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だから僕らは大人になれない  作者: 黒月水羽
第一章 訳あり幽霊と呪われ少年
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2-2 トキア兄さんって、父さんのこと嫌いなの?

 蔵を出て家に着く頃にはお昼になっていた。中に入るとちょうど通りかかったお手伝いさんに、両親は食堂にいると伝えられる。

 今日は日曜日。学校は休みだ。休日も祝日も関係なく忙しく動いている響も、今日は家で仕事をしていた。両親と昼食をとれるのは珍しいので、夷月の機嫌は上向いた。


「そういうところは、年相応の子どもらしいんだけどねえ」


 浮かれているのを隠さずに食堂に向かう夷月を見て、宙をうきながらついて来たトキアは苦笑を浮かべる。夷月は時の方へ顔だけ向けて顔をしかめた。


「なにそれ。俺が子どもらしくないって言いたいの」

「ある意味では、とっても子どもらしいと思ってるよ」


 含みのある言い方に夷月は眉をつり上げる。夷月がこういう反応をすると大抵の人間は焦る。羽澤家当主の息子を怒らせて困る奴らは多いのだ。だが、トキアには関係ない。もう死んでいるのもあるが、生前はトキアも同じ立場。

 いや、夷月よりも立場は上だ。年功序列という言葉があるように、世間では弟よりも兄が重視される。トキアが生きていれば、周囲は夷月よりもトキアの顔色をうかがっただろう。


 あったかもしれない未来を想像して夷月の表情は曇る。トキアに内心を悟られるのが嫌で、夷月は歩調を速めた。


 食堂に行くといつもどおりの席に、すでに両親が座っていた。食事はまだ来ていないらしい。白いテーブルクロスがかけられた長テーブルの上には、花がいけられた花瓶しか乗っていない。


 夷月とトキアの姿を視界に収めると、両親は笑う。特に響の方は嬉しいと空気が物語っていた。

 いつもよりも上機嫌な響の様子に、夷月の胸はまた痛む。トキアは夷月と違って、恋愛結婚のすえに授かった子どもだ。幽霊でも可愛いのだろう。そう思ったら息苦しささえ覚える。


「トキア、今日も来ていたんだな」

「お前に会いに来たわけじゃないから」


 しかしながら、響の気持ちは一方通行だった。トキアは夷月に向けたことのない不機嫌な顔をして、宙を音もなく移動すると咲に近づく。

 咲は自分に近づいてきたトキアに微笑み、立ち上がると隣の椅子を引いてあげた。


「咲ちゃん、いつもありがとう」

「トキアくんこそ、夷月の面倒見てくれてありがとうね」


 響へ向けた不機嫌な顔などなかったように、トキアは上機嫌に笑うと席につく。

 正確にいうなら、席についた風を装って空中でとどまる。空気椅子だと考えれば大変シュールだ。

 

 幽霊であるトキアは物をすり抜けるし、さわれない。だから椅子は誰かに引いてもらわないといけないし、そこに留まっているだけで座っているわけでない。食事だって必要ないから、夷月についてきて食卓に並んだのは咲の顔を見たかったからだろう。


 トキアが異母兄だと知ったあの日、トキアと両親の関係も知った。それは一般的に想像される義理の母、息子と違って、ずいぶん奇妙なものだった。

 

 トキアは血の繋がった、実の父に対しての当たりが強い。なぜか実の母親の地位を奪ったであろう、後妻の咲へは甘えてすら見せるのだ。

 ふつう逆じゃないかと夷月は思うのだが、なぜか両親もそれを当たり前のこととして受け入れている。

 先程から響は咲の隣に座り、上機嫌に笑っているトキアをなんとも言えない顔で見つめている。咲に対しては息子と仲が良さそうで羨ましいと、はっきり顔に書いてあった。


「トキア、せっかく来たんだから私とも話してくれないか」

 ついには口に出した。


 響の情けないとも言える、しょぼくれた声を聞いてトキアは響へと顔を向ける。先程まで咲に向けていた笑顔とは違い、眉は潜められているし、顔は険しい。不機嫌だと一目でわかる態度だ。

