕跡を探し始めた夷月は当主の意図を理解した。
当主は羽澤の呪い、双子について調べられたくなかったのだ。
「そこまでして知られたくないことって、何だろう」
夷月は腕を組んで首を傾げる。
現代社会において、双子の上にやってきたことは犯罪だ。といっても、昔は今ほど厳しくはない。倫理的にどうかという話はあるが、親子間、同じ一族間で行われていたことに対し、外部の人間が口を出すことは難しかっただろう。
にも関わらず、そんな時代から記録を残してはいけないという仕来りができあがった。これは外部というよりは身内を意識したものに思える。
今も昔も、家の中で起こった出来事を外部の人間が知ることは難しい。家の者が話さない限り。
「あーだから、記録を残させなかったのか。知らなきゃ話しようがないもんな」
自分の中で納得のいく結論が出て、夷月は思わず言葉を漏らした。本当に知られたくなかったんだなと呆れ半分に、かつて罪を押し込んでいた跡地を眺める。
羽澤の人間は自分たちが呪われた血筋だということを知っている。それが双子にまつわる呪いだということも知っている。呪われた双子の上はだんだんと人ではないナニかになる。だから幽閉し、隠すのだということも知っている。
だが、人ではないナニかが具体的にどういうものかは知らない。年寄り連中は化物になるのだと恐ろしがっていたが、夷月と同世代は子どもを脅かす冗談だろうという認識だ。
今の時代、そんな曖昧な話をしたところで周囲は信じない。鼻で笑われるのがオチだ。それを知っていて、外部にわざわざ話すはずがない。双子の呪いは羽澤家にとっては恥。何があっても隠したいものだ。
そのわりに呪いを解こうとする者はいない。魔女の呪いだといいながら、魔女の正体を確かめようとするものもいない。呪われていることを当たり前に受け入れ、解けるはずがないと思っている。
そこが羽澤の人間とトキアの大きな違いだ。
トキアは呪いを解くために死んだとハッキリ告げた。つまり、解く方法をトキアは知っている。現当主である響ですら詳細を知らないという呪いを、なぜ当時八歳だったトキアが知っていたのか。
夷月は眉を寄せ、「うーん」と声にならない声をあげた。じっと跡地を見つめてもそこに答えは書いていない。アキラに関して少しでも情報はないかと思ったが、情報が残っている可能性は低い。きっと取り壊す時に、綺麗さっぱり、全てを消したのだろう。
なんとなく、それをしたのは響ではなくトキアのような気がした。響が当主になった時点でトキアは死んでいるし、当時のトキアは生きていればやっと二桁になった子どもだ。真っ当に考えればありえないのだが、トキアであれば何でも出来るような気がする。
「確実に協力者がいるよな」
トキアが物に触れられないことを思い出した夷月は、トキアがなにかしら手を回すならば協力者が必須なことに思い至った。響と咲も当たり前に幽霊になったトキアを受け入れていたし、他にトキアが見える人間がいないとは限らない。
おそらく、トキアが帰る場所にはトキアが見える存在がいる。きっと羽澤アキラも。
浮かんだ考えを整理していると、周囲が突然暗くなった。驚いて顔をあげた夷月の目に飛び込んできたのは、人形みたいに整った子どもの顔と青い瞳。暗闇の中で怪しく光る青い瞳は、夷月の中まで隈無く見聞するようで気味が悪い。
「……なにしてるの、トキア兄さん」
トキアは夷月の肩に両手を置いて、上から夷月の顔をのぞき込んでいる。青い髪がカーテンのように夷月の視界を塞ぐ。幼い子供の顔が視界いっぱいに広がる光景は、いくらトキアの容姿が整っていても、いや、整っているからこそ恐ろしい。夷月をのぞき込むトキアの顔には一切の表情がない。
このまま呪い殺されるんじゃないかなと、夷月が笑えないことを考え始めたあたりでトキアはにっこり笑った。
「夷月こそ、こんなところで何してるの?」
顔は笑っているけれど、声は冷たかった。トキアの吐き出した息を吸ったら、肺から凍り付くかもと嫌な想像をしつつ、夷月はへらりと笑う。いかにもバカそうな、何も考えていなさそうな無害な笑顔を意識して。
「アキラ兄さんが幽閉されてた場所って、どんなとこなのか気になって」
下手に嘘をつくと後が怖いので、正直に話すことにした。変なこと何も考えてませんよと精一杯アピールするが、トキアの表情は笑みから呆れ切ったものに変わった。
夷月の肩からトキアの手が離れる。幽霊らしくひやりとした手が離れて、夷月は少し残念に思った。最近は暑くなってきていたので、トキアの冷たい温度はちょうどよかったのだ。
ちょうど日傘のように太陽光を遮っていた影も離れて、夷月は改めて感じる暑さに眉を寄せた。
トキアと出会って数ヶ月。季節は夏に移り変わろうとしている。夏と言えば海にプールに夏祭りと、豊富なイベント目白押しだが、あいにく夷月には友達がいない。遊ぶ相手もなく、ただ部屋でゴロゴロする夏休みなど苦痛でしかないのだが、今年はトキアがいるから去年とは違う日々が待っている気がした。
少なくとも、トキアの近くにいるだけで確実に涼しい。
「君さあ、僕のこと小型扇風機かなにかだと思ってない?」
夷月の気持ちが伝わったのか、トキアは不快という顔で夷月を睨みつけた。慌てて夷月は両手を左右に振る。
「小型扇風機っていうより氷! 常にひんやり!」
「訂正すべきはそこじゃないよね?」
トキアは「はぁ」と大きなため息をつくと額に手を置き、呆れた様子で頭を左右に振った。完全に夷月を「残念な子」と認識した反応である。とても失礼だ。
「それで、なんでいきなりアキラのことが気になったの? 前まで全然、全く興味なかったでしょ。自分の兄のことなんて」
夷月に向けられるトキアの目は冷たいものだった。形だけつくった笑みは冷ややかで、夷月はここにきてようやく、トキアの地雷を踏み抜いたことを察した。
トキアは双子の兄、アキラの存在が心残りで現世にとどまっている幽霊だ。普段は死んでいることを忘れるほど自由なトキアも、時折怨霊染みた憎悪を見せるときがある。トキアの悪霊スイッチの一つは間違いなくアキラだ。
トキアの機嫌を損ね、クラスメイトの女子のように昏睡する自分を想像し、夷月の背に冷や汗が伝った。どういう仕組みかは分からないが、トキアは記憶も消すことが出来る。トキアにとって不都合な記憶、なんなら出会った事実から抹消されかねない。
トキアと出会ったことがなかったことにされる。それを想像したら、夷月の胸に恐怖が浮かんだ。それは記憶を消されるかもしれないという漠然とした不安よりも、もっと強い。退屈だったあの日々に逆戻りするかもしれないという恐怖だ。
「兄さん……!」
「こんなところに居た!」
謝ろうとして発した声は焦った声にかき消された。
夷月はこんな時に誰だと、声の方向へと顔を向ける。自分でも不機嫌だと分かる顔をしていたが、声の主はまるで気にしていない。というか、夷月を探して走り回っていたのか汗だくで、今は中腰になって息を整えている。
「母さん?」
予想外の人物に、怒りも忘れて夷月は目を丸くした。視界の端に映るトキアも驚いた様子で咲の方へと移動する。
咲は息を整えてから顔をあげ、夷月とトキアを視界に収めるとハッキリこう告げた。
「勝正おじさまが急死されたわ」




