表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
18/38

2-10 俺が悪いの?

 アルコールの匂いに夷月は顔をしかめた。病院は好きじゃない。白で統一された空間も、大勢の人間が息を潜めているような窮屈さも。


 廊下の隅に置かれた長椅子に座って、夷月は漏れそうになるため息を押し殺した。いくらなんでも、この場で退屈だという態度を出すのはよくないとわかる。

 

 時折廊下を通り過ぎる医者や、看護師は忙しそうだし、隣の長椅子に座った渡辺の顔色は悪い。両手を握りしめてかすかに震える姿は、処刑される前の罪人のようだ。

 たまたま事故に居合わせた、どちらかといえば被害者だというのに。なにをそんなに怯えているのだろうかと、夷月は内心首を傾げた。


 甲高いブレーキ音を聞いた後、夷月とトキアは音のした方へと急いだ。入ってきた塀はしっかりハマっていなくて、渡辺と太田が慌てて通り過ぎたことがわかった。


 そこを抜けて道路に出ると、少し進んだところに車がある。急ブレーキをかけたらしい跡が道路に残っており、車は不自然な形で止まっていた。

 運転手らしき男が慌てて何処かに電話をかけていて、道路には渡辺がうずくまっている。その足元に地面に横たわる人の姿があった。


「錯乱したまま道路に飛び出したってところかな」


 呆れたようなトキアの声が聞こえる。渡辺の足元でぐったり横になっているのは太田で、渡辺は錯乱した様子で太田の名前を呼んでいた。

 太田はなにも答えない。身動ぎもしない。アスファルトがじわりと赤く染まる。血だと、遅れて脳が理解した。


 予想外の事態に唖然としている間に救急車のサイレンが近づいてきて、太田は救急車で運ばれた。駆けつけた警官に事情を聞かれ、騒ぎを聞きつけた羽澤家のお手伝いさんと警備員が正門からでてきて、野次馬が顔を出し、辺りは騒然となった。


 落ち着かない渡辺を見かねて、お手伝いさんが病院まで送ってくれた。といっても、現場に居合わせただけの子供に出来ることは少ない。慌ただしい大人たちとは違い、夷月と渡辺は廊下の隅でじっとしていることしか出来なかった。


 太田は命に別状はないらしいが、何ヶ月かの入院が必要だと気を利かせた看護師が説明してくれた。

 慌てて駆けつけた太田の母親には、思いっきり睨まれた。敵意剥き出しの視線に渡辺は罪悪感で小さくなっていたが、夷月からすれば逆恨みも良いところである。太田が勝手に飛び出した。自業自得なのに、なんで自分が悪いことになっているのだろう。

 トキアはそんな様子をずっと夷月の隣で眺めていた。珍しく無言だ。子供が怪我をした状況を面白がるほど、不謹慎ではないということらしい。


「渡辺さんは悪くないでしょ。そんなに落ち込まなくても」


 お通夜でも始まりそうな空気に耐えきれなくなり、夷月は渡辺に声をかけた。

 今は渡辺の迎え待ち。連絡はお手伝いさんがしてくれた。太田の無事を確認した時点で帰るという選択肢もあったのだが、こんな状態の渡辺を放置するのはさすがの夷月もまずいとわかる。

 かといって慰める言葉も思い浮かばず、ついつい疑問が口から出た。そんな夷月に対して渡辺は、両手を握りしめたままボソボソとなにかを呟いた。

 なにを言っているのか聞き取れなくて、夷月は顔をしかめる。


 二つの長椅子はくっついているが、渡辺と夷月の間には、人間三人分ほどの距離がある。それがそのまま心の距離だ。学校ではなんとか夷月と仲良くなろうとしていた渡辺だが、心変わりしたらしい。

 渡辺に距離をとられようとどうでもいいのだが、返事が聞こえないのは気になる。夷月からすると渡辺の落ち込みようは意味不明だったので、理由があるなら好奇心を満たすために知りたかった。


「聞こえないんだけど」


 苛立ちが声に乗ってしまった。イレギュラーな状況に、夷月も思ったよりも動揺していたらしい。まずいと思いはしたがいった言葉は取り消せない。渡辺は顔を上げた。その顔は恐怖で歪んでいた。