 この反応は響にだけ向けられるものだった。トキアはだいたい笑っているし、余裕綽々で、笑顔の裏に何を隠しているのかわからない不穏さがある。

 それが響を前にすると消え失せ、包み隠さずにマイナスの感情をさらけ出す。


 ある意味では特別扱いなのだが、全く嬉しくない特別である。ストレートにキツイ眼差しを向けられ、響の肩は落ちた。


「トキア兄さんって、父さんのこと嫌いなの?」


 ついつい疑問が口から出た。三者の視線が集まる。咲は苦笑。響は悲壮感漂う表情で、トキアは無表情。表情豊かな人間な無表情になると恐ろしいのだと、知りたくもない事実を知った。


「好きか、嫌いかでいったら、嫌いよりかな」

 トキアの発言に響が胸を抑えた。ダイレクトアタックが決まったらしい。


「……なんで? 父さんとは血が繋がってるんだよね?」

「血がつながってるからって、無条件に好きになるわけじゃないよ。赤の他人よりは好きになりやすいってだけ。僕は血の繋がりというアドバンテージを踏まえても、好きにならなかっただけ」


 トキアは涼しい顔で残酷なことをいう。ついに響がテーブルに両肘をつけ、頭を抱えた。


「俺は父さん好きだけど」

「夷月!」


 夷月の不満いっぱいな一言に響は顔を上げ、表情を輝かせた。本気でダメージが入っていたらしく、涙目である。これほど父にダメージを与える人間、いや幽霊なんて初めてだ。


「僕だって、響の善良性はよくわかってるよ。父としては最良だ。妻を愛し、子を愛し、家族を支えるために働き、家族との交流だって欠かさない。理想的な父と言えるね」


 さらさらと、文章でも読み上げるように告げられた言葉に響は目を丸くした。咲と夷月も驚きの表情を浮かべてトキアを見つめた。

 トキアはそんな三人とは視線を合わせず、ため息を付くと額に手を当て、頭を左右に振った。


「でもね、善良すぎるんだよ。こんな呪われた家に生まれたとは思えないほど」


 両親の空気が変わったのを感じた。咲の顔は強張っていて、響はいつになく険しい顔でトキアを見つめていた。

 両親の空気が変わったことに、夷月は居心地の悪さを覚える。


「……ねえ、呪いってなんなの」


 夷月の問いにトキアは反応し、顔をこちらに向けた。人形みたいな無表情は夷月を視界に収めると、笑みの形をつくる。そうプログラムされている機械のように、感情を一切感じさせない変化だった。


「夷月は知らなくてもいいことだよ。もう終わったことだから」


 呪いは解けた。そうトキアはいっていた。自分は呪いを解くために死んだのだと。その言葉を信じるならたしかに呪いは解けたのだろう。

 だが、夷月には解けたとは到底思えない。


 夷月はチラリと両親の顔をうかがった。二人ともいつになく険しい顔をしている。夷月の視線に気づくこともなく、宙を睨む様子は、何かを考えているのだ。

 その反応からみたって、全てが解決しているとは思えない。トキアの言う通り、呪いと言われた何かが解決しているのだとしても、全てが丸く収まったわけではない。未だ羽澤家は何かに蝕まれている。


 考え事をしている間に、お手伝いさんが料理を運んできた。トキアは今までのやり取りがなかったように、美味しそうだねと歓声をあげる。自分は食べることが出来ないというのに。

 その無邪気を装った反応に、響が苦い顔をした。


 両親がいて、温かな食事があって、話したいことだってある。両親がそろっている貴重な休日だとわかっているのに、口を開く気になれない。

 美味しいはずの料理は味がしなかった。

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