「夷月くんには、聞こえなかったの?」

 夷月は首を傾げる。思い返せば太田も森でそんなことを言っていた。


「許さないって声が聞こえるんだっけ? 俺には聞こえなかったから、幻聴じゃない?」

「……夷月くん、森に入る前に言ったよね。羽澤家の血を継いだ人間以外が入ると呪われるって」

「いったね」

「なんで、止めてくれなかったの!!」


 渡辺が突然叫んだ。開いていた距離を急に詰めて、夷月の服を掴む。すがるように掴まれた手は震えていて、いつもより近いところにある渡辺の顔は真っ青だ。


「あんな怖いところなら入らなかった! あそこに入らなきゃ太田くんだって、あんな目にあわなかった!」

「俺はちゃんと忠告したでしょ」


 突然の行動に驚いたが、次に浮かんだのは怒りだった。渡辺と目が合わない。ブルブルと体を震わせ、夷月の服を握りしめながら宙を見つめている。


「冗談だと思ったの! だって、呪いなんてあるわけない! 私達についてきてほしくないから、怖がらせて追い返そうとしてるだと思ったの!」

「……ついてきてほしくないって分かってたなら、なんでついてきたんだよ」


 あまりの言い草に呆れてきた。分かったうえでついてきたなら自業自得だ。冗談だと信じなかったのだって渡辺の落ち度。夷月はなにも悪くない。


「秘密を共有すれば、夷月くんと仲良くなれると思った……まさか、あんな怖いところだなんて、ほんとに呪われてるなんて思わなかった」


 渡辺は夷月の服から手を離すと両手で耳をふさいだ。すべての音から逃れるように、体を小さくする。

 その姿はすべてを拒絶していた。これ以上、なにを言っても無駄だろうと夷月はため息をつく。


「俺が悪いの?」

「原因の一端はあるんじゃない?」


 夷月の呟きに、静観していたトキアが答える。怒りをあらわに声をした方を見つめれば、予想外に神妙な顔をしたトキアの顔があった。


「夷月は知ってたでしょ。羽澤の呪いは嘘でも質の悪い冗談でもないって。それなのに呪いの中心地に、耐性のない子を入れるような真似して」


 渡辺がいる前では反論できない。だから夷月は眉を寄せた。不満だと顔で表現するとトキアはため息をつく。


「羽澤家の仕来りはね、ちゃんと意味があるんだよ。森に入るなっていうのも、あそこが魔女の縄張りで、呪いの中心だから。羽澤に養子に来た子は、まず外周で過ごすのは呪いにならすため」


 外周とは塀付近の土地をいう。トキアの言う通り、羽澤に嫁いできた嫁や養子はすぐに各家にはいかず、まずは外周付近の家で過ごす。それは数週間であったり、数ヶ月であったりとまちまちだ。

 夷月からすれば意味の分からない仕来りの一つだったが、ちゃんと意味があったらしい。


「俺が悪いのかよ……」


 ふてくされた夷月の声にトキアはやれやれと肩をすくめた。しょうがないなあという顔は、見た目が小学生のためにバカにされているような気になる。

 夷月が不満を抱えて悶々としている間に渡辺の迎えが来た。渡辺の両親はやけに恐縮し、顔色の悪い渡辺をつれて帰っていった。


 その間一度も渡辺とは視線が合わず、今後学校で話しかけてくることはないんだろうなと夷月は思った。だからといって問題はないが、明日の学校は騒がしいだろう。噂はあっという間に回るものだ。


「明日、学校サボっていいかな……。友人が事故にあってショックでって言えば、休めると思うんだよね」

「少しもショック受けてないくせに、よくもまあそんなこと言えるね。君の人間性のなさには幽霊の僕ですら引くよ」


 言葉通りトキアは全身で引いたと表現してみせた。さすがに傷ついて、夷月は唇を尖らせる。


「そんな事言われてもさあ、勝手についてきて、勝手に騒いで、勝手に事故にあったんだよ? 俺のどこに落ち度があるの?」

「部外者を勝手に、しかも隠し通路から敷地に入れたのは落ち度であり、反省すべきだよな。夷月」


 聞き慣れた、しかしいつもより固い声に、夷月は肩を震わせた。恐る恐る振り返る。視線を動かす途中、愉快そうな顔をしたトキアが視界に入る。


「父さん……母さん……」


 振り返った先には、怒っていますというオーラを放った両親が並んで立っていた。咲の笑顔には圧があり、響は分かりやすく険しい顔をしている。


「夷月って、響と咲ちゃんに怒られるのはダメなんだね。良いこと知った〜」


 トキアは愉快そうに笑い、響の方へと移動する。いつもよりも早い。重力を無視して文字通り飛んでいったトキアは、響に事の次第を詳しく説明し始めた。


「ちょっとまって!」

「夷月はおだまりなさい」


 咲の声は冷たく、視線も冷たい。いつも優しい響までもが絶対零度。夷月はだらけていた姿勢を正し、両膝の上に手をおいて大人しくしている他なかった。

 トキアの愉快そうな声を聞きながら、先程まで罪人みたいな顔をしていた渡辺の顔を思い出す。少しだけ渡辺の気持ちがわかった気がした。



※※※



 それから夷月は家に帰り、こってり叱られた。両親にここまで怒られるのは久しぶりで、最後の方は泣きそうだった。

 渡辺と太田の両親には二人で謝罪に行くらしい。そこまでのことかと思ったことがバレて、追加で怒られた。響と咲曰く、夷月は人への関心と思いやりが足りないらしい。


「人への思いやりってどうすんのー」


 自室に戻った夷月は、ベッドにダイブしながらそう叫んだ。ベッドは夷月の体を包みこんでくれたけれど、気持ちはどうにもならない。そのままジタバタと衝動のままに手足を動かしていると、トキアが近づいてくる気配がした。


「まずは興味を持つものを見つけるところからだね。君は人や物に対して、興味がなさすぎる」


 興味がないから愛着もわかず、愛着がないから大切にしたいとも思わない。あってもなくても良いものだから、なくすことに恐怖もなく、悲しみもない。

 夷月はそういう状態なのだとトキアは楽しそうに語る。


「……兄さん、楽しそうだね」

「僕のかわいい弟は、見た目だけ育って、中身は生まれたての赤ちゃんみたいなものだって分かったからね。こんな愉快で面白いもの、面白がるしかないでしょ」

「悪趣味!」


 夷月が叫んでもトキアは愉快そうに笑うだけだった。その顔を見ていたら、夷月はだんだんどうでも良くなってくる。

 いつの間にか、異母兄弟だと知らなかった頃の気安い会話に戻っている。それに夷月は安心したことを自覚して、怖がっていたのがバカらしくなってきた。


「そもそも、なんで森なんかにいったの」

「いったらなにか分かるかなと思って。呪いのこととか、兄さんのこととか」


 教えてくれないのが悪いんだぞと、夷月はベッドから起き上がって座り直すと、トキアと視線を合わせた。


「トキア兄さんは幽霊のくせに、意味不明だし、この世にとどまってるくせに未練なさそうだし。意味深なこというくせになにも教えてくれないし」


 夷月の文句にトキアは愉快そうに口角を上げる。見た目はかわいい子供のくせに、まったく可愛くない反応もイライラする。

 といっても、いなくなってほしいほどではない。夷月にとって初めての感情で、よく分からない。

 なにかに興味を持てとトキアはいった。ならばまず、トキアに興味を持ちたいと夷月は思う。


「ねえ、兄さん。なんでアキラ兄さんをかばったの」


 羽澤家の双子は生まれてすぐに引き離される。一度も会うことなく生涯を終えた双子も少なくないと聞く。

 響が当主になってから、隔離施設にいた双子の上はほとんど養子に出された。家族が受け入れなかったためだ。

 そのくらい羽澤家の中で双子の上のいうのは地位が低い。響によって差別が禁止された今でもそうなのだから、される前などもっと酷かった。

 そんななか、トキアはどうやってアキラと会い、自分が身代わりになろうとするほどに愛情を抱けたのか。夷月には不思議で仕方ない。


 夷月の問いにトキアは不思議そうな顔をした。なんでそんな当たり前のことを聞くのかという顔だ。続いて笑みを浮かべた。

 初めて見る笑みだった。春の陽気を形にしたような、とにかく柔らかくて暖かくて、幸福とはこういうものだと体現するような笑みだ。


「僕はアキラを幸せにするために生まれたんだよ」


 夷月には全く理解できない言葉。夷月は誰かを護るために、自分を犠牲にする気持ちがわからない。死んでもいいと思うほど、誰かを愛おしく思う気持ちも分からない。

 ただ一つ、わかることがあるとすれば……


「兄さんの心残りはアキラ兄さんだったんだね」


 夷月の答えにトキアは満足げに目を細めた。




 


「第二話 冗談じゃ済まないこともある」 終

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公がほどほどに善人でほどほどにドライなのがいいですね。まだ途中ですが、面白いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